入学 -6-
◆ ◆ ◆
『ニール、本当にその機体で良いのか?』
『ああ、作業場ではいつもこのタイプの機体に乗ってたからさ』
『まあ、ニールがそれで構わないと言うなら私もこれ以上は気にしないけれど』
ニールとビセットは、それぞれの機体に乗り込みながらも、通信回線を開いて会話をしていた。 実戦ではこうして敵と話すということは有り得ないが、一対一の摸擬戦においては、降参の確認など、安全性の面を考えて通信回線を開いておくことが絶対とされているのだ。
『さて……』
ニールは自機の駆動域を再度確認する。
クロース型の軽量機械鎧 CZ-01 Rapid
クロース型とは、近距離戦を得意とする機体である、という意だ。
装甲が薄く、なおかつ積める兵装も多くは無いが、その瞬発力・跳躍力は他の追随を許さない。 武装はヒートブレードとサブマシンキャノンのみ。
機体背部には推進用のスラスター、脚部はカエルのような形になっている。
ニールは、作業用の機械鎧には毎日のように乗っていたから、操縦そのものに恐怖などは微塵も持っていない。 問題は、戦闘用にチューンされた機械鎧を自分の意のままに動かせるのかという事と、機械鎧による戦闘を経験したことがないという事実だ。
けれど、前者の問題はニールにとって逆に良い方向に働いていた。
しっかりと整備を施された演習機は、ニールの想像を超えて扱いやすかった。
それもそのはず、作業用の機械鎧はあくまでも作業用のためのもの。
戦闘用の機械鎧の精度の高さには到底及ばないからだ。
そして、ニールはビセットの乗る機体のデータへと目を向ける。
ミドル型の中量機械鎧 L1-03 Hound
ミドル、つまり中距離型である。
猟犬、と呼ばれるほどの追尾性能に優れた強襲機だ。
戦場では、傷ついた敵への追い討ちから、近・中距離での援護など幅広くこなす。
平地での機動力は全機体中最高であり、rapidのような跳躍力はないものの、平面での戦いでは無類の強さを誇る。
兵装は、左腕に二門式連射機関砲と右腕にヒートキャノン。
背部には直線的な機動力を高めるスラスター、脚部は比較的ノーマルな仕様。
ヒートキャノンとは、単発式の大口径榴弾砲のことであり、その威力は二発、下手すれば一発でrapidを行動不能に追い詰めるほどのものだ。
一方、二門式連射機関砲は、威力ではヒートキャノンに劣るものの、中距離までの敵に継続的なダメージを与え続けられる兵装だ。
Houndはこれらの兵装により、二門式連射機関砲でダメージを蓄積させ、相手が脚を止めたところをヒートキャノンで止めを刺す戦法を得意としている。
『私の方の用意は出来たぞ。 ニールはどうだ?』
『こっちも大丈夫』
『じゃあ、機体の右腕を上げてくれ。 それで教官達には準備が出来たことが伝わる』
『分かった』
二人は機械鎧の右腕を空へ掲げる。
すると、トール教官の通信が入った。
『はい、両者の準備完了を確認しました。 では、今一度模擬戦のルールを確認致しますが、勝負は一方の機体が行動不能となるか、操縦者が降参を宣言するまで行うものとします。 制限時間は十分というところですかね。 制限時間内に決着が着かなければ、まあ、引き分けということで。 それでは、三十秒のカウントダウンを開始します。 良いですか?』
『『はい』』
二人の声が重なる。
直後、コックピットの画面にはカウントダウンが表示される。
機械鎧内部の狭いコックピットで、ニールは緊張を振り払うように唾を飲み込んだ。
まさか、技師の勉強をするために入学した士官学校で、機械鎧による摸擬戦をすることになるだなんて、ニールはまるで予想していなかった。
ニールにとって、機械鎧とは修理する対象であり、また、修理に用いる工具のようなものだった。 日常的に乗ることはあっても、戦いのために乗ることはない。
