二人の前進 -1-
入学式から一ヶ月が経ち、各小隊の格付けも練習試合を通しておよそ定まってきていた。
統率と個々の高い実力で勝ち続ける第一小隊。
じっくり練られた作戦とフォワードのコンビネーションを武器とする第十四小隊。
隊のほとんどが新入生にも関わらず破竹の勢いを保つ第七小隊。
対抗戦に向け、各小隊は日に日に実力を伸ばし続けている。
「ここまで全勝で練習試合をやってこられたのは、私としてはかなり出来すぎだと思っています」
訓練前のミーティング。
ベンチに座って小隊のメンバーを見回すサナリスは、次の第一小隊戦に向けての作戦を伝達していた。
「毎回ギリギリですもんね……私、あんまり倒せてないし……」
被撃破数は少ないものの、狙撃手としてあまり撃破数を伸ばすことができていないノルンは、うな垂れて悔しさを滲ませる。
「狙撃が決まらないのは何もノルンのせいだけじゃないさ。 射線を確保できていない私にも責任はある」
ビセットは戦闘の際には常に敵の攻撃を一手に引き受け、かつ隙あらば追撃を仕掛ける壁役兼アタッカーを務めている。 そして、メインのアタッカーを任されているのは身軽で敵に肉薄しやすいRapidに乗るニールだ。
「それを言うなら一番射線を遮っているのは俺だよ。 そのくせ、中々敵は倒せないっていう……」
練習試合を重ねるごとに撃破数を伸び悩ませているニールは、歯痒い気持ちを抱えながら拳を握り締める。
決定的な好機で飛び出せず、敵に距離を取られカウンターを食らう。
初めの頃は、敵の懐に飛び込みサブマシンガンとブレードによるコンビネーションを用いての撹乱を何度も成功させていたニールだったが、多くの練習試合をこなし、その戦法を他の小隊にまで知られてからは相手の小隊に対策を施され、徹底的に接近を許されず本領を発揮できずにいた。
「まだ小隊としてまとまり始めたばかり、上手くいかないのは仕方ないです。 それに二人とも課題がはっきりしている分、壁を乗り越えるのも早いはずですよ」
サナリスは柔らかく微笑みながら二人を励ます。
小隊として噛み合いきらない現状、第七小隊で最も武器となっているのはサナリスとビセットによる連携だ。 その内容は至極単純で、サナリスが敵の一機にダメージを集中させ、動きが鈍ったところをビセットが追撃を行い留めを刺す。 そうして獲得した数の有利を維持しながら逃げ切り、勝つ。
機体特性を素直に反映させた戦い方故に作戦がシンプルで分かりやすく、かといって敵にしてみれば対策も取り辛い。
小隊人数に余裕がなく、経験も浅い第七小隊が勝利を積み上げられているのは、そんなサナリスの確かな援護とビセットの勝負勘に支えられてのものだった。
「しかし、第一小隊が相手となると、少し勝手が変わってきそうだ」
ビセットは考え込むように唸った。
「そうなの?」
ノルンの疑問に、サナリスが答えを示す。
「おそらく第一小隊の小隊長であるカールは、練習試合であっても私達第七小隊に対しては、かなり本気で対策を練ってくると思います」
サナリスは、小隊編成においてカールがサナリスに向けていた、去年の雪辱を晴らすという強い意志を孕んだ瞳を思い出す。
「こう言うとプレッシャーになってしまうかもしれませんが……間違いなく、今までで一番手強い相手になると思います」
「今までで一番……」
サナリスの言葉に全員が気を引き締め、ミーティングを終えると、第七小隊は志を新たに訓練を開始したのだった。
◆ ◆ ◆
「ここに来るのも久しぶりだな……」
トムロイン修理屋のオンボロな作業場の前に、不精髭を生やした背の高い男が立っていた。 男は古ぼけたアンティークの懐中時計へと目を向けると、諦めたように首を横に振り、荷袋を背負い直して作業場へと入っていく。
ガチャリ、という扉の開く音に、中で作業をしていたトムロインは顔を上げた。
