入学 -3-
「ふーっ、緊張したなぁ!」
ノルンは机に突っ伏して息を吐く。
「いや、本当に良かったよ。 あれだけの挨拶ができるっていうのは、さすがだと思った」
「本当に?」
「うん」
「なら良かった……」
式が終わり、教室へと戻ってきたニールは、ノルン、ミレナと先ほどの代表挨拶を振り返っていた。
「……この後も、早速訓練があるのよね」
ミレナは特に感情を表に出さないまま、予定表を見ながら呟く。
「みたいだねー。 私達のクラスは、最初に担任のトール先生の授業からだね」
「あの人が担任か……」
ニールはトール教官の風貌を思い出す。
背が高く、温和そうな表情に丸い眼鏡。
いかにもな技術系の人間だ。
「……割とまともかもね。 この学校、戦技教官は軒並み変人揃いだって話だったから」
「え、ミレナそれ本当?」
「……うん」
「それはちょっと嫌だなぁ……私、部隊志望だから、必然的に戦技教官と話す機会多いのに」
「えっ、ノルンって部隊志望なのか?」
「そうよ、意外?」
「そりゃまあ……だって、うちの作業場に来た時には、家で技師の勉強をしているって聞いたから」
「技師の勉強『も』ね。 まあ、機械鎧を操縦するのは危ないって言われて何度も辞めさせられそうになったけど、私だって、やりたいことはあるもの」
「……それに、レナードの名を継ぐのは弟さんって決まっているものね」
「レナードの名?」
「え、技師志望なのにニール知らないの?」
「へ?」
「……レナード・メカニックス社の歴代の長は、各々が先代からレナード・マスケインの名を継ぐのよ。 で、その名を継ぐのはノルンの弟にもう決まっている」
「そゆこと」
「ごめん、今初めて知った」
レナード・メカニックス社。
それはいわゆる世襲制を導入している企業であり、マスケイン家に連なる者達は、そのいずれかの者がレナードの名を継ぐ。 ノルンは、そのレナードの名を継ぐ立場になく、それ故に、ある程度は個人としての自由も許されている、ということだ。
「ベル、毎日猛勉強させられてるよ。 あ、ベルっていうのは私の弟のことね」
「後継者……か」
自分もそういう立場にあるのかもしれない、とニールは思った。
トムロイン修理屋を継げる人物には、自分しか心当たりがない。
かといって、トムロインがそう易々とニールに修理屋を任せるとは、到底考えられないのだが。
「……午前の学科授業は、今日は入学式で大分削れてるから、トール教官の授業だけね。 午後の実科は、まあ進路希望次第でそれぞれみたい」
「じゃあ、今日は一緒に授業受けれるのトール教官の時間だけかー」
「そうみたいだな」
士官学校の授業は午前の学科―――つまり、語学や物理、化学、歴史などを学ぶ時間。
そして、午後の実科は、技師志望の生徒はワークショップを行い、部隊志望の生徒は機械鎧を用いた実戦訓練というように、志望する進路ごとに分かれる。
よって、基本的に生徒らは、午前中はクラスごとに学科を学び、午後はクラスから離れて志望する実科の授業を受けるのだ。
「ニールは現役の修理技師なんだから、きっと実科の時間では目立つだろうなぁ」
「それを言ったら、ノルンこそ自分の家で出してる機械鎧に乗るんだから、どっこいどっこいだろう」
「えーそれとこれとは関係ないよー」
と、二人が言い合う姿を見て、ミレナは呟く。
「……まったく、出自の有利を見せ付けてくれる」