緒方健一との決着
『家族を捨ててまでなんてよお、どうして、何がそこまでさせたんだろうな―――お前らの親父さん』
『さてね―――』
『そこまでやらねえだろ―――?、普通よ』
『―――普通はな』
『馬鹿としか言いようがないよな―――へへへっ』
『―――正解だよな、それ』
父の起こした無謀ともとれる行動に及んだと思いきや、いたって質素な会話が二人の間で交わされていた。
『俺の責任は重いんだろうな?』
『そう思うのか―――、あんたは?』
緒方の自己反省を思わせる奇特な言葉に、兄も異論はなかったようだ。
『そんな見られ方だもんな―――、ったくよ―――』
『もっと悪党かと思ってたけど―――。意外と全うなんだな、緒方健一ってさ』
『昔はとんでもない悪ガキだったぜ―――。俺自身、嫌気が刺すほどにな』
過去の悪行を振り返りながら、緒方は自信の履歴を悔やむように開いていた手を拳に握り替えていた。
『毎日、腹を空かしてたよな。どうしようもなくってさ―――』
そして緒方は独り言のように喋り出したのだ。
『他人の物を騙し取るなんてよ―――、あの頃は日常茶飯事だったぜ。喰うか喰われるかって程の、ぎりぎりの毎日だったからな。生きることへの執着なんて言葉は甘ったれた暇人の穿った哲学だぜ。―――ただ死なないだけが日課さ。毎日、毎日が必死だったぜ。それ以外には何も無かった』
『――――――!』
兄は、緒方の話にただ無言でいるしかなかった。
『金になる物が無くてな、どうしたって闇市にも行けやしねえ。へへっ―――彰っていう頭の悪い奴が一緒でよ、幼馴染でしょっちゅうつるんでたよな―――。まっ、その彰のお陰もあって、歌の世界に就けたわけでもあるしな―――』
薄笑いを見せながら話を切り出し始めた緒方だったが、同時に憂いを含んだ目線の先は、焦点の定まらない自身の過去を模索しているかのようだった。
―――『ひょんなことから街頭流しを勧められたんだぜ、その彰によ。それがまんまと大当たりだ―――。当時、幅広く商売を手掛けてた組にやっと拾われてよ、それでどうにか歌で飯が喰えるようになったってことだ。調子よくいってたんだけどなあ―――。けれどあいつなあ、こともあろうに薬物に手を出しやがった。“ヒロポン”って知ってんだろ?、正にそれだあ。きっと誰かに唆されたに決まってんだよなあ。まっ、そうわ言っても、おれの監視が甘かったのもあったしな』
誰を見るわけでもなく、緒方は淡々と自分の手のひらを見つめながら喋り続けた。
痛いほどの緒方の薄笑いが、辺りを更に凍らせていた。
『蒼ざめた顔で笑うんだよ―――、彰がさ。まったく汚ねえったりゃないさ。そこいら中に垂れ流しやがってなあ―――、部屋中糞まみれだあ。それでもあいつ、へらへら笑ってやがんだ―――。そんな彰の面を見ながらさ―――、ついに狂ったって思ったぜ、さすがに俺もな』
緒方の吐いた言葉の隅々には、まるでついさっきあった出来事のように、臨場感で溢れていた。
『その日の晩もさ、飽きずに彰は笑ってたんだよなあ。もう―――、そんな体力なんてあるはずないだろうによお―――。彰があんまりにも笑うもんだからよ、何で笑うんだって、奴の耳元でわざと大声を出してやったさ。へへっ―――、いい加減堪ってたからな―――、俺もよお』
『―――ち、ちょっと、あんた―――っ』
話の先を予感したのか、兄がつい言葉を挟んでしまった。
『いいから黙って聴いてろって―――っ。これからだ、これからが盛り上がるんだよ――――――っ!』
しかし緒方の勢いは止まることを拒むように、更に真っ直ぐに向かっていた。
『―――まるで、虫の声以下だったぜ―――。彰の奴さ、情けないほどの小声しか吐かねんだよな。頭にきてよ、俺、わざと奴の額をはたいてやったのさっ―――!。そしたらよお、少しだけ大きな声が戻ったんだよな―――あいつにさ。ははっ、けっさくだろっ―――!。まるで壊れたラジオをはたく要領じゃんかよお―――。やったね―――って思ったぜ―――』
うっすらと顔を持ち上げて、さも愉快そうに緒方は話を盛り上げようとしていた。
あっけらかんと、まるで他人事のような緒方の話っぷりに、それでも一同は、息を呑む準備を始めていた。
