入学 -4-
午後、実科の時間。
ニールは午前中にトール教官の授業を受け、昼食をノルンとミレナと共に摂り、午後からはトール教官の実科授業を受けるために、屋外の訓練場へとやってきていた。
訓練場は、ヴァルフィッシュの外の環境を再現するためか、ひび割れた荒野を再現したものとなっており、崖や剥き出しの岩など、障害物も豊富に設置されている。
ニール他生徒達は、高い塀で囲まれた訓練場の内側で、トール教官がやってくるのを待っていた。
「それにしても、どうして屋外なんかに……」
てっきり技師の授業は室内の工作室か、特殊な機材の置かれた作業場で行うとばかり思っていたニールは、こうして訓練場へと集まるように指示された意図をいまいち推量できないでいた。
「どーして外なんだろうな?」
「さあ、しょっぱな機械鎧の応急手当みたいなことさせられるんじゃねえ?」
他の生徒らも困惑した顔で、トール教官がやってくるのを待っている。
と、訓練場の扉から新たに生徒達がやってきた。
「え?」
「やぁ、ニール」
やってきた生徒の中から、ニールに手を振ったのはビセットだ。
長い金髪に、強い意志を宿した瞳。
その姿は、午前中の制服姿ではなく、ベージュ色のジャケットへと変わっていた。
ビセットは訓練場に広がる荒野に目を丸くしつつ、ニールの隣に立つと肩にポンと手を置いた。
「その手は?」
「ニールを相手にしようと思ってな」
「いや、だから、訳が分からないんだけど……」
「ああ、技師志望の連中はまだ話を聞いていないのか。 たぶん、そろそろアンジェ教官が来るから説明があるだろう」
「アンジェ教官?」
「戦技教官だよ」
「あー、ニールっ」
「お、ノルンも」
ビセットより少し遅れて、ノルンまでもが生徒達の一群からニールの前へと姿を現した。
「やっぱり戦技教官はミレナの言っていた通り変わり者みたい……」
「え、そうなの」
「間違いないよ。 すっごい濃いんだもの。 っと、えと、こちらの人は……?」
ノルンは、ニールの肩に手を置いていたビセットに気が付くと、やや萎縮したような態度になる。
「ん、ああ、ビセットだよ。 入学式の前にちょっと話してさ」
「そ、そうなんだ。 私はノルン・マスケインです。 よろしく、ビセットさん」
「マスケイン家のご令嬢ですね、もちろん知っていますよ。 私はビセット・ベルフォルン、 同じ戦技志望として、これからよろしく」
ニールにした時と同じく、ビセットは手を伸ばして、ノルンと握手を交わす。
するとノルンも少しは緊張が解けたのか、やや表情が柔らかくなった。
ガチャ、と訓練場の入り口の扉が開く。
「お、教官殿が来たみたいだ」
ビセットはそう言うと、背筋を真っ直ぐに伸ばした。
「よーっし! 集まっているなっ」
やってきたのは、癖のある赤毛に、頬には切り傷の跡。
ヴァルフィッシュ船内では珍しい褐色の肌に、黒地に白のラインの入った軍服。
美しくありながら男性的な雰囲気を強く醸し出す妙齢の女性だった。。
「な、なんか凄い人がきたな……」
小声でニールは呟く。
「おい、そこっ! 何が凄い人だって!?」
アンジェ教官はニールの方に向かって厳しい怒声を飛ばす。
「いえっ! 綺麗な人が来たなと思いまして、つい!」
「ふん、まあ、褒め言葉なら見逃してやろう。 それじゃ、技師志望の生徒諸君もこちらに集まってくれ」
なんて地獄耳だ……と、ニールは冷や汗を流しながら、指示に従う。
「えーっとだ。 まだ、あのヒョロ眼鏡からの説明もなく何がどうなっているのか技師志望の諸君は把握できていないのだろうが、話は簡単。 これから諸君には、こっちの戦技志望の生徒らと機械鎧を用いての摸擬戦を行ってもらう」
「えっ」
「摸擬戦だって?」
「そんなのあるのか……」
「静粛―っ!
ま、驚くのも無理はない。私は今年この軍学校に赴任したばかりの人間だ。
名前はアンジェリーク・カルセル。 アンジェ教官と呼んでくれ。
去年までと勝手が変わって、入学前に先輩から聞いていた流れと違うのに困惑するのも仕方が無い。
けーれーど、今年からはこういうやり方でいくと私が決めた。
ので、まーちゃっちゃと相手を決めて摸擬戦を始めてくれ。
もちろん、順番にな? 摸擬戦の様子は記録して、後で私が確認して成績に加点する」
以上。
と、話を切り上げたアンジェ教官は、いつの間にか訓練場の入り口で中を覗いていたトール教官の方へと歩いていく。
「お前からも何か説明とかあるだろう?」
「……はぁ、アンジェ、勝手に話を進めないでくれよ」
「これは決定事項だ。 知っているだろう……?」
その後も二人は小声で何かを話し、少ししてトール教官が生徒達の前に立った。
「えー、まあ、正直予定外のことなのですが、アンジェ教官の言った通りです。 技師志望の人と戦技志望の人とでそれぞれ二人組みを作って摸擬戦を行ってください。 機械鎧はあちらの倉庫の中から好みの機体を選んでいただいて結構です。
また、技師志望の人達は気乗りしないかもしれませんが、一応この摸擬戦には私も評価をつけるので、決して手抜きはしないように」
ゴホン、と咳払いをして、トール教官は訓練場入り口にあったベンチに座ってしまった。
アンジェ教官も同様にして、トール教官の隣に座る。
「……というわけだ、ニール」
「うん、話は分かった……」
「んと、ニールはビセットさんと摸擬戦をやるってことでいいのかな?」
「え、ああ、ごめん。 ビセットに先に誘われちゃったから、そうさせてもらうよ」
「ううん、構わないよ。 だって、初めて会った時にニールの操縦は見ちゃったし、ね」
「それがどうしたんだ?」
「ビセットさん、油断しない方が良いよ。 ニールはこう見えて結構やるから」
「へえ? そりゃ楽しみだな」
「ノルン、そうやって変な期待を煽るなよ……って、行っちまった」
ノルンは人混みの中に消えていってしまった。
残された二人は、静かに闘志を燃やし始める。
「技師志望とは言え、こうして成績に加点するとまで明言されたからには、勝つ気でやらせてもらうからね」
「そうこなくてはな」
ふふん、とお互いに鼻で笑って、二人は機械鎧の格納された倉庫へと向かうのだった。