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アマーリエ一行は夕方に辿り着いた村で一泊し、翌朝、村役場でまた依頼を受けていた海産物を渡し、特に引き受ける依頼もなかったので村を後にする。
騎士たちの方は仕事をしてからアルバンに向かうため、今度は後追いになる。
アマーリエが御者台に座り、その横にダリウスが座る。ダフネは幌馬車と並走しいる。
二頭を並足で進ませながらアマーリエはダリウス達に他の領地の話や王都の話を聞く。
麗らかな春の空、街道の脇の平原には春の野草が花を咲かせている。時々野うさぎの影が見え、穏やかな春の光景が続く。
日が中天に差し掛かる頃一旦幌馬車を留め、グレゴールが馬たちに水を与える。馬たちは周りの草を喰み始め、アマーリエ達はユグの村で作った携帯食を食べる。
「この鶏の揚げ物はエールが欲しくなるな」
一口大の大きさに作られた鶏の揚げ物を口に放り込んでベルンは噛み締めながら言う。
「生姜と塩で下味をつけてるんですよ。アルバン村についたら、味噌と醤油作るんだー」
「?」
首をかしげるダフネにアマーリエが簡単に説明する。
「豆を発酵させて作る調味料です。お米に合うんです」
「ふーん」
「クラムチャウダーも美味しいです」
ファルは保温マグの蓋を大きく開けて、バゲットを浸して食べている。
「ユグ村のミルクは美味しいですからね。今回はクリームシチューとクラムチャウダー、腸詰めもいいのがあったのでポトフを用意してみました」
「何だろ、この食生活の豊かさ。いつもは携帯食か、干し肉のスープなのにね」
グレゴールはちょっとばかり懐疑的に手元の鶏の揚げ物を見ながら言う。揚げたてで、噛めば鶏の肉汁がじわりと出て、生姜の風味が利いた癖になる味だ。
「元の旅生活に戻れなくなりそうね」
マリエッタがグレゴールが懐疑的になった部分をズバリという。
「アルバン村に定住するか?そうすれば3年はリエの食事が好きな時に食えるぞ?」
ベルンが面白そうに問いかける。
「まあ、それも悪くないかな」
冒険者になってから今まで、旅暮らしが続くメンバーはなんとなく落ち着いた暮らしというものに心を惹かれる。
「今年は、少し滞在期間を伸ばしてみるか?少しばかりあちらに着くのが遅れているからな」
「それもいいですね。ダンジョンの採集も増やしてみたいです。攻略の方に重点を置いていましたから、ダンジョンで見過ごしているものもたくさんあるはずですし」
「そうだな、米みたいに何か効果の付くものがあるかもしれないしな」
「色々採集して、調べるのもいいかもしれませんね」
ファルが薬師の顔を見せて話をする。
「そういえば、なんで騎士様達が食べた非常食は効果がなかったんでしょうかね?」
アマーリエがふと思い出して疑問を述べる。
「そうよねぇ。調理の仕方がまずかったのかしら?」
「麦とはちょっと違いますしね」
「リエ、リエ。鶏の揚げ物のおかわりがほしい」
「いいですよ、ダフネさん。どうぞ」
ユグの村で買った鶏をアマーリエにいろいろな料理にしてもらったダフネだが、中でも気に入ったのがこの鶏の揚げ物である。
「むふふ」
「醤油ができたら、お米と鶏を使って美味しいもの作りますね」
アマーリエの言葉にダフネは満面の笑みで頷く。
午後からは、グレゴールが御者台に座り、その横にベルンが座る。アマーリエは旅始まって初めての幌馬車の中である。持ってきたクッションをアイテムボックスから取り出し、ベンチに腰掛ける。幌馬車はプレーリー・スクーナーと呼ばれるアメリカ開拓時代の幌馬車によく似た構造になっている。前世で読んだ大草原の小さな家を思い出してちょっぴりご満悦のアマーリエだった。
マリエッタとファルは瞑想し、ダフネとダリウスは交代しながら馬車の中で出来る腹筋や柔軟運動をこなしている。
馬車の揺れに馬の足音、程よい陽気に誘われてアマーリエは昼寝に突入した。
ガタンという少し大きな揺れでアマーリエは目を覚ます。
「ふにゃっ?」
どうやら馬車が止まったようだ。マリエッタ達は幌馬車の中にいるが、緊張した様子がないのでホッと息を吐く。
「どうしたんですか?」
「ああ、起きたの。駅についたわよ。今は御城下に向かう商隊と情報交換よ」
ベルンと話す男の声が聞こえる。
「そうですか。馬車を降りますか?」
「もう少し待って。馬車留に移動するから」
グレゴールが、そう声をかけて馬車を動かす。少ししたところで馬車が止まり、グレゴールから降りていいと声が掛かる。
「リエ、馬の世話を手伝ってくれ」
「はい、グレゴールさん」
水桶と馬の手入れ道具一式を銀の鷹の共有アイテムボックスから取り出して馬車から降りる。グレゴールがリルとハルを馬車から外し、馬車の馬止に繋ぎ直す。アマーリエは馬の後ろから近づかないように気をつけて、水桶を二頭の前に置き、木桶に生活魔法を使ってぬるま湯を入れる。
「ハル、体拭くよ」
馬に声をかけて安心させ、馬体を乾いた布で円を描くように拭き始める。その後ブラシを使って毛並みにそって梳いていく。その後、布をぬるま湯の中で洗って、固く絞り、馬の顔を拭ってやる。
グレゴールは蹄の掃除をして蹄鉄の緩みがないか確認している。
ひと通り馬の手入れを済ませると、水桶に水を満たしてやる。二頭が水を飲み始めたところで馬車に戻る。
「リエは上手に手入れをするよね」
「そうですか?」
