入学 -2-
演習場は格闘技の大会競技にも使うためかかなり広く、千人近い生徒が入っても余裕があった。
今期の入学者はおよそ三百名。
来賓者のためのスペースが割かれていても、場内はかなり空間に余裕がある。
入学式には、進行を担当する上級生以外は参加しないらしく、壁際に立っているのは教官らがほとんど。新入生達は彼らの値踏みするような視線を感じつつ、壇上の前で行進を止めた。
さすがにこのような状況では、ビセットと会話をすることもできない。
ニールは、あまり目立たない程度に視線を動かしてノルンの姿を探す。
「えー、マイクテス、マイクテス。 ……はい、大丈夫みたいですね。 それでは、第五十四回目になります、マスケイン仕官学校入学式を執り行いたいと思いますー」
軽い調子の男の声が響く。
声の主は、壇上の隅にいる背が高くすらっとした体格の男だ。
やや長めの金髪に、そばかすのある鼻。彼は、まるで緊張した様子もなく、手元の紙を見ながら進行を続ける。
「ではー、まず初めにマスケイン士官学校生徒会会長、エルマー・ロドリゲスの新入生への祝辞と開式の挨拶を行います」
進行役が口元のマイクを下ろすと、壇上にさっぱりとした短い茶髪の青年が出てきた。
生徒会長――――エルマーは、そうして壇上に立つと、新入生らを見渡してから一呼吸を置き、マイクに向けて口を開く。
「新入生諸君っ、ようこそマスケイン士官学校へ!
入学おめでとう!
ご来賓の皆様も、お忙しい中、ご臨席を賜り厚く御礼申し上げます。
新入生の皆さん。
僕の名は先ほど司会のカールが言ってくれたけど、エルマー・ロドリゲス、生徒会長です。
今日こうして皆の前で祝辞を述べられることは、僕としてはなんとも不思議な気分だね。
なんたって、二年前は僕が君達の立場で、先輩の言葉を聞いたのだから。
その時はまさか、僕がその先輩と同じ立場になるとは考えてもみなかった……」
感情を濃く織り交ぜたフランクな雰囲気の演説。
ニールは、まるで政治家みたいな生徒会長だな、と思った。
それは決して悪い意味ではなく、生徒会長の話す風貌が、見るからに場慣れしている、しっかりとした人物のそれだったからだ。
それから数分の間、エルマーの演説は続き、そして最後に開式の言葉により式が始まる。
暫くは退屈な挨拶、また来賓者の演説が続く。
式も後半に差し掛かったところで、ニールは予想外の人物の登場に目を見開いた。
「ノ、ノルン……?」
思わず小声で呟いてしまう。
演目はちょうど新入生代表挨拶、だ。
驚いたニールだったが、しかし、なるほど、とすぐに状況を飲み込めた。
やはり、ニールの思っていた以上にノルンは『有名人』ということらしい。
隣に立っているビセットも、そういうことだ、とニールに目配せをする。
「ノルン・マスケインです。
こうして新入生代表として、この場に立てたことを、まず私は誇りに思います。
本日は、私達新入生のためにこのような式を催していただき、まことにありがとうございます。校長先生をはじめ、諸教官方ならびに来賓の皆様にも、心より御礼申し上げます」
丁寧な口調で始まった挨拶は、まさしくマスケイン家の人間として恥ずかしくない完璧なものだった。 ニールは、さっきまで話していたノルンと、今、壇上で代表挨拶をしているノルンとが同一人物とはとても思えなかった。
まるで、スイッチを切り替えたかのように雰囲気がまるで違う。
代表挨拶が終わると、ノルンは一礼して舞台の裏へと下がる。
少しの間を置いて、進行役が再度式を進め、ほどなくして、ニール達の入学式は終わった。