対抗戦
例年とは打って変わり、生徒会主導の実況放送と共に開催されたマスケイン士官学校の小隊対抗戦は、関係各所の働きかけもあり、過去に類を見ないほどに盛大なイベントになっていた。
巨大なイベントに関わる人の数はどんどんと膨れ上がり、あちらこちらで語られることのない様々な物語が紡がれる。
ヴァルフィッシュという一隻の船に住む人々の感情が混ざり合い、声援が飛び交い、熱を持ってうねり狂う。
――――情報機関志望、ミレナ・ヴィナリング。
彼女もまた、このうねりの中で一つの物語のただ中にいた。
「はぁ……もう、なんで私が……」
うんざりする、うんざりする、うんざりする。
頭の中でミレナは言葉を反芻する。
現在、彼女は自分に向いていないだろう仕事を押し付けられ、辟易とした表情で椅子に座っていた。
「ミレナさん、こっちの機材はどうしましょうか?」
「……観戦モニターの裏に置いといて」
「ミレナさーん、音声配信の準備出来ました! チェックお願いしますっ」
「分かったわ」
対抗戦の一部始終をヴァルフィッシュ内の各所で実況放送できるようにせよ、という生徒会の企画した無茶なイベントの実行作業を任せられたのは、ミレナら情報系の生徒だった。
この采配はつまるところ、生徒会書記・会計のシェンが、予算不足を生徒の協力によってなんとか解決しよう、という苦し紛れの解決案を提示し、エルマーが即決したことに起因している。
そして、放送機器の知識を豊富な読書量の末に無駄に獲得してしまっていたミレナは、当人の意思とは関係なく、放送管理委員会のメンバーに抜擢されてしまったのだ。
「ほんと、面倒くさい」
放送機器のチェック、トラブル時の対応を任せられたミレナは、対抗戦が終わるまで全く休む暇もない労働を強いられ、あちらこちらへと忙しなく走り回らなければならない。
『間もなく第七小隊と第三小隊の試合が始まります!』
大型モニターには、ハイテンションな実況者の声と共に、各小隊の機械鎧が映し出されている。 普段、競技としての機械鎧の戦いを見ている人々は、学生らしい未熟ながらも試行を凝らした作戦や戦術を楽しみ、 あまり機械鎧に馴染みのない人々も、珍しい試みに興味を惹かれてモニターの前で足を止めている。
「頑張れ、ノルン」
うんざりするけれど、自分にとって唯一の親友にしてあげられることは、裏方でのバックパップくらいだろう。
そうした思いを胸の内に密めて、ミレナはモニターに向かって呟く。
「中層区の五十番モニターが調子悪いらしいんですけどー」
「分かりました、今からチェックに向かいます」
自分に与えられた役目を果たすため、ミレナは走り出した。
◆ ◆ ◆
第一小隊に勝つため、そして、自身の全力をぶつけるため。
ニールが改造を施したRapidは、戦場を目にも留まらぬ速さで疾走していた。
『Houndの全速力に付いてくるとはな』
『まだまだ、追い抜くくらいじゃないと』
ニールの横を併走するビセットは、さらに加速を掛けようと機体を前傾に倒す。
それに合わせて、ニールもRapidの性能を引き出すために集中を高める。
――――乗り手に高度な技量と判断力を要求する高速戦闘機体。
ニールのRapidは、他の機体よりも数段階上の機動力を得るために、極端に装弾薬量と装甲の厚さを削り、さらなる進化を遂げていた。
並のパイロットではあまりの機動性に操縦が追いつかず、障害物に衝突し自滅してしてしまうほどの代物。
しかし、ニールに備わっていた天性からの機械鎧への適性が、その暴れ馬を乗りこなすだけの技量と判断力を、対抗戦までの昼夜に及ぶ激しい訓練の中でニールに身に付けさせていた。
その動きは以前のRapidとは全くの別物であり、当然、ニールも乗りこなすのには相当な精神力と機体特性の理解を深めるための時間を要したのは言うまでもない。
『まだ付いてくるか』
『追い抜くって言っただろう?』
『そんな真似させるか』
