小隊戦 -10-
『始めろ』
アンジェ教官の合図で両小隊は動き出す。
『まずは高台を取りにいきましょう』
『『了解』』
第七小隊はサナリスの指示の下、開戦早々に戦いに有利な陣地を目指して移動を開始した。
現状はお互いに姿を目視することはできていない。
視界に映るのは遠景を遮る岩、小高い丘とそれらが連なった丘陵地帯。
こうした障害物によって、小隊戦では一対一の摸擬戦とは異なり、単純な戦闘能力だけでなく高度な索敵能力をも試される。
『あの丘か』
ニールは目的地の高台へと目を向けた。
なだらかに盛り上がったその丘は、周りの丘陵らよりも抜きん出て大きい。
丘肌には草木は生えておらず、また出っ張った岩もない。
あれなら、サナリスの指示通りに陣取ることさえできれば、索敵と高所の有利が手に入る。
ニールは作戦の意図を理解して、第十四小隊に先を越されないようにと機械鎧の足を早めた。
『まだ第十四小隊とぶつかるまで時間はあると思うけれど、列はなるべく延ばさないようにね』
『は、はいっ』
サナリスは突出しかけたニールを抑えつつ、相手の司令塔であるヨハンがどう動いてくるのかを考えていた。昨年の対抗戦においては、多くの小隊がヨハン率いる第十四小隊の序盤の揺さぶりに連携を崩し、敗れた。 それを知っているサナリスは、相手が何を仕掛けてくるのか細心の注意を払うのを忘れていない。
『ノルン、やや遅れているぞ』
『ごめんっ、走るのは苦手で……』
アタッカーとして敵の急襲に備えつつ隊の先頭を突き進むビセットは、ノルンを気に掛けるように機体を少しだけ反転させた。
『ああ、もうっ、走行訓練もっと積んでおくんだった』
ぎり、とノルンは唇を噛む。
『そこまで気負わなくていい。 新入生としては十分な速度だ、ですよね、小隊長?』
『そうね、むしろ早いくらいですよ。 一年生のうちは普通、走るのもおぼつかない人も多いですから。 Waspでこれだけ出せれば、はい』
最後尾を走るノルンの乗っているWaspは、索敵・火力の面で優れる反面、機動力の面では他の機械鎧に劣っている。
そのことはノルンも知識として覚えてはいるが、機械鎧の移動速度は操縦練度によってもまた上下する。 そのため、本来Waspよりも足の鈍いOstrichに乗るサナリスのほうが素早く移動できる、という事態もこうして実際に起こる。
そうした練度の差をノルンは肌でひしひしと感じつつ、これ以上は遅れまいと懸命に食らいつく。
そんなノルンの様子を一瞥し、ビセットはサナリスにだけ聞こえる回線を繋ぐ。
『わざわざ秘匿回線を繋いでどうかしましたか?』
『小隊長、このままの速度で先に高台を取れそうですか?』
高台を確保しようとするのは第七小隊だけではない、第十四小隊も同じ作戦を取ることも大いに考えられるのだ。
一般的に、最も機動力のあるHoundに乗る者には、そういった事態を考慮に入れつつ隊の進軍速度を調整するペースメーカーの役割もある。 秘匿回線を繋いだのは単にノルンに対しての配慮だろう。
そのことを理解しているサナリスは、第十四小隊の過去の進軍速度と現在の状況とを照らし合わせる。
『……そうですね、第十四小隊の機械鎧は足の遅いものが多かったと記憶してますから。 このままのペースでおそらく大丈夫でしょう。 でも、今回は機械鎧の編成は互いに伏せられていますし、油断はできないと思います』
『了解です。 では急襲に注意しながら、このままのペースを維持していきます』
『お願いします。 あと』
『はい?』
『試合前には頼んでいなかったことまで、いつの間にか任せてしまってごめんなさいね』
『勝手にやってることですから、では』
ビセットは照れのある返事を残し、回線を閉じる。
対してサナリスは、ふう、と一息吐いて、今の自分の判断が本当に正しかったのかと振り返った。
こちらが絶対に先に取れる、と明言はしなかったものの、高台を取るまではまず上手くいく、サナリスはそう踏んでいた。 けれど、果たして本当にそうなのか?
