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牧場についた一行は、それぞれ騎馬、馬車を留め、装備を整える。
「ベルンさん、お米なんですが今渡したほうがいいですよね?」
「そうだな」
「ではみなさん、支援効果アイテムを配りますので順番に並んでください」
「?」
言われるままにとりあえず並ぶ騎士たち。
「はい3個ずつ。一個食べると極弱いリジェネ効果が鐘4つ分持続します」
「「「「は?」」」」
「アルバンのダンジョンで取れる穀物で、あちらの駐屯地の非常食になってるそうなんですがご存じない?」
騎士たちの反応に首を傾げるアマーリエ。まずくても食べているなら効果があることぐらい知っていると思ったのだ。
「いや、ダンジョンから取れるものを非常食にとってあるとは聞いているが、支援効果は初めて聞くぞ?」
「あれ?」
「変な臭がして不味いと、あちらにいた騎士の方に聞いたのですが」
ファルが騎士から聞いたことを伝える。
「一応それを調理したんですけど」
その言葉に思わず手にしたものを疑惑の眼で窺い見る騎士たち。
「一応美味しくなってますけど、ただ慣れないと美味しく感じないみたいなんですよね。よく噛んで食べると甘みが出てきますので、飲み込まないでくださいね。一口20回推奨です!」
銀の鷹のメンバーにも手渡しながらアマーリエは米の説明をする。米よりもパンのほうが風味があり粉を調理してある分、糖分を感じやすいため、どうしてもはじめのうちは米の美味しさに気が付かないのだ。胃から腸への移動に米は2時間以上もかかるが、パンは口内の消化で分解されやすく、胃であっという間に消化される。そのためパン食になれると、米を食べると胸やけのような状態を起こすこともあったりする。
ファルが、1個を早速食べ始める。
「むぐむぐ。ムグムグ。むぐむぐむぐむぐ…ゴクッ。ふぅ、たしかによく噛むとほんのり甘くなります。しっかり握ってあるようなのに、一口食べればポロリと口の中で粒が崩れ、塩の味と相まってじわりと美味しさが口の中に広がります」
「いや、あの、ファルさんどこの料理漫画かと…」
思わず突っ込むアマーリエ。
「これも手軽に食べられるが、なんとなくこの間のパエリアは味がしっかり付いてたから寂しく感じるなぁ」
「まあ、具を入れたり混ぜご飯でもいいんですけどね。今日は時間なかったので塩のみです」
「昨日のドリアも味がついてたから、確かに味がないとやっぱり寂しい気がするわ」
「え、昨日も食べたの?うわー、だったら薬草摘まずに早く帰ってくればよかった」
心底残念そうにグレゴールがいい、ダフネが頷いている。
「ぜひそのドリアを食べたいのだが」
至ってまじめにダリウスが要求する。
「はいはい」
大騒ぎする銀の鷹をよそ目に、騎士たちはこわごわ塩むすびを口にする。
「ん?」
「うん、かすかに甘いな。お、たしかにリジェネ効果が出てるな」
「不味いって言うから、身構えちゃったけど。大丈夫、私これ好きだわ」
「結構かむのに顎使いますね」
「噛むのって大事ですよ。特に騎士や冒険者の方は。力を出す瞬間に奥歯噛み締めてると思いますが、日頃から噛んで鍛錬してないと、その力が出にくくなりますからね」
「え、そうなの?」
「そうなんです。グレゴールさん弓を射る瞬間歯をくいしばってませんか?ダリウスさんは相手の力を受けたり逃したりするその瞬間とか」
「「…してるな」」
「噛めなくなると、力出しにくいはずですよ。奥歯に何か物挟んで試してみるといいですよ」
「むむむむ」
皆何やら噛み締めて普段の自分たちの行動を振り返っているようだ。
「はいはい、そこまでにしてね。みんな食べ終わったの?そろそろ探索しないと日が暮れちゃうわ」
ずれ出した会話を本筋に戻すマリエッタ。
「はーい」
「そうだな、では足跡はどちらに?」
「ああ。こっちだ」
ぞろぞろとベルンの後をついていく。