機体速度を競うビセットとニール。
その様子を後方から眺めていたサナリスは、呆れて注意をする。
『二人とも、今は対抗戦ですよっ? もっと真面目にやってください』
『良いじゃないですか、二人とも楽しそうですし』
『もう、ノルンさんまで』
第一小隊との戦いの後、サナリスも敗北の原因を自身の作戦ミスと反省し、次の策を練っていた。
同じ戦法を使い続けるだけでは、簡単に対策を施されてしまう。
前回の失敗から、サナリスも含めて小隊全体での意識が変わっていた。
『ニール、そろそろぶつかるぞ!』
『分かってるっ』
開幕から敵陣へと一直線に突き進んでいた二人は、ゆらゆらとした蜃気楼の向こうに、敵の機械鎧の姿を発見した。
『なっ、二機の機械鎧での突貫だあっ?』
相手の第三小隊の隊長は、その無茶苦茶な突撃に面食らい、思わず声を荒げた。
『迎撃します!』
有利な陣地を得るために全速力で移動していた機体に、第三小隊の小隊員達は迎撃のために急ブレーキを掛けさせる。
直線的な両機へと、第三小隊の小隊員達はその場で足を止めると、迎撃の用意を――――
『いや、待て、相手が早すぎるっ!』
ぞくりとした悪寒が小隊長の背を這う。
不意に現れた敵に対応するために足を止めるまでのタイムラグ、さらに、武器を取り出し照準を定めるまでのタイムラグ。
その時間差を詰めるほどの速度。
ニールのRapidは、相手が照準を定めようと銃を構えた瞬間に、驚異的な跳躍力を以て一気に敵に肉薄した。
『ぶつかるっ!?』
真っ直ぐ自分に跳躍してくるRapidに、第三小隊の小隊員はそれがまるで空中で静止しているかのような錯覚に陥った。
けれど、Rapidは背部スラスターを用いて機体を回転させ衝突を回避すると、その勢いに任せて敵にヒートブレードを叩きつけた。
必殺の威力で繰り出された通りがかりの斬撃。
ザンッ、という金属が砂利に擦れるような鋭い音が弾ける。
ニールのその一撃で、一気に二機の機械鎧が沈んでしまった。
そうして隊列の乱れた第三小隊へと、ビセットのHoundがやや遅れて襲い掛かる。
勿論、初撃で迎撃体勢を崩されてしまった第三小隊に、その二撃目を止める手立てはない。
時間差での嵐のような強襲。
こうして、第七小隊はマスケイン士官学校の対抗戦最短試合時間を数十年ぶりに更新したのだった。
◆ ◆ ◆
ヴァルフィッシュ下層区の古びた倉庫群。
ここは非常時の避難場所にされたり、貿易船から運び込まれた物品が一時的に置かれる場所である。
そんな人気の無い僻地へも、音声放送で対抗戦の様子が伝えられていた。
『これはすごーいっ! 第七小隊が僅か試合開始後、なんと二分四十秒で第三小隊を破りました! いやあ、物凄い試合でしたねぇ……レイフィスさん、これ、機械鎧の操縦者の視点ではどう映りましたか? どうぞ解説お願いします!』
『……んにゃ、ワシの記憶が正しければ。これだけの短時間で試合が決したのは十九年前にじゃな、ええと、なんじゃったけな……』
『おお、かなり久しぶりのレコード更新というわけですねぇ!』
『待て待て、今、誰が更新したか思い出すんじゃから』
『これで次の試合への期待値もグングン高まってまいりましたね! いや、素晴らしいですよこれは!』
『……ワシの話を聞け』
若い実況者と、しわがれた老人の漫才のようなやり取り。
そうした軽妙なやり取りの様子も倉庫の中へと伝わっていた。
「ぶはっ、相変わらず面白れぇなレイフィスの爺さんは」
くくく、とサージは腹を捩じらせて笑い転げる。
「リーダー、これからひと暴れするってのに、そんなはしゃいでたら体力が持たねーっすよ」
「はは、はははっ、悪い、どうにも興奮して笑いの沸点が下がってるらしい。 けど大丈夫さ、今まで充分休憩してきたからな」
「なら構いやしないですけどね、休憩が長かったのは俺達も同じですし」
