入学 -1-
春、マスケイン士官学校入学式の日。
「あやうくスタートから遅刻するところだった……」
寝坊しかけたニールは、妹のサーシャになんとか起こしてもらい、大急ぎでフライトビークルを走らせていた。
――――先月のノルンとの出会いから一ヶ月、ニールはなんとかトムロインを説得し て、さらに軍学校からの奨学金をも勝ち取ったのだった。
「……まだ身体が重い」
トムロインに入学式の前日まできつい仕事をさせられ、疲労困憊の身体はあちこちが気だるさを感じさせ、十分な休養を求めている。
サーシャが声を掛けなければ、ニールはおそらく昼過ぎまで熟睡していたことだろう。
ニールの住む中層区から軍学校のある上層区までは、ビークルを全開で走らせておよそ二十分。
「これなら間に合う……にしても、やっぱり上層は綺麗な建物が多いな」
ニールは進行方向に注意しつつも、思わず背の高い建物が立ち並ぶ上層区の景色を横目で眺めてしまう。
ヴァルフィッシュの上層区には、軍学校をはじめ、病院や役所など各重要施設が悉く集中して配置されている。一方で中層区には住宅や商店が並び、下層区には農場や下水処理場などライフラインを支える施設が集められているのだ。
それぞれの区域はなだらかな坂で繋がっており、ニールはその坂を登ってきたのだった。
「っし、もう到着だ」
ニールは校門から停留所へと入り、ビークルを停める。
「早いところ教室に行かなきゃな。 えーっと、俺のクラスは……」
ニールは入学案内の紙を片手に校舎を見上げた。
一年生の教室は校門から入って正面、U字型のカーブを描いて口を開いている三階建ての校舎の三階だ。 士官学校の敷地は、ヴァルフィッシュ上層区にある各施設の中でも群を抜いて広く配分されている。
これは、ヴァルフィッシュを管理しているマスケイン家がことさら軍事に主眼を置いていることに一因がある。
この資源の乏しい世界では、他の巨大船との物資を巡る争い、戦争が絶えない。
巨大船を付け狙う盗賊船の存在もあるため、常に優秀な軍人が求められているのだ。
「どいつもこいつも、なんか凄そうなヤツばかりだな……」
近くを通り過ぎていく生徒らを見て、ニールは喉を鳴らした。
もちろん、仕官学校へと通う生徒も基本的には普通の人々。
しかし、彼らの多くは、軍人として名を上げようと息巻いている者、ヴァルフィッシュを守ろうという意志を持つ者など、明確な目標を持っていたり、何がしかの素質を持った者がほとんどだ。一般的な人のほとんどは仕官学校には入らず、一般の高等学校で基礎的な知識を学ぶのが普通。
能力の優劣に関わらず、厳しい教育を施す士官学校へと進路を向けるというのは、それだけである程度の覚悟が必要なのだ。
教室の前まで来たニールは、一呼吸を開け、意を決して扉を開ける。
「……っ」
ざわざわと騒がしい教室の中では、それぞれクラスメート達が情報を交換し合っている。
ニールは、そんな彼らの中に見知った顔を見つけた。
「あ、ニールだっ」
声を掛けてきたのは、ヴァルフィッシュの管理を担うマスケイン家の令嬢、ノルンだった。
ハネた栗毛に丸い瞳。
以前とは違って士官学校の制服姿のノルンに、ニールは少し面食らってしまった。
「あ、ああ、久しぶり」
「なに、緊張してるの? 大丈夫よ、仕官学校とは言っても各クラスは大体近い区域の人でまとめられているから、顔ぶれそのものは中等学校と大して変わらないし」
「ノルンはそうなのかもしれないけど、俺の場合は中等学校にあまり行ってなかったから……」
「え? もしかしてずっとトムロインさんのとこで働いてたの?」
「まあ、そうだね。 その方がヴァルフィッシュの心臓部へは近道だと思ってたし」
「もったいないなぁ。 けどま、士官学校ではそうはいかないと思うよ? ここでは基本的にサボり厳禁、教官に怒られちゃうよ」
「もちろん分かってるよ。 というか、俺は士官学校へ技師に必要な技術を学びに来ているんだから」
「なるほどね」
仕官学校と一口に言っても、卒業後に実行部隊に所属する者、管制室に配属される者、補給物資を運ぶ輜重隊に入る者など、その後の進路は様々だ。
「……ノルン、その人は誰? 見ない顔だけど」
不意にニールの視界の外から現れたのは、ノルンよりも少し小柄な、肩に掛かるぐらいの長さの真っ直ぐな黒髪の少女だ。
「技師志望のニールだよ。 一ヶ月くらい前に知り合ったの」
「ふうん……私はミレナ、ミレナ・ヴィナリング……よろしく」
ミレナは抑揚の無い無感情な声でそう言うと、持っていた本を開いて読み始めた。
「うん、よろしく」
変わった人だな、と思いつつもニールは言葉を返す。
「ミレナは情報機関志望なのよ」
「情報機関?」
「ヴァルフィッシュの進路の決定だとか、物資の管理だとか諸々の管理をするところよ」
「詳しいね」
「そりゃそうよ」
「……そうだったな」
マスケイン家だからか、とニールは納得する。
「二人は中等学校からの知り合い?」
「まあね。 というか、他のクラスメートも中等学校から付き合いのある友達と固まっているって感じなのかな」
「うわ、それはちょっとやり辛いな……」
「まあ大丈夫だと思うよ? 顔見知りが多いとは言っても、お互い知らない顔だって半分くらいは居るんだし」
「逆に言えば、半分は馴染みの人ってことだよね」
「ははっ、大丈夫だって。 ほら、今顔見知りが増えたでしょ?」
「ん?」
「……私とニールは今、顔見知りになった。 そういうことでしょ、ノルン」
