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来る貿易船 -2-

 境界領域での訓練の当日、ノルンは班長会議へと出席していた。

 班長とは各クラスごとの代表者のことであり、普段は特に仕事は振られず、こうした行事のときにまとめ役を任される。

 ノルンとしてはそういった役回りは自分向きではない、と思っていたのだが、入

学式の代表挨拶に始まりクラスの代表者まで、過去マスケイン家という生まれゆえに悉くそういった役割を務めてきた結果、そういった役に対して妙に手慣れてきてしまったところもあった。


 けれど、そんな境遇の人間はなにもノルンだけというわけでもない。

 班長会議に集められた他の班長は八人。

 ノルンの知る限りで、そのうちの四人はヴァルフィッシュ船内において船の運用に強い権限を持つ家の者だったりする。

 本来、ヴァルフィッシュにおいては階級的な区切りは存在しない。

 だが、一隻の船というあまり広くない社会においては、自然とそうしたヒエラルキーが形成されてしまうのもまた事実なのだった。


「というわけで、こんな段取りでいきます。 どうでしょうか?」


 生徒会所属の二年生が班長らへの説明を終え、ノルンのほうを向いて確認を求める。


「え、あ、はい。 大丈夫だと思います」

「ありがとうございます。 それでは各班長の皆さん、クラスの生徒達を誘導して、境界領域まで安全に向かいましょう」


 二年生はそう言って会議をまとめると、足早に教室から出て行った。

 その背を見送り、ノルンは胸中で、どうして班長の一人にすぎない自分にわざわざ確認を求めるのよ、と毒づいてみせる。

 ……そんな刺々しい視線の先に、ノルンはビセットの姿を捉えた。


「ビセットっ」

「ああ、会議はもう終わった、でいいのかな?」


 ビセットは教室に顔を出して中の様子を窺う。


「うん。 廊下で終わるの待ってた?」

「まあね、機械鎧の運搬でちょっと確認したいことがあって」

「あ、ごめん。 機械鎧の移動のこと忘れてた」

「いや、いいんだ。 別にそこまで大したことじゃない」


 ノルンは荷物を片付けて席を立つと、ビセットと共に学校の外へと向かって歩き出す。


「で、確認したいことって?」

「ああ、武装のことなんだが……」


 ――――小隊編成からまだそう日は経っていないものの、ノルンはビセットとの距離を格段に縮めていた。 それはビセットがノルンに対して変に凝り固まった態度ではなく、あっさりとした雰囲気で接しているというのが一番の要因だった。 それはニールに対しても当てはまり、つまるところ、ノルンはマスケイン家という看板のために一歩引いた受け答えをされるのを最も嫌うのだった。