「うん。ダリウスさんだとあそこまで長くブラッシングさせないし、体を拭かせないんだよね」
「ダリウスさんの力が強すぎるんですかね?」
「あー、それはあるかもね」
「今日は飼葉は?」
「周りの草で大丈夫だろうから、明日の朝様子を見てにするよ」
「わかりました。それじゃあ、夕飯の支度に入ります」
「うん」
アマーリエは、馬の手入れ道具を浄化した後アイテムボックスに戻し、自分自身にも浄化魔法をかける。
自身のアイテムボックスからポトフの鍋を取り出し、アイテムリュックを背負って、すでに簡易テーブルと椅子を設置して待っているダリウスたちのところへ行く。アイテムリュックからカンパーニュを取り出してダリウスに渡し、スライスしてもらう。木の器にポトフをよそって、ファルに渡していく。
揃ったところで、食べ始めるがアマーリエはじっとポトフを見つめて考え込んでいる。
「美味しいっていいことなのかな?」
「ん?どうした。美味しいは正義なんだろ?」
ベルンが笑いながら難しい顔をしているアマーリエをからかう。
「いえ。美味しい物を食べると満足しちゃいますよね?それって、他のことに向けるやる気を奪う可能性もありますよね?」
「まあ、そこは人それぞれってやつじゃないか?」
「そうね、美味しいものを食べて心が満たされて、その生活で満足できる人もいれば、もっと美味しいものを食べたいから美味しいものを食べるためにもっと働くって人もいるでしょうしねぇ」
「未知のものを食べたいと世界中を食べ歩く人もいるかもしれませんよ」
「あはは、そうですよね。一概にこうなんて決められないですよね」
「飯の不味いところの兵は強いというがな」
「?」
「自分のところの飯がまずくて隣が美味そうなもん食ってたら、欲しくなるだろ?逆にうまいもん食べてるのに、わざわざ兵糧なんて不味いもん食べて命落としに行くなんざバカバカしくてやってられない。だから飯の旨いところの兵は弱い」
ダリウスの言葉に前世の某国家を思い出して苦笑したアマーリエだった。
「じゃあ、あまりうちの領地の騎士様方には美味しいものを食べさせたらダメですね」
「んーどうかしら?守りは強くなるかもよ?美味しいものを奪われたくないって」
「でも美味しい物って命あってのものだねじゃないですか」
「リエさん、あんまりにも不味いと逆に戦線離脱しちゃいます」
「ファルはそうだな」
ダリウスはそう言って豪快に笑う。
「ささやかなもので満足できるって、幸せなことだと思うわよ?目の前にあるその幸せを感じられなくて常に飢餓感に襲われて生きるのも疲れると思うわ」
「んーそれはそれで、向上心がなくなる方向性は嫌な気も…」
「そこは、それぞれの心の調和ではないでしょうか。ひとつぐらい譲れず、向上し続けたいものを持ち、あるものはある程度で満足する」
「そうですね、自分の心との付き合い方ってことですよね」
「食べるのもただそうしなければ体が保たないからっていう義務感の人もいるしねぇ」
「あー、いますね。後はこんなに美味しい物を食べてるんだって、誇示するために食べてる人も居ますしね」
「自分自身の幸せを実感するのか、人から幸せそうに見えたいのか。ちょっと行き過ぎるとどっちも人生の迷子になりそうだわね」
マリエッタが苦笑しながら言う。
「うーん、心の調和ってなにげに難しいことなのかな」
「考えるな!感じるんだ!なんてな」
ベルンの一言に前世の映画を思い出して食べてたものを吹き出しそうになったアマーリエだった。
「それって、感じられてる内が幸せな状態ってことじゃないかな?」
グレゴールが首を傾げながら言う。
「まあ、実際何にも感じられなくなってる時って色んな意味で危ない状態じゃない?」
マリエッタが至極まっとうなことを言う。
「そうですねぇ」
「リエ、せっかく美味しいものを作って食べてるんだ。今は美味しいのを感じればいい」
「フフ、そうですね難しく考えるのは美味しいものを作る時だけにします」
ダフネの言葉にアマーリエが頷く。
「え、他のことでも一考ぐらいはしてね」
「いや、なんかやらかす前に一考してくれ」
「いいえ、行動する前に一考してください」
「いや、なんかやらかす前には考えてほしいな」
「頼むから、いつでもちょっとは考えてくれ」
他のメンツが即行で突っ込んだのは言うまでもない。
「…そこまで考えなしじゃないと思うんですが…」
「考えなしだとは言わないわ。実際によく考えてると思うけどね、周りの被害が時たま尋常じゃない気がするの。パン屋をやめてもっと責任あるところに居らっしゃいって言いたくなるっていうか」
マリエッタがしみじみ言う。
「うーん、黙ってたほうがいいですか?」
「ウグっ、黙ってられるとそれはそれで後にもっと手に負えなくなる気もするわね」
「確かに。終わってみるとあの時に気がついてなかったらやばい状況になってた、なんてことが稀にあるよな。実際今回の件はそうだったわけだし」
「ウウウ、こうしてバルシュティンの皆様は丸め込まれて暴走に巻き込まれていくんですね」
「なまじ結果が出るだけに、あたりどころがないっていうね」
「ぬー、なるべく暴走はしないようにしてみます」
「本人はしないつもりでも、想定される結果が最悪の場合、周りが爆走せざるを得ないっていうか…」
「そうなんだよな」
「「「「「はぁ」」」」」
「書類を書くのはしばらく嫌だ」
ダフネがボソリという。
「善処します」
どこかの国会答弁並みにうそ臭い発言をするアマーリエだった。




