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「…あの女の子を助けるんだとばっかり思ってました」
戻ってきたアマーリエにファルがそうポツリとこぼす。
「私もてっきり、持ってきたあのスープの鍋をポンと出して、お腹が空いてたら気もたつでしょうとか何とか言って場を和ますのかと思ってたわ」
「私どんなアホですか、それ」
そう言ってアマーリエはリュックから携帯食を取り出す。
「あら、リエ。あなたが携帯食?てっきり持ってきてないって思ってたわ。美味しくないなんて許せないーとか何とか言って」
「美味しくなるものをまずくするのは許せませんが、携帯食は考えぬかれた上の結果ですから文句は言いません。それにですね、ここは携帯食でしょ」
「あてつけなわけねー」
マリエッタがケラケラ笑う。
「もちろんです。まあ、ここで携帯食を食べなきゃ、あの従者の子に自分が何をしたかを理解させられないでしょうからね。あーでも、それすらも理解できてないかもしれませんね…」
チラチラ自分にねだるような視線を向ける泣いていた従者にうんざりした声を上げるアマーリエ。
「あの子、リエさんをチラチラ見て、村の方も見て、自分の携帯食見て溜息ついてますが何を考えていらっしゃるんでしょうか」
ファルが、泣いていた従者を見て口元をひきつらせる。
「あ、村の人、泣いてた子にお昼あげちゃったよ」
グレゴールが目を丸くしている。
「はぁ、救いようのない方でしたね」
ファルががっくりと項垂れる。
「で、あの指導してる騎士は何も言わないんだな」
ダフネが、もそもそと携帯食を食べながら呆れたように言う。
「コンスタンスさんが雷落とすでしょ。ほら始まった」
「で、あのダメ指導がかばいに入るわけか、見事な悪循環だな」
「さすがに今度は、ノールさんがグゥエンさんを止めて、あの三人にげんこつ落としに行くと思うな」
「つまり、あの男が実質のまとめ役なわけか?」
ダリウスが、視線をノールに向けて言う。
「まとめ役というか、相談役のポジションでつけられたと思うんですがね。騎士団長様の愛のムチってところでしょうかね。この旅の中でそれぞれが自分の至らぬところに気づいて、ちゃんと騎士集団として機能できるように学べってところでしょう。それなのに私がスープ鍋出しちゃったら、台無しですよ。私はちゃんと場の空気は読むんです。尤も読んでもぶち壊しにかかる必要がある時は場の空気なんか無視しますけどね」
「「「「「「…(つまり行く先々で騒動が起こるのは確定なんですね)」」」」」」
クラン結成以来、ここまで無いんじゃないかというぐらいメンバーの心がひとつになった瞬間であった。
「あなたは!恥を知りなさい恥を!」
「ひっ」
「コンスタンス、いい加減にしないか」
「…いい加減にするのはお前たちだ。歯を食いしばれ」
そう言ってノールは騎士と従者の頭にげんこつを落としていく。
「っつ」
「いっ」
「…いたい」
「いつまで、その包を持っているつもりだ?イルガ?」
ギロリとイルガを睨んでノールが言う。
「…すみません。お返しします。申し訳ありませんでした」
「い、いや」
ノールの迫力に少し引き気味の村の人々たち。
「村の方、うちの下のものの躾がなっておらず、大変失礼なことをした。あなた方のものを守ることが我々の仕事です。それを奪うなど領主様のご意思に反する。どうぞ気にせず食べてください。さて、三人共ついてこい」
ノールの後を三人が追いかける。野営地から少し離れたところへ行くと、ノールは三人を並べて静かに話し始めた。
「さて。いいと言うまでお前達は口を開くな。イルガ、お前は守らねばならん人々の食料を巻き上げるのが騎士のすることだと思っているのか?しかも、今回はお前の尻拭いをするために、わざわざ種蒔き時の領の皆の生死の関わる時期に、その仕事の手を割いてもらってきている。こちらで用意しなければならない食事も用意できず、他の者に頼ったものをだ。それをお前は奪いとるのか?お前は奪いとっているつもりはなくとも、まわりからすれば地位を嵩にきた行動と取られかねんのだぞ?お前はいつになったら騎士になるつもりだ?従者になった時に言われたはずだ。騎士の位になくとも騎士の心を忘れるなと。騎士の心が騎士を作るのだと。お前はいつも守られる位置に立ち、守ろうとする意志がないな?自分でそう思わないか?」
「あ、あ…」
「イーニアス、お前の指導の結果がこれだ。どう思う?お前は守るものを履き違えていないか?それともなにか、お前はイルガが騎士にならねばいいとそう思っているのか?」
「!」
「コンスタンス。お前は従者の行動がおかしいと思うのであれば、まず従者ではなく、指導している騎士に具体的にどう不味い状態か指摘すべきであろう?指揮系統はイーニアスの下にイルガで、お前の下にイルガはいない。違うか?それで上手くいかなければ上官に相談する。それが、騎士団として組織の有り様であろう」
「…」
「いいか、ここでしっかり自分を見つめろ。他の誰が悪いのでもないぞ。すべての結果は自分自身の心が決めて行った行為の結果だ。今のお前たちは過去のお前たちが選んできたことの結果にすぎん。最善を選び取れなければそれ相応の結果しか出ない。よくよく考えろ。作業には加わるな。己がもたらしたことの結果をしっかり目を開けてみろ」
