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来る貿易船 -3-

「船が踊ってるみたいだ」


 船の来航に喜ぶ人々の賑やかな声が聞こえてくる。

 ニールは機械鎧の格納庫で、練習試合で損傷した腕部の修理を行っていた。

 一昨日の境界領域での訓練中に現れた船は、他の船との交易を行うために旅に出たデルフィーン級貿易船・アルパネだった。

 アルパネはヴァルフィッシュよりも一回り小さな船で、乗員はヴァルフィッシュ出身の人間が大半を占めている。 アルパネは世界各地を巡り、あらゆる知識・文化・人を他の船から運び、ヴァルフィッシュに住む人々に大きな影響を与えてきた。

 そうしてヴァルフィッシュを発ち数年ぶりに帰って来た貿易船を迎えるため、教官らを含め軍学校の大人達は出払い、士官学校も数日間の休校となった。

ニールはその休みを利用して、修理作業に没頭していたというわけだ。


「ニール、せっかくの休校なのによくも朝から今までずっと作業してられたね。 私だったら気が滅入っちゃうよ」


 外で訓練に励んでいたノルンは、訓練を終え格納庫へとやってくるなり目に入ったニールに声を掛ける。


「ノルンこそ自主練だったんだろ?」


 ニールはそんなノルンを横目で眺めつつ、作業の手を止めない。


「まあね、でも外で動き回るのは全然飽きないし楽しいもの。それに、毎日乗らないとニールやビセットに追いつけないしね」

「……追いつくとかなんとか言うけどさ、そもそも第七小隊で最も自主練が必要なのは俺なんじゃないか? いまいち、自分が転科させられた理由も分からないし」


 そのニールの言葉にノルンは頬を膨らませ、ヘソを曲げたように言う。


「えー、そんなの模擬戦でビセットに勝っちゃったからに決まってるじゃない。 私としては、どうしてニールが機械鎧をそれだけ動かせるのかが知りたいくらい」

「……それはまあ、昔から爺さんの作業場で機械鎧に乗せられてきたからじゃないか? つまりは皆より乗る機会が多かったから慣れていたっていうか」

「それだけでビセットに勝てるなら、操縦士を目指し始めてから毎日家の機械鎧に乗ってた私には才能がないみたいじゃない」

「ビセットに勝てたのは、単に運が良かっただけだって!」

「運で勝てれば苦労しないってー」

「……ほんと、運だよ」


 ノルンに聞こえないくらいの小さな呟き、ニールは本心から、ビセットとの対戦での勝利は幸運に恵まれたのだと思っていた。

 その思いは、第十四小隊――――スルヤ・シャルハ達との戦闘の際にも痛感させられたことだった。

 無言で小隊の先頭をリードしつ続けたビセット、的確な指示を出すサナリス、決めるべき一撃をしっかり決めたノルン。 ニールは、自分だけが小隊員として何も役割を果たせていなかったと感じていた。


「何か言った?」

「いや、俺だけ何もできなかったなと思ってさ」

「それってこの間の練習試合のこと?」

「うん」

「……あのね、ニール」

「ん?」


 少し溜めるような間を置いて、ノルンは機械鎧で声を大きく響かせる。


「気にするくらいなら修理なんてしてないでもっと訓練しろー!」

「う、おおっ、耳がっ、耳が!?」


 キーンと鼓膜を貫く大音響に、ニールは思わず頭をばっと上げた。

 すると二次災害の如く、その先には機械鎧の硬い装甲。


「痛っ、頭打ったっ……!」

「そ、そんなに驚くなんて……」

「う、おお……痛ぇ……」

「大丈夫?」

「このくらいなら、過去にも何度かやっちゃってるから平気……」

「そ、そうなんだ」

「というかさ、うん……ノルンの言うとおりかもしれないな」

「え?」


 頭をさすりながら、ニールは真面目なトーンで話す。


「言われて気付いたけど、今、自分がすごく中途半端なことしてるって思った」

「言った私が言うのもなんだけど、ニールの場合は状況が特殊だし、しょうがないと思うけど? 」

「そうでもない。 別に、この修理作業だって技師志望の人に任せることだってできたんだ。 それをわざわざ訓練の時間を潰してまで修理するなんて、馬鹿げてるし申し訳ない気がするっていうか」

