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激突 -1-

 黒煙とサイレンのせいで、試合を控えていた小隊はそれぞれ混乱の中にあった。

 サイレンの音に掻き消されてはいるものの、耳を澄ませば何かの爆発音があまり離れていない場所で響いている。 そんな状況で、冷静さを保つのは大抵の人間には無理なことだった。


「な、なんだっ!?」


 昼寝をしていたニールも例に洩れず、けたたましいサイレンの音で叩き起こされた。


「始まったみたいだな」


 ビセットはあまり慌てた風もなく呟く。


「始まったってっ? 何がっ!?」

「落ち着いてくださいノルンさん、私が教官に聞いてきます」


 対照的にノルンは急な事態に取り乱し、サナリスは小隊長としての責任感からか、なんとか冷静を取り繕い、教官に指示を仰ぐため場を離れる。


「始まったというのは、賊による襲撃か……もしくは船内部の人間によるクーデターだろう、という予想の上での話だ」

「しゅ、襲撃、クーデター?」


 普段あまり考えたことのない単語の羅列に、ニールは戸惑いを隠せない。


「他の船ではよくあることだ。 物資を持っている船に対して盗賊、はたまた海賊が集団で襲いにやって来るんだ。 これも、そういう状況だと思ったほうがいい」


 ビセットのそれらの場面を過去に目撃したかのような物言いに、ニールもノルンも、これから起こることへの恐怖を想起させられる。


「ヴァルフィッシュへの……襲撃……でも、今まではそんなこと」

「無かった、と思うか?」

「え?」


 それは、どこか棘のある言い方だった。


「気付かないだけ、知らされていないだけなんだ。 一々サイレンなんて鳴らしていたら休まる暇がないだろう」

「なら、それこそ今回はどうしてこんな騒ぎになるんだ……?」

「騒ぎにせざるを得ない状況、ってことだろう」


 そうしなければならないほどの切迫した状況。

 それを明確に示すように、黒煙は士官学校から目と鼻の先ほどの区域で立ち上っている。

 周りには、端末を使って家族に連絡を取ろうとする生徒が大勢いた。


「駄目だ、繋がらない! どうなってる!?」

「こっちもだ!」


 繋がらない通信に苛立つ声があちこちで上がる。

 ビセットの話を聞いたニールには、それら全てがビセットの言を証明しているように見えた。


「……つ、つまり、敵はもう船内にまで侵入しているかもしれないってことか?」

「かもしれない、じゃなく、既に侵入していてこの付近で暴れていると考えるのが妥当だ」

「え、そんな……」


 ノルンはビセットの言葉に顔を青白くさせ、ニールも足元から崩れ落ちるような感覚に見舞われる。


「俺達はどうする? 避難するか、それとも……機械鎧に乗って戦う、のか?」


 言いながら、ニールは自分が冗談みたいに馬鹿げたことを口走っているなと感じた。

 訓練を積んでいるとはいえ、いきなり学生が実戦に臨むというのは、あまりに突拍子もなく無謀な試みだ。 まるで覚悟もできていない状態で、自分に何ができるのかという自問が降り掛かる。

 けれどそんなニールの言葉に、ビセットはその意気込みは良しと真っ直ぐな視線を向ける。


「勇気と無茶を履き違えてるぞ、ニール。 だがその姿勢自体は悪くない。 私達にも、何かできることがあるはずだ」


 そこで初めて、ビセットは柔らかい表情を見せた。


「……っ。 そう、だよなっ」


 頷き、ニールは自分を奮い立たせる。

 戦うのは無茶だとしても、機械鎧を扱えるのなら確実にできることはある。


「で、でも私達に出来ることって……?」

「皆さんっ、教官からの指示を聞いてきました!」


 サナリスは息を切らして戻ってきた。

 あまり長い距離を走ったわけでもない。 極度の緊張で呼吸が乱れているのだ。


「で、教官達は私達にどうしろと言っていましたか?」

「動ける機械鎧を出して、避難する人々の誘導と護衛をしろとのことです。 何から護衛するのか、という話は教官の人達も把握はできていないようでしたが……盗賊とか、テロだとか……なんだか情報が飛び交っていて……」