ここで、ノールが三人に作業に加わらせなくしたのは、作業させないことで、集中して反省できる環境に置くためである。そしてもう一つ、作業することによって許されたように感じさせず、自分たちが騎士集団に所属するものとして許されないことをしたのだとわからせるためだ。もちろん、人手が足りずに作業が遅れないようにするため、その責任はノール自身が3倍以上働くことによって返すことになる。下にそのひずみが行けば、不満が出るからだ。下の責任は上がとる、当然のことだ。
今後反省したかどうかは三人の言動に自ずと出てくるはずである。前と変わらぬ行いならば、何も反省していないと周りからはみなされる。その場合は救済処置なく処分が妥当になってくる。もちろん騎士に取り立てた者の責任も問いただされることになってくるだろう。
俯いて泣き出したイルガを見て、コンスタンスはグッと堪えて、イーニアスを小突く。
「イルガ!泣くのは構わん。だがせめて頭を上げて、目を見開いて皆を見ろ!」
思わぬイーニアスの厳しい声に涙も引込み、呆然とイルガはイーニアスを見る。
「私ではない。皆を見るんだ」
「は、はい」
「これからは、私がお前を従者として何れ騎士となる者としてきちんとしつけていく。女性として困ったことがあればコンスタンスを頼れ。コンスタンス頼む」
「わかったわ、イーニアス」
さすがに騎士となっただけはあったのか、騎士二人は取るべき態度で臨み始めた。
その二人にチラチラ視線を向けながら、イルガは見るともなしに作業を見ていた。そして街道を走りだした幌馬車の御者台に乗るアマーリエに気づくと、ものすごい目で睨みつけたのだった。どうやら、欠片の反省もなく、自己の結果を人のせいにしたようである。
作業に戻ったノールにグゥエンが声をかける。
「済まない。私が至らぬばかりに」
悄然とするグゥエンの肩をたたいてノールはニッコリと笑う。
「いえ、まずは作業を終わらせましょう。話はその後にでも」
「わかった」
グゥエンの指示の下、猛然と働くノールに感化されたのか、それとも他の騎士たちや従者も思うところがあったのか、一生懸命動いた結果、予定よりも早い時間に作業はすんだ。
作業に集まった村人に、アーノルドが賃金を渡して労いの言葉をかけていく。ノールは三人を呼び戻し、騎士たちに出立の準備をするように申し付けていく。今から行けば日が暮れたぐらいに次の村に入ることが出来る。
そんな中、イルガはもたもたと自分の仕事を片付けてはいるが、あっちに気を取られこっちに気を取られ少しも作業が進んでいない。入ったばかりの従者ならば、段取りもわからず仕事の量に作業を迷うこともあるだろうが、すでに従者になって二年である。
いつもなら見かねて手伝う他の従者も今回は一切手出ししていない。すでに自分が仕える騎士から手出し無用とのお達しが出ているのだ。
イルガに手を貸すのならば、イルガ自身が成長を望める形で手を貸す必要があったのだ。もちろん最初は、そういう風に手を貸した従者仲間もいたであろう。仕事のコツや仕事の順番の組み方、一つ一つの仕事を考えるよりも先に体に染み込ませることなどといったことをだ。瑣末に見える個々の仕事の意味は基本と同じで、長くやっていくうちに、自身で以って体感し、実感することだからだ。
だが、いつまでたっても仕事がおぼつかないイルガにまわりは自分たちのために手伝い始めてしまっていた。その手伝いが、問題を表面化させずにここまできてしまい、イルガ自身の問題が隠されてしまうことになったのだ。
もちろん、そうならぬように指導するのがイーニアスの仕事であったが、イーニアスは履き違えた優しさでイルガに接してしまった。失敗したことの原因を本人に突き詰めさせず、ただ頑張ればいいと励ましていただけなのだ。結果、イルガは元々の気性もあって、まわりの誰かが何とかしてくれるという考えのもと、自身を向上させるということにも、騎士としての有り様とはという根本にも考え及ばず、今のイルガになってしまったのだ。
「イルガ、まだ終わらないのか?」
「イ、イーニアス様」
「いい。お前はその荷物を持って、荷駄につけ。そして、お前は村に着くまで、己のすべき仕事をすべて思い起こし、どの順でやるのが良いかひたすら考えよ。その上でわからなかったことを上げ出して、他の従者に仕事の邪魔をせず尋ねろ。わかったか?」
「は、はい」
イーニアスは、イルガを荷駄に向かわせ、残りの仕事を済ませて騎乗する。側に合わせてきたコンスタンスに、泣きそうな顔でこぼす。
「私は一人の騎士を潰すところだったのだな」
「イーニアス、甘いわよ。イルガが本当に騎士であるのかどうかは、今後のイルガの行動が決めるわ。あなたはそれを見極めなきゃダメ」
「…そうだな」
「あなた、あの子に亡くなった妹さんの影をみてるんじゃないの?でも一言言わせてもらうなら、それって妹さんにもイルガ自身にも失礼なことよ」
「確かに。あの子に叱られるところだ」
イーニアスは気持ちを入れ替えて、騎馬の集団に混じっていく。コンスタンスも自身の原因に向き合い、自分が守るものはなにか見定め騎士であることを改めて心に誓った。