来る貿易船 -1-
「マニピュレーターの修理はまだ早いと思うけどね?」
「いえ、自分で壊したものですし、修理屋でもこういう修理は割と手伝ったことがあるので」
練習試合が終わり、ニールはトール教官の研究室へとやってきていた。
右手には機械鎧腕部の設計図と、部品の発注票。
ニールは、戦闘中に破壊された機械鎧の腕を自分の手で修理しようとしているのだ。
「まあ、経験があるというのなら止めはしない。 けど一応、修理の進捗は逐一報告してくれ。 万が一、ということもあるし」
「分かりました」
トール教官の許可を得ると、ニールは早速注文する部品を書き出し始めた。
機械鎧の破損状況は既に頭の中に入っている。 何の部品が壊れていて、何がまだ使えるのか。
次の訓練のことも考えると、修理作業に必要な時間も考えなければならない。
ニールは、いつまでに修理を終えられるかを考えながら、修理の工程を思い描く。
「そんなに頑張って身体は平気かい? 明日も訓練なんだろう?」
「そうですね。 明日はたしか、一年生合同の境界領域での演習だったかな……」
境界領域――――それはヴァルフィッシュの外に広がる、残骸領域との間に存在する空間である。
境界領域は敵対する船との衝突の際にも戦場になる場所で、明日の訓練はそうした環境においての機械鎧での歩行・走行を体験するとのことだった。
「ああ……遠足か。 懐かしいな」
トール教官は目を細めて腕を組む。
「え、遠足ですか?」
「うん。 一年合同の保護領域での訓練は、その環境がどのようなものなのか慣れるってだけのものだからね。 のんびり歩いて普段は見れない本物の空や大地を見て楽しむといいさ。 僕も君と同じ年の頃に体験したけど、あれはよく記憶に残っているよ」
「本物の空、大地……」
ヴァルフィッシュの船内でずっと暮らしてきたニールにとっては、あまり馴染みのないものだ。 もちろん映像や画像で目にすることはあったが、実際に自分の目では未だ見たことがない景色。
トール教官の昔を懐かしむ姿に、ニールは自然と明日の訓練が楽しみだなと思った。
「……でも、外か。 たしか、ニールはノルン・マスケインと同じ小隊だろう?」
「え、はい」
「なら、少し気をつけたほうがいいかもしれないな」
「……?」
トール教官の意味ありげな言い様に、ニールは首を傾げる。
「どういうことですか?」
「ん、まあ……ね。 君らの指導に当たっているアンジェ教官って人が居るだろう。 赤毛で、ちょっと大雑把な性格の」
「はは、まあ」
「彼女が教官として赴任したのは今年からでね」
「その話は知ってますよ、クラスでそういう変なことに詳しい友達がいるので」
「へえ、その友達はよく知ってたな。 じゃあもう一つだ、彼女が赴任したのには幾つか理由がある。そのうちの一つが、ノルン・マスケインの護衛……ということも知っているかい?」
「ノルンの、護衛……」
思い当たる節はあった。
ニールは、以前ミレナが言っていた、アンジェ教官の前職がノルンの叔父の補佐官だった、という話を思い出す。
少し考え込んだニールを見て、トール教官は僅かに微笑んだ。
「どうやら、何か心当たりはあるみたいだね?」
「……ノルンの叔父さんが、そういう指示を出したということですよね?」
「ほー……ホントによく知ってるな、それも友達からの話かい?」
「そうですね」
「そりゃすごい、その友達はきっと大物になるぞ」
「ははは……まあ……」
素直に感心した様子のトール教官に、ニールは褒められているのが自分でもないのに少し嬉しくなった。 けれど、ニール教官の声音は、途端、冷たさを帯びたものに変わる。
「……なら君に指導する者として、一つ、忠告を送るよ。 そこまで分かっているなら、ニール、君も気をつけることだ。 ノルン・マスケインの周りには厄介事が多い。 これから同じ小隊員としてやっていくなら、必ずそういった面倒ごとに君自身が巻き込まれることもあるだろう」
