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24/47

昼寝をしてすぐに眠れなかったアマーリエは、ファルとグレゴールと一緒に駅の最初の火の番をした。

ようやく眠気が来た頃、ベルンとマリエッタに火の番を交代してもらい幌馬車の中でマントと毛布にくるまって眠りについた。途中、ダリウスとダフネが最後の火の番に変わったがアマーリエはぐっすり眠っていて気が付かなかった。

翌朝、グレゴールが馬に飼葉をやっている間に、アマーリエは炉で湯を沸かしお茶を用意する。リュックの中から作ったサンドイッチを取り出して朝の準備ができたところで、ベルンとマリエッタを起こしに行く。

食べ終われば、炉のまわりを清掃して、起き出してきた商隊の人に挨拶をして次の駅へと向かう。

道中は特に問題もなく、駅には夕方頃に着いた。それに前後するように騎士たちが追いついた。

騎士たちが野営の準備を始めるのを横目で見ながらマリエッタが渋い顔をして言いにくそうに話しだす。

「なんとなくなんだけど」

「なんだ?」

「今日は昔からの携帯食を食べるほうがいいと思うの」

「あー、そうですね」

ファルも困った顔で頷く。

「ああ、あの子ね」

グレゴールも察してあらぬ方向を見て言う。

「…そうですね。それが無難な気がします」

アマーリエの言葉にダフネもシュンと耳をへたらせて同意する。

「そうだな、今日のところは携帯食でいいか。様子を見て今後を決めよう」

「お湯沸かして、お茶だけいれますか?」

「そうしましょう」

「…せめて干し肉のスープはほしい」

悲壮なダフネの声に残りの6人は顔を見合わせてしばし熟考する。

「北上して、夜は冷え込むようになってきているからな」

「温かいもので体を暖めないとね」

「ダフネさんはお肉無いと体が保たない気がします」

「まぁ、干し肉のスープぐらいならあっちも作るでしょ」

「じゃあ、干し肉のスープと携帯食でなんとかそこそこ食べられるスープにします」

ぱぁああと輝いて見えるほど笑顔になったダフネにみんなは苦笑しながらも食事の準備を始める。

ベルンはグゥエンのところへ、情報のすり合わせをしに行く。

ファルとアマーリエは炉で燃やす枯れ枝を探しに、近くの木立の中へ分け入る。

焚付に使えそうな枯れ葉や枯れ草、火が保ちそうな少し太めの枯れ枝を集める。

「ぬ、春子ちゃん発見!」

「え?え?ハルコチャン?」

枯れた倒木に駆け寄るアマーリエをファルが慌てて追いかける。

「しいたけです。ツキヨタケでは…ないな。よし!」

ナイフで切り取ったきのこのカサをひっくり返して軸の付け根をみて膨らんでいないか確認し、さらに軸をひねってカサから取り外し黒くなっていないのをアマーリエは確かめる。