サージのことをリーダーと呼んだ、額にバンダナを巻いた男は、倉庫の中のコンテナに被さっていたシートを取り外している。
彼の他にも、倉庫の中には瞳に野心を燃やした男達が三、四十人と集っていた。
その容姿はそれぞれで、ガラの悪い不良少年のような者もいれば、学者のように生真面目そうな中年の男もおり、肌の色から瞳の色まで様々だ。
「にしても、上手いこと運び入れられましたね。 案外、ヴァルフィッシュの保安検査員のチェックもザルっていうか」
「そんなの、あらかじめ手回ししていたからだろう。 でなきゃ、ここのチェックはかなり厳しいぜ」
トントン、とサージはコンテナを叩く。
「その手回しができちまうってとこが甘いんですよ」
「それにゃ同意だ」
「じゃ、開けますぜ」
「おう、やれ」
サージの指示に従い、男達はそれぞれのコンテナを開ける。
中にはいっぱいのジャガイモが詰まっており、土の匂いを倉庫中に発散させた。
「うぅん、良い匂い」
サージは深呼吸をし、息を吐き出す。
「出してやらねえと、ですね」
男らはジャガイモを運搬機を使ってコンテナから取り出していく。
暫くすると倉庫の中央にジャガイモの山が出来上がり、そして、コンテナの奥からそれが姿を現した。
「待ったぜ、機械鎧ちゃんよ」
自らの愛機との再会にサージは頬を緩め、他の青年らも自分が搭乗する機械鎧の状態を確かめる。
コンテナの内部に機械鎧を隠し、ジャガイモをカモフラージュに使った密輸入。
サージは、ヴァルフィッシュに運び入れられる物資の検査を行う保安検査員を買収し、戦うための準備を進めていたのだ。
「時刻は……うん、もう少しだ」
サージは修理を終え自分の元に返ってきた懐中時計を愛しそうに撫でる。
「リーダー、あっちもそろそろいけそうです」
仲間からの連絡を受け、男の一人は全ての準備が完了したことを伝える。
「分かった。 ではこれより第一の花火を打ち上げる。 お前ら、持ち場につけ」
「「おおおおォっっ!!!」」
倉庫の中で叫びが木霊した。
◆ ◆ ◆
格納庫の近く。 ヴァルフィッシュの空には、士官学校の生徒らの声援が遠くから響いている。
「……疲れた」
ニールは空を見上げながら、目を瞑っていた。
第三小隊との対戦後、第七小隊の面々は機体を技師志望の生徒らに預け、次の試合までの休憩に入っているところである。
「そろそろ第一小隊と第十四小隊の対戦が始まりますね」
小隊員のために設けられた格納庫近くのテント、そこに設置されたモニターには第一小隊と第十四小隊のそれぞれの機械鎧が映し出されている。
サナリスは椅子に座りながら、その試合の様子を目に焼き付けるようにじっと見つめている。
「第一小隊は私達の時とはやっぱり機体の編成違ってますね?」
「それはそうだろう、あれは第七小隊向けの編成だったんだから、第十四小隊に対してベストだとしたのが、今映っている第一小隊の構成なのさ」
「なるほどねー」
ノルンはビセットの解説に納得して頷く。
画面に映る第一小隊の構成は、前衛で真っ向から戦う力戦型の機体が多くを占め、第七小隊と戦ったときとは全くの別物となっていた。
「あれが小隊員を多く抱えている小隊の有利な部分ですね。 対戦相手によって自分達の小隊編成を変えることができる。 なかなか複数の機体を乗りこなせる人は居ないし、それを無理にやるのは非効率的ですから」
「なら、俺達の小隊ももう一人か二人、小隊員が居たほうが良かったんじゃないですか?」
それなら、一人当たりの負担も軽くなるのに、とニールは疲れた声で訴える。
現状の第七小隊は四人だけ。
これでは相手に合わせるも何もない上に、毎試合出場で身体も疲弊するんじゃないかということだ。
「それもそうですが、小隊の定員が決まっている以上、毎年多くても三人を加えるに留めないと、年によって小隊の戦力がバラついちゃいますからね」
「仕方ない、ってことですか……」
「そもそも、私達の二個上の先輩達が考えなしに小隊選考をやってきたせいなんですけどね」