「こっちの方が森から出てきている足跡だ」
「まだ匂いがきつい。かなり辿れるぞ」
ダフネがその足跡の先を見て言う。
「かすかに魔力の痕跡も残ってるわね」
マリエッタも魔力感知のスキルを使って確認する。
「辿れるところまで辿って、その後手分けして探しましょう。ダフネ殿、マリエッタ殿すみませんが先頭をお願いします」
グゥエンはそう言って先頭を二人に任せる。皆は二人に続いて森に向かって歩き始めた。ダフネがナイフで下草を刈り、マリエッタの後に続く騎士がさらに草を刈って道を広げていく。
暫く行くごとに、ダフネとマリエッタが状況を伝える。
「リエ、きのこはダメだよ」
目についたきのこをじっとみているアマーリエにグレゴールが苦笑しながら言う。
「あれは食べられません。痺れます」
きのこを指さしながらアマーリエが言う。
「え、痺れるんですか。麻痺薬に出来ないでしょうか?」
「どうでしょうねぇ?」
「ちょ、ファルが食いついてどうするんだよ」
「あ、すみません、進みましょう」
時々脱線しつつも、特に問題なくかなり森の奥まで進んだ一行だった。
「少し魔力が大きくなってきてるわ」
「足跡はまだ辿れる」
「一旦休憩をいれましょう」
グゥエンの言葉で休憩を取る。アイテムポーチやリュックから保温ボトルを取り出す銀の鷹に視線が集まる。
「リエ、またやらかしたのか?ダールさんは知ってるのか?」
こっそり端によってリエに小言を言うノール。アマーリエが小さい頃からの付き合いなので、従者や准騎士がいない今は、私的な顔を出す。
「またってなんですかノールさん、またって。私は快適な旅のお供が必要だったんです。それにダールさんが知らないことなんてないですよ」
アマーリエもノールの砕けた調子に村娘その1のねこが剥がれ、普段の調子が出てしまう。
「そりゃそうだがな!はぁ。で、それは?」
「保温ボトルです。拡張魔法は使わずに保存魔法だけ使った飲み物を入れるボトルです。昔からある水筒や水袋だと手回りの荷物が増えるし、馬車で出しっぱなしでもこぼれずにすむのが欲しくて作ったんですよ。御城下での発売はレシピの登録後なのでしばらくしてからです」
「短期移動には便利そうだな。魔法条件が反発しないならいくつかアイテムポーチに入れておけばいいしな」
「液体系の採集依頼にも使えるかもと銀の鷹の皆さんおっしゃってましたけど」
「なるほど、たしかにその使い方もいいな」
「で、問題無いですよね」
「だぁ、もう。結局丸め込まれちまうのか」
「出発するぞ」
「ほらほら、ノールさん行きましょう」
アマーリエに背中を押されてノールが列に戻る。
「リエ、疲れてないか?」
ベルンの声掛けにアマーリエは問題無いと答える。
「ベルン、その子身体強化のスキル使ってるから大丈夫よ」
前からマリエッタが笑いながら告げる。
「は?なんで身体強化スキル持ってんだ?ギフトか?」
「いえ、パン屋をやるには必要なスキルだったんです。パンを捏ねるのは力仕事なんですよ」
「なるほどなぁ。それで身体強化取れるって…」
「父も持ってますからね」
「そうなのか…」
さすがにベルンの中でも普通からかなり変にシフトされたアマーリエだった。
「獣の気配がしなくなってきたね」
グレゴールが探索スキルを使ったのか、周囲の状況を漏らす。
「鳥の声がしないのは分かるんですが。魔力溜まりがあると動物っていなくなるんです?」
不思議に思って、アマーリエはグレゴールに質問する。
「魔力溜まりに魔物が生まれると弱いものほど避けるようになるかな。あとは魔力溜まりの規模も関係するかも」
「結構近づいてきてるわよ。魔力はあまり大きくないわ。まだ初期に近いわね。他に魔物の気配はないわ」
「手分けして探さなくても良さそうですか?」
グゥエンが少しホッとした様子で問いかける。
「ええ、この様子ならそのままたどり着けるわね」
「よっし、帰りにキノコ狩り!」
「いいですね!」
