二人の前進 -2-
第一小隊小隊長、カール・トリスタン。
彼は生来からの楽観主義者であり、能天気な若者であり、生徒会副会長でもある。
昔から何かしらのイベントや催し事を計画することが好きで、実際に数々の行事を成功させてきた。
しかし、積極的にそれら行事を催し、進行することから勘違いされやすいが、その実、イベントの運営は同じく生徒会に所属する生徒会長、エルマー・ロドリゲスにほぼ全て丸投げしているのだった。
「カール、いい加減にしろよ……」
エルマーは七三分けの前髪を掻き毟りながら、詰まりに詰まった行事日程に顔を青ざめさせる。
「頼むよ、絶対面白くなるからさ」
対するカールは笑顔のままに、どうすればイベントが面白くなるのかという一点にのみ思考を巡らす。 聞く耳を持たないカールに、エルマーは精一杯の必死さを滲ませて抗議をする。
「ただでさえアルパネ祭で忙しくなったんだ。 こんなキツキツのスケジュールに対抗戦の観戦・実況放映の手配なんてしたら、まず間違いなく死人が出るぞっ!?」
「最初の犠牲者はエルマーだね」
「嫌だよ!?」
「はは、大丈夫だって、ほら、そういうマンパワーの不足は書記・会計のシェンがどうにかやってくれるはずだし」
シェンと呼ばれた短髪の快活そうな少女は、モニターに映る四桁しか残っていない生徒会運営資金残額と、日程の具合とを見て、呆れ顔で即答した。
「はい、無理っす」
「ええっ、そんな!」
「無理なもんは無理っすよ。 それこそカール小隊長がポケットマネーを出すっていうならまだしも」
「残念……あと、ここでは隊長呼びは厳禁」
「ああ、そうでしたね。 カール副会長」
シェンはあまり反省した様子もなく誤りを正すと、今度は先のイベントに掛かるだろう費用の算出を始めた。
「で、お前らどうなんだ。 今度の対抗戦では勝てそうなのか?」
気まぐれにエルマーはカールとシェンの二人に向かって問う。
「どうだろうね?」
「どうっすかね?」
二人は一様に顔を見合わせた。
「なんだよその微妙な受け答えは」
「嘘、冗談。 こちとら勝つ気満々さ、オレがどれだけ準備を重ねてきたと思ってるんだ」
そう告げるカールの表情は飄々としている。
それを見たエルマーは、どこか安心したように鼻を鳴らすと、椅子に深く腰掛けた。
「だからこその対抗戦のイベント化、だろ? ったく、便利に使ってくれるなぁお前」
「成功すれば手柄は会長である君のものさ。 ギブ&テイクの原則は成立しているとは思わないかい?」
「ギブとテイクと割合が大きく偏っている気がするんだが? お前は自分の小隊の優勝を最大級に盛り上げたいだけだろう」
「今年で最後なんだ、少しは許せ」
「まったく、生徒会を私物化するとは困ったもんだ」
「その点は君も似たようなものだろ?」
「まあな」
奔放に振舞うカール同様に、エルマーも個人的な思惑で生徒会という組織を利用していた。 それは、エルマーが自分の家の事情から逃げるための隠れ蓑として、であり、勿論、罪になるようなことは決してしていない。
「船長の息子は大変だね」
「言うなよ。 これでも、生徒会は家に居るよりは大分気楽なんだ」
船長の息子。
立場上、エルマーはずっと息苦しい生活を続けていた。
船の運用方法から緊急時の対応の仕方まで、家に戻れば船長としての役目をこなすためのあらゆる事を学ばされる。
ヴァルフィッシュにおいて、力を持つためにはそれ相応の専門的かつ技術的なことも覚えなければならない。 自分が居なくては船が成り立たない、そうした稀少性が船においての立場を守るのだ。
「ほんと、楽じゃない。誰かに救って欲しいね」
エルマーは空を仰いで何者かに助けを求めるのだった。
◆ ◆ ◆
第一小隊との練習試合の日はあっという間にやってきた。
ニール達第七小隊の面々は、各々の機械鎧に乗り込み、試合開始の刻を待っている。
『皆さん、作戦はいつも通りに私が援護、ビセットさんが追撃、ニール君は敵を撹乱し、ノルンさんは動きを止めた相手の狙撃をお願いします』
サナリスが出した作戦はこれまでの練習試合と同様のもの。
相手が何らかの対策を施してくることは分かっているが、これはあくまで練習試合。