「厄介事、ですか」
漠然とした、それていて確かな不穏さを感じさせる単語。
それがどういったものなのか、まだニールの頭には具体的な想像は浮かんでこない。
深刻そうな表情のニールに、トール教官の声は空気を入れ替えるように軽いものへと戻る。
「まー、僕としては、何事もなく平穏に日々が過ぎてくれれば、それが一番なのだけどね」
「分かりました、その言葉、心に留めておきます」
「ああ。 大いにそうしてくれ」
――――気付けば、ニールの注文票を書く手はピタっと止まっていた。
ノルンの護衛、忠告、厄介事。
普段、全く考えることのないような物騒なワードが頭を巡る。
「……修理の工程、吹っ飛んじゃったな」
考えるべきことは多いが、まずは目の前の仕事を終わらせるのが先決。
ニールは、注文票に書いた部品を一度消して、再度、修理の過程を一から思い浮かべるのだった。
◆ ◆ ◆
「腹が減った……お使いを済ませてとっとと帰ろ……」
部品の発注票を出し終え、家へと向かう道すがら。
士官学校の外は、ヴァルフィッシュ内の空が映し出す、青暗い独特の色に染まっていた。
ニールはフライトビークルのライトを灯し、他の学生らの乗るフライトビークルの列に加わる。
連絡用のメッセンジャーには、サーシャから晩飯に使う調味料を買ってくれとのメッセージ。 ニールは道が混み合っている今のうちに買い物は済ませようと考え、傍の大型な食品店へと入ることにした。
店内は時間が遅いせいか人は疎らで、ニールの他には一人か二人しか客はいない。
商品棚は、ケース詰めにされた食品が並べられた簡素なもので、ヴァルフィッシュ船内においては割と一般的なものだった。
ニールは目的のモノを買おうと店内を歩き、そして不意に見知った顔を見つけた。
「あれっ、ビセット!?」
「いらっしゃいま……って、ニールか」
店員姿のビセットは、ちょうど商品のケースを持ち上げて棚に収めているところだった。
思いがけない鉢合わせに、少し落ち込んでいたニールの語調も軽くなる。
「ビセット、ここでバイトしてたんだ?」
「ああ。 どうした、意外か?」
「いや、まあ、そりゃ、ビセットがバイトしてるなんて、思ってなかったから」
長い金髪に、生真面目そうな容貌。
普段から落ち着いた雰囲気のビセットに対して、ニールは漠然と、どこかの裕福な育ちで、バイトなどとは無縁というイメージを持っていた。
「ふふ、素直に似合わないと言ってくれ。 これでも一人暮らしでね、生活費を稼がなくちゃいけないんだ」
「え、一人暮らしで生活費って……仕送りも無し?」
「そうだな。 勿論、学費も全部奨学金さ」
「かなり厳しいな、親は援助とかはしてくれないのか?」
ニールは自分の状況とビセットの状況とを重ね合わせる。
「父親は船外へと旅に出ていてな……母親はいないし」
「あ……悪い、そうだったのか」
ニールには両親が居ない。
どことなく、自分とビセットの境遇が似ている、とニールは感じた。
「気にすることはない。 それよりも、買い物に来たんじゃないのか?」
「あ、ああ……」
気にした様子も無く、ビセットは棚に商品を押し込むと、ぱんぱんと手を払い、腰を回した。
「ふー、まだ幾つかケースを運ばなくちゃならない」
「手伝おうか?」
「いや、仕事だからな。 人任せにはできないだろう」
「そっか、そうだよな。 じゃあ、仕事頑張って」
「ああ、ニールも修理作業をしていたんだろう? そっちも頑張れ」
「もちろん、それじゃ」
「また明日だ」
別れを告げると、ビセットは店の裏へと消えていった。
「一人暮らし、か……」
そう言われて見てみれば、ビセットにはそれが普通で、似合っているようにも思えてしまう。
――――いつの間にか、外で列を作っていたフライトビークルの姿も見えなくなっていた。
ニールは、胸に抱えたもやもやとした感情を、勝手な感傷だ、と内心で切り捨ると、お使いの調味料を買い、遅い家路へと着くのだった。