『―――ついに朝がきやがった―――――。ちっ、呼びもしねえのにさ・・・』
急に目線を下げたかと思うと、緒方は口を尖らせながらそれでも話を続けた。
――――――『彰―――、何がそんなに可笑しいんだ?、言ってみろよ』
『―――ぜえぜえ・・・・っ、ふう・・・ぜえ・・・っっ―――。へへっ・・・健ちゃんの・・・歌が聴けて・・・、愉しい・・・や・・・』
『うん?、俺の歌がどうしたって―――?』
『ふう・・・ぜえ・・・ぜえ―――。健・・・ちゃんの歌・・・は・・・へへっ―――最高・・・だよ・・・なあ・・・はあ・・・はあっ―――っ』
『―――なんだそんなことかよ・・・。そんなの分りきってるだろ・・・。今さら言うなよな―――っ!。この馬っ鹿・・・野郎が・・・』
喉を詰まらせながらも精一杯の強がりが、健一に許された唯一の励ましであった。彰のおぼつかない目線に、健一は覚悟を決めていたのだろう。
『はあ・・・はあっ―――。健・・・ちゃんは・・・、すごい有名・・・な歌い手・・・になるぜ・・・はあ―――――つ・・・』
『そんなの・・・分り・・・きってんだろ―――っ、この野郎っ!』
『・・・おれが・・・ぜえぜえ―――、ついて・・・るからな―――はあはあ・・・。だい・・・じょうぶ・・・だ・・・って―――はあ・・・ぜえ―――っ』
『なあ・・・彰―――。おまえ、何が喰いたいよ?』
『・・・はあはあ―――。んぐっ・・・っ・・・、あ、ああ―――、・・・だいこん・・・おろし・・・喰いてえ・・・なあ・・・』
『・・・?、大根おろし・・・?』
『しろ飯に・・・さ・・・、だいこん・・・おろし・・・をのせるんだぜ・・・。しょうゆをあびせてさ・・・、へへっ・・・んぐっっ―――!、げ、げほほほっっ―――――っっ!!』
『止めろ―――っ!。―――いいから、黙ってろって・・・彰よおっ!』
『―――彰の家は貧乏でさ。早くから親父を亡くしちまったんだ。挙げ句、兄貴たちも戦争にとられちまってよ、そりゃ散々だよな。一家の稼ぎなんて高が知れてるよな―――、あいつのお袋にしたってさ』
幼馴染の友人を庇うように、緒方の口調はとても穏やかだった。
『ふう―――っ。何とかしてやりたかったよな。あん時にさ―――』
押し出された溜息と重なりつつ緒方の嘆きとも聴こえる言葉は、後悔の交じった念に紛れながら、行き場所のない哀しみに包まれているようだった。
――――――『ふ―――うっっ・・・!。健・・・ちゃん・・・さ、ばかに・・・してただろ・・・。だいこん・・・おろし・・・ぐふっっ―――、ぜえ―――ぜえっ――――――っ!』
『―――っ?、あ、ああ・・・、あん時のことだろ?。おれが親父と喧嘩したってさ、その晩、無理矢理おまえの家に転がり込んだったっけなあ―――。そうそう、おまえのお袋さん相当怒ってたぜえ。“親に歯向かうなんてとんだ親不孝だって”よお―――』
『・・・健ちゃん・・・は、いい・・・とこの・・・倅だからさ・・・、おれ・・・ん家の飯なんて・・・喰わ・・・ない・・・かと思ってたん・・・だぜ・・・』
『―――おれよ、あん時は昼前から何にも食ってなかったんだよな。それでさ、無理言って食わしてもらったんだよなっ、大根飯―――をさ。けどよ、不味かった―――。ありゃ喰えたもんじゃねえやあ―――っ。ふっ、へへ―――っ、あん時のこと・・・、おまえ、覚えてたんだなあ―――?』
涙交じりの鼻水を拭いながらも、それでも健一の強がりは止まなかった。泣き伏したい衝動を抑えながら、やっとの思いで健一は彰の声を受け止めていた。
『・・・へへっ・・・、やっ・・・ぱり・・・健ちゃ・・・ん、ごほほっ―――っ!・・・はぐうっっ―――っ!、はああっ―――っ、・・・お、おぼえ・・・て・・・たんだ・・・な・・・』
『―――あんだけの大根おろしなんてよっ・・・、おれん家だって、絶対・・・、真似できねえよ―――っ!。んぐぐっっ・・・!、彰よお―――、おまえのお袋は・・・、やっぱ、天下・・・一品だよな――――――っ』
喉につかえる無念さは、すでに取り返しのつかない現実に打ちひしがれていた。蒼く滲んだ彰の横顔には、死へと向かう準備が整っていたからだった。