サナリスは、カールの思惑にあえて乗ることにしたのだった。
『第一小隊はどう出てくるんでしょうね』
ビセットは相手の作戦がどのようなものか考え込む。
それは隊の先頭を行くため最も迅速な判断力を要求されるからであり、戦いの前にビセットはいつも相手の作戦を少しでも予測しようとしている。
『私とビセットさんの連携を崩しにくるのか、もしくは他の何らかの弱点を突いてくるのか、ですね。 問題はどういう戦法を仕掛けてくるのかですが……そこまでは実際にやり合ってみないと分かりません』
『昨年二位の小隊が相手、か』
ニールも喉を鳴らして、緊張を高める。
『うー……鳥肌立ってきた』
『はは、ノルンは緊張すると鳥肌が立つのか?』
『ビセットだって緊張したらお腹痛くなったりするでしょーっ?』
『私はそういう緊張はしない性質なんだ』
戦いの前とは言え、小隊の雰囲気は悪くない。
サナリスを始め、第七小隊の面々は様々な弱点を抱えつつも、これまでの練習試合で自信と経験を蓄えている。
そのため、今期の優勝候補と目される第一小隊を相手にしようとも、戦意を高く望めていた。
『それでは戦闘を開始しろ』
アンジェ教官から開戦の合図が出される。
途端、第七小隊は勢いよく飛び出す。
初動の目的地は第十四小隊戦と同じく、有利な陣地を目指しての素早い行軍から、敵を発見し次第の撃破へと移る索敵撃破。
練習試合を重ねるうちに、ノルンとサナリスはこの作戦に合わせるため、搭乗機であるWasp・Ostrichの武器弾薬の積載量を減らし移動速度を改善させるなどしている。
これが功を奏し、両機の攻撃力・継続戦闘能力は減衰してしまったものの、小隊全体としての行軍速度は飛躍的に増していた。
有利な陣を確保してからの索敵・速攻。
少しずつではあるが、小隊としてのカラーが出始めていた。
『高台は先に押さえられましたね』
戦闘開始から数分。
ビセットは丘の頂上を見回し敵がいないことを確認すると、ほっと胸を撫で下ろす。
『まずは一安心ですね、ではノルンさん、索敵をお願いします。 ニールとビセットは丘を降りて待ち伏せの用意を』
サナリスは後方の警戒を担当し、あとは敵の発見をノルンに委ねるだけ。
ニールとビセットは斜面を滑り降りていき、手頃な隠れ場所を探す。
索敵を任せられたノルンは、Waspに装備されている各種センサーを開放し広範囲を走査を始めた。
『怖いくらいに静か……』
ノルンはセンサーに返ってくるデータに全く反応がないことに違和感を覚えながら、望遠カメラで目視による索敵に切り替える。
『カールのことだから、隊を分けての急襲を仕掛けてくると思っていたのですが……気をつけてください、何かありますよ』
と、サナリスが注意を呼びかけた直後。
突如として、第一小隊の攻撃が始まった。
単発の甲高い銃声。
『ノルンッ、狙撃だ!』
ビセットの叫び声が響く。
『えっ、あ!?』
遠方の小さな丘からの稜線射撃。
それは、丘の頂上に狙撃機体であるWaspを伏せさせ、スナイパーライフルの砲塔だけを出して狙撃するというものだった。
勿論、そうした戦法は珍しいものではない。
しかし、これまでの練習試合で真っ向からの戦いしか経験していなかった第七小隊にとっては、予想にもしなかった攻撃だった。
カンッ
金属同士の衝突音。
銃弾はノルンのWaspに直撃していた。
『ノルン、大丈夫かっ?』
ニールは機体を振り返させる。
『――――ご、ごめんっ、しばらく動けそうにないかも』
『ビセット、ニールの二人は動かないでくださいっ。 狙撃手へは私が遠距離から牽制を掛けます!』
『くそっ』
ノルンの状況が気になるものの、ここでビセットとニールの二人が飛び出せば丘に陣を構築した意味がなくなる。 ニールははやる気持ちを抑えて、Raoidの身を屈める。
『弾薬を削った分の仇ですね……』
サナリスはOstrichの砲撃を狙撃手の居たポイントへと放ち、衝撃で舞い上がらせた粉塵で狙撃を阻害する。
けれど、機動性を優先するために装弾数を絞ったOstrichでは、あまり長い間の時間稼ぎはできないのだ。
想定外の事態に唇を噛み、次に取るべき手を思考する。