困ったようにサナリスは溜息を吐く。
本当に欲しい人員が居なければ採らない、入れない、と意固地に言っていた上級生の姿をサナリスは思い出す。
「それにしてもニールは大分疲れてるようだが、やはり昨日までの特訓が響いてるのか?」
「かもしれない。 毎日朝から晩まで訓練だったからな……けど、大丈夫、戦闘中は集中切らさないよ。 まさか試合中に寝るなんてヘマはしない」
「はは、まあ頑張れよ」
「そうする」
ニールはそれだけ呟くと、身体を休めるためにまた空を見上げる。
人工的に描画された青い空。 美しくも本物ではない風景。
少し湿った心地良い空気――――
対抗戦の合間のゆっくりとした時間。
ニールは疲労の中、それらをどこか楽しみつつ、ゆっくりと意識を落とした。
◆ ◆ ◆
本来、対抗戦において戦技教官は試合の経過を観察し、生徒への評価を付けることが求められる。 しかし、ヴァルフィッシュに停泊している貿易船から流れ込んでいる人の量が故か、想像以上の規模で人々の注目を集めた今回の対抗戦では、教官までもがイベントの進行を助けるために引っ張り出されていた。
「ったく、どうしてこんなビッグイベントになっちゃうかな」
戦技教官、アンジェもまたそうした仕事を割り振られた一人であり、対抗戦のために特設されたモニター会場へと警備のために派遣されていた。
「ふー……」
休憩のため、アンジェは会場最後方の席に座る。
会場には年代問わず様々な年代の人間がやってきており、広めに設営された座席もほとんどが埋まってしまっている。 イベントが盛り上がれば盛り上がるほど仕事の増える立場であるアンジェにとっては、その様子を喜ぶべきか嘆くべきかは複雑なところだ。
「君もここの配置か」
ひょろりと背の高い、眼鏡を掛けた男がアンジェの隣の席に腰掛けた。
「トールか」
「僕も警備員だよ、ほんと参った」
「あんたまで駆り出されるとはね」
「バイトぐらい雇えば良いのに、校長はよっぽどの倹約家だよ」
「守銭奴の間違いね。 もう、こんな状況じゃ私も任務を満足にこなせないわよ」
マスケイン家からの命令で教官という立場からノルンを見守っているアンジェとしては、今の状況はあまり都合が良くない。 停泊中の貿易船、盛大なイベント、押し付けられた仕事の数々。
猫の手も借りたい、と嘆くのは無理もないことだった。
「何か手伝えそうなことはある?」
「ううん、これは私に振られた仕事だもの、自分で何とかするわ」
「あまり強がっても得しないと思うが」
「単なる戦いであればもっと楽にこなせるのに、人間向き不向きがあるんだから、上官にはそこんとこもっと考えて欲しかったわね」
「期待されてるってことだろう。 ま、そんなアンジェには頑張れ、としか言えないな。 僕はただの一教官にすぎないし」
「よく言う。 そのうち船の建造にも復帰しなさいよ、そっちのほうが向いてるんだから」
「考えとく」
「また空返事して……って、あれ、向こうで火事かしら?」
いつの間にか、黒々とした色の煙が幾つか遠くで立ち上っていた。
方角からして、煙の下はヴァルフィッシュ上層区――――重要施設が集中している地域だ。
「あっちで火事ってのはマズくないか?」
トールの表情はやや険しいものに変わる。
上層区はヴァルフィッシュ船内の重要施設が集中し、人口密度も非常に高い。
そんな場所で規模の大きな火災が起きたとなれば、少なからず犠牲者が出る可能性もある。
「なんだか嫌な予感がするんだけど?」
「上層区でわざわざ火遊びに興じる馬鹿がいるとは信じたくないな」
「火遊び程度であれだけ複数の煙が上がるからしらね?」
「アンジェ、端末で調べられるか?」
「もうやってる」
トールに指示されるまでもなく、アンジェは自分の端末で火災情報の検索を行っていた。
「……駄目ね、どこにも火災情報は出ていない」
「なら、上層区で働いている知り合いに直接連絡を取ってみよう」
