二人の前進 -3-
「ただいま……」
「おかえり、お兄ちゃん。 なに、何かあった?」
気落ちした様子で帰って来たニールに、妹のサーシャは心配そうに声を掛ける。
「ん、まあ……なんでもない」
「ほんとに?」
「ほうっておけ、気にするだけ無駄だ無駄」
トムロインは情報番組を眺めながら、ぶっきら棒に言う。
「もうお爺ちゃんは何でも適当なんだから。 今日も急に難しい仕事引き受けちゃうしー」
「む……あれは、しょうがなかったんじゃって」
「懐中時計なんて、今時誰も使わないものなんだし、もっと料金取ってもいいんじゃない? 貰った料金も冗談みたいに少ないし……絶対あの三倍は必要だからね?」
「す、すまん……」
普段は誰に対してもひねた態度を取るトムロインだが、家事全般を引き受けているノルンには頭が上がらない。
「今日は夕飯外で食べてきたから」
「うん、分かった」
口数少なく、ニールはそのまま自室へと上がっていってしまう。
バタン、と扉を閉めて息を吐く。
暗い部屋には、分解されたモニターや、機械鎧の設計図などが広がっている。
無言のままベッドへと飛び込み、天井を見上げる。
ニールにとって、機械鎧での戦いで初めての敗戦だった。
元々、小隊での戦いというのは、奨学金を免除してもらうためのちょっとした手間でしかない。 そこに、特別な感情を抱く必要などなく、バイトの一環程度に考えていれば良かったはずだった。
けれど、小隊での敗戦を経験し、上級生に自分の機械鎧をボロボロにされてみて初めてニールはやり切れない感情に心を支配されていた。
「これが悔しい……ってことか」
そんな感情を覚えるとは思っていなかったニールは、気持ちをどう整理すれば良いのか戸惑っていたのだ。
自分が丹精込めてメンテナンスした機械鎧が傷付いたから?
敗戦で小隊の連勝がストップしたから?
自分の力不足が許せないから?
様々な疑問が湧きあがる。
心臓はどくどくと胸を打ち、拳には力がこもる。
夜は更けていくのに、どうすることもできない。
第一小隊戦の最後。
ニールは敵の小隊長であるカールと一瞬だが単騎同士でぶつかった。
その僅かな打ち合いで、ニールは初めて最強と呼ばれる相手と戦ったと感じた。
あれだけの動きを自分も出来たらどれだけ嬉しいだろう。
元々は技師を目指していたはずなのに、そんなことを考えるのはおかしい。
けれど、もっと本気で、もっと真剣に訓練を重ねれば、いつかあの強さを越えられるのではないか。
そんな傲慢とも自信とも取れる気持ちが抑えられない。
「俺はどうしたい?」
ニールは自問と自答を続けるのだった。
◆ ◆ ◆
「……ニール、今日は休みみたいね?」
「う、うん」
翌日、ニールの姿は教室には無かった。
黙りこくったノルンを不思議そうに見つめて、ミレナはふう、と息を吐いた。
「昨日、負けたんだって?」
「え、知ってたの?」
「まあね、そのくらいの情報は自然と耳に入ってくるわよ」
「なら、こうして落ち込んでる理由も察してるんだ……」
「そりゃ、ね。 大方、ノルンのことだから負けた理由でも探してるんじゃない? そういう無駄な責任感は強いでしょ?」
「無駄とか言わないでよ。 私がもっと索敵を早くできていれば、あんな酷い負け方はしなかったはずなのに」
「作戦負け、ってとこかしらね。 狙撃機体を三機用意してきたんでしょう? 一方で第七小隊の狙撃機体はノルン一機。 索敵能力の差もあるし、作戦負けでもあったんじゃない?」
「それは分かってる。 それを差し引いても、一対一の狙撃戦で勝てる気がしなかったの」
ノルンは机に突っ伏してウーと唸った。
ミレナはその様子を微笑ましそうに見つつ、友人としての精一杯のアドバイスを贈ることにした。