無愛想な顔を崩さないままに、ミレナは呟く。
「そーゆーことっ」
ノルンは暖かい笑顔でニールに微笑みかけた。
「たしかに、な」
その笑顔に、ついニールも頬を緩めてしまった。
と、頬を緩めるついでに、ニールはミレナの読んでいる本が目にはいった。
「ちなみにさ、ミレナは何の本を読んでるの?」
「……資源的価値から見る残骸領域の考察」
「難しそうな本だ」
本の表紙を見せるミレナに素直な感想を述べ、ニールは二人が荷物を持っていないことに気が付いた。
「俺も荷物を置いときたいな。 えっと、席はどこに座ればいいんだろう?」
「ブラックボードに好きなとこで良いって書いてあったよ。というか、授業ごとに好きなとこで良いらしいから」
「そうなんだ」
「もうそろそろ教官も来るだろうから、席に着いちゃったほうがいいかも」
「分かったよ」
ニールはなるべく前の方の席を探すが、遅れてきたせいか良さそうな場所はほとんど埋まってしまっている。
「……まあ、ここでいいか」
扇形に並んだ机の廊下側後方の席に着くことにした。
「なあ君、ノルンさんと仲良いのか?」
声の主は、席に座ったニールを狙ったように隣の席に荷物を置いた。
「はい?」
「さっきノルンさんと親しげに話してただろう?」
「まだ知り合ったばかりだけど……」
ニールに声を掛けたのは、長い金髪が印象的な女性だった。
同級生にしては大人びている口調に、意志の強そうな瞳。
生真面目そうな雰囲気な人だ、とニールは思った。
「そうなのか? ノルンさんは普段事務的というか、あまり笑ったり怒ったりしない人だから、さっきの姿は珍しいものだったぞ?」
「あのノルンが?」
「ああ。その証拠に……見ろ、周りの奴らも君に興味を示している」
言われてみると、ニールは自分が知らない人間からの視線を集めていることに気が付いた。
「それは……ノルンがマスケイン家の人間だから?」
「そういうことだ。こういう言い方は悪いかもしれないけれど、マスケイン家の人間は特別なんだ」
「特別……」
言い方は悪いかもしれない、と前置きはあったが、それでもまだかなり気を遣った物言いだな、とニールは感じた。おそらく、もっと直接的に物事を話す人間なら、マスケイン家の人間と親しくすれば得をする、とまで言っただろう。
実際のところ、ニールもヴァルフィッシュの心臓部で働くことを目標にするなら、その過程でマスケイン家の人間と否応無く関わっていくことになるとは考えていたし、そうなると、ノルンとの関係も慎重に築かねばならないと思っていた。
「すまない。変な話をしてしまったね」
「いや、いいよ。寧ろ助かった。こんな形で周りから注目されるとは思ってなくて」
「なら良かった。 と、自己紹介がまだだったね。 私はビセット・ベルフォルンだ。これからよろしく」
「俺はニール・フォルマン、こちらこそよろしく」
ビセットから差し出された手に、ニールは少しぎこちなく握手を返す。
「で、だ。 ニールはどこの所属を希望している?」
「所属? 俺は技師志望だよ。だから、所属するなら整備関係かな」
「へえ、私は部隊志望だよ。お互い希望が叶うといいな」
「そうだね」
ガラッ
と、教室の扉が開いた。
途端に生徒達のざわめきは小さくなる。
現れたのは、痩せ型で背の高い眼鏡を掛けた若い男。
「えーどうも、皆さん揃っているようですね」
眼鏡の男は眼鏡の位置を直しながら、教卓の下に荷物を置く。
「私は技師関係全般の教導を行うトール・マージナルです。早速ですがこれから入学式です。式には外部からの来賓の方々もいらっしゃるので、非常識な行動は慎んでくださいね。では、列を作って室内演習場へ向かいましょう」
列を作っていく集団にニールも加わる。
隣に並んだビセットは、教官のほうを一瞥しつつニールに小声で話しかけた。
「あのトール・マージナルって人は、デルフィーン級の設計を行ったことがあるほどの人らしいよ」
「デルフィーン級の?」
ニールは驚いたという表情でトール教官を見る。
デルフィーン級とはヴァルフィッシュ級の一つ下、数千人規模の兵士や機械鎧を運ぶ母船クラスの大きさの船だ。
その設計を行うというのは、多くの技師の最終目標の一つとして数えられる。
それをあの若さで成し遂げるというのは並大抵のことではない。
「これからあの人の指導を受けることになるのか……」
期待が半分、不安が半分。
ニールは息を呑んだ。
「って、どうしてビセットはそんなこと知っているんだ?」
「調べたのさ。 この程度の下調べはフツーだよ、フツー」
「フツー……かなぁ?」
「しっ……列が動き始める」
「あ、ああ……」
列は入学式の会場である室内演習場へと歩を進め始める。
会場の前へと到着する頃には、クラスメートらの表情はそれぞれが緊張した面持ちに変わっていた。
「ノルンさんはここで一旦列を離れてください」
「分かりました」
トール教官に言われて、ノルンは言われるままに列から離れ、上級生と思われる生徒に連れられて行く。
「なんだ?」
「なるほど、まあ、そうなるか」
首を傾げるニールとは対照的に、ビセットは合点いったと言わんばかりに頷く。
「ん、どういうことだ?」
「なに、すぐ分かる」
「……?」
事情が分からないニールは、何か知っていそうなミレナの方を見るが、彼女は彼女でニールの視線にまるで気が付いていないし、列を離れたノルンのことも全く気にした様子はない。
「では、行きましょう」
トール教官がそう言うと、列は演習場の中へと入っていく。




