表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/47

「長い夜になりそうねぇ」

今日の火の番の一番手にあたったマリエッタが、荷駄の側でうずくまる少女にに近づく人影をみて呟く。


「イルガ」

「…イーニアス様?」

「他の従者たちから聞いた。お前とよく話し合わねばならないようだ。ついてこい」

「…はい」

イーニアスの後をイルガがついていく。

魔法光の下、車座になった騎士たちとグゥエンが待っていた。それぞれの騎士の後ろには従者と准騎士が控えている。

「きたか。イルガそこに座れ」

「…はい、グゥエン様」

「話は他の者から聞いた。イルガ、取り繕うことなくお前の言葉で今のお前の気持ちを話してみてくれないか?まとまらなくても良い。私達は、お前の気持ちを知りたい。他の者も発言を許す。忌憚なく語ってくれ」

グゥエンの言葉に全員が頷く。

「…グゥエン様、わた、わたしは…」

ぽつりぽつりとイルガから自身の気持ちがこぼれ落ちていく。

「騎士というのはご領地の人を助けて、皆から慕われ尊敬されるものだと、思っていました。この剣もご領地の人たちを害する魔物を倒すものだとしか考えていませんでした。…人を殺すだなんて、欠片も考えたことがありません。この剣は守る剣だって考えてました」

イルガの言葉に反応したのはコンスタンスだった。

「盗賊がでたらどうするつもりだったの?」

「盗人は捕らえて、きちんと領地の法で裁くんですよね?」

今までの御城下の捕物から考えてイルガは素直に答える。

従者の一人が口を開く。

「捕らえられる状況なら捕らえるのはあたりまえだよ。でもね、イルガ、いつもいつもこちらの力が勝ってるわけじゃない。時に相手が死に物狂いで反撃してきたら捕らえきれずに殺さなければならない時だってある。君はそんな想像もしたことないの?」

「だって、領内に盗賊なんてでたことなんてないじゃない。御城下で捕まるのだってこそ泥ぐらいで」

「イルガ。領内に盗賊が今のところでていないのは、皆が誰かから奪わずに生きていけるだけの状態を保っているからだよ。その状態を作っているのはご領主様だ。もちろん我々も及ばぬながらそのお手伝いをしている。それに民たちもそんなご領主に応えようと一生懸命頑張っている。けれどもだ、他の過酷な地にいる人間が、奪うために我らの領地にやってこないとは言い切れない」

「いつ不作の年がやってくるかもわからない。食べるものがなくなれば奪うものが生まれる。けれど我々はそういうものを許す立場にはない。たとえ飢えているからだとわかっていてもだ。飢えぬように法を整備し、運用するのは文官の仕事だ。我々はその運用を邪魔するものを剣にて取り除くことが求められるのだ。守るはずの命をこの手で刈り取らねばならんこともある。お前は領内の騎士団の具体的な仕事をきちんと把握しているのかい?」

そう聞かれ、イルガは弱々しく首を横に振る。イルガが把握しているのは、御城下の警らを担当する騎士たちとご領主の近くを守る騎士たちぐらいだ。アルバンに駐屯地があることも今回の移動の辞令を聞いて初めて知ったぐらいである。それぐらいにイルガは騎士の具体的な仕事や組織を意識していなかった。民が飢えることがあるなんて初めて知った。イルガが生まれてから14年、多少実りの悪い年はあったけれども領民が飢えるようなことなど一度もなかったからだ。

「飢饉があったなんて、お年寄りの昔話なんだって思ってました。それに騎士様の仕事は御城下を警備する騎士様とご領主の近くを守っている騎士様しか知りませんでした」

その言葉に思わず騎士たちは顔を見合わせ、各々の従者の顔を見る。見つめられた従者たちは慌てて、自分たちがきちんと領内の騎士たちの仕事や組織がどうなっているか説明して、きちんと把握していることをそれぞれの騎士に証明する。騎士たちも自分たちの従者の言葉に安堵の溜息を漏らす。

「ご領主のそばにいる騎士たちだけど、彼らはただご領主のそばにいるだけじゃないってわかっているよね?」

「ご領主様をお守りしています。でもご領主様は立派な方です!誰かが襲うなんてありえません」

「そう言うご領主を疎ましく思う人間もいる。妬みや逆恨みからご領主のお命を狙うものもいる。そういうものを捕らえるだけではなく殺すのも我々の仕事だ」

「そんな、妬んだり逆恨みでなんて…」

「隣に幸せな領民が居れば、不幸せな他の領地の民は、なぜ自分たちの暮らしが悪いのかと自分たちの領主に不満を抱き始める。その領地の領主が、頑張っていてもどうにもならぬ場合もある。それなのに民に恨まれる。自分が領民に恨まれるのは隣の領主が上手いことやっているせいだと逆恨みしたら?居ないとはいえんのだぞ?実際、先々代様のおりにはそう言って刺客を送ってきたバカが居た」