「きのこ?」

「はい。春生まれのを春子といいます」

「はぁ」

「これがあれば、干し肉のスープも更に美味しくなります」

「おお!」

「とりあえず、何個か取ります」

ユグ村の森でキノコ狩りが出来ずちょっと欲求不満なアマーリエだった。倒木の陰にしゃがみこんで、適度な大きさでカサの開いていないしいたけを採集していく。

「リエさん、そのまま」

「?」

ファルの硬い声にそのままフリーズするアマーリエ。アマーリエの横に静かにしゃがみ込んだファルは口元に指を当て、静かにするように伝え、藪の向こうを指さす。

そこには少し固い顔をした少女従者達がいた。

アマーリエたちからは向こうがよく見える状態だが、あちらからは藪と倒木の影になって見えていない。

「イルガ、大事な話があるの」

一人の少女の硬い声に、イルガがビクリと体を震わす。

「…何?」

「イルガは、人を殺す覚悟がある?」

「へ?」

仕事の失敗をなじられるとばかり思っていたイルガは、思いもよらない質問に頭がついていかない。

「己の主を守るために、己の主が守りたいもののために人を殺す覚悟があるのって聞いているの」

ゆっくりと噛みしめるように言葉を紡ぐ真剣な表情の少女従者。

「人を…殺す?」

言われた言葉に理解が及ばず、ただその衝撃的に感じた言葉を繰り返すイルガ。

「ここにいるみんなは、従者になる時に自分が人を殺せるかどうか己に問うてここにいるの。イルガはどうなのかなと思って」

少女従者たちの言葉が何を意味しているのかわからずただただ目を見開いて首を傾げるイルガ。そして、考えることをせず答えを求めるように少女たちの顔を見回す。

「みんなね、イルガの仕事ぶりをみてて、なんでいつまでたってもイルガは仕事を覚えられないんだろうかって考えたの」

「イルガが仕事を覚えられないのは、その仕事がどれほど重要な事か理解できてないからじゃないのかって思ったの」

「なぜ重要かわからないのかは肝心なこと、つまり人を殺す覚悟、守りたいものを守る覚悟がないからなんじゃないかって思ったの」

「イルガ、騎士がかっこいいって思えるのは、見習いになる前だけよ。みんな見習いになって騎士や従者の仕事を見て、騎士がかっこいいだけなんかじゃないって理解するの。あなたは、騎士をどういうものだと思っているの?」

「よく考えて答えを出して。覚悟がないのなら、従者をやめて御城下に戻りなさい。誰もあなたを責めたりしない。むしろ覚悟のないまま続けて、あなたの失敗で誰かが怪我をしたり死んだりするほうがはるかに怖いことだと思うの。厳しいことを言っているように思うかもしれないけど、イルガ、今のあなたは見習いよりもひどいの」

「今日の野営の準備は、私達がするからあなたは荷駄のところで休んでて。今のあなたじゃまたてひどい失敗をしかねないから」

自身が考え至もしなかったことを次々と投げかけられ、ただただ呆然とするイルガを連れて、少女従者たちは騎士の野営場所へと戻る。

少女たちの気配が消えたところでファルが立ち上がって、アマーリエに声をかける。

「…リエさん、もう少し枯れ枝見繕ってから戻りましょうね」

少女従者たちに、自分たちが聞いてしまったことを感づかれないように間を置いて戻ることをファルは提案する。もちろんそれに否やがなかったアマーリエはすぐさま頷いて同意する。

「ええ」

枯れ枝を拾いながら、アマーリエは前世を思い返す。前世でも物覚えが悪く、不注意で、小さな失敗をいつも繰り返し、いつまでたっても仕事が覚えられず、周りがフォローしきれず辞めていく人はいた。逆に周りがやっていけなくなって辞める場合もあったが。覚悟や闇雲な努力ではどうにもならないものだった。発達障害の一部である注意欠陥は脳の機能障害の側面もあったからだ。あの子ももしかしてそうなのではないかと疑念がよぎる。

「…覚悟でどうにかなる程度の問題ならいいけど」

「リエさん?」

「ああ、なんでもないです」

「そうですか。そろそろ戻りましょうか」

「ええ、干し肉のスープを作っちゃいましょ」

二人は枝と枯れ草を抱えて、三基ある炉のうちの、自分たちの幌馬車に近い炉を使い始めた。

ファルが枯れ草に、生活魔法で火をつけ、その上に枯れ枝を重ねていく。アマーリエはその間にしいたけと干し肉を刻み、鍋に水と一緒に入れる。

「ダフネさんのためにも干し肉は多めにしますかね?」

「そうですね、フフフ」

十分に火が燃えている炉に鍋をかけ沸騰してくるのを待つ。

アマーリエはアイテムリュックからローレンでもらったおまけの香草の束を取り出し鍋に入れる。

沸騰してきたら、炉の枯れ木の山を崩して広げ火の高さを低くして火力を調整する。鍋がとろとろ煮える状態にしてアクを掬う。

「さて、味見をしてと…。うん、もう香草はとっちゃっていいかな」

香草を取り出し、塩コショウをする。

「ここにバターを一欠入れまして、堅パンをチーズおろしですりおろしながら入れます」

「パン粥?」

「みたいなものです。んと。ドライパセリの瓶があったはずっと。彩りと栄養素の添加だー」

「緑がきれいですねぇ」

「ファルさん味見」

「ん!美味しいです」

「んじゃ、運びますか」

「ええ」

「出来ましたよー」

「おなか空いた!」

木の器によそって渡していく。

「おかわりありますから遠慮しないでくださいね」

「パン粥?」

「のような感じです。大人向けのね」

「フーフー」

「ねぇ、あの子どうしたの?」

マリエッタが、視線で荷駄の影にうずくまるイルガを示し、様子を聞く。他の少女従者たちと一緒に木立から出てきて、荷駄の傍に行った後はああしてずっと膝を抱えてうずくまっているのだ。先に枯れ枝を探しにファルとアマーリエが木立に入っていったのを見ていたマリエッタは、何があったのか見ていたのだろうと推測して二人にイルガの状況を聞いたのだ。

