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バルシュティン辺境伯ウィルヘルムが騎士グゥエンから爆弾を投下された頃、銀の鷹から爆弾を落とされた各ギルド組合関連上層部も精力的に動き始めた。爆弾投下直後は見なかったコトにしたかった上層部が大半ではあったが。しかし、見なかったことには流石にできないので、上層部として取るべき平和的解決を目指し、大陸全土に魔力溜まりと魔石の件を先に公開した。
もちろん、各組織が落とした爆弾に各国首脳陣は大慌て、辛うじてバルシュティン辺境伯から先に投下されていたファウランド王国がその発表を落ち着いて受けとめた。
この時代、運が良かったのは各国が魔物の危機から抜け出しかけていた時期で、ようやく安穏とした平和な世界を人々が知り始めた時期だったことが幸いした。要するに皆、枕を高くして寝て、心穏やかに暮らせる幸せをかみしめていたのだ。そんな時に要らぬことをしようとする奴など全力排除で問題なしとばかりに多くの国や組織が平和的解決をまじめに目指したのだ。
これが、安定期も過ぎ文化の熟爛期でもあったならば、平時に乱を起こしたい奴が多すぎて、群雄割拠にでもなったであろう。
こうしてアマーリエが投じた一石はあちらこちらに様々な変化をもたらした。
で、もたらした本人はどうであったかというと、平常運転である。
書類仕事や上層部からの問い合わせなどで忙殺されていた銀の鷹のメンバーを尻目にユグの村で大いに酪農品を満喫していた。
たまに、メンバーやグゥエンに意見を求められたりはしていたが、村民に混ざりこんで、新しいお菓子を作ってユグの村の新名物にしたり、村の婦人たちとレシピ交換したりメンバーが落ち着くまで実に充実した日々を送っていた。もちろん作ったお菓子をメンバーに差し入れしたりして労ったりしていた。
「お、終わったか?」
「やっと一段落しましたか?」
「とりあえず、各地の魔力溜まりの位置の確認と警戒、解析は始まったわね」
「なんか、いつもより濃い日々だった気がするな」
「…もうしばらく書類は見ないぞ」
「…疲れたね」
どうやら目処が立ったらしく炊事場で死に体になっていたメンバーにアマーリエが声をかける。
「お疲れ様でした」
「…リエはこの数日、実に楽しそうだったな」
ジト目で言うベルンに、アマーリエは真面目くさった顔で答える。
「楽しむだなんて。バルシュティン辺境伯領をもり立てるために一生懸命村おこししてたんですよ」
「確かにユグ村名物のお菓子や料理がたくさん出来たがな」
きっちり甘いものは味見したダリウスも、ちょっとばかり目がすわっている。もちろん銀の鷹も騎士たちもアマーリエが魔力溜まりと魔石の件に対して何らかの責任があるとは思ってもいないし、直接関わらせることも出来ないのは立場的なことも踏まえ理解はしていた。ただ仕事を増やされたような気がしてちょっとばかり恨めしいのだ。美味しい物でごまかされたりなんかしないんだからね!が心の声であるらしい。
「でしょ。これでこの村に来る人も増えるし交易も増えます」
欲しいものがあれば、そこに通う人間が生まれるのも、その欲を商売に変える人間が生まれるのも当然の帰結だ。
「…村役場に転送陣が設置されたって?」
小型の転送陣を持って、ご領主に仕える魔道具製作士がやってきたのはグゥエンが報告書を送ってからすぐのことであった。村役場の人たちも驚いていたが、転送陣があれば危急の際はご領主様と連絡が取れるとなって安心していた。もちろん、この村だけでは都合がわるいので、他の村役場にも転送陣を設置することになったが。
「あれは、ご領主様のわがままであって、私の関知するところではありません」
「お菓子が食べたいためだけに転送陣設置するとか、あのご領主どこまでとぼけてんだか」
「ダールさんもご領主を働かせるために今回だけは目をつぶったと聞いたが」
ダリウスが首をひねりながら言う。
「まあ、実際今度の件で一番頑張ったのはご領主だろ。国に根回ししたり領内の魔力溜まりの調査の指揮、各組織との調整。ダールさんも手伝っただろうが、なんやかんや調整役として大変だったようだぞ」
ベルンに届く領主の連絡の最後の方はほとんど愚痴と泣き言だった。
「そうみたいですね。ダールさんからお菓子送ってくれって言われるなんて思いもよりませんでしたから」
役場に、転送陣を使ってダールから手紙が銀の鷹宛に届いた。手紙の文面のほとんどはアマーリエ宛のようなもので、新作でなくてもいいから何かしらお菓子を送れとの指示で、魔力溜まりと魔石に関する問い合わせはオマケ扱いのようになっていてベルンがこれでいいのだろうかと悩んだのは内緒である。
アマーリエは毎日役場にお菓子を持って行き、役場の窓口の人と懇意になったのは言うまでもない。もちろんお菓子は、大変重要なものを銀の鷹がご領主あてに送っている体はとったが。さすがにお菓子送ってるだけなんて、ご領主の体面に関わるだろうというアマーリエの配慮だ。
「あの厳しいダールさんがご領主を甘やかすまでの事態になるなんてよっぽどな気がします」
ファルが同情たっぷりにしみじみ言う。
「でも最初の段階で最悪の事態がわかってたから、後手後手にまわる状態ではなかったのは幸いだったわよね」