小隊長としての経験の浅いサナリスには、こうした一つ一つの判断がひどく重いものに感じられた。
ともかく、陣を手に入れられれば取れる作戦の選択肢は広がる。
そっちをまず考えているほうが、次の行動に移しやすいだろう。
サナリスは判断の正誤を考えるよりも、次に求められるだろう選択について考えることにした。
『駆け上がります』
開戦から数分。
丘の麓に着くと、四人の速度は目前に迫った丘の頂上を目指し勢いを増していた。
およそ高さ八十メルトル。 遮蔽物の少ないなだらかな丘の頂上は、麓からではその様子を窺い知ることはできない。
この地形で頂上からの奇襲を受けるのは、絶対に避けたい。
そう思った直後、不意に覚えた嫌な予感。
ニールは、カシュンという何かの射出音を聞いた。
――――突然の攻撃に、僅かに全員の反応が遅れてしまった。
『グレネードだっ、避けろ!』
『そのまま散開してくださいっ!』
先頭のビセットが真っ先に異変に気付き声を上げた。
続いてサナリスもOstrichの翼を広げる。
『やられたっ……』
完璧に決められた奇襲に対して、思わずサナリスの拳に力が篭る。
脳裏を過ぎるのは、相手よりも先に丘を占拠できるだろうという楽観的な予想を立てていた自分への怒り。 敵は足の早い機体を先行させたのか、もしくは全機体を足の早い機械鎧で揃えたのか。 その如何は後回しにしても、第七小隊は第十四小隊に完璧な形で先手を取られてしまった。
頂上の死角から放たれた六つの黒い球体は、対処の隙を与える間もなく丘を勢い良く転げ落ちる。
ニールの足元で、球体の一つが黒煙を伴って炸裂した。
『くっ……』
爆発の衝撃が全身を襲う。
ニールはその場から離れようと、Rapidを横に跳躍させた。
その回避運動を狙ってのものか、煙の向こう側から機関砲の銃弾が飛来する。
『避けられなっ……』
ニールは回避が無理だと咄嗟に判断すると、ヒートブレートを盾にして胴体を守る。
三発の重い砲弾がブレードに食い込み、直後に左腕がブレードごと弾き飛ばされた。
『相手は二機ですっ。 HoundとOwl!』
Ostrichを飛翔させたサナリスは、頂上に陣取っていた二機の機械鎧を視認していた。
味方への攻撃を止めさせるために、サナリスはOstrichの火砲を一気に放つ。
一方で、第十四小隊側。
シャルハとスルヤは、奇襲が成功したにも関わらず焦りを強めていた。
『反撃が早ぇ、せめて一機は沈めねえと』
『あたしが視界を奪うから、シャルハはRapidを追撃して』
『分かった』
この奇襲はあくまで成功して当然のもの。
何故なら機動力のある二機だけで先行し、ヨハンと副隊長を後方に残してきたのだ。
故に、二人はここで最低でも一機、出来れば二機を落としたかった。
しかし、結果は遭遇直後の一斉攻撃で、確認できる限りではRapid一機の左腕を破壊したのみ。
状況の有利を確定させるためには、なんとしてでも追撃でもう一機を落とし、乱戦に持ち込む必要がある。
シャルハは、サナリスのOstrichから放たれた機関砲をスルヤの作った黒煙に紛れて躱して、Houndの本領である追撃を仕掛ける。
直線的かつ高速の突貫。
攻撃を受けた直後で足の止まっている機体には、この追撃を躱すことは操縦者に技量があったとしても難しい。
『もらった!』
ニ門式連射機関砲とヒートキャノンの照準の中央にRapidを捉えたシャルハは、トリガーを引こうとして、しかし、その前に機体に激しい衝撃を受けた。
『なっ……!?』
衝撃を受けた機体にはロックが掛かり、シャルハに戦闘不能を告げる。
シャルハは、それが狙撃を受けたことによる退場宣告だと気付くのに数秒掛かった。
『ニール、大丈夫っ!?』
『あ、ああ……助かった』
煙の中からの狙撃。
それは、Waspの各種センサーによる高い索敵能力が可能にしたものだった。
シャルハのHoundは斜面に倒れこみながら不恰好に滑り落ちていく。
敵を一機撃破したことによって、第七小隊の間にやや弛緩した空気が流れた。
『まだもう一機いますよ!』
それを再度引き締めるために、サナリスは小隊員を叱咤する。
さっきのような油断はもうしない、サナリスは自らを戒める。
『すみません、機体にダメージを負ってカバーが遅れました』
隊の先頭を進んでいたためにグレネードの直撃を受けていたビセットも通信を回復する。
『隊長、の、残っているもう一機の姿はっ?』
『姿を消しているようです。 気をつけてください』
スルヤの乗るOwlは、フクロウの名を冠する隠密行動に優れた機械鎧である。