「別に上級生相手に一歩劣るのは当たり前のことじゃない。 そんな差を嘆くよりも、するべきことがあるはずよ」
「するべきこと? なにを?」
「自分で考えて」
「えー……それこそ無責任だよー」
「落ち込んでいるよりは、何かしろって言ってるの」
「うーん、まあ、釈然としないけど、言いたいことは分かる」
「それに、ビセットさんは特に落ち込んだ様子もないみたいだし、もう次を見据えているんじゃないかしら」
「ビセットは強いから」
そう言って、ノルンは自分の弱さを否応無く再確認してしまう。
立ち止まっている暇はない、前へ進まなければならない。
頭で分かっていても、それはどうしようもなく難しいことなのだ。
◆ ◆ ◆
朝、ニールは教室ではなくトール教官の研究室へとやってきていた。
その目には、昨夜とは変わって何か強い意志が宿っている。
「どうしたんだい?」
「……相談したいことがあります」
「相談?」
「はい、カール副会長に勝ちたいんです」
技師として教えを請うのでなく、機械鎧の乗り手としての相談。
一晩悩んで、ニールが出した結論だった。
「機械鎧で勝つための方法を僕に訊く、か」
トール教官は感慨深そうに呟くと、朝のコーヒーを淹れ始める。
「君は、どうやら父親よりも母親に似たらしいね」
「え?」
思いも寄らない言葉に、ニールの硬くなっていた表情が少し崩れる。
「君の母親と僕は知り合いでね」
「本当ですか?」
「ああ、君の父親とも僕は同僚だったから」
「ど、同僚って……トール教官って今何歳ですか?」
「今年で三十かな」
「それで同僚って、ええっ?」
ニールの父親は生きていれば今年で三十七歳だ。 それから七つ違い、しかも数年前のことともなると……ニールは自分の聞き間違えなのかと困惑した。
「飛び級で軍に入ったからね、まあ、珍しくもないことだ」
「なるほど、それで……やっぱり、トール教官って凄い人だったんですね」
「凄くなんてない、僕はただの一教官にすぎないさ」
改めて、ニールはトール教官が若くしてデルフィーン級の設計を行った優秀な技師なのだと理解した。
「トール教官は、母さんのことを知っているんですか?」
映像でしか顔を知らない母親。
もの覚えついた頃には、ニールにとって家族と呼べる存在はトムロイン、父親、妹しかいなかった。 トムロインは母親のことをあまり話さないし、ニールが知らない事を妹が知っているはずもない。
「直接会ったことはないんだけれどね。 僕が知っているのは、彼女のパイロットとしての功績と、君の父親が一時期その専属技師をやっていたということだ」
「母さんが、パイロット?」
「そうだ。 あのアンジェ教官も、昔は君の母親の下で戦っていたそうだよ」
「アンジェ教官が……?」
今までニールは、トムロインから母親は病気で死んだのだと伝えられていたのだ。
それが、本当は軍でパイロットをしていただなんて、全くの初耳で、動揺は隠せない。
「……なら、母さんはどうして死んだんですか?」
「……」
ニールの問いに、トール教官は暫し口を閉ざす。
「どうしてなんですか?」
「これは、僕から言って良いことではないのかもしれないが」
コーヒーを口に含み、意を決したようにニールのほうへと向き直る。
「他の船との戦闘中に、味方を庇って戦死なされたよ」
「せ、戦死……?」
「ああ」
あっさりと告げられた話に、ニールはぱくぱくと口を開けて、信じられないと顔を手で覆う。
「そ、そんな、今まで知らなかったですよ」
「だろうね、君の父親は、幼い君にはショックが大きすぎると思ったんだろう」
トール教官は椅子に座ると、内心でトムロインに謝罪をする。
「トムロインさんは君にその事実を話したかがらなかったようだが、君が機械鎧を操りパイロットとしての道へと踏み入るのならば、これは知っておかなければならない話だ」