そう思っていた。
けれど、本来、機械鎧とは兵器として生み出されたものだ。
機械鎧の前身であるパワードスーツまで遡れば、兵器向け以外の用途もあるが、機械鎧は機械鎧、兵器なのだ。
カウントダウンがゼロに近づくまでの間、ニールはそんなことを考え、気を紛らわしていた。 これは負けても良い勝負、負けて当然の勝負だが、簡単に負けて良い勝負というわけではない。
成績への加点が明言されている真剣勝負だからだ。
入学前に集めた情報によれば、加点が明言される課題というのは、得てして後の進路にも影響するほど重要なターニングポイントとなる。
となれば、持てる力を振り絞って勝ちを狙いに行くのは当然の帰結だった。
カウントダウンがゼロを示し、視界には荒野が広がる。
第一歩、ニールは迷わずビセットの機体へ向かって『跳んだ』。
Rapid――――その機体名が示す意味は、速さ。
そして、その別名は兎。
全機体中最高の跳躍力は、戦闘開始直後の初動においても、威力を発揮する。
『そう来ると思った』
一方、ビセットはニールから距離を取るために下がった。
摸擬戦が始まった時点での両者の間の距離は、およそ百メルトル。
ビセットにとっては、この百メルトルこそが自分の有利を決定付ける材料だ。
Rapidの兵装で、百メルトル先にいる敵に対しての有効な攻撃手段は無い。
しかし、Houndには二門式連射機関砲がある。
有効射程三百メルトル、距離減衰開始距離百五十メルトル。
この百メルトルという距離を維持する限りにおいて、ビセットには敗北の要素が皆無なのだ。
『これは厄介というか、反則ではっ?』
『戦術だよ。 というか、そんな射程の短い武器を持つ方が悪い』
『そうかもしれないけどさっ』
遠距離からの一方的な攻撃。
二筋の光弾が、真っ直ぐニールのRapidへと向かって飛来する。
それをニールは、近場の岩を盾に避ける。
岩へと命中した砲弾は、形を歪めてニールの背後へと高速で過ぎ去っていく。
崩れた岩が機体へと当たり、バラバラとした音をコックピットへと響かせる。
ニールは、なんとしてでも砲弾の直撃を避けるため、自分とビセットとを結ぶ直線上に常に岩の盾があるように進路を取る。
岩の影から岩の影への移動。
しかし、そうした進路調整のたびにビセットとの距離は逆に広がっていく。
内心でニールは焦りを強めた。
このままでは追いつけない。
二門式連射機関砲の砲弾は、進路を変える最中に幾度も機体を掠めた。
直撃すれば、行動不能とまではいかなくても、機体の足は鈍っていく。
そんな状況の中、ビセットは嬉しそうに通信回線からニールへと言葉を投げかける。
『まさかニールがここまで動かせるとは思っていなかったよ』
『そりゃどうもっ』
『まず、その機体を選択した時点では、正直言って私は君をなめていた。 が、そうやって岩場を常に盾に出来るルートを選ぶ機転と判断力、Rapidの機動性に振り回されない操縦技術。 もし、ニールが部隊志望だったなら、間違いなく小隊に誘っただろうに!』
感嘆の声を上げ、ニールに賛辞を送るビセット。
が、その実、彼女もニール同様に額に汗を滲ませていた。
この逃走劇、一方通行の射撃戦は、そう長く続かないことをビセットは知っていた。
二人の戦っているこの訓練場は、戦闘用に広い敷地を有しているとはいえ、機械鎧が一直線に進めば、それも機動力に長けた二機が追いかけっこをすれば、ほどなく行き止まりに行き着いてしまうだろう。
ビセットにとっては、有効打を未だに一発も入れることができていない現状は、かなり不味いと言わざるを得なかった。
それからさらに追走撃は続き。
ニールは驚異的な反応と勘の冴えも合わさって、被弾ゼロで耐え凌ぎきった。
