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ローレンを出て次の村で一泊した一行は朝早く次の村を目指す。

「次の村までは少し距離がある。早めに出て、街道の駅で昼飯を早めに済ませて次の村に行く。昨日次の村から泊まった村に来ていた行商人の話じゃ、特に何かが出るって話もなかったから問題なく着くだろう」

小忠実(こまめ)に情報を仕入れて旅の予定を調整するのが大事なんだなとアマーリエは思う。前世のように長距離移動もそれなりの時間で出来たところとは違い、旅のつまづきが命を左右しかねないこの世界では最新の情報を聞くべき人に聞くことが重要になる。まぁ、前世でも海外に出る場合や台風の季節にはより念入りに情報収集していたけれども。

今日は御者台にベルン、隣にアマーリエだ。昨日ローレンから村までためしにリエが手綱をとったが難なくこなしてグレゴールからお墨付きをもらっている。アマーリエがリルとハルの2頭にこっそり食べさせた人参(貢ぎもの)が効いたようだ。

「今日は、先を急ぐから、リエは明日また御者役な」

ベルンの言葉に、アマーリエは頷く。

クランがアマーリエに御者の仕方を教えるのは、もしもの時のためである。最もアマーリエが安全な状態で且つ、クラン全員が動けなくなってアマーリエが馬車を動かすとなる事態想定すれば、クランの全員が急病になるか、敵を殲滅して行動不能に陥った時ぐらいだろう。それ以外の窮地であれば最早アマーリエが逃げるなど無理な状況だ。それでもその万が一のための手段があるかないかでは心のもちようも生存率も違ってくるのだ。

「ベルンさん、街道の駅って何があるんですか?」

「風雨が凌げる小屋だったり、屋根付きの炉だったりかな。場所によって変わってくるな。旅の予定がずれて野宿することになった奴にとって雨風がしのぎやすい場所があるってのは気持ちが楽になるからな」

「ほうほう」

「駅の修繕や見回りなんかはこの領では騎士の仕事でな。今回先行した騎士たちが炉や小屋の状態を見て、直したり、新しくする場合は近くの村に建て直しや作り直しの仕事を依頼するんだ。大概は農閑期に発注して、農村の現金収入になったりするんだぞ」

なんにでも興味をもつアマーリエにベルンは持っている知識を次々と惜しみなく与える。

「よそは違ったりするんですか?」

「商業ギルドの管轄だったりするところもあるぞ。まぁ、ここまできっちり街道整備が行き届いてるのは王都の近くの領と此処ぐらいだな。最近じゃ、むしろ此処の方のが王都よりも整っているかもしれないな」

「ご領主様頑張ってるんですね」

もっぱら買い食いをしてダールに怒られている領主の印象が強く、なまじ顔がいいので余計に残念感が溢れてくるというのがアマーリエの現在の偽らざる領主評価である。相手を侮らせるために計算してああなのだとしたらかなり強かなのかもしれないという疑念はほんの少しだけ今回の件で湧いているアマーリエであった。

(でも、ありゃきっと九分九厘天然だよな…)

どう考えても、領主のお腹の中が真っ黒とは思えないアマーリエだった。

「まぁ、騎士を上手に働かせてるなとは思う。手駒に仕事させることで領内のことがきちんと目に届くようになるし、無駄飯ぐらいを増やさなくて済む。騎士なんて傭兵と一緒で戦働きがなきゃタダの穀潰しだからなぁ。威張り散らして仕事しない騎士が多い領地はそりゃもうギスギスした雰囲気だ。そんなところには商人も来にくいしな。そういうところに来るような商人は質も悪い。そうやって悪循環が起こってく」

「なるほど」

「領民の笑顔ってのは言うなれば日の照ってる明るい場所と同じだ。明るいところじゃ犯罪は起きにくいだろ?領民が塞ぎこんで暗けりゃ、暗い場所が増えてるようなもんだ。そういう場所は犯罪が起こりやすくなる」

「つまり民が笑顔な領地ほど安全に暮らせる土地だってことですね」

(まぁ、ご領主様とダールさんのボケとツッコミ(漫才)はたしかに御城下を明るくしているとは思うんだ)