「私も」
幾つかの疑念を抱えつつ、二人は端末から誰かに連絡を取れないかと試してみる。
――――が、上層区の人間どころか、ヴァルフィッシュ内の誰にも連絡を繋ぐことができない。
「学校にも繋がらない」
「どこも駄目ね」
「通信障害か……意図的なものだとすると、厄介だね」
「冷静に言ってる場合じゃないわよ、それが本当なら急いで対処しなきゃいけない」
上層区で立ち上る黒煙、通信障害、対抗戦開催による人々の集中、それらが示す今起きている事象への解答を考えた二人は、表情を曇らせて頷き合い、
その予想を反映させたように、上層区のほうからサイレンの音が鳴り始めた。
「え、なにっ?」
「サイレンだぞ!?」
突然の警報に観客らの間でどよめきが起こる。
けたたましく鳴るサイレンに、アンジェは小さく舌打ちした。
「当たり、みたいね」
「端末が使えないってことは……通信局が抑えられたってことかもしれない」
「だとしたら、それをやった相手はかなり船の内情に詳しいわね」
船内での通信手段を把握しているということは、この襲撃は突発的なものではなく周到な準備の末によるものだろう、そう当たりをつけた二人は、襲撃者が何者なのかに思考を巡らせる。
「反乱分子によるクーデター……もしくは……」
「賊を手引きした人間がいる……そんなとこかしらね」
「そうだね……けど、まずは」
「この状況の収拾をつかせなきゃいけない、か」
人々はもはや観戦どころではなく、いち早く安全な場所へ逃げ出そうとパニックに陥りかけていた。
「どけっ!」
「危ないでしょ!?」
「早くしろ!」
雪崩のように会場の通路を押し合い、中には転んで下敷きになっている人もいる。
「アンジェ、君は学校のほうを頼む」
「トールは?」
「僕はここで観客の誘導をするよ、戦いは君向きの仕事、そうだろ?」
「……そうね。 あんたも気をつけなさいよ」
「分かってる、任せたぞ」
「うん」
互いの身を案じる言葉を投げ合い、二人は事態の収拾へ向けて動き出した。
◆ ◆ ◆
「……なんでこういう時に通信障害なのよ」
対抗戦の舞台裏。
放送機器のチェックを行っていたミレナは、他の放送管理委員の人間と連絡を取り合うことができない事態に頭を悩ませていた。
「ど、どうします?」
同じ情報系の生徒で、ミレナと共に放送機器のチェックに走っていた女生徒は、額に汗を垂らしながらあたふたと戸惑う。
「通信局が何らかのトラブルでサービスを提供できない状態みたいなのは確からしいけど……こうなったら、放送管理委員のほうで独自に通信網を作り直す必要があるわね」
「と、言うと……?」
「学内の放送室に無線用通信機があるかもしれない……というか多分あるはずよ、でなきゃ困る。 それを使うのよ」
「やけっぱちですね」
「この役に当てられた時点でもうやけっぱちだもの」
焦る気持ちを落ち着かせながら、ミレナは近くのモニターがしっかり対抗戦の様子を映し出していることを確認する。 今のところは問題なく放送が続いているが、ひとたび機器が不調をきたせばすぐに対処しなければならない。 放送を見たり聞いたりしている人々はかなりの数に上る。 それはミレナにとって想像以上のプレッシャーとなっていた。
「……急ぎましょう」
と、走り出そうとしたところで、
「痛っ……」
ドン、とミレナは大柄な青年にぶつかってしまった。
「ああ、すみません」
青年は急にぶつかってきたミレナに頭を下げる。
「……い、いえ、ぶつかったのは私ですし……こちらこそ……」
「いえいえ、お気になさらず。 ところで、一つ訊きたいことがあるのですが」
「え、何でしょうか?」
青年は視線をきょろきょろさせながら言った。
「ノルン・マスケインって生徒がどこにいるか知っていますか?」
「ノルン、ですか……?」
唐突に出てきた親友の名前に、ミレナは少し呆気に取られた。
なぜノルンの居場所を?