そして、遂にその時がやってくる。
『――――まさか、ここまで避けきるとはね』
『ん』
『ここで、行き止まりだよ』
ビセットの背後には鋼鉄の塀が聳え立っている。
脚を止めたHoundは、両腕の武装をRapidへと真っ直ぐに向けた。
両者の距離は五十メルトル。
静止すれば、もう一つの兵装であるヒートキャノンも命中を望める距離だ。
が、それはニールも同じこと。
サブマシンキャノンも、距離五十メルトルからは、牽制の役割を発揮し始める。
『なるほど、ここからは五分の勝負ってことだな』
『そういうことだ』
……いけるかもしれない、そんな予感がニールの中で大きくなる。
長距離に渡る移動によって、ニールは既にRapidの癖の大半を掴もうとしていた。
一度立ち止まった両者は、ヒートキャノンの号砲によって動き出す。
炎球のような砲弾が、目にも留まらぬ早さでニールを襲う。
が、砲撃と同時に横へと跳躍した機体は、間一髪で砲撃を避けきる。
次の瞬間には、怒号のような衝撃音が鳴った。
『当たったとして、本当に行動不能で済むのか……?』
言いながら、ニールは口元に笑みを浮かべていた。
そして、直角にビセットへと向かって跳ぶ。
一息に詰められた間合い。
ビセットは、目前へと迫ったRapidの眼前へと、ヒートキャノンの砲塔を向ける。
だが、次の瞬間、ビセットの目の前で信じられないことが起きた。
『消えたっ!?』
それまで視界に収まっていたRapidは姿を消し去った。
しかし、次の瞬間、コックピットに衝撃が走る。
『後ろかっ』
ビセットは機体を急旋回させる。
それでも、Rapidの姿は視界の端に数瞬映るだけ。
どれだけ機体を旋回させても、その機動力に追いつけない。
至近距離からのサブマシンキャノンの射撃に、まさしくビセットは捕まってしまった。
『すげ、振り回されるっ』
対するニールは、Rapidのそのあまりに優れた機動性に舌を巻いていた。
瞬発力の高さ、機体の取り回しの軽さが、こと至近戦においてここまでの威力を発揮するとは、頭では理解していたが、驚かずにはいられなかったのだ。
Houndの正面にまで迫り、横へのステップ。
からの跳躍、空中でスラスターを吹かし、さらに背後へ。
数度のフェイントとサブマシンキャノンによる牽制よって、相手に位置の誤認を誘発させる。
こうなると、もう独壇場だった。
初めからヒートブレードを使えばすぐに決着することは出来たのだろうが、ニールはRapidの機動性を確認するように相手の兵装をサブマシンキャノンで無力化してから、ヒートブレードによる必殺の一撃をHoundの脚部に叩き込んだ。
『はぁっ……はぁっ……』
戦闘の終了を告げるブザーが鳴る。
ニールの胸中に広がるのは、短距離走を駆け抜けた後のような脱力感と、これまでの人生で感じたことの無い圧倒的高揚感。
気付けば、ニールの両腕は小刻みに震えていた。
全身にも滝のような汗。
こんなことは、今までに経験のないことだった。
『ふ、どうやら私の負けのようだな』
静寂に包まれていたコックピットに、ビセットの通信が入る。
『……ん、ああ。 結構派手にやっちゃったけど、だ、大丈夫?』
『問題ない。 摸擬戦用のヒートブレードは言ってしまえばただの鈍器だしな。機体のダメージもそこまで深刻ではない』
『なら良かった……』
『けど、これから大変だな』
『え?』
『こんな操縦を技師志望の人間がしてしまったら、それはまあ、大変なことになる』
『……それって、つまり?』
思わせぶりなビセットの口調に、ニールは、今度は別の汗を掻き始めた。
――――ビセットとニールによる摸擬戦。
これをきっかけに、ニールの運命は、大きく脇道へと逸れていくことになるのだった。