「……まだ、俺は、そこまでは」
ニールは、単純に第一小隊に、カールに勝ちたいと思って相談を持ちかけたのだ。
そこに、将来の道をどうこうするという重い判断は無い。
「けれど、可能性としては十分あり得るだろう。 カール君に勝ったならば、君の意志とは関係なく、ニール、君は軍に招かれるはずだ」
「軍……」
「そうだ。 ニール、君は事実を知ってもなお、勝つためのアドバイスを望むのか?」
「俺は……」
それ以上は言えずにうな垂れる。
「僕はこれから授業だ。 しばらくここでゆっくりするも良いだろう。 だが、もしも君がカール君に勝つための方策を得たいと言うのなら、この資料に目を通してみるといい。 見るか見ないかは、君の自由だ」
「……」
バサっと無造作に置かれた資料。
トール教官はそのまま研究室から出て行ってしまった。
◆ ◆ ◆
『ふむ、ニールに話したか』
『ええ、いつまでも隠しておくわけにもいかないことでしょう。 ニールだけじゃない、妹のサーシャさんにも』
『……』
授業に入る前に、トールはトムロインへと連絡を取っていた。
数年ぶりのトムロインとの会話に、トールは懐かしさを覚えると共に、僅かばかりの怒りも感じていた。
『まさか、今の今まで秘密にしているとは思いませんでしたけどね。 あれでは、ニール君が不憫ですよ』
『あいつには、ワシの跡を継いで平凡に暮らして欲しかったんですがね……』
『才能というのは如何ともし難いですよ。 彼は、作業場で機械鎧の操縦を覚えたと言っていましたよ』
『それは……』
『あなたも、心の何処かで分かっていたんじゃないですか? でなければ、機械鎧になんて作業場とは言えそうそう子供を機械鎧に乗せるなんてことはしない』
『……』
『言いたいことはそれだけです。 ニールの今後については、彼自身に任せます』
『そうですか……まあ、君がそう言うならあいつも納得するでしょう』
トムロインが指しているのは父親のことだ。
トールは、彼の顔を思い浮かべて、自分の判断を省みる。
『どうでしょうね……ベンなら、どうしたでしょうか。 今となっては分かりませんけど……。 僕は、僕の信じたことをするだけです』
『そうしてください』
『はい』
そこで連絡を切ると、トールの胸には重いものがずっしりと圧し掛かった。
「教師らしいことを今までほとんどしてこなかったツケかな……今更プレッシャーを感じてる」
◆ ◆ ◆
結局、午後の実科授業が始まっても、ニールはノルンの前に姿を現さなかった。
辺りは既に薄暗くなっている。
ノルンは、未だ気持ちを切り替えきれないままに、自主練へと没頭していた。
「……これで、三百発目」
ノルンが行っているのは、遠方に設置された的に向けての狙撃訓練。
的は、すでに夕闇に溶け入りそうなほど見え辛くなっている。
搭乗しているのは、第一小隊戦で破損したWaspではなく、訓練用の予備の機体だ。
視線を的へと集中させて、じっくりと目標に狙いを絞り、引き金を引く。
膨大な練習量に裏打ちされた一連の動作には淀みがない。
ドンッ
という腹の底に響く発射音がライフルから鳴る。
しかし、ノルンの思惑とは裏腹に、弾丸は的を避けて彼方へと飛んでいってしまった。
「む」
キリの良い数字で終わらせようと思っていたノルンだが、こうなると納得がいかない。
四百発まで撃ち直そうと考えたが、予備弾も切れた。
「仕方ない、格納庫から取ってくるか……」
気分転換だ、と格納庫へと向かう。
――――が、そこに、今日ずっと姿を見せていなかったニールがいた。
「ニールっ?」
「あ、ノルン。 こんな時間まで自主練ってすごいな」