「それじゃ、ノルンはクラスメート達へ生徒会からの連絡をしなきゃいけないのか」

「うん、だから、武装の換装については立ち会えないかな」

「なら、私がそれを代わりにしておこうか?」

「いいの?」

「勿論だ。 寧ろ、こっちこそ許可してもらう立場だろう?」

「まあ、そっか。 うん、じゃあ、任せるね」

「任された。 それじゃ、そっちはそっちで頑張って」

「うん、ビセットも」


 ビセットは歩く方向を変えると、時計を見ながら足早に去っていった。


「さて、一つ私も頑張りますか」


 境界領域での訓練は部隊志望だけでなく、学年全体での一大行事である。

 班長としてのノルンの一日が始まった。



 ◆ ◆ ◆



 長く長く続く、降下時特有の胸に溜まった空気が抜けるような感覚。

 ニールは、誘導に沿って境界領域に降りるエレベーターに乗っていた。

 静かに降りていくエレベーターの伝える僅かな振動が、ニールの外の世界への期待を増幅させる。 人口密度が高く、蒸し暑いエレベーターでの居心地の悪さも問題ではない。


 少ししてから、ドゴン、と何かがぶつかる音と共に扉が開く。

 途端に眩い光がエレベーター内に差し込み、乾燥し熱を持った空気が入り込む。

 生徒達は息苦しさから逃れようと、蜘蛛の子を散らすようにエレベーターから出て行った。

 そうしてヴァルフィッシュが作る巨大な影の中へと押し出されたニールは、影にいながらでも眩しく感じられる光に目を顰めながら、空を見上げる。


「ヴァルフィッシュ、空、太陽……残骸」


 目に映るものを順に呟く。

 空を覆いつくすように広がるヴァルフィッシュの濃紺色の腹。

 遠くには抜けるようなスカイブルーの空に、燦々と輝く太陽の光。

 美しいそれらとは対照的に、陸を埋め尽くす青み掛かった黒色の残骸。

 廃墟をミキサーにでもかけて、黒色ペンキをぶちまけたような歪な景色。

 残骸、とは言い得て妙、よく言ったものだとニールは感心していた。


「ニールは外、初めて?」

「うん」


 ニールの隣にいたノルンは、遠くを見るように手をかざして目を細めている。


「……ほんと、灼熱って感じ」


 続いて、ノルンの横からひょこっと現れたミレナは、用意していた白い日傘をばっと開く。


「あー、それいいなっ、私も入る」

「……狭い、暑い」


 わざわざ抱きつくノルンに対して、ミレナは置物のように固まったまま文句を垂れる。


「はは、にしても、たしかに日傘が欲しくなるくらいに日差しが強いな」

「ほんとね、これで影の中だって言うんだから驚き。 直接あの日差しの中に飛び出したら干からびちゃいそう。この後訓練だけど、きっと機械鎧の表面で焼肉ができるよ」

「……美味しそう、かも」


 食べ物の話題にミレナがいち早く飛びつく。


「いや、オイル臭いぞ、絶対」

「ニールの経験談っ?」

「経験談だ」

「……オイル臭は却下ね」


 ミレナは無表情のまま呟く。


「……そういえばさ」


 ノルンは何かに気付いたのか、瞳を少し大きくすると膝を曲げてしゃがみ込んだ。


「どうしたんだ?」

「地面ってこうしてひび割れてるよね」

「そりゃ、見た目通りそうだな」

「残骸とか染みてないのかな?」

「染みる、のか?」

「……染みないわよ」

「どーして?」

「残骸は、それ自体が高粘度の金属の泥のようなものだもの。 それを特殊な反重力場で押しのけて作ったこの境界領域には、残骸なんて微塵も残ってないわよ」

「そうなんだ」


 ノルンはなるほどと頷く。


「だから、もしもヴァルフィッシュの機関部が壊れて、反重力場を形成できなくなったら、ゆっくりゆっくり残骸が迫ってきて、船をじっくりと押し潰していくのでしょうね」

「こ、怖いこと言わないでよミレナ……」

「はは、たしかに怖いな」


 と、ニールは二人のやりとりに小さく笑うと、地面の土を一つまみ分ひっくり返し、遠くの残骸へ向け投げつけ、特に感慨もなく言った。


「そもそも、どうしてあんなものがあるんだろ」


 それは、ヴァルフィッシュなどの船で生まれた者が、物心つく頃に必ず抱く疑問。

 大地を、人間がただでは住めない環境に変えてしまった物質の成り立ちへの疑問。

 誰もが考える謎、しかし、そんな疑問に対して、どの船の研究者達も曖昧な答えしか用意できていない。


「……大昔のテラフォーミングの失敗が原因というのが通説、ね」


 ミレナは一字一句違わず、辞書に書かれている文言そのままに答える。


「その可能性が高いってのは知ってるけどさ、本当のことは、全然分かってないんだよな」


 通説はあくまで通説。

 研究者達の出した答えも、データから読み取った結果の説ではなく、状況から逆算してもたらされた推論に過ぎない。

 故に、船に乗る人々は残骸に対して、未知に対する好奇心と恐怖心の両方の感情を向けている。 分からないものは怖い、けれど、分からないものに対する興味もまたそこには存在する。


「そんなこと考え出しても、答えなんか出ないよ」


 ノルンは何を今更と軽くあしらった。

 ニールの抱いた疑問は、それほどありふれすぎていて、繰り返すのも憚られる程度のものなのだ。


「こういう場だからこそ、考えたくもなるだろ?」

「そうかなぁ?」

「……どうでもいいけど、ノルンはそろそろ班長として働いたほうがいいんじゃない?」

「う、まあ、そうだね」


 気付けば、既にエレベーターはヴァルフィッシュと境界領域との間を数往復しており、周りには運ばれてきた他のクラスメート達が大勢揃い始めていた。

 ミレナに急かされ、ノルンは話を中断すると、クラスメート達を整列させ、順に点呼をとっていく。


 ――――エレベーターはニールらのクラスメートだけではなく、他のクラスの人間も含めて五十人ほどを五分間隔で運んできているため、 運ばれてきた生徒らを誘導して、全体で整列を済ませるのは結構な大仕事となった。

