小隊戦 -2-
◆ ◆ ◆
転科届けを片手に、ニールは家へと帰宅していた。
自宅は作業場の裏の三階建て。
その二階にトムロイン、妹のサーシャと共に暮らしている。
一階は事務所になっており、普段、受付はサーシャが務めている。
居住向きの造りではないため住み心地はあまり良くないが、ニールは作業場まですぐに行けるこの立地を結構気に入っていた。
「帰ってきたか」
「おかえりー」
「……ただいま」
トムロインとサーシャが声を掛けるも、ニールの頭の中は、転科のことで一杯になっていた。
空返事をしつつ、荷物を置くと、サーシャが用意してくれた夕飯の席に着く。
「で、士官学校はどうだったんじゃ」
「んー……」
「なんだ、はっきりせんな」
「まあ」
「……?」
トムロインは、作業場においては厳しい言葉を容赦なくニールに浴びせかけるが、家の中では年相応に落ち着いた雰囲気でいる。 その切り替えの極端さは、一緒に住んでいるニールですら不思議に感じるほどだ。
「いいや、とりあえず飯食おう。 いただきます」
「ふむ……」
トムロインはどうしたものかと眉を顰めるが、深くは追求せず、自分も食事を摂ることにした。
「ふう……」
軽く洗い物を済ませたサーシャも席に着く。
ニールと同じ黒茶色の髪と蒼い瞳。
一まとめにした三つ編を肩から提げており、てきぱきとした働きぶりでトムロイン修理屋の受付を担っている。
「なに、その紙」
「あ」
サーシャは、ニールが裏返しにしてテーブルに置いていた転科届けをひょいと摘んだ。
「ちょ、返せって」
「別に良いじゃない……って、これ転科届け? しかも部隊志望にだって」
「なに?」
ニールの振る舞いを気にしないことにしていたトムロインも、それには反応した。
「あー……えっと」
「お前、いつから部隊志望に乗りかえようなんて血迷ったんだ?」
トムロインは目を丸くしながら箸を止めた。
「いや、なんていうかさ。 部隊志望の奴らと摸擬戦をやるように言われて、それでちっと勝っちゃって……転科を勧められた」
「マグレで勝ったにしてもお前な……おだてられたからって、転科するんじゃないだろうな?」
言いながら、トムロインはニールが部隊志望の生徒に摸擬戦で勝ったことに内心で驚いていた。 昔から機械鎧を用いての修理など、ニールが機械鎧を扱うところは見てきたし、その上手さも感じてはいた。 しかし、そこまでのものだとは想像もしていなかったのだ。
「そうじゃないけどさっ。 転科すれば実科授業の時間外にトール教官の指導も受けれるってことで、そこまで悪い話じゃないんだ」
「だが、形式上とは言え、部隊志望となりゃ訓練中の事故だってあり得る。 毎年何人の候補生が大怪我を負っていると思っとる。 下手すりゃ死ぬぞっ?」
そうした事故を過去に見てきたと言わんばかりに、トムロインは声を荒げる。
――――いや、実際に見てきたのだ。
アンジェからトムロインの過去を断片的にだが聞いていたニールは、祖父の言葉が決して自分を責めるためだけに出てきたものではないと理解できた。
けれど、そう言われて簡単に納得できるニールではない。
「んなもん気をつければいいだけだろ。 俺だって、ヴァルフィッシュの中枢に行くまではそんな大怪我御免だし」
「口で言うだけなら簡単だわい。 ったく、これだから士官学校に通うのには反対だったってのに」
「まだ言うか」
「言うさ」
「この……」
二人がヒートアップを始めたところで、
「――――今は夕飯の時間よ」
と、サーシャは刺すように冷たい声を放った。
場はしんと静まり返り、一呼吸の後。
「「むぐ……」」
怒りを腹に納めて、二人も気勢を落ち着かせた。
二人は、サーシャを怒らせると後が怖いというのを知っているのだ。
サーシャは、二人が腰を落とすのを確認すると、ニールに問いただすように訊く。
「それで、結局のところ兄さんはどうしたいの?」
「どうしたいって……そりゃ、まあ……」
ニールは言い淀む。
本来、ニールが士官学校に入学したのはヴァルフィッシュ中枢で働くに足る技術を得るためだった。 しかし今日、ニールは機械鎧の操縦者という別の道を新しく示されたのだ。
片方を取るべきか、二兎を追うべきか。
ニールにとって、こうした選択を迫られるのは初めてのことだった。
が、そうしたニールの迷いの奥底を見透かしたようにサーシャは言う。
「さっきの言いようだと、本心ではもうどうするか決めてるように聞こえたけどね」
「え……」
言われて、ニールは黙ってしまった。
操縦者か、整備士か、もしくは――――
その決断を下すには、一日という期限はあまりに短かった。