「え、そりゃ、まあ……って! そんなことはどうでもいいよっ。 なんだ、ニール今日学校来てたのっ?」
「うん、トール教官にアドバイスを貰おうかと思って。 それで、現在そのアドバイスを元に機械鎧の改造中」
あれから母親のことを聞かされ呆然としていたニールだったが、昨晩に決した気持ちはそうそう変わりはしなかった。 そもそも、母親の戦死のことはニールにとってさして問題ではなかった。 それよりも、ニールが気になったのは、母親のことを未だに隠してきたトムロインについてだ。
「改造? それがアドバイス?」
「うん」
ニールが見せたのは、Rapidの運動性能を著しく上昇させるための設計書と、改造後のRapidが実際に発揮した性能データだった。
「これ、俺の母さんが乗ってた機体のデータなんだってさ」
「ニールの、お母さん? でも……」
「ああ、もう居ない。 けど、昔はたしかにこの機体に乗って戦ってたらしい」
勝つために機体を改造する。
そんな方法で簡単に強くなれるのかと言うと、全く違う。
ニールは、機体のデータから見て、この機械鎧がかなり熟達した腕と優秀な技師の整備がなければ動かせないだろうことを把握していた。
つまり、技師としてだけでなく、乗り手としての技術の向上も必要。
トール教官は、ニールに技師としてもパイロットとしても中途半端は許さないつもりらしかった。
「俺、迷ってたんだ」
「え?」
ニールの独り言とも取れる言葉に、ノルンは口をつむぐ。
「技師と、パイロットと、別々の道を急に示されて、どちらも上手くいかないまま中途半端になってしまうんじゃないかって」
初めは流れに任せて両方の道に片方ずつ足を踏み入れてしまった。
「でも、そうして迷うこと自体、自分自身が両方とも上手くやりたいって思ったってことだろ。 なのに、自分には両方ともは無理だってやる前から尻ごみしてさ。 そうじゃなくて、とりあえずやってみることが必要だったんだ。 だから一回本気で頑張ってみようかなって、駄目で元々、やれるだけやってみることにしたんだ」
「……そっか」
決心したニールの心境を聞いて、ノルンは自分も何に迷っていたのかをはっきりと理解した。
ノルンの中にあった不安は、ニールも同様に抱えていたものと似ていた。
「なんとなくニールの気持ちは分かったよ。 で、私も少し気が付いたかもしれない。 昨日から、どうにも気分が落ち込んで、訓練にも身が入らなかったんだけど、それってニールと同じようにやるかやらないかで迷っていたって感じなのかな」
「何を迷っていたんだ?」
「私、小隊選考で三番目に指名されたでしょ?」
「そうだったね」
「あれ、ニールかビセットが推薦したでしょ」
「え、まあ、うん……」
別に隠していたことではないが、ニールは積極的に話すようなことでもないと話題にするのを避けていた。
「やっぱり、だからおかしいと思ったんだ。 私くらいの実力で三番目に指名をもらえるなんて、嬉しかったけど……なんか、ちょっと違うって気がしたの」
「けどそんなの……」
「関係なくはないよ。 私、結構負けず嫌いなとこあるから、そういうの悔しいし、だからこそ自主練してた。それで迷ってたんだよね、自分にそこまでの実力無いって。 それでも見合う実力を付けたいと思って訓練してた。 でも、指名順に見合う実力を自分が付けれるのか不安でさ。 そんな時に、第一小隊に負けて……このままで大丈夫なのかって不安になってたんだと思う。 それだけのことだったんだったんだなって」
「ノルン……」
「私もニールに負けないくらい本気になるよ」
はっきりと見開かれた瞳。
真っ直ぐな視線がニールを貫く。
「俺だって」
互いに頷いて、心の中を吐露してみれば、二人の表情は少しすっきりしたものへと変わっていた。