その最大の特徴は、光を透過させ数秒間姿を風景と同化させる光学迷彩であり、移動するのを止めて機体を静止させれば、数十秒姿を眩ますこともできる。
その武装は敵に位置をなるべく悟られないようにするため、発射時の音の発生が少ない六連装グレネードランチャー、対象の運動能力を著しく低下させるスタンマシンガンなどが積まれている。
すぐ近くにOwlが潜んでいて、また他の二機の姿が見えないこの状況は、数の有利を取れているとはいえ未だに安心できるものではない。
だが、シャルハが先に倒され、想定外の事態に追い詰められて極度の緊張に至っていたスルヤは、ヨハンらの到着を待たずして攻め気を強めてしまっていた。
『せめて、一機はッ』
ダメージを負っていたニールをなんとしてでも倒そうと放ったグレネード。
『そこかっ』
しかし、幾ら隠蔽能力の高いowlと言えども、警戒されている中で不意討ちを成功させることは難しい。
発射時の僅かな音と衝撃で迷彩の弱まったOwlの姿を捉えたビセットは、グレネードを二門式機関砲によって途中起爆させる。
『炙り出す手間が省けたな』
四対一。
こうなれば、スルヤも逃げ切れ無い事を悟る。
『まだっ……』
スルヤはこれが最後だと渾身の特攻を仕掛けた。
だが、そんな悪あがきも失敗する。
ビセットの火砲が鳴り、スルヤは倒された。
――――――
――――
――
『スルヤも撃破されたか……』
戦闘の様子をスルヤとシャルハの通信から把握していたヨハンは、それまで走らせていた機械鎧の足を止めた。
『ふむ、ここまでのようだな』
数からして戦いの趨勢は決してしまっている。
これ以上戦闘を続けても、無駄に機械鎧を痛めつけるだけだ、とヨハンは結論付けた。
一呼吸置いて、アンジェ教官への通信回線を開く。
『降参します、その旨、相手の第七小隊にも伝えてください』
『いいのか?』
『ええ、収穫はあったので』
『そうか、分かった』
『お願いします』
ブツ、と切れた通信。
直後、シャルハの通信が入る。
『どうした?』
『……今回は、失敗した』
バツの悪そうな声。
ヨハンは、シャルハが作戦も聞かずに勝手にスルヤと突出して奇襲を仕掛け、その上失敗してしまった件を謝ろうとしているのだと察した。
けれど、ヨハンはそれ以上シャルハが言葉を続ける前に、
『そうだな、けれど、色々分かったことがある』
『分かったこと? 俺とスルヤが口だけの奴だってことか?』
『そんなことは言っていない。 今回の試合、我々が連携すれば勝てたことが分かったのだ』
『あんた、マジで言っているのか?』
『ああ、何故なら、私と副隊長は既に丘の麓まで進軍していた。 君達が奇襲を仕掛けた際に、そのまま安易に勝負に出ず、僅かでも状況を維持してくれていれば、私と副隊長とで第七小隊の背後を突き、君達と共に連中を挟み撃ちにすることができた筈だ』
『……っ』
予想外の返答に、シャルハは僅かに息を呑む。
シャルハとスルヤが勝手な行動を取り、隊の連携を乱していた間。
ヨハンは、ただひたすら勝つための算段を練っていたのだ。
全く自分達を責める気のないヨハンの物言いに、シャルハは自然と笑みが零れた。
『……ふ、なるほどな』
『何がおかしい?』
『いや、なんでもない。 次からは小隊長の作戦に従う。 これまでの無礼悪かったな』
ぶっきら棒な言い方だが、それはシャルハにしてみれば精一杯の言葉だった。
『その方が勝てることを理解してくれればそれでいい。 では早速、これまで第十四小隊が蓄積してきたデータをその頭に叩き込んでもらうことにしよう』
『なんだって?』
『小隊員としてやっていくなら、ノート数冊分の作戦データを覚えてもらわなくては困ると言っているのだ。 作戦に従うとは、そういうことだろう?』
『……は、後悔するにはもう遅そうだな』
ハメられたと溜息を吐きつつ、シャルハは別に悪くない気分だと思った。
移民として生きてきたシャルハにとって、他者から与えられるこうした純粋な信頼は掛け替えの無いものに感じられたのだ。
『では、まずは破損した機械鎧を技師に出しにいこう』
『ああ』
『スルヤ、君もだ』
それまで黙っていたスルヤにも、ヨハンは声を掛ける。
『ま、そうなるわよね……』
シャルハが決めたのなら自分もそうするのが流れだ、それを理解しているスルヤは別に拒否するつもりはない。
『でも、私記憶力に自信ないのよ』
『記憶力が常人に比べて劣るなら、劣る分だけ時間を割けば良いだけのことだろう』
さもそうするのが当然だというヨハンの物言いに、スルヤはなお頭を抱えるのだった。