アマーリエは心のうちで失礼なことを考える。

「そういうこと。だから此処のご領主さんは若いのに大したものなんだ」

「息抜きに甘いもの買食いするぐらいは許してやるかぁ」

「ブクク、ダールさんが雷を落とさない程度にな」

「確かに」

「ベルン、少し走る」

後ろからダフネの声がかかり、飛び降りる音がした。すぐに馬車の横を走るダフネにアマーリエは声をかける。

「のどが渇いたら言ってくださいね。冷たい水も今日の朝、保温ボトルに用意しましたから」

そう言って、リュックからボトルを取り出し、ダフネに見せてボトルホルダーにセットする。

「わかった。ありがとう」

ピンと尻尾を立てて走るダフネの姿に、アマーリエはこういうところはやはりベースになってる種族と変わらないんだなぁと思う。

「やっぱり馬車に乗りっぱなしだと体がなまりますよね?」

「そうだな。朝起きて軽く鍛錬はしたりはするがな。嬢ちゃんはパン屋だから朝が早いんだろ?今みたいな状況になれちまうと向こうについて早起きできるのか?」

「着いた最初が厳しそうですけど、睡眠時間自体は変えてないので寝る時間に慣れれば問題無いと思います」

「なるほどな。ああ、そうだ。次の村だがな、酪農を主体にしてる村でな、半数以上の家があちこちに点在してる。何か依頼があると距離があるぶん熟すのに時間が掛かる可能性がある。もしかしたら2日ほど滞在するかもしれないから心づもりはしといてくれ」

「わかりました。酪農家か。うふふふ、美味しいミルクにバター、クリームにチーズがいっぱい」

「嬢ちゃんはぶれないな…」

「ファルさーん。次の村でお芋のお菓子つくります!楽しみにしててくださいね」

「本当ですか!?楽しみにしていますね」

「ファル!精神統一!」

「うっ、すみませんマリエッタさん」

どうやら、マリエッタとファルの二人は魔術のコントロールのために瞑想をしているところだったようだ。

「ごめんなさい、邪魔しちゃって」

「いいのよ、そういう話をふられても冷静さを保つのが鍛錬だから」

「なるほど、マリエッタさんが動揺するような話も振ったほうがいいんですね」

「リエ!あんたかなりいい性格してるわね」

「お褒めに預かり光栄です!」

「褒めてないわよ!」

「えへへへへ」

「あの、マリエッタをおちょくるとは。リエは末恐ろしいな」

ダフネが走りながら、感心したように言う。

「あんたたちねぇ」

「まぁまぁ、抑えて抑えて。ベルンさん、もうすぐ駅だと思うんだが人が集まってる気配がする。嫌な気はしないが一応気をつけた方がいい」

「わかった、グレゴール」

「お昼時だから、向こうからくる人ですかね?」

「こちらから向かったのは駐屯地の交代騎士たちだけだから、何もなければもう次の村で仕事をしてるはずだな。おそらくバルシュに向かってくるものだろう。」

「いや、騎士たちのようだぞ。臭がする」

ダフネがベルンの言葉を否定する。その言葉にで皆に緊張が走る。

「何があったんだ?」

しばらくすると、だだっ広い野原にある駅で土木作業をしている騎士と近隣の農民らしい姿がみえた。

ベルンは街道からずれて野原にリルとハルを誘導して馬車を止めると騎士グゥエンのところへ歩み寄った。ダフネは馬車に乗り込み、グレゴールは御者席に出て手綱を持つ。

「騎士殿、どうされました?」

「ああ、これは銀の鷹の、実は野営用の炉を壊してしまいまして、修繕中なのです」

「壊すって、どうやりゃあそこまで…」

コの字型のレンガ炉のようになった炉のレンガの部分がほぼ倒壊して、新たに組み直されているところだった。

「ええ、鍋を空焚きして引火したところに慌てて加減を弁えない水魔法を…」

「ありゃ、ま」

「申し訳ありませんが…」

苦々しく謝るグゥエンの言葉を隠すように怒声が上がる。

「イルガ!いいかげんにしなさい!余計なことばかりして、何故言われたことをきちんとやれないの?あなたはもうなにもしないでそこでじっと見ていなさい!」

「コンスタンス、そこまできつく言わなくとも…」

「イーニアス、あなたがそもそも自分の従者を甘やかしているから起きたことでしょう!あなたが叱らないから、私がかわりに叱っているんです!」

「けれど、イルガは一生懸命…」

「一生懸命やって守るべき命を損なうような状況をつくり上げるのならば何もしない方がマシです!」

「すみません、イーニアス様。私が悪いのです」

何かやってしまったらしい少女従者に対して女性騎士が怒り始め、指導騎士らしき男が止めに入って、さらに女性騎士がヒートアップし始めた。他の騎士たちや農民は作業を続けて、そちらを見ないようにしている。