『・・・へへっ、かあちゃ・・・んも・・・うれしい・・・だろうな・・・。はあっっ―――っ、げほほほ―――っっ!!。はあはあ・・・っ、ね、ねえ・・・歌っ・・・てよ・・・健・・・ちゃん・・・。ねえ―――』
『―――たたで歌えるかよ・・・この・・・馬っ鹿野郎があ―――っ・・・』
刹那、彰から顔を背けた健一は、無意識に左手の人差し指を強く噛み締めていた。精一杯に込み上げる嗚咽を押し殺すのに必死だったのだ。
『・・・あし・・・た、ごほっっ―――っ!、・・・稼・・・ぐから・・・さ。はあはあ―――っ・・・、だから・・・健・・・ちゃんさ・・・、意地・・・悪は・・・なしだ・・・ぜ・・・』
『・・・絶対・・・よ、明日・・・払えよな―――。いいか、明日だぞ・・・絶対、払えよな―――彰―――っ』
『ぜえ・・・はあっ・・・っ・・・』
『―――彰あ――――――っ!』
『・・・あ・・・かい・・・、リン・・・ゴに・・・ふうっっ―――っ!、・・・くちび・・・るよ・・・せ・・・て・・・』
『お、おまえ―――っ!?』
彰のやっと口ずさむ歌は、健一の得意とする、“リンゴの唄”だった。
敗戦後の復興を象徴するかのようなその明るい曲調は、暗い時勢に光を灯すべく民衆の希望を担っていた。
“―――赤いリンゴに くちびる寄せて だまって見ている 青い空
リンゴは何にも いわないけれど リンゴの気持ちは よくわかる
リンゴ可愛いや 可愛いやリンゴ
あの娘よい子だ 気立てのよい娘 リンゴによく似た 可愛いい娘
どなたがいったか うれしいうわさ 軽いクシャミも トンデ出る
リンゴ可愛いや 可愛いやリンゴ
朝のあいさつ 夕べの別れ いとしいリンゴに ささやけば
言葉は出さずに 小くびをまげて あすもまたネと 夢見顔
リンゴ可愛いや 可愛いやリンゴ
歌いましょうか リンゴの歌を 二人で歌えば なお楽し
皆なで歌えば なおなおうれし
リンゴの気持ちを 伝えよか
リンゴ可愛いや 可愛いやリンゴ―――“
『・・・さすが・・・、健・・・ちゃ・・・んの声・・・は・・・絶・・・品だ・・・よな・・・っ』
『くくう・・・っ・・・っ・・・!。彰・・・っ、頼むから・・・よお彰あ、お、おまえ・・・黙ってろってえ――――――っ!』
―――『へっ、それっきり話が途絶えちまったぜ―――。確か明け方だったよなあ、薄っすらと外の気配がやってきたよ・・・』
思い出話を懐かしむように、緒方の声は温かさを引き寄せていた。
『薄明かりで見えてたんだよな―――。こ汚い部屋の真ん中にさ、あいつの丸まった身体がでんと転がってやがんだ。へへっ―――、そりゃまるで虫のように見えてたぜ』
無神経なのか、それとも相当な強がりだったのか、緒方の口元には薄笑い程度の歪みが浮かんでいるだけだった。
『ほら、よく覚悟のすすめって言うだろ?、あん時のおれにもさ、さすがに身に沁みたよなあ。暫くしてに我に返ったと思ったらさ、彰のやろぅ――――――』
途端に、雄弁なはずの緒方の口元が急停止を始めた。
『・・・ついに、逝っちまってたぜ・・・、彰の野郎は・・・よおっ・・・』
さっきまで勢いに任せていた友人への哀悼秘話に、ついに緒方も閉口するしかなかった。
やるせなく落胆を見せる緒方は、大きく溜息の後しばらくはじっと目を細めていた。その姿は、懐かしさと後悔の間でどうしようもなく自分を責めているかのようだった。
健一と彰の置かれた境遇同様に、あの戦争によって全てを台無しにされた子供たちにとっては、世間で唱える正しく健全な道などという戯言は、まさに理不尽極まりなかったのかも知れない。
緒方健一少年と彰の生き様。それは―――足蹴に出来るほど、軽い覚悟ではなかった。
話を終えると緒方は、ぐっと歯をくいしばるようにただ無口になるだけだった。
『高志―――――っ!』
『なに、お兄ちゃん?』
『孝子さんが言ってたよな。おでん屋で親父がこいつに痛めつけられた箇所って、どこだったっけなあ?』
『うん、右頬と腹部だよ、お兄ちゃん―――』
『そうだったかあ。―――へへっ、おまえの記憶力は最高に役に立つよなあ。さすがおれの弟だよっ!』
何を思い立ったのか、兄は調子よく声をあげた。
『緒方さんよ、あんたの横腹をいただくぜ』