「ん、ニールか?」
「俺だ、サージさ」
「……ほう、そりゃまた珍しい奴が来たもんだ」
トムロインはふんと鼻を鳴らすと、一旦止めた手をまた動かす。
「なんだ、歓迎されてねえな。 俺が常連客だったのを忘れたのか爺?」
「昔の話だろう? それに、厄介な客を暖かく迎えるほどウチの店は経営に困っていないんでね」
「このボロで金に不都合してないってんなら、どれだけの人間が金持ちになるんだろうな?」
「まったく、口の達者な奴だ」
「それが取り柄でね」
「はぁ……」
トムロインは面倒くさそうにワザとらしい溜息を吐くと、ビークルの修理を中断し立ち上がった。
「アルパネで帰って来たのか?」
「まあな、金はある程度溜まったし、そろそろ故郷でゆっくりしようと思ったわけ」
「お前はそういう玉だったかね」
「年を食ったら考え方なんて変わるもんさ。 俺も年相応に落ち着いたんだよ」
「だと嬉しいが」
まるで信じていないという声。
トムロインはジロリとサージを一瞥する。
その姿は、十年前にヴァルフィッシュを出て行ったときと何ら変わってはいない。
心を入れ替えた風に言っているが、その実、何も変わってはいないのだろうとトムロインは結論付けた。
「にしても、この船は相変わらずだな」
「そうか? 色々と景色は変わっただろう」
「景色はな。 でも、内情はちっとも変わってねえじゃないか。 マスケインの家は今も昔も国王かって面をしてやがるし、船の権力者は今でも上層区の一等地に家を持ってる。 何も変わっていない。ほんと、何も変わりなくて安心したよ」
サージの憎々しげな表情に、トムロインは僅かに息を呑む。
「何しに帰ってきた?」
「だから、故郷でゆっくりするためだって。 何度も言わせるな、ボケたのか?」
「確かめただけじゃ……で、今日は何の用だ」
「こいつの修理を頼みたくてな。 どうにも、他の船じゃやってくれる技師が一人もいねえ」
サージは針の止まった懐中時計を差し出す。
それを受け取ったトムロインは、作業台の上に時計を固定すると、台に備え付けられた虫眼鏡で状態を確認する。
「こんな遺物、博物館にでも売りつければ良かろうに」
「は、冗談。 これでも嫁の形見なんだぜ」
「……そうかい」
言いながら、トムロインは懐中時計を分解し始める。
「修理にはどれくらい掛かる?」
「……そうだな。 見たところ、まず歯車が欠けちまってる。 他にもガタがきていそうな部分が数箇所、この分だと部品を交換……というか、新しく鋳造する必要があるな。 あとは時計の調節、表面の研磨……ふむ、まあ諸々込みで二週間ってとこか」
「二週間? おいおい、もう少し早くにできないか」
「無理言うな。 懐中時計専門の技師ならともかく、こんな一品物の修理、そうそう手早くできんだろう。 しかも、今はニールが軍学校に入学しちまって手が足りん。 期間を遅めることはできても、早めるのは不可能だ」
「むう……」
サージは残念そうに黙り込むと、仕方ない、と言って踵を返した。
「じゃあ二週間で頼んだぜ、爺。 二週間後にまた来る」
「待て、金は払っていけ」
「分かってるって、そこに置いといた。 色は付けといたぜ」
トムロインの静止を聞かず、サージは軽い足取りで作業場から出て行く。
「ったく、勝手な奴め」
仕方なく仕事を引き受けることにしたトムロインは、サージの残していった修理費を数え、再度、深い溜息を吐くことになる。
「……何が色は付けておいた、だ。 こんなはした金では全然足りんぞ」
―――― 一方、外に出たサージは、中でトムロインが恨み言を呟いているのも知らず、ヴァルフィッシュの空を見上げていた。
「軍学校に、ニールが……ね」
サージにとっては予期せぬ情報。
「面白くなりそうだ」
口元を歪めながら、サージは自分の娘へとメッセージを送るのだった。