「お前たち、いいかげんにしろ。何をなすべきかわきまえているなら、自分たちが為すべきを今すぐ為せ」

ベルンと話していたグゥエンが場を正す。

「「申し訳ありません」」

「も、申し訳あ、ありません」

騎士たちはそそくさと炉の修繕に戻り、少女従者はシクシク泣きながらその後ろに控える。他の従者は同輩を胡乱な目で見て自分たちの作業に戻るだけである。その周りの様子に、少女が今までかなり周りに迷惑をかけてきているのではないかとアマーリエは推測する。

「うわぁ、泣き出しちゃったよ」

幌馬車の御者台で様子を見ていたグレゴールがつぶやく。幌の中から様子を見ていたマリエッタが面白そうにアマーリエに声をかける。

「ねぇ、リエ、助けてあげないの?」

「そうですね、お昼でも渡してきますか」

アマーリエは、ニコニコ笑ってベルンと騎士のところに行く。

「お話中よろしいでしょうか?」

「あ、リエ。炉が壊れたそうだから、昼はあるもんで済ませるぞ」

「はい、わかりましたベルンさん。あの、騎士様?」

「なんだ?」

「あちらのお手伝いに来られている村の方たちのお昼は済ませたんでしょうか?」

「…まだだ。ノール、村の者たちの分の食事だが」

「携帯食ですが、何分昨日の事がありまして、数が足りません。一旦此処で休憩を入れて昼を取らせに帰すのが最善かと」

「そうか」

「あの、よろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「村の方の分の昼食は私が出しましょう。種まき時の忙しい時期に手を割いてもらっているんです。旅人としても此処は早く直ったほうがいいと思いますので」

にこやかに言うアマーリエに、グゥエンは自分の至らなさに顔をしかめ指示を出した。

「ぐっ、一度休憩に入るぞ!村の者は、この娘から昼食を受け取ってくれ」

休憩に入った村の人達にアマーリエはサンドイッチの包を渡していく。ベルンは幌馬車に戻って、仲間に昼食の指示を出している。

「忙しい時期でしょうが、ここの炉があるというだけで旅をする者には心強いのです。どうかよろしくお願いします」

「おお、嬢ちゃん気にすんな。オラ達にしてもここの炉があると無いとじゃ大違いだかんなぁ。これ、あんがとなぁ」

「いえいえ、では」

その場を立ち去るアマーリエを追いかけたのは、最年長の騎士ノールだ。

「リエ殿。手を煩わせて申し訳ない」

「あ、ノールさん、お気になさらず。相変わらずダールさんとこの三男坊は余裕が無いんですね」

「まぁ、上の二人が優秀だから余計に結果を出そうと焦ってるんでしょうな」

「別に兄さん方とさして性能は変わらないと思いますよ。兄さん方があの歳の頃はもっとやんちゃでダールさんに雷落とされてたと思うんですが。あの方の方がよほどまじめに職務こなしてるでしょうよ。末っ子にしては要領悪くて笑っちゃいますけどね」

「あ」

「あ、じゃありませんよ、ノールさん。どうも、上の方たちはダールさんや兄さん方とあの方を比較しては気落ちされる傾向にありますが、まわりがそうなら余計にあの方が空回るだけですよ」

「はぁ、そうだな。そうなんだよ。何を我らまで焦っていたのか。リエ殿、もう大丈夫だ」

「色々、フォローが大変なのばかり今年は集められてますけど、ほんとに大丈夫なんですか?」

「ちょっと、荒治療すぎたかなと思わないでもないかな」

「治ったらいいですねぇ」

「ちょ、リエ殿、怖いことはいわんでください」

「がんばってくださいね、子守役!」

「ぐはっ。アルバンで久しぶりにのんびり出来るかと思ってたんだがなぁ」

「あははは、騎士団長様がそんなに甘い方だと思えませんが」

「はぁ、だな。さてもうひと踏ん張りしてくるか」

「領内の道は騎士様方の、ひいてはご領主様の誉れですから、頑張ってください」

「ああ」

騎士たちのところに行くノールと別れてアマーリエは幌馬車に戻る。

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