「そんな!おかしいじゃありませんか」

「ああ、おかしいことだ。けれど人はな自分が努力して上を目指すよりも、人の足を引っ張って自分のところまで引きずり下ろす方が楽だと考える奴もいるんだ」

「イルガ、お前はお年寄りたちの昔話や引退した騎士たちの昔話を聞いてどう思っているんだい?」

「毎回同じような話で…それになんだか大げさだったりするし」

「大げさでもなんでもないぞ。60年ぐらい前は魔物もまだまだ多かった上に作付も今ほど良くなかった。誰もが常に死ぬことに怯えながら暮らしていたんだぞ。同じ話なのはな、それだけその老人にとって記憶に焼きつくような出来事だったんだよ。今の平和な暮らしで塗りつぶせぬほどにな。お前が同じような目にあったらどうだ?忘れられるか?」

ノールの言葉にイルガはようやく、自分の身に置き換えて老人の話を振り返ることをした。食べるものもなく土を食べたという話。村を魔物に襲われて、散り散りになって逃げたが運良く逃げた先で親兄弟に再会出来たという話。

「あ、あっ…」

ノールはイルガの話を聞きながら、領内はイルガが不穏なことを想像出来ぬほど穏やかになったのかもしれないと思った。

「まだ話してくれるご老人はいい。思い起こすのも出来ぬほどの傷を受けた人だっている。なぜ助けてくれなかったとなじられることもあるぞ?我々は万能ではない。そのことをお前は受け止められるか?」

「我々は常に人の命と向き合うことになる。その重みにお前は耐えられるか?それがお前の仲間がお前に問うた、人を殺す覚悟があるかという言葉だ。皆の話を聞いて、お前はどう思う?」

「…私には…人を、殺せそうにありません」

いつものイルガであったならば泣きだしていたであろう。けれど、瞳をうるませながらも歯を食いしばって泣くのをこらえて自分の正直な気持ちを言い切った。ようやく、イルガが自分自身と向き合った瞬間だった。

「イルガ、お前はどうしたい?」

「私は騎士にはなれません。いえ、なってはいけないのです。人が殺せないわたしでは、いざというときに守りたいものを守れず、失いかねないことになるからです。グゥエン様、申し訳ありません。従者を辞したいと存じます」

深々と頭を下げるイルガに、イーニアスが声をかける。

「謝るな、イルガ。そなたをこの歳になるまで真のそなた自身に導けなかった私の至らなさのせいだ。許せ」

「イーニアス様。いいえ、いいえ、私が悪いのです。皆、わたしのために今まできちんと向き合ってくれていました。それに向き合わなかったのは私です。ノール様が言われたように今のわたしは、過去のわたしが辿った結果でしかないのです」

口元を震わせながらも、涙一つ、嗚咽ひとつこぼさぬイルガの姿に、イルガがやっと自覚したのだと納得した騎士たちだった。

「イルガ、明日バルシュに向けて出立するように。辞表は騎士団長に出しなさい。イーニアス、お前は自身の従者を最後まで責任をもって送り届けよ」

「はっ」

「もう遅い、交代で火の番をしながら明日に備えよ」

グゥエンの言葉に従って騎士たちはその場を辞した。イーニアスが一人グゥエンのそばに残る。

「グゥエン様。私も今一度自分自身を見直す必要があるかと存じます。申し訳ありません、駐屯地へは他の方をお連れください」

「わかった。その旨騎士団長にしたためる。自身で騎士団長の裁可を仰ぐように」

「はっ」

イーニアスが持ち場に戻り、グゥエンは騎士団長にあてて今までの経緯をしたためた手紙を書き上げた。


翌朝、イーニアスとバルシュに向かうイルガをみてベルンがグゥエンに話しかける。

「やはり、あの子は従者を辞めるのか?」

「えっとベルン殿それは…」

「いや、先の炉の破壊の時にあの子をみててな、騎士に向かないと思ったんだ。それから少し気になっててな」

「そうでしたか。昨日の夜、他の従者や騎士たちとじっくりと話し合いました。やっと、あの子は、自分が現実に則した夢を見ていないことを理解したようです」

「で、あの騎士はあの子を見送った後、こちらに戻ってくるのか?」

「いえ、あれも、責任を感じているようで、代わりの騎士がこちらに向かいます」

「…ありがたい人ってやつか?」

昨日アマーリエが言っていた言葉をボソリとつぶやく。

「?」

「ああ、いやなんでもない。この後だが、一緒に次の村まで?」

「いえ、少し急ぎます」

「そうか、こちらは夕方に村に入るペースで移動する」

「わかりました。道中お気をつけて」

「ああ、騎士殿もな」

こうして、騎士たちは先を急ぎ次の村へと向かい、その後をベルン達がいつものペースで出立した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