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「……なに?」


 砲撃音の鳴った後、ニールは目を伏せて衝撃に備えていた。

 けれども、放たれた砲弾がRapidを撃ち抜くことはなく、第二射が放たれることもなかった。

 なにが起きたのかを確かめるために、ニールが目蓋を開けた先には――――


『な、父さん、どういうことだ……?』


 砲撃を受けていたのは、ビセットの乗るHoundだった。

 砲弾は機体の下部を撃ち抜いてあり、Houndは完全に行動不能にされていた。


『父さんっ!?』


 ビセットの叫び声が響く。

 しかし、サージはその声には応えず、ニールにだけ繋がる秘匿回線を開いた。


『よう』

『どういうことだ?』


 ビセットと同じ疑問をニールは口にする。


『なに、簡単なことだ。 諦めたんだよ』

『諦めた?』

『ああ、ここまでの逃走で俺の機体がダウンするというのは、それだけ予想外で、致命的な出来事だったってわけだ』


 自嘲的なサージの言葉には何らの含みもなく、ニールは彼が真実を言っているのだと理解した。 しかし、言われてすぐに納得できる話でもない。

 ニールはしばらく逡巡してから口を開いた。


『お前の言っていることが本当だとして、どうしてビセットを撃つ?』

『……アリバイ作りのようなものだ。 ビセットはあくまで俺が利用した駒の一つに過ぎない。 が、駒は駒でも、あれは俺の娘だからな』

『娘?』

『これで助かるとも思ってはいないが、可能性を残しておくに越したことはない』


 ニールが理解できないのならそれでもいいのか、サージは独り言のように呟く。


『元々勝ち目の薄い戦いではあったからな』

『お前達の目的はなんだったんだ?』

『移民の開放と旅立ちさ』

『……?』

『説明が必要なようだな』


 はぁ、と息を吐き、サージは話し始めた。


『俺は住処を奪われ、様々な船を転々としてきた移民の二世なのさ。 ビセットは三世だから、とりあえずはヴァルフィッシュの船員扱いだがな。この世界には移民が溢れている。それは住める環境が少ないことに原因があり、移民はそうして数少ない生き場所を探して世界を旅をしている…… 俺の先祖はそうしてヴァルフィッシュへと辿り着いたわけだな』


 移民、それはヴァルフィッシュに生まれ定住し続けてきたニールにとってはあまりピンとこない言葉だ。

 けれど、生活のあちらこちらに彼らの痕跡はある。 食事、文化、人種。

 第十四小隊のシャルハとスルヤを始め、軍学校付近の飲食店などに移民という存在の跡がある。

 それらの文化を単に享受するだけのものとして受け入れてきたニールにとっては、移民の側に立った視点というものは普段考えもしないものだった。


『住処を見つけても、移民ってのは生きづらいもんでな。 どこでもそこでも弱い立場に追いやられる。 ヴァルフィッシュにおいても、大半の移民は下層区住みがお決まりで、臭いのきつい土地で暮らしてる。 俺が組織したのはそんな現状に不平不満を抱えた奴らさ。 マスケイン家の人間を人質にとって外界へと旅立つための船を要求する、それだけの作戦を成功させるために多くの仲間が集った』

『そんな大きな船はこのヴァルフィッシュにはない』

『よく考えろ。 あるだろう? ちょうどいい船が今、港によ』

『……もしかして、アルパネのことを言っているのか?』

『他になにがある。 デルフィーン級貿易船アルパネ、あれがありゃあ移民は広い世界へと飛び出せる。 作戦を実行に移すのにはこの機しかなかったのさ』


 デルフィーン級の船はヴァルフィッシュ級に次ぐ大きさで、住居スペースも十分に確保されている。 しかし、それはあくまで住むだけの場所があるというだけで、内部でエネルギーを循環させる仕組みや、食糧を生産するだけの施設もない。 そのことを知っているニールは、サージの考えに反論を述べる。


『アルパネは補給が必要な船だ。 単独での自給自足はできないし、船内で出た廃棄物をどこかの船で変換炉に通さなきゃいけない。 アルパネを奪取したとしても、自由はない』

『……ふん、そんなことは分かってるのさ』


 ぶっきらぼうなその声には、全てを理解した上で行動を起こさざるを得なかったサージの諦めにも似た感情が混ざっていた。


『……』


 サージの事情をニールは知らない。 仲の良い友人同士というわけでもない。

 しかし、事情を知らないなりにも、ニールはサージが立場上仕方なく行動に移したのだろうということは読み取れた。


『なら……なにがあったかは知らないが、せめて、ビセットを巻き込まないように立ち回るくらいのことはできたんじゃないのか?』

『……』


 失敗するだろう作戦に、サージは娘であるビセットを同伴させた。

 失敗すればどうなるのか、失敗しヴァルフィッシュの軍に捕まればどういった扱いを受けるのか、ヴァルフィッシュで短からず生活をしていたであろうサージに想像がつかないはずがなかった。

 ニールは責めるように続ける。


『そもそも、こうした行動が船での移民達の立場をさらに低くしていくんじゃないのか? 失敗すると分かっていた作戦に参加して、むざむざ死ににいくくらいなら移民でもなんでもまた他の船に移ってやり直せばいいじゃないか』


 言いながらも、ニールはそれもまた厳しいことなのではないかと気付いた。

 本来的に、元々彼らは「やり直すため」に、ヴァルフィッシュに移ってきたのだ。

 そんな人々に対して、また移り住めと言うのは酷すぎる言葉だった。

 けれど、サージはそんなニールの言葉を受けて、激昂するでも無言を貫くでもなく、静かに、落ち着いた調子で答えた。


『理屈では分かっていてもな、どうにもならないことだってある。 船で悠々ぬくぬくと暮らしてきたお前には分からないだろうが、それが虐げ続けられてきた移民の感情と言うものだ。 椅子取りゲームからあぶれちまったのは自分達の責任だって分かっちゃいるが、だからといってそのことに納得して生きていくってのは土台無理な話なのさ』

『……』


 お前には分からないだろう、と言われては、ニールは口をつぐむしかなかった。

 ニールにはサージらの気持ちは分からない。

 言えるのは、如何にサージ達の作戦が無謀であったのか、無意味であったのかという証明の言葉だけ。 例えマスケイン家の人間を人質に取っても、船の中央管制を奪ったとしても、移民たちが満足できる形で船を手に入れるというのは可能性の薄い話、夢物語だ。


『そこまでだっ!』


 不意に、アンジェ教官の声が響き渡った。

 上空を見上げると、六機の機械鎧がこちらへ向けてヴァルフィッシュから降下してきているところだった。


『どうやら時間のようだ。 ま、ビセットの扱いに関してはアンジェの裁量次第といったところだろうな』

『お前はどうするんだ?』


 ニールは胸の内で助けが来たことに安堵しつつ、ノルンとミレナ、そしてビセットのこれからについて考え、重苦しい気分になった。


『どうもしない。 やらかしたことの始末をつけるだけさ』

『……』


 降下したアンジェ教官たちは、サージの機体を拘束し、閉じ込められていたノルンとミレナ、そしてニールを回収すると、ヴァルフィッシュへと帰還するのだった。


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