そんな疑問が浮かぶ。
青年はよく見れば何かの仕事の途中なのか作業着を着ており、体つきもがっしりしている。 一見して不自然なところは特にない、が……。
どことなく青年から妙な感じを受けたミレナは、正直に話すのを避けた。
「いえ……分かりません」
「そうですか、いや、急に訊いて申し訳ない。 さきほど対抗戦で活躍したのを見て、少し会ってみたくなりまして、申し訳ないです。 では」
ミレナがノルンの居場所について知らないと分かるや、青年は会話を切り上げそそくさと離れていく。
急いでいたはずのミレナだったが、そのドクンと鼓動が鳴るような予感から、男の後ろ姿への視線を外せない。
「ノルンさん、さっきの戦いでは特に活躍した場面は無かったはずですよね?」
女生徒はあれ? と困惑しながら呟く。
「活躍どころか、戦闘すらしていないわよ」
時間の無い状況でも、ミレナは音声放送で試合の経過を確認していた。
その中で、ミレナが何かをしたという情報は出てはいない。
青年の言葉と食い違う試合内容。
つまり、あの青年はミレナに嘘を吐いていた。
だが、どうして?
ミレナは心の中で自身に問い掛ける。
通信障害が無ければノルンに連絡をして注意するところだが、それはできない。今のミレナには、直接ノルンに会いに行って注意を促すだけの時間もない。
――――と、ミレナがどうするか悩んでいたところで、サイレンの音が響きだした。
「え、これって……」
不意なことで、ミレナはそれが誤報なのではと疑った。
「ミレナさん、あれのせいじゃないですかっ?」
女生徒は黒煙の立ち上る上層区のほうを指差す。
「まさか、誤報じゃなく本当に……」
モニター前で観戦していた人々も黒煙に気付き、そのサイレンが誤報ではないのだと騒ぎ出す。
「だとしたら、もう対抗戦どころじゃないですよ! これって非常時サイレンですよね、そうなら早く避難シェルターに向かわないと」
ヴァルフィッシュには他の船との戦争中など、非常時のためのシェルターが各所に設置されている。 そのため、通常はサイレンが鳴り次第にその原因の如何は置いておいて、船の住民は避難することが求められる。
「分かってるわよ……けど……」
さっきぶつかった男のことが頭の隅で引っかかり、ミレナはどうすべきか悩んだ。
ミレナに注意しにいくべきか、それともこのまま避難してしまうのか――――
「……もうっ、しょうがない」
「え?」
ミレナは苛立ったように走り出した。
「貴方は先に避難してていいから! 私はちょっと用事を思い出したからっ」
「えええっっ!? ちょ、待ってくださいよ!?」
「私のことは気にしないでっ!」
「そんなっ!?」
ミレナは弾けるように飛び出すと、すぐに人混みの中へと姿を消していく。
避難に向かう人々で道はいっぱいになっているため、女生徒もうかつにはミレナを追うことはできない。
「気にしないでって言われても……ええぇ……」
訳も分からず置いていかれた女生徒は、途方に暮れながらも、鳴り止まないサイレンの音に不安を掻き立てられるのだった。
◆ ◆ ◆
「…………」
下層区の倉庫群。
閑散とした倉庫の中で、サージはトムロインによって綺麗に磨かれた懐中時計へと視線を落としていた。
既に男達の姿はほとんどなく、残っているのは数人の者達だけ。
「始まったみたいだな」
男の一人が、自身の端末が使い物にならなくなったことを確認し、サージに作戦が順調に進んでいることを伝える。
「……どうやら、そろそろ俺達の出番のようだな」
サージは立ち上がると、自身の機械鎧を起動させた。
「フーガ達の作戦は諦めるのか?」
肌色が濃く白髪混じりの慎重そうな男は、心配そうにサージに問う。
「元々、あっちの作戦にはあまり期待していなかったからな。 こいつで強引に事を進めるほうが俺達には合ってる」
「まあ……そうかもしれないな。 だが、仲間の安全が第一だぞ、分かっているのか?」
「分かってるさ。 俺達は肌の色も瞳の色も異なるが、同じレッテルを貼られた者同士だ。 連中と同じように仲間を見捨てるようなことはしない」
「分かっているなら構わない。 私も最後まで付き合おう」
男は頷くと、自身も機械鎧へと乗り込んだ。