『早く、早く……』
ノルンは機体の被害状況を確認し、スナイパーライフルに発生した誤差の修正を急ぐ。
ドンッ
さらに別の位置からの狙撃音。
『狙撃機体が二機っ?』
飛翔していたOstrichに弾丸が掠める。
「狙撃機が二機なら、ビセットとニールを前に出すのもアリ、でしょうか」
サナリスは通信に声は出さず、作戦を呟く。
このまま攻めに転じて良いものか、ノルンの復帰を待つべきか。
頭の中で数々の選択肢が浮かんでは消えていく。
『小隊長、どうしますかっ?』
ビセットの焦りを含んだ声が飛ぶ。
『前衛の二人で敵の狙撃手をお願いします。 目標は近いほう、最初に狙撃をした機体です!』
『分かりましたっ』
ニールは狙撃音の元へと機体を跳躍させる。
飛び出す機をずっと待っていた分、跳躍は低く、そして矢のように鋭い。
『ニール、気をつけろ。 相手は何も一機だけじゃないはずだ。 狙撃手を守るために護衛の機体が待ち伏せている可能性がある』
『ああ』
敵までの距離はおよそ五百メルトル。
その間をニールとビセットは真っ直ぐに突っ走る。
直線的な機動のために狙撃手に狙われやすくはなるが、サナリスの砲撃が土煙を巻き上げているため、回避はしやすくなっている。
接近戦に持ち込みさえすれば、遠方の狙撃機も支援狙撃はできない。 たとえ相手が三機で張っていようとも、自分とビセットの力なら乱戦に持ち込めば勝機があるはず。
ニールはそう自身に言い聞かせつつ、跳躍を続ける。
『復帰しましたっ。 援護を始めます』
『よし……っ』
機体の破損が酷いものの、ノルンも再度狙撃を行えるようになった。
サナリスはこれならいける、と勝機を見出す。
――――だが、カールはここまでの展開を予想した作戦を練り上げていた。
最初に狙撃を決めた狙撃機の潜んでいた丘の陰。
そこには、シェンとカールの機体が隠れていた。
『狙撃決めたんすから、カール隊長、後のことはお任せしまっす』
シェンは粉塵で何も見えない射線に溜息を吐き、護衛に付いていたカールに全てを投げる。
『はは、そこまで頼られると頑張らないわけにはいかないな。 さ、次の狙撃ポイントへ移動してくれ』
『了解っす』
カールは不敵に笑うと、搭乗機であるBearの持つガトリングカノンを前方へと向ける。
ミドル型中量機械鎧Bearは、ビセットの乗るHoundから機動性を落とし、代わりに耐久・攻撃力に振った機体であり、広くバランスの良い機械鎧として知られている。
カールは学内で右に出る者はいない実力者として知られている機械鎧の乗り手だが、ことBearの運用においては、軍で即戦力として通用するほどと言われている。
周りにはカールの他にシェンを護衛していた機械鎧はいない。
一機で二機の機械鎧を相手取る。
一見して無謀に見える作戦だが、当然、それだけではない。
カールは、第七小隊の戦い方を研究し、この状況を覆すための対策を練っていた。
『もう撃ってくれていいよ』
遅れて配置が済んだであろう最後の一機へと指示を送る。
『狙撃を開始します』
三機目の狙撃手。
合わせて三機のWasp。
近接での戦闘を捨て、極端な遠距離戦に振り切った戦術。
第七小隊の機体構成、作戦に対して最も効果的だとカールが考えたのは、こうしたゲリラ的奇襲戦法だった。
遅れて配置の終わった三機目は、ノルンとサナリスが陣取っていた丘を狙い撃てるポジションへと移動していた。
二機の狙撃で相手を引っ張り出し、相手の死角へと三機目の狙撃機を忍び込ませていたのだ。
『なっ、もう一機っ!?』
ニールは突然の狙撃に声を上げる。
『なるほど、そうきたかっ』
ビセットはそれでもHoundの突進速度を落とさず、残り百メルトルに迫ったシェンの機体へと目を向ける。 背後のサナリスとノルンの状況は心配だが、ここで引き返すわけにもいかなかったのだった。
『すみま…行動……能です……』
ノルンの通信が途切れる。
『くっ、これでは援護もできない』
サナリスは急ぎ三機目のWaspを迎撃しようとするが、Ostrichの砲撃よりも、Waspの二射目のほうが早かった。
――――四対二の数の不利。
勝負の結果は、誰の目にも明白だった。