 整列が終わると各教官、校長の挨拶が始まり、あとは自由行動の時間。

 



「ふー……長かったね」


 ノルンは滝のような汗をタオルで拭い、腰を下ろしてヴァルフィッシュの腹を見上げる。


「わざわざあんな長話をやる環境じゃあ……なかったな」


 用意していた水筒の水を口に含ませ、ニールも溜息を吐く。

 既に部隊志望の生徒以外は、ヴァルフィッシュへと戻るエレベーターに乗り始めていた。

 一方で残されたニール、ノルンらにはこれから機械鎧を用いての演習が待っている。


「ミレナはいち早く脱出しちゃったし……」

「これだけ暑けりゃね」


 日が昇るにつれ気温はさらに上昇し、現在は気温四十度を越えていた。

 ヴァルフィッシュ内の常に適温に設定された環境で育ったニール達には、まさしく境界領域はサウナの中にいるようなものだった。


「おい」


 と、不意に横からやってきたのは、以前練習試合で戦った相手、シャルハ。


「お前は……第十四小隊の」

「シャルハだ、もう忘れたか?」

「いや、暑くて意識がぼうっとしてて」


 以前のシャルハの態度を思い出すニールだったが、もはや暑さからくるダルさで挑発する気力も削がれていた。


「まあ無理もないな。 ずっと船で暮らしてきた連中にはこの暑さはきついだろうさ」


 ニールとは対照的に、シャルハは快活な表情で話す。


「どうしてそんなに元気なんだ……空元気か?」

「そんなんじゃねえよ、オレの故郷は船じゃなくて陸に作られたコロニーだったからな。 このくらいの暑さ、なんてことないのさ」

「コロニーだってっ? 陸で定住していたのか?」

「まあな、別にそう驚くことじゃないだろ」

「身近にコロニー出身のヤツなんて居ないから、つい」


 船で暮らす人々も居れば、一定の場所に留まり定住する者達もいる。

 ヴァルフィッシュのように移動を続ける人々はあちこちの残された資源、鉱物を掘り、定住者達は環境の良い土地で地中の水を利用して食糧を確保する。

 生き難い世界で、人々の暮らし方も多様さを極めていた。


「で、だ。 今日はこの間のリベンジを宣誓してやろうと思ってな」

「リベンジ?」

「ああ、この間の試合、奇襲を仕掛けたHoundに乗ってたのはオレだったんでな」

「えっ」


 シャルハの言葉を聞いて、ノルンは思わず声を上げた。


「なんだよ」

「いや、お前……シャルハを倒したのは、こっちのノルンなんだよ」

「マジでか」

「……ご、ごめん」

「別に謝らなくたっていい。 寧ろ、マスケイン家だからって変なことを言ったオレこそ謝るぜ、前は悪かったな。 けど、次はああはいかねえ、第十四小隊で、今度こそお前らを倒す」

「わざわざそれを言いにきたのか?」

「まあな」

「……はは、お前、意外と律儀なヤツだな」

「ふん、中途半端が嫌いなだけだ」


 以前とは異なったシャルハの雰囲気に、ニールは驚きながらも微笑みを浮かべた。


「じゃ、もうオレは行くぜ。 機械鎧の調子を確かめなきゃならねーし」

「そうか、こっちこそ次も勝つからな」

「言っとけ、じゃあな」

「ああ」


 走り去るシャルハを見送り、ニールは腰を上げた。


「ノルン、俺達も早めに訓練を始めようか」

「そうだね」


 ノルンと共にやる気を出し、機械鎧へ向かおうとして、それはやってきた。


「――――あれ、なんだ?」


 ニールの視線の先に、ヴァルフィッシュではない巨大な船が、残骸の中から突如として姿を現したのだった。

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