「…他の従者の子達に、諭されてました」

「あら、ま。で、いかに自分が至らないかがようやくわかったってところかしら」

マリエッタの言葉にアマーリエとファルは顔を見合わせる。あの時の少女の態度は果たして自分の至らなさを理解した態度であったかどうかをお互いに無言で確かめ合う。

「「…わかったら御の字なんですが」」

「…だめそうなの?」

「騎士が人を殺す存在だっていうことを欠片も思ってなかったみたいですね」

「あんた、騎士が武器持って他に何すんのよ?」

「さあ、私にはさっぱり。ただ、今のあの落ち込みは、騎士ってそんな存在だったのショックーッてところじゃないかなと」

「え、あの子の歳からしたら、もう従者になって一年以上はたってるように思うんだけど、今さらそこなの?」

「…ええ、今さらそこなところを他の子に確認されてましたね」

ファルが、パン粥を飲み込んで言う。

「他の子も、聞くのに勇気が必要だったろうな」

グレゴールが木皿の中身を所在なくかき混ぜながら言う。

「…そうだな、守ることは時に切り捨てなければならない存在が出るわけだからな」

「どうやったらそんなお花畑な状態になるのかしら?」

「見たいものしかみてなかったんじゃないですかねとしか言い様が無いですね」

「皆から尊敬されてる騎士様の姿ってやつか?」

「罵られてるところなんて見たことないんじゃないですか?今のところ御城下で物騒なことはなかったし、たいがいちょっとしたいざこざ程度で死人が出るに至らず平和的解決を見てましたし」

肩をすくめてアマーリエが言う。

「いや、でもある程度もしこうだったらとかああなっていたらとかさ、想像するじゃないか?」

「想像力じゃなくて妄想力はあったんじゃないですか?」

「騎士になって尊敬される私、ってことね」

「羨ましいぐらいおめでたい思考力だな」

「ある意味幸せな思考力ですよね」

「なりたいのがお嫁さんだったらよかったのにな。騎士じゃダメだろう」

「ベルン、なら、あの子を自分の嫁にほしいと思うの?」

マリエッタのいたって真面目な顔をした質問に、ベルンはちょっとばかり考えてみた。お花畑な考えで、地に足のついていない思考をする嫁。子供が生まれて任せられるだろうか?働いて疲れて帰ってきて、失敗ばかりしてその尻拭いもしなければいけない嫁?癒される時間はかけらもなし?恋愛初期ならば頼られる俺かっこいいで済まされるが、人生の伴侶としては…。

「…いや、すまん。前言撤回する」

「まあね、結局他の人の立場に立って物事を考えられないってことですからね。自己本位な考えの押し付けしかしないパートナーとか、結婚は人生の墓場どころじゃなく地獄でしょ」

「確かに。結局あの子はどうにもならんてことか?」

「大丈夫ですよダリウスさん。世の中うまくしたもので、ああいうのでも引き取り手は出るもんなんです。不思議と。ありがたいですよね」

しみじみと世の中に短絡的なやつはゴマンといるんだよと呟くアマーリエ。

「…リエ、お前いくつだよ?」

「一七歳ですよ、ダリウスさん。よく聞くんですよ、こいつには俺がいないとダメなんだとか何とか酔っちゃてるお馬鹿の戯言を」

「「「…」」」

「リエ、リエ。男だけじゃないわよ〜。この人には私が居ないとダメなのとか言ってダメな男を渡り歩く女(ダメンズウォーカー)もいるわよ。ひどいと普通の男も駄目にする女(ダメンズメーカー)ね。別れた途端憑き物が落ちたみたいになる男の人も居たわね。この手のわたしが居なきゃ的な、相手を下にみて自己満足するタイプってほんと救いがたいわよね」

「無意識に相手を下にみて貶めてるって、なんで気が付かないんですかね、ああいう人達って」

「貶めなきゃ自分の立場を守れないからですよ。弱いんです」

「まあ、結局自立できてたら結婚する意味って殆ど無いけどね」

「生まれてくる子に公的権利をもたせやすいだけですからね」

「弟子はとっても絶対結婚しねー」

おもむろに先送りした問題を思い出してアマーリエはつぶやく。

飲んでもいないのに意気投合する女三人を背にして、この三人と結婚できるようなタフな男なんか世の中に存在するわけないと、男たち三人はしみじみ思いましたとさ。自分たち男がいかに繊細な生き物(ガラスハート)であるか自覚してるがゆえに。

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