「それだけ分かれば十分ですよ。 相手が何者であろうと、私達にもやれることがあるならやるべきです」

「そ、そうですね。 では、私達も早く動き出しましょう」

「「はいっ」」


 声を揃え、第七小隊は機械鎧のある格納庫へと向かった。



 ◆ ◆ ◆



 サイレンは数十分間鳴り続けた後に止まり、暫くすると状況の詳細を知らせるアナウンスが始まった。


『現在、賊と思われる集団と軍とが上層区にて戦闘中です。 市民の方々は速やかに安全な場所へと避難して下さい。 繰り返します――――』


「なるほど、クーデターではないってことか」


 放送を聞いたアンジェはやや胸を撫で下ろしていた。

 そうして安心できるのは、相手が盗賊の類であり、かつ上層区で戦っているとなればその目的が明白だからだった。

 船を襲う際に賊が抑えるべきは、船の中枢コントロール。 生命線。

 つまり反重力場を形成するヴァルフィッシュの機関部だ。

 それを素直に攻め立てているとなれば、アンジェにとっての心配事はおよそ解消される。


「私としては教え子の身を守ること、中でもノルンの身の安全が最も優先なのよね……」


 ノルン・マスケインの護衛。

 アンジェにとっては、それが何を置いても重要な一つ。

 途中でフライトビークルを拝借したおかげで、アンジェは士官学校まで数分もあれば到着できる位置にいる。

 ノルンに接触し、無理矢理にでも避難をさせればそれで任務は遂行できる。

 そう考え、弛緩した気持ちでいたアンジェだったが、その目論見はまんまと外れてしまう。


「あれは、なんだ?」


 赤い煙を伴った発煙弾が、士官学校のほうから撃ち上げられたのだ。



 ◆ ◆ ◆



 ミレナはノルンを探して学校中を走り回っていた。


「……もうっ、どこにいるんだか」


 苛立ちを覚えつつ、途中で捜索を打ち切ることもできず、ミレナは自分がどうしたいのか分からなくなってきていた。

 既に学校の生徒や観客はその大部分が避難を終え、残っているのは避難誘導をしていた小隊員達ぐらいのものだ。 けれど、その中にノルンの乗る機体はない。


『まだ避難していないんですかっ? こちらに来てください』


 未だに避難を済ませていないミレナに、避難誘導をしていた小隊員の一人が声を掛けた。


「友達を探していて……」

『友達?』

「はい……あ、小隊の人なら知っているかも。 第七小隊のノルン・マスケインなんですけど」

『ああ、第七小隊? それなら学校周囲の警備に回されてるんじゃないな。 たしか校門のほうだったと思うよ』

「ありがとうございますっ」


 どれだけ探しても見つからなかった相手が、少し他人を頼ればあっさりと居場所が分かってしまった。 肩透かしさと自分の視野の狭さを恨み、校門へと辿り着く。


『ミレナっ!?』


 驚いたのはノルンだ。

 既に安全な場所へ避難していると思っていた親友が、何故こんなところにいる?

 機械鎧のハッチを開き、ノルンはミレナの元へと駆け寄る。


「やっと、見つかった……」


 ふー、とミレナは脱力する。

 ここまで来るのにどれだけ気を揉んだか分からない。

 怪しい男がノルンを探している、それだけのことを伝えるためにここまで来たのだ。


「どうしたの? てっきりもう避難しているんだと思ってた……」

「ノルンを探している怪しい奴が居たのよ……それで心配して探していたんだけど、機械鎧に乗っているんだし、余計な心配だったみたいね、はぁ……」

「怪しい奴、か……うん、気をつけるよ。 ありがとうね」


 無駄足になってしまったのは腹立たしいが、それでもミレナはひとまず安心できたという表情を見せる。ノルンもミレナが心配してここまで来たことを理解しているために、労うように手を差し出した。