「けど、ニールの目標はあくまでもヴァルフィッシュの整備技師でしょ?」

「まあ、うん」

「それじゃあ、そうやって修理をして技術を高めることも間違いじゃないよ」

「さっきと言ってることが逆なんじゃ?」

「それはそれ、これはこれ! 訓練やって、技師の勉強もして、最終的には対抗戦で勝つ! それでいいじゃない」

「ははは……」


 ノルンの強引な論法にニールは苦笑いして、機械鎧を見上げた。

 朝から徹底的にメンテナンスを施された機械鎧は、表面を綺麗に磨かれ鈍い光を放っている。 腕部もほぼ修理が完了し、あとは仕上げを済ませるだけの状態になっている。


「やりたいこととやるべきことは、両立するのは難しいけどニールならきっと出来るはずだよ、たぶん」

「たぶん、ね」

「絶対」

「それは逆にプレッシャーだ」

「ふふ、ま、言うだけはタダだし」

「そりゃそうだ」

「で、そろそろニールもそれ終わりにしたら?」

「修理のこと?」

「うん、そろそろ外でもお祭り始まってると思うし」

「お祭り?」

「学校の広場で、生徒会主導のお祭り、アルパネ祭を催してるんだってさ」


 ノルンはさきほど訓練の帰りに見た屋台の列を思い出す。

 対してニールは、にわかには信じられないという表情。


「え、朝には何も用意なんてされてなかったぞ」

「どうやらここの生徒会、仕事早いみたいだからね」

「それにしたって、機材の手配から人集めまで軽く一週間は掛かるんじゃ……?」

「ミレナ曰く予め用意してたって話。 そういうイベント事には生徒会副会長が抜け目ないらしいから」

「その人、たしか第一小隊の小隊長だったっけ」

「ニールにしてはよく知ってたね?」

「そりゃ、俺だっていつまでも無知ってわけにもいかないし」

「それもそっか」


 祭りと聞いて、ニールはとりあえず作業を切り上げることにし、散らかしていた工具を片付ける。

 ノルンも機械鎧から降り、着替えを済ませてから、ニールと共に外へと出た。



 ◆ ◆ ◆



「ミレナもお祭りのために学校来てるらしいから合流しないとね」

「食べ物目当てか」


 広場へ出ると、既に屋台に集まる生徒達が賑やかに祭りを楽しんでいた。

 ニールとノルンは人混みの中を流れに任せて歩きつつ、屋台の出し物を見物する。

 屋台にはサンドイッチ、ウインナーからピザまで様々なものが並び、時折移民出身の人々が持ち込んだ見慣れない食べ物、おもちゃも売られている。


「想像以上に色々な屋台が出てるな」

「ほんとだよね」


 歩けば歩くほど、見慣れない屋台が姿を現していく。

 どうやら、事前準備された屋台だけでなく、貿易船でやってきた商人達も屋台を出しているようで、地面にシートを広げて参加している人々の姿も見ることができる。

 さらに、屋台だけでなく生徒会が作成した舞台でのイベントも催され、貿易船の帰還を祝うアルパネ祭は、まさしく学園祭のような様相を呈していた。


「あれ、もしかしてビセットっ?」

「え?」


 ノルンは言うが早いか屋台へと走る。


「ビセット、屋台出してるのっ?」

「やあ、二人ともデートか?」


 ビセットは白地の絹のような繊維の衣装を着て、角切りベーコンを焼いていた。


「そ、そんなんじゃないよ! 格納庫で偶然会って、それでどうせならってことで……」


 ノルンは顔を赤くして手を横に振る。


「これもバイトか?」


 ニールはノルンに追いつくと、売っている食べ物に目を向ける。


「そうだな、 生徒会で募集があったから前もって応募していていた。 ……けど、まさかこんなに早く呼ばれるとは思ってなかったよ」

「アルパネが戻ってくる時期は毎回ばらばらだからなぁ……」

「ビセットがバイトしてたなんて知らなかったなぁ。これも、ってことは、ビセットは他にも何かやってるの?」


 ノルンの質問に、ビセットは調理の熱で掻いた汗をタオルで拭いながら答える。


「まあね、学校の近くの食品店とか。 他にも短期で色々やってる」

「へえ、意外だなぁ」

「俺も最初は驚いたよ」

「二人にもこのバイトはお勧めできそうだ。 バイトとは言っても出来高払いで、売れれば売れるほど稼げるし、出す店の種類も内容も自由度が高くて面白い。 生徒会としては、儲けよりも屋台の数を増やすことに力を入れているらしい」

