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宿に戻ったアマーリエとマリエッタは一旦部屋に戻って必要な物を持って炊事場に降りた。
時間はまだ鐘2つを過ぎたばかりだ。
「リエ、何を作るの?」
マリエッタはテーブルに魔法紙と魔力インクを広げ依頼のあった護符を作り始める。アマーリエは竈と石窯の火をおこしながらマリエッタに応える。
「そうですねぇ、お昼はエビドリアとデザートにミルク寒天。ファルさんと買った甘いお芋でお菓子も作ります。夕飯もこの際なので作っちゃいます。アイテムボックスって便利ですよね。出来たてがそのまま保つんですから。まとめて作っとけば一生御飯作らなくっていいんですもんね」
「あはははは。でもやんないでしょ?」
「はい。作るの好きですから」
アマーリエは必要な材料をリュックと今朝買った買い物袋から取り出していく。
「それに、そこまでの量を入れる拡張魔法と保存魔法ってどんだけよ」
大量の料理を収納するところを考えてげんなりするマリエッタだった。
「ですよね。さて、3人分だから2合分あればいいかな」
リュックから小分けしておいた籾を取り出す。
「ちょっと、リエ」
「なんですか?」
「それリジェネ効果のある穀物じゃないの?」
「マリエッタさん、米です!」
「…、わかったわ」
ただ美味しい物を食べたいだけのアマーリエに支援効果のある食べ物だといったところで何の意味もないことに思い至ったマリエッタは色々諦めた。
アマーリエは調理に使う道具を用意したあと、棒寒天をボールに入れて水に浸す。
籾は生活魔法で脱稃、精米をして、ボールに水を出して米を研ぎ始める。
「小器用ねぇ」
「そうですか?生活魔法って便利ですよね」
「いや、あんた便利って。そこまで属性絡めて少量の魔力で魔法使うってかなり高度なことよ」
「?」
ちっともわかっていないらしいアマーリエにマリエッタは忠告する。
「才能のない魔法使いの前でそれ使わないほうがいいわよ、嫉妬でおかしくなると思うから」
「え」
「普通の魔法士は属性攻撃魔法一発ドカーンがせいぜいなの。才能のある魔法士でも同時に3つの属性をバラバラに展開して撃つぐらいよ。あんたみたいに属性混ぜて効率よく魔法使うなんて器用な真似はできないの。たとえ生活魔法であってもね」
「…そんなこと初めて言われました」
「そりゃ家の中でしか使ってないなら今まで誰も気が付かなかったんじゃないの?」
「言われてみればそうです」
「気をつけなさいね。そうでなくても色々やらかしてんだから。はぁ、魔力値が低いのが救いねぇ」
「はーい」
アマーリエは米をざるにあげてしばらく置いておく。その間に、玉ねぎ1個をみじん切りし、エビの下処理をすませ、フライパンを温め始めた。
ベシャンメルソースを作るのだが、ダマにしないために玉ねぎに薄力粉を絡めて作る方法をアマーリエはとった。みじん切りにした玉ねぎの半量を大さじ一杯のバターで炒め、しんなりしてきたら同量の薄力粉をふり入れて玉ねぎに絡めて焦げないように炒め、牛乳を少しずつ入れて木べらで切るように混ぜる。もっちりとした塊になってきたらミルクを入れるのを一旦やめて皿に取り出す。フライパンに浄化魔法をかけて次はミルク寒天の作業に移る。
鍋にカップ2杯と半分の水を入れて、水につけておいた棒寒天をちぎって放り込み煮溶かしていく。透明になったところで砂糖を入れ、少し味見し竈から鍋をおろして同量の牛乳を混ぜ込む。水で濡らした深皿に流し込み、冷蔵魔法をかけてテーブルにおいておく。小鍋でシロップを作ってそれも冷蔵魔法をかける。
「うーん、みかんが欲しいけどないのはしょうがない。さてお米を炊くか」
分厚目の鍋にざるの米をあけ、水を入れる。手を米の上において水の量を確かめる。女性なら手首まで、男性なら手の甲まで水がきていればいい。
ふたをした鍋を火にかけ、ここからが真剣勝負である。灰バケツを側に持ってきて、左手に木杓子、右手に火箸の二刀流である。気合の入ったその姿に思わずマリエッタは声をかける。
「…リエ、あんたなんと戦うの?」
「強いて言うなれば竈の神様と火の神様です!」
「…あっそ」
鍋がカタカタと音がしてきたら、吹きこぼれる寸前で、薪を灰バケツに放り込んで火力を弱める。木杓子を鍋の蓋にあてて、鍋の振動を探る。アマーリエはコトコトと弱火で煮ている音になっているのを確認して、
湯気の量が減ってくるまで暫し待つ。鍋がプスプス言い出したら一瞬蓋をとって水の有無を確認し、なければ蓋をして火からおろして蒸らしに入る。勝負あったようである。わら(一気に燃えるので火力が瞬間的に上がる)があれば、火力の調節はもっと楽になるのだが、ないものはしょうがない。
「よし、成功!さてソースの続きー」
鍋をテーブルにおいて、竈に薪を戻して火力を上げる。フライパンを温めてバターを入れ玉ねぎを飴色になるまで炒め、そこにエビを入れ、商業ギルドで買った旅行用スープの元の粉末をいれる。塩コショウをして、皿によけておいたベシャンメルソースの塊を入れ、少し濃い目のとろみになるまでミルクを継ぎ足していく。
「こんなもんかな」
フライパンを火からおろして、鍋の米を確認する。
