小隊戦 -1-
「入れ」
「……し、失礼します」
摸擬戦終了後、ニールはアンジェに呼び出されてモニタールームへとやって来ていた。
「ニール・フォルマン士官候補生、私がこうして君を呼び出した理由、分かる?」
「いえ……」
ニールは緊張した表情でアンジェの前に立つ。
癖のある赤髪に褐色の肌、そして威圧感のある軍服。
間近で見るとなおさら迫力がある。
「緊張することはないのよ。さっきの摸擬戦の様子を見させてもらったわ。 やるじゃないの、Rapidをあそこまで正確に操縦できるのは軍でもそう多くないわよ」
「そんな、恐縮です」
ノルンにされたときと同じく、普段から褒められることに慣れていないニールは、少し動揺してしまう。
「あとね、事務室に連絡してあなたの入学時に提出した資料を見させてもらったわよ。 家が修理屋をやっているそうね。 名前は修理屋トムロイン――――トムロインと言えば、軍では知らない者の居ないほどの有名人じゃない」
「え?」
「あら、知らなかったの? まあ、活躍したのは大昔のことみたいだし、私の世代でも上官の昔話に伝え聞くような話だから仕方ないか」
トムロインが、軍で―――?
ニールは、トムロインが昔に自分の父親と同様に軍に所属していたことは知っていたが、そこまでの有名人だとは知らなかった。
「ま、それとこれとは関係ない話だったわね。 じゃ、単刀直入に言わせてもらうけれど」
ここからが本題だ、とアンジェの視線がやや鋭くなる。
「あなた、実科選択を変更する気はない?」
前置き通りのストレートな言葉。
「実科選択の、変更ですか?」
思いもがけない提案に、ニールは少し呆気にとられた。
「そうよ。 あれだけ機械鎧を動かせるのなら、部隊志望の生徒達と一緒に訓練へ参加したほうが将来的にも伸びる、と思うの」
「でも、それは……」
「分かってる。 本来の希望とは違うと言いたいんでしょう。 けどね、人にはそれぞれ適性ってものがあるのよ。 それに正直な話、今、ヴァルフィッシュ近辺では不穏な事態が数多く起こっていて、少しでも機械鎧を扱える軍人が必要になってきているわけね」
不穏な事態、それはニールもよく耳にしている。
盗賊団の存在、他の船との衝突。
船内で度々起こる事件の数々。
例を挙げればキリがない。
「……事情は分かりました。 ですけど」
――――そうは言っても、ニールも自身の夢を、ヴァルフィッシュ上層部の都合で容易く諦めることはできない。
「自分の目標はヴァルフィッシュ中枢で、技師として働くことです」
「ヴァルフィッシュの中枢……。 そんな過大な目標、そう叶うものじゃないわ」
「……っ!?」
「気に障ったのなら謝る。 けど、ヴァルフィッシュの中枢、そこで働くということは、この船の全ての人間の命を預かるということよ。 その覚悟があなたにある?」
「それは……」
「意地の悪い質問だったかしらね。 けどまあ、実はそこら辺の考慮もしてあるのよ」
「というと?」
アンジェは先ほどまでよりも、声のトーンを軽くして話す。
「技師志望から部隊志望へと鞍替えさせるんだもの、どうせなら、その技師としての技術も有効に使いたいわけ。 具体的に言うと、パイロットとしても整備士としても使える兵が欲しいのよ。 小隊に一人そういう兵がいれば、小隊が孤立しても隊の継続戦闘能力は維持できるからね。 大雑把に何が言いたいかと言うと、あなたには部隊志望の訓練の後に、トール教官による指導を受けてもらって、技師としての能力も高めて欲しいわけ」
「それが、考慮ですか?」
「そうよ。 トール教官からのマンツーマン、とはいかないけど、少人数体制での授業を受ければ、おそらく普通に実科授業を受けるよりも多くの知識と技術を吸収できるんじゃない?」
「……なるほど」
悪くない提案に、ニールは少し考え込む。
「あと、これは不確定な話だけど」
「はい?」
アンジェは腕を組んで、偉そうに言ってみせる。
「私が偉くなって、ある程度権力を持てたら、あなたが前線を退いた後にヴァルフィッシュ中枢で働けるように圧力をかけてあげてもいいっ」
「は、はぁ……」
「ん、今胡散臭いって思ったでしょ?」
「い、いえっ。 決してそんなことは……」
「ふん、まあいいわ。 結論は明日の実科の時間までに出せばいいから」
「わ、分かりました」
そうして、ニールはアンジェから転科届けを受け取ると、モニタールームから退出したのだった。