3
一番星が輝く頃、村に辿り着いた騎士たちは、出迎えた村長の挨拶を受けてから、村にある騎士の宿泊施設へと向かった。
食事を終えたあと、グゥエンは自分の個室にノールを呼んだ。
「ノール、私はダメだな。至らなすぎる」
グゥエンがこぼす。
「いいえ。ダメではありません。望む場所が高ければ、至らぬと感じるのはどんな者でも当たり前のことです。その至らぬことにあぐらをかかず精進していらっしゃるグゥエン殿は、よくやっています」
「しかし…」
「グゥエン殿、闇雲に落ち込まれても何もなりません。今回至らなかった点を省みて、次回に活かせばよいのです。その至らなかった点も短期視点で見た場合、中期視点で見て、長期視点で見て、超長期視点で見るということが大切です」
「ノール」
「短期視点とは、この場合、この行軍そのものです。中期視点とは、この任務についてです。長期視点とは騎士団の有り様について、超長期とは騎士団がご領地や領主様に如何に貢献するかということです」
「ノールのほうがよほど上に立つにふさわしいな」
「いいえ、グゥエン様。私は、上に立つには厳しさが足りません。切り捨てることが下手なのです。ならば自分が超長期に見てふさわしいのは、より上に立つにふさわしいものを育てることだと思ったのです。それ故の現在の地位です」
淡々と話すノールに、グゥエンは焦るあまりに自分自身も周りも見えなくなっていた自分にようやく気がついた。
「…私は自分自身で作ったみえぬ期待に応えよう応えようとして、何もできていなかったんだな」
「そこに至れたのであれば、もう大丈夫ですね?」
「ああ、ようやく、昔アマーリエに言われたことが腑に落ちたよ」
「?」
「『あなたは誰のために何のために生きているの?』だ。私は皆のためにと頑張ってきたつもりで、結局は自分のために生きていたんだ。周りから自分がいい子にみえたいとな。だが、いい子とは何だ?人によっていい子だと思う行動など変わってくる。そんなものに合わせようとすれば、ぶれてしまうのは当たり前だ」
そう自嘲するするグゥエンに、否定することをせずノールが話を続ける。
「皆、突き詰めれば自分のために生きているのではありませんか?私の望みは穏やかに暮らすことです。騎士としてありえないことでしょう?ですが、その望みを叶えるためには、騎士となりご領主様の望みに沿うことが最善だと思い至ったからこそ、こうして騎士として在り続けているようなものなのです。ただ、その突き詰め具合が甘いと失敗するだけなのでは?アマーリエなど自分が美味しくごはんを食べるために周りも美味しく食べてもらえるものを作ってると言ってましたよ。ひもじい者やただ生きるためだけに食べ物を口にする者を見れば、自分が美味しい物を食べていても砂を噛むような心地しかしないから嫌だ。なら周りが飢える事のないように自分ができることをすると実に清々しいほど利己的な意見を申しておりますよ」
「自分が美味しく食事をするためか…アマーリエ。あれは自分自身を偽らぬ生き方を選ぶのだな」
「まぁ、人にどう思われても気にしないというのはなかなか図太くあらねば無理ですがなぁ」
「よし!私も開き直る。自分勝手上等だ!私が望むのは皆の笑顔だ。私は皆が笑ってくれていたらとても安心するんだ、自分自身が。それは私が主だと認めたご領主様の望みを叶えれば到達する望みだ。今回、私が至らなかったところを見つめなおして修正していく」
ダール家の者らしく、ようやく自分の欲に偽らぬ生き方を決めたグゥエンだった。
「微々たる力でしょうが、私も力を貸したいと思います」
「頼む、ノール」
ようやく浮上したグゥエンは、ノールと行軍、騎士たちの統制様々なものを見直していき、明日また、騎士たちを揃えてさらに今後のことを詰めなおすことに決めた。
また、同じ頃、イルガは悶々とイーニアスに言われたことを考えていた。
同じ部屋の少女従者たちは、自分たちの騎士からイルガ自身が気づいて態度を改めることがイルガを成長をさせるから、イルガが尋ねるまではじっと手を出さず我慢しろと言われている。そうやって、人の成長を待つのもまた自分自身を育てることだと諭されている。
しかし、いつイルガから尋ねてくるのかジレジレしている者達は、まだまだ待つことに慣れていなかった。
「…イルガ、私ちょっとお手洗いにいってくるね」
「あ、うん」
「あたしも」
そう言って出て行く仲間に思わず縋るような視線を向けるイルガ。その視線を感じても、ぐっと堪えて、言われたことを守って部屋を出る仲間たち。部屋を出て待ち受けたのは、他の部屋になっている少年従者たちだ。
「イルガはどうだ?」
「はぁ、聞かないでー、耐えるって私には難しすぎる」
「でも攻城戦には必要な力よね」
「あんたは冷静すぎ。でも、なんでわたしが、あの子にいらいらするのかようやくわかったわ」
「自分たちが努力してるのに、あの子は努力してない。自分と同じようにしてないのが不愉快、だからイライラする、ね」
冷静な一人がそれに答える。
「いや、一応イルガなりに頑張ってると思うんだが」
言葉を濁すように言う従者もいる。
「あー何だろ、そういうことじゃないのよ。努力して見えるとか見えないとかじゃないわよね。努力って誰かにみてもらうためにしないでしょ?自分が成し遂げたいことのためにするんでしょ?だから努力したいかどうかなんて本人が決めることで、周りが決めるこっちゃない。つまり他人に対して努力してないっていらいらするのはおかしいってこと」
「そうなんだよね。…それに努力してるかどうかなんて結局は誰にもわからない。周りからはすごく頑張ってみえたって本人は好きで楽しんでるだけで頑張ってるつもりはないことって有るよね?逆に本人が努力してるつもりでも、周りからすれば見当違いの方向に走ってることもあればちっとも努力が足りてるように見えないことも有るんだし」
「本人だって、後から考えたらあの時はすごく頑張ってたって思うこともあれば、今のがあの頃よりもはるかに頑張ってるってことも有るな」
そこで自分自身も省みて、ため息を吐く従者たち。
「あのさ、私ずっと疑問に思ってることがあるんだけど」
「何?」
「うん、あのこが本気で騎士になりたいのなら、私はそれを手助けする必要があるって思ってる。けど、あの子、本気で騎士になりたいのかしら?」
一人が当初から違和感を感じていたことを口にする。
「それは私も感じてる。頑張ってるようには何となく見えるんだけど違和感を感じるって言うのかな?」
今までのイルガを思い返すように考えこむ。どこに違和感を感じたのか?