マリエッタがそれだけが救いだったとばかりに言う。
「上手くもっていけたしな」
いつもは腰の重い上層部を素早く動くようにプレッシャーをあえてかけて報告書に書いたのはここだけの話だ。
「アホなことをしようとした奴は、もれなく各組織が協力して対処したみたいだし、しばらくは平和だろ」
やはり、魔石と魔力溜まりの話が出て良からぬことを考えた人間はいるようだったが、きっちり網を張っていたためとりあえずは大きな問題にまで発展せず終わっている。
「そうですね、あとは魔力溜まりの解析結果待ちですね」
「それは、もう上層部の対応になるからな」
「多くの方がノールさんみたいな方ばかりでよかったです」
しみじみとアマーリエが言う。
「そりゃ、上の連中は魔物で苦労してきてるからな。やっとのんびり出来るようになったのに、魔王クラス降臨とか冗談じゃないだろ」
「ですね。すべての魔力が奪われたり、一処に集中するなんてとんでもない事態ですし」
そうなったら、また生き残ることしか考えられない殺伐とした世界に逆戻りである。
「魔石の方は、案外いい方向に話が向いてるわよ。魔力過多で自家中毒起こす人の魔力を魔石に移すことで安定させたりとかね」
ほとんどの人間がそれぞれの器にみあった魔力を持って生まれてくるこの世界で、時に器以上に魔力を保つものが生まれる。魔力過多の多くは魔力の影響で身体に負荷が出て上手く育つことなく命を落とす場合が多い。魔法士がそばにいる環境で生まれた者が魔法を使うことを教えられ、自己の魔力を減らすことが出来るようになり辛うじて育つという状態だったのだ。
「あれ?人の魔力って移しにくいんじゃなかったんですか?」
「自分の力を自分で移すのはね。でも他人の魔力をそのまま移すのは、相手の同意があれば可能みたいなのよ」
「ああ、同意があれば出来るんですね」
「そりゃね、勝手に奪われちゃ命にかかわるからね」
「魔力暴走や暴発を起こしやすい幼児期の子どもたちを守るのにも役立つみたいですよ」
幼児期に無意識に魔力を扱ってしまう者もいる。感情の爆発と同時に魔力も爆発するのだ。魔力との親和性が高く、魔力の器が大きな者ほどこの傾向にあり、その爆発も大きなものになって被害も深刻になる。
魔力が膨れ上がるタイミングでその魔力を吸収する魔法陣を施した袋に空の魔石を入れ、自分の子供にお守り代わりに持たせた魔道具屋がでたのだ。まだまだ改良や悪意の防止策も必要な道具ではあったが、子どもとその周辺の安全を守る大事な道具が出来たといって間違いないだろう。
「おお、良かった。あれは本人も周りも色々傷つくからな」
「なんやかんや色々と大変でしたが、いい話もでてますので良かったです」
「柵を直しに行ったはずが、ここまで話がでかくなるとはなぁ」
ベルンが深々とため息を吐きながら言う。
「魔力感知も調べてみた結果、触覚、視覚、聴覚で感知してるみたいね」
「大体の人は肌で感じるというのが多かったようですね。あとは、感じられる魔力量にもやはり差がある様で、そこも詳しく調べることになったようです。魔力溜まりの解析にも必須ですしね」
「そりゃ感じ方が違えば、使い方も変わってくるからねぇ」
「魔道具組合の方でも魔石の使い方が変わってくるという話が出てるね」
「動力として使い方を変えたり、魔術式の組み方を変えたりするようですね」
「これでまた、色々変化が出るだろうなぁ」
「魔法職関連はいろんな常識の見直しに入ってるわよ。それのお陰で、滞っていた分野も捗りだしたみたいだし」
「なんか地味に苦労したかいがありましたよね」
「うんうん」
「やれやっと、アルバンに向けて出発だな」
「しばらくはのんびり行きたいね」
グレゴールの言葉にメンバーは深ーく頷いた。
「予定が大幅に狂ったからなぁ、こちらも騎士たちも」
「かと言って、騎士の方は道中の仕事を取りやめるわけには行きませんからね」
「こちらも道中先の魔力溜まりの結界張りと魔力処理依頼を受けてるからなぁ」
「場所がある程度わかってる分、少しは楽ですけどね」
領主から冒険者ギルドを通して、アルバンまでの魔力溜まりの位置が銀の鷹に連絡され、合わせてその魔力溜まりの処理依頼も出されたのだ。
「少し、余裕を見てこの先の食料や回復薬を用意しないといけないね」
「ああ、そうだな」
「アイテムボックスをもう一個増やすか?」
「それがいいわね」
「じゃあ、私は頑張って美味しいものいっぱい作ってアイテムボックスに詰め込みます!」
「そうしてくれ。次の村までは半日もかからんが、その次の村までが3日ほどかかる。途中の駅で泊まることになるからな。明日の昼出発するからそれまでに作れるだけ作ってくれ」
「わかりました。野宿か、どんな感じだろ」
「リエは初めてだから、眠れないかもしれないわね。睡眠導入の魔法が必要になるかしら?」
「眠れなかったらお願いします」
「リエは、どこでも眠れそうなたくましさを感じるぞ」
ダフネがボソリという。
「うーん、違うところで寝るということ自体が初めてでどうなるかさっぱり見当もつきません」
「まあ、考えてもしょうがないわよ。さ、出発の用意をしましょう」
「はーい」
こうして、ユグ村で起こった魔力溜まりの事件は解決し、アマーリエたちもアルバンに向けて出発したのである。