「そこの二人!緊張感なさすぎよ」
「すみません」
「う、すみません。あ、あの魔力溜まりの消滅ってどうやってやるんですか?」
「同程度の魔力を練った攻撃魔法でドカンと一発!だよ」
「ち、力技なんですね」
「まぁね。だからあんまり大きな魔力溜まりだと上級クラスの魔術師がいないと処理できなかったりするんだよ」
「そうなんだ」
「着いたわよ。あの辺り」
「ホントだ、なんかモヤ〜ってしてる」
「「「は?」」」
「え?」
「もやーってなにもやーって」
「だからこう陽炎みたいにゆらゆら歪んで見えるんですけどあの辺り。違うんですか?」
「…この子の魔力の感知の仕方って視覚なのかしら?」
「え、何、マリエッタさんそうじゃないの?」
「私もファルもなんとなく肌であそこに魔力があるって感じてるのよ」
「私も、魔力感知はありますが、肌で感じ取るような感じですよ」
ミカエラも同調する。
「見えたら変?」
「聞いたことないわね」
「「はい」」
魔法職の3人はすかさず否定する。
「がーん」
「マリエッタさん、魔法士ギルドに魔力感知スキル持ちの感知の仕方を確認するように連絡したほうが良いのでは?私も神殿に連絡入れます」
「私も騎士団の方で確認する。感じ方なんか今までお互いに確認したことなかったからな」
「もう、あんたってば私達の仕事増やし過ぎよ!」
「え〜、私のせいじゃないと思うんですけど」
「いや、間違いなくあんたがきっかけ!」
マリエッタの言葉にノールが頷く。
「ほっとけばいいじゃないですか、面倒なら」
「ほっとくほうが面倒になります。この場合」
諦めの入ったファルの言葉に周囲は深く頷いた。瑣末なことと放置すれば結果命取りになる可能性があることを経験上わかっており、面倒でもその場その場で瑣末な問題を潰していくからこそ上級冒険者や誉れ高き騎士へと至るのだ。
「まあ、見えるんなら手っ取り早いわね。で、リエ、どの辺りがもや~なの?」
「あの倒木と倒木が重なった大きな隙間の辺りがモヤ〜っとしてます」
「んじゃ、一発」
気を取り直したマリエッタが、魔力消滅に移る。
「あ、あのマリエッタさん。質問」
「ん、もう何?」
「魔石から魔力取り出すのと逆で魔石にあの魔力取り込むのって出来ないんですか?」
「…やったことないわね。出来ないとは言い切れない。そもそも、魔力の集積圧縮を試みたのは動物にだったわけだからね。魔道具への術の定着はしても、魔石にしたことはない。そもそも魔石は魔力の供給源ってだけだしね。魔力がなくなったら、宝石として扱われるのよ。ちょっと待って、ポーチに魔力切れした魔石があるわ」
「あれって、近づいて大丈夫なんです?」
「あの感じなら、魔力酔することはないと思うけど…行ってみるのが早いわね」
「はい」
アマーリエが誘導してマリエッタと一緒に魔力溜まりに近づく。
「この辺りなんですが。なんか住んでたような感じですね」
「ベルンが倒したイノシシの巣だったのかしら?だから知らない間に魔力が蓄積した?まぁ、それは後で。リエ、中心に、これ置いてみて」
マリエッタは自身の拳よりも小さな魔石をアマーリエに手渡す。
「はい。ここですね」
「…いつもと逆。周辺の魔力を石に流し込むようにっと…できるわね」
「できちゃいましたか。その石に全部入ります?」
「うーんちょっと無理ね。もう一個いるかも。とにかくこの石に入れちゃってっと。…これ以上は入らないわね、次の石を出すわ」
「おお、もや~っとしてるのが小さくなった。石が魔力たっぷりになってる。はい、マリエッタさん、これ。次の石ください」
マリエッタに渡された空の石をまた中心に置く。
「…よし全部入ったわ。で、どうよ、もや〜ってしてる?」
「してないですね」
「私も、もう感じないわ」
「成功ですか?」
「成功ね、石にちゃんと魔力が落ち着いてる」
二人の行動に、魔法職は大騒ぎ、物理職は何が起こっているのかわからず怪訝な顔だった。