「え?」

「ともかくは避難しないとまずいよ。 私がミレナを機械鎧に乗せてシェルターまで連れていくから」

「……いいの? 持ち場があるんじゃ?」

「大丈夫よ、というかこのままミレナを一人で行かせるわけにもいかないし」

「……私、完全に逃げ損ねてるって感じだものね」

「うん」

「正直に言うな」

「ごめん」

「はは、もう」


 そうして二人は互いに笑顔を向け合う。


『けど、怪しい奴ってのは気になるな』


 話を聞いていたニールは、そうした人物の心当たりを頭の中で検索する。


「まあ、マスケイン家で生きてるとそーいうのにもたまに遭遇するもの、慣れてるわよ」


 なんでもないといった表情でノルンは手をひらひらと振った。

 慣れてる、か。

 ニールは内心で考える。

 そこまで割り切れるだけの経験がある、というマスケイン家で生きることの煩雑さと恐怖はどれだけのものなのだろうかと。


『で、どうします。 持ち場を全員で離れるわけにもいかないでしょう』

『ビセットさんの言う通りですね、ここはいったん二手に別れましょうか?』

『なら、私がノルンと一緒に行きますよ』

『分かりました。 では私とニール君はこちらで持ち場を守り、ビセットさんとノルンさんとで彼女を送り届けてあげてください』

『『了解』』


 ごくごく自然な流れでの決定。

 機械鎧の相性的にも、この割り振りは理に適っている。

 二組に別れ、ノルンはビセットを先頭に避難所へと向かうこととなった。



 ◆ ◆ ◆



「……意外と中は揺れないのね」


 ノルンの操縦するWaspの中で、ミレナは機械鎧の性能に目を丸くしていた。


「昔はもっと揺れてたらしいよ。 ニールが言ってたんだけど、サスペンションが進化したとかなんとか」

「そのくらいなら知ってるわよ。 けど実際に機械鎧に乗って経験する機会なんてあまりないから」

「結構楽しいでしょう?」

「こんな状況じゃなければ、それなりにね」


 滅多にできない友達との相乗り。

船が混乱の渦中にあるとは言え、ノルンはほんの少し気持ちに余裕を持てるようになってきていた。

 勿論、家族や他の友人が無事なのかという心配はある。

 けれど、大事な人間の一人と当たり前のように話せる状況は、サイレンが鳴り始めてからここまでで、ようやく訪れた安息できるひとときだった。


 ――――そんな、ノルンの気持ちの間断を突くように、その攻撃は放たれた。

 ドゴォン!

 頭上で落雷が落ちたかのような衝撃と爆音。


「きゃあっ!?」

「……っ!?」


 ノルンは不意の攻撃に悲鳴を上げ、ミレナは必死にミレナの座るシートにしがみつく。


「ちょ、ノルン、何やったのよ……?」

「わ、分からないけど……えっ、駄目よ、Waspが動かない!?」


 たったの一撃で、Waspは行動不能にされてしまっていた。

 何が起きたのか分からず、いっそうノルンは混乱する。


「な、なんでいきなり……」

『ノルン、無事か?』


 そこへ、ビセットの通信が入った。


『び、ビセットっ!? ねえ、今何が起きたのっ? 急に攻撃されて、それで――』

『無事ならそれで構わない。 Waspのハッチはロックさせてもらった、暫く中でじっとしていてくれ』

『じっとしていてって……どういうこと!?』

『答えている暇は無い』


 ぴしゃりと言い返すと、ビセットは通信回線は切った。


「そんな……」


 ビセットが何を言っているのか、何をしようとしているのか、確かめるためにノルンはコックピットから身を乗り出して外へ出ようとするも、ビセットの言葉通り、Waspのハッチは外側から強引にロックされてしまっていた。


「……そういうことか」

「ミレナ……そういうことって?」


 ミレナはビセットの言葉で、大体の事情を理解していた。

 ヴァルフィッシュを襲った賊の存在、ノルンを探していた男、そしてビセットの言葉。

 冷静な口調で、だが確信を持った声で、ミレナは諦めたように言った。


「……つまり、ビセットは賊の一人ってことよ」

「な、なに……言ってるの?」


 そんなわけない、ノルンは飲み込めずに反論しようとする。

 が、宥めるように、ミレナは先に続ける。


「状況を見れば明らかじゃない。 ビセットはコックピットをロックして私達を閉じ込めてるし、たぶん、さっきの攻撃だってビセットがやったのよ。 音の感じで至近距離からの攻撃だって、機械鎧に乗り慣れているノルンになら分かってるんじゃないの?」

「で、でも」


 そうとは信じられない。

 ノルンにとって、ビセットは同じ小隊の仲間で、ミレナやニール、サナリスらのように身近で、特別な人間の一人になっていた。

 ビセットがノルンを、ひいてはヴァルフィッシュを『裏切る』なんてこと、ノルンにはにわかに信じられることではなかったのだ。


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