「そうなのか、じゃあ四本買わせてもらうよ」

「ありがとう。 ちょっと待ってくれ、もう少しで焼き上がる」


 と、ビセットが角切りベーコンを引っくり返したところで、横からミレナが現れた。


「……それってどこの料理なの?」

「あ、ミレナ!」

「おわ、いきなりだな」

「……良い匂いがしたから寄ってきたのよ。 で、どうなの?」

「ああ、これは私が父に連れられて旅に出たときに、旅先の畜産が盛んなコロニーで食べた移民料理さ。 独特な味付けと、焼くときに香りの高い炭を使うんだ」

「なるほどね、道理で遠くからでも匂いがしたんだ」


 ミレナは感心したように頷くと、じっとベーコンを見つめた。


「ミレナさんも買うか?」

「十本頂戴」

「じ、十本だな。 分かった」

「さすがノルンね……」

「はは……でも、ビセットも親父さんと一緒に旅に出たことがあったんだな?」


 ニールは、前にビセットの父親が今も旅に出ていると言っていた話を思い出す。


「というより、昔から頻繁に旅には出てたさ。 旅をしてはヴァルフィッシュに戻っての繰り返しだったから。 そのせいか、こうして他所の料理のレパートリーが増えた」

「ふうん、すごいな」


 焼きあがったベーコンをビセットから受け取ると、ニールは早速それを一口食べてみる。

 焼き色のついたベーコンは、優しく仄かな木の香り。

 滲みだした肉汁が濃厚な味を舌に伝える。


「う、旨いっ!」


 ニールはつい声を上げてしまった。


「……ほんとね、おいしい」

「喜んでくれて何よりだ」

「ビセット、料理上手なんだね!」

「まあ、これはレシピが簡単だからさ。 凝った料理はあまり作らないんだ」

「今度レシピ教えて欲しいかも」

「良いよ、このくらい」


 ビセットは嬉しそうに言うと、次のベーコンを焼き始める。


「なんだお前達、楽しそうじゃないか」

「んっ!? アンジェ教官!」


 くたびれた表情で現れたアンジェ教官は、ニールの抱えていた袋からベーコン串を引き抜くと、それを口に運ぶ。


「うん、うまい」

「勝手に食べないでくださいよっ」

「いやー、見回りで疲れちゃってね。 あとで返すから」

「ええ……」

「教官の人達も狩り出されているんですか?」


 ノルンは意外そうに訊く。


「まあね。 貿易船とは言っても、連れてくるのは何も品物ばかりじゃない。 柄の悪い奴や何か良からぬことを企んでヴァルフィッシュに入ってくる奴もいるってわけ。 あたし達教官も、そういう奴らが出てもすぐに対応できるようにお仕事回されてんの」

「た、大変そうですね」

「そーなのよ。 だから、串一本くらい構わないでしょうが」

「はぁ……」


 ニールは溜息を吐いてうな垂れる。


「ふふ、ニールには代わりに一本くらいサービスするよ」

「ん、君はビセット・ベルフォルン……だっけか?」

「え? はい」

「合ってるなら良かった。 生徒の名前覚えるのも一苦労よ。 そういや、あなたの親父さん、帰って来たんだってね」

「ええ、まあ……」


 ビセットは歯切れ悪く頷く。


「今はどういう感じなのかは知らないけど、仲良くね」

「……はい」


 ビセットはやや俯いて、ベーコンを焼き続ける。

 その様子に、ニールはどういうことだろうと両者の顔色をうかがう。

 しかし、湿った空気を払うようにアンジェ教官はニールの頭を鷲掴みにして、


「い、痛っ、アンジェ教官っ!?」

「それにしても、あんたら一年生のうちから夜遊びはやめなさいよね。 問題起こしたら教官の責任になんだから」

「あ、はい、すみません」


 ノルンはぺこりと頭を下げる。


「早めに帰るんだよ。 じゃー私、まだ見回りしなきゃならないから」

「頑張ってください」

「分かってるよー」


 去っていくアンジェ教官を見送り、


「……急にやってきてうるさい人ね」


 ミレナはジットリとした視線を向けながら、口の中のベーコンを頬張る。


「あれでも結構良い教官だよ? やっぱり変わってるけど」

「ノルン、それ、フォローになってなってないんじゃないか……?」

「……それよりも皆、後ろ見てみたら?」


 ミレナは屋台の前からすっと離れる。


「え?」

 言われて二人が振り向くと、いつの間にかビセットの店の前には長い行列が出来上がっていた。


「うわ、俺達邪魔になってる」

「そ、そろそろ行こっか。 ごめんなさいっ」


 並んでいた人に前を譲ると、ニール達は屋台から離れる。


「すまないな、私の分も祭りを楽しんでいってくれー」

「うん、また明日!」


 別れの言葉を投げるビセットに返事をして、三人はさらに祭りの屋台を巡ることにした。



 ◆ ◆ ◆



「――――ふう、疲れたな」


 広場の喧騒から少し離れたベンチに座り、ニールはノルンとミレナにあちこち連れられて棒になってしまった足をさする。


「突発的なイベントの割にはかなりしっかり楽しめたなぁ」


 ノルンは遠くでやっている舞台に目を向けている。


「……眠い、満腹」


 ミレナは目を擦りつつ、満足げに息を吐く。


「けど生徒会もすごいよな、これだけのイベントを二日そこらで開催できるなんて」


 今まであまり学校行事に関わってこなかったニールにとっても、この祭りは十分楽しめるものとなっていた。 そして、その開催を担った生徒会の人々にもニールは素直に感心していた。


「ほんとねー。 いつかは対戦する相手の主催だと考えると、ちょっと複雑かもしれないけど」

「対戦する相手って、第一小隊のこと? 祭りを企画した生徒会の副会長が、小隊長を務めているんだっけか」

「うん、カール・トリスタンって人」


 その名前にはニールも覚えがある。


「小隊編成のときに司会をやってたからよく覚えてるな」

「……ん、副会長だけでなく、書記も第一小隊だったはずよ」

「え、ミレナそれ本当?」

「嘘を吐く理由がないでしょう」

「書記も第一小隊ってことは、まさしく相手は生徒会メンバーってことか」


 だからどうという話でもないが、ニールは祭りの様子を見て、これだけの規模のイベントを進行できる生徒会、もとい第一小隊は、かなりの強敵になるだろうと思ったのだった。

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