「うん、美味しい。さて…、陶器の皿がないから持ってきたタルト型を使ってと」
リュックから取り出したタルト型に米をよそい、ベシャンメルソースをかけていく。勿論エビはきっちり3等分である。チーズをその上からたっぷりすりおろし、パセリを刻んで振りかける。
石窯の薪を取り出して灰を避けてスペースを作ると、なるべく手前に型を並べて石窯の蓋を閉じる。
「さて、芋を蒸すか」
紫と黄色の甘藷を3本ずつを洗い、寸胴鍋に水を入れ火にかけその上にざるをおいて芋を入れ、蓋をして芋を蒸す。少しだけ残ったご飯は、おにぎりにしてのりを巻き、包み紙でくるんでリュックに放り込む。
一旦使った道具を浄化魔法できれいにし、石窯を確認する。
「もう少しかな〜」
「チーズのいい匂いがするわねぇ」
「チーズがカリッと焦げてると美味しいんですよねぇ」
キャベツの葉をむいて水洗いし、大量に千切りにする。ボールに氷水を作り、せん切りしたキャベツを2分ほどつけて、水切りする。空のボールに入れてリュックに放り込む。
もう頃合いと鍋つかみを両手にはめて、石窯からドリアを取り出しテーブルに運ぶ。チーズの香ばしい匂いがあたりに漂い、マリエッタがまじまじとドリアを見る。
「あら、美味しそうね!彩りもきれいだし」
「ムフフ、そうでしょうそうでしょう」
熱々のままのドリアをリュックにしまっていく。ここで大事なことだが、そのまま保存されるので取り出すときにも実は鍋つかみが必要になるのだ。
芋を蒸している鍋から、芋のいい匂いしてきだした。アマーリエはフォーク片手に蓋を開け、芋にフォークを突き刺してみる。
「ちょっと通り具合が硬いなぁ。もうちょいかな?」
蓋をしなおして、出しておいたバゲットをチーズおろしでおろしてパン粉を作っていく。半分おろしたところで手を止めて、再度芋の様子を見て竈から寸胴鍋をおろした。芋の入ったザルごとテーブルにおき、ボールを用意して、その上に粉ふるいを逆さにして入れ、芋の皮を剥いて紫と黄色の芋を別々のボールに手早く裏ごししていく。
「熱くないの?そのお芋」
「熱いですよ、手に耐熱スキル使ってます。このぐらいの熱さまでなら、大丈夫なんですよ。さすがにドリアはつかめませんけど」
アマーリエが日々のパン焼きで取得した後天性のスキルの一つだ。
「なるほど」
それぞれの芋のボールにバターと砂糖を入れて練る。クリームを入れて硬さを調節し、丸められる程度の硬さになったところで一旦おく。別のボールに卵を2個割り入れてほぐし、石窯用の天板に油を薄く塗っておく。芋だねを6等分ずつし整形し天板に載せていく。卵液を芋だねの上に塗ったら、石窯に天板を入れて焼いていく。
マリエッタの護符の方もずいぶん進んでいる。アマーリエの知るネズミよけの護符から見たことのない護符まで何種類化の護符が種類別に積まれている。
アマーリエはまた一旦ここで使った道具を浄化して、使わないものを片付けていく。そして、浅い皿に小麦粉を広げ、残った卵液とパン粉のボールを順に並べていく。
朝買った豚のロースを厚めに切ったあと、筋切りをし、包丁の背で軽く叩いていき、表裏に塩コショウをする。あとは、卵液、小麦粉、パン粉の順に衣をつけて皿に置く。
もう一つの竈に油を入れた深めの鍋を置いて、石窯の中を確かめて天板を取り出して、きれいな焼き目の着いたスイートポテトをテーブルで冷ます。
「あら、きれいな色ね。それにいい匂い!」
「でしょ〜。港町って御城下に入ってこないものも色々あって楽しかったです。」
油の温度を確かめて、肉が厚めなので一度低温の油でじっくり揚げ、一旦引き上げたら油の温度を上げて二度揚げをする。
からりと揚がったロースカツもすぐさま紙に包んでリュックにしまい込む。
あとは芋と人参を適度な大きさに切って茹でた後、マヨネーズであえてサラダを作り、こちらは冷蔵魔法をかけてテーブルに放置である。油を浄化魔法できれいにし再度使えるようにする。
すべての道具を片付けて、アマーリエは冷蔵魔法をかけたものを一旦リュックに入れ部屋に戻り、冷蔵魔法をかけたものをリュックから再度取り出して部屋の小さな机に置いた。
「終わったー」
炊事場に戻ってきたアマーリエは椅子に座り込む。
「お疲れ様」
「マリエッタさんの方は?」
「後もう少しで終わるわね」
「見てていいですか?」
「いいわよ」
「すごく繊細で綺麗ですね」
「そうねぇ、繊細できれいな護符ほど魔力を宿しやすくて効果を発揮するからねぇ」
「なるほど。やっぱり練習するんですか?」
「そうよ。最初は線だけ。縦の線、横の線、曲線ってぐあいにね。きれいな線が書けるようになったら、一番簡単な模様から覚えていくのよ」
「気が遠くなりそうですね」
「そう言うリエだってパン作りをするのにひたすら簡単なことから繰り返して作ってきたわけでしょうに」
「仕事は違えどやることは同じですか」
「そうじゃない?ベルンやダフネは毎日同じように剣の型を振るってるわよ。グレゴールは射の練習をしてる。ダリウスも体を鍛えるために毎日鍛錬してる。そう言う単純な積み重ねが、今の私達を作ってるのよ」
「そうですね」
「さてと、できた。すぐ道具を片付けちゃうわ。役場に持って行って、その後ちょっと散歩しましょうか」
道具を片付けたマリエッタと連れ立ってアマーリエは役場に向かった。