「私ね、騎士は、守り助ける力だと思うの。でも、守ったり助けたりするってうんと余力がいるわよね?自分のことをやった上で他の人のことをするわけだから。自分自身を常に向上させて、余分な力を生み出してかなきゃ無理だと私は思ってる。私にはあの子にそういう努力をしてるところが感じられないのよ。ただ闇雲に走り回ってるように見えるの。おかしいでしょ?仕事が形になるように努力してるのに、いつまでたっても形にならないって」
「努力の仕方がおかしいか、努力の方向性が間違っているか。言いたくないけど、まるっきり向いてないってことよね」
「…そうなのよね。なんだろう、あの子っていつも領民の人から感謝されるような騎士になりたいとか言ってるけど、それってなんかおかしいわよね?騎士は守るのが仕事だと思っているけど感謝されるだけじゃないわよね?領の人たちに憎まれるようなことだってしなきゃいけない時があるわよね?」
「んー、騎士になった自分を夢みているけど、あのこ、実際騎士に伴う義務や仕事がどんなものかってことを考えたことがあるのかしら?」
「「あー、もしかして」」
「根本的なところに、まだ至ってないんじゃないのか?」
夢を見ながらも現実と向き合うということにイルガがまだたどり着いていないことに気がついた仲間だった。
本来なら子供の頃に騎士を夢を見ても、実際に騎士の働く様子を見ていれば、現実はかっこいいだけのものではないと気が付く。そこで自分は騎士になってその夢を全うできるのかと考えたうえで結論を出して、多くの者は従者になっている。もちろん潔く向いていないことを知って違う道を選んだ者もいるだろう。たとえ幼き者といえどもだ。人の命を左右する仕事において、それに考え至れないというのは危うすぎることである。究極を言えば、人を殺せるのかどうかということを己に問うて今の騎士達があると言って過言ではない。
「つまり、あいつは人を殺す覚悟ができているのかどうかってことか?」
「私も、そういう時が来れば、殺すことを躊躇う訳にはいかないと思ってる。それはみんなの命や領民の命、ご領主様の命にかかわることだから。でも実際その後、自分が人を殺したことに耐えられるかどうかはなってみないとわからないともいつも思ってる。あの子は、そのことを考えてるのかな?考えていれば、自分がやってる今の仕事を覚えたり全うすることがどれだけ大事かってわかってくるよね?」
「どうしよ、私達、すごく根本的なズレに気がついちゃったってこと?」
「とりあえずもう遅いし、明日騎士様に相談しよう。なんかこんなことを相談していいのかどうかさえ解んなくなっちまったよ」
「「うん」」
「部屋に戻ろうか」
「そうだね」
どんよりとした気分で自分たちの部屋に戻る従者たちだった。
いつまでも部屋に戻らぬ従者を騎士に注意される前に注意しようと部屋を出た准騎士たちだったが、従者たちの話に思わず陰から見守る形となった。そして、自分たちとイルガとのズレがすでに修正出来ないところまで来ているのではないかとため息を吐いて部屋に戻っていった。教える者も教わる者も、まずは目指すところがどこにあるのか互いに理解していなければ、目的からずれてしまい、そこに気づくのが遅れれば遅れるほど修正できるズレの範囲を超えてしまうからだ。平行に引いていたはずの線が一度でもずれれば先で大きなズレが出来るのと同じだ。
部屋に戻ってきた従者たちにイルガが、おずおずと声をかける。
「あ、あの仕事のことでわからないことがあって…」
「うん、イルガ。もう寝ないと明日の朝に間に合わないと思う。わからないことは、明日一緒に仕事しながら解決しよう」
「え、あ、そうだね。あ、あの、ごめんね」
「あやまらなくていいから。明日、早めに起きればいいよ。おやすみ」
「うん、おやすみ」
こうして従者たちの夜も更けていったのである。