『ええっ?』
『なんせ親父の仇だもんな―――』
そう言うと兄の持ち上げた右足の先は、緒方の横腹に向けて怪しく突き立てられた。
『痛っ―――!。な、なんの真似だあっ!?』
『峰打ちじゃ―――!。へへっ、安心しろよっ!』
兄の取った奇妙な行動の裏には、緒方健一へと募らせた憎しみはすでに皆無のようだった。そこには父の仇の緒方ではなく、人間、緒方健一を垣間見た兄だった。
―――『じゃあな緒方さん。あんたの活躍を期待してるぜ』
『へへっ、そう言うおまえも達者でな。―――それと、親父さんによろしくな』
『ああっ、―――そう伝えるよ』
『弟くん、こんな兄貴によく我慢してたよな―――。これからも、ちゃんと見張っておくんだぜ、いいな』
『うん、分った』
兄の素行の悪さに釘を刺すように、緒方が僕に話を振った。しかしその話っぷりは、兄に対する敬意が込められていたような気がしていた。
そう交わした緒方との最後の会話が、やけに清々しさを表わしていた。
―――兄の勢いに飲み込まれ、訳の分からないままに家を飛び出した僕。
失踪した父の存在を期待しながらも、不安で一杯だった鎌倉への冒険旅行。そして間もなく、そこで出会った孝子さんという女性。その孝子さんの口から聴かされた思いもよらない父の生き様には、言いようの無い特別なものを感じ取れた僕たちだった―――。
『そうだったの―――。複雑な心境ねえ、強志も』
『親父の決めた道なんだからさ、挫折にしたって自己責任ってもんさ。そこにたまたま緒方が加わっただけかもな』
キャッツに戻った僕らは、孝子さんに一部始終を告げた。父の仇だと決め付けていた緒方健一の素顔は、実に必死に生きることに従順な青年の顔だった。
『まあ、えらく殊勝なこと言うのね、あんた』
『人生は教訓を得る場なりってね―――。おれもしみじみ痛感したよ』
『それは含蓄深いお言葉、ありがたく頂戴するわ』
あれほど放漫で自分本位だったはずの兄が、ここにきて別人のように変貌していた。僅か二日間で、兄は一体、何を感じたのだろうか。僕にしても驚きの一瞬だった。
『なあ・・・、孝子さんさ―――』
『なによ強志。そんなに改まっちゃってさあ』
『一体、何処にいるんだよ・・・、親父って』
そしてついに兄は、父に会う決心を下したのだった。
『―――いいの?、後悔するかもよ、強志』
『何言ってる―――。会わずに帰るなんてよ、後悔以外の何ものでもないさ』
『そう―――。覚悟は出来てるのね』
『―――ああ』
そんな兄の返事には、確固たる信念さえ感じられた。
『大船市民病院って、知ってる?』
『知るわきゃねえだろ、案内くらいしろよ孝子さん』
『―――嫌だと言ったら?』
『へ―――っ、勝手に行くに決まってんだろっ!』
『じゃあ―――、そうしてよね』
一風、簡単なやり取りに見える二人の会話の中には、口には出せないある種の重みがぶらさがっていたのだ。平然と答えているように見せる孝子さんにしても、きっと心中穏やかではなかったはずだ。
父の病状を軽く侮っていた僕たちに向けて、真実を語れるほど孝子さんの内心は定まってはいなかった。
それというのも、今の父の真実とは決して曖昧な言葉では済ませられないほど深刻だったのだ。
『―――ああ、そうする』
『じゃあ、高志も行くのね?』
『もちろん、行くに決まってるよ』
『そう―――。後悔するかもね』
『会わずに帰るほうが後悔すると思うんだ。孝子さん』
『ねえ、どうしても?』
『だって孝子さんの仇を―――討たないとね。そうでしょ―――!』
『――――――!』
僕たちの真の仇は、やはり父である小森靖志だった。母と僕たち子供を苦しめただけではない。目の前の孝子さんをしても、父による被害者に値したのだ。
『だって孝子さんを幸せにしていないなんてさ、そんな奴、お父さんであっても許せるはずがないよっ!』
『え―――っ!!』
僕の言葉に不意をつかれたように、孝子さんは閉口してしまった。
『う、うう―――っ、う、ううっ―――っ―――っ―――』
そして堪えきれなかったように、溜まっていた心の内を吐き出し始めた。ぽろぽろと流れ出す孝子さんの大粒の涙が、もはや父の大罪を裁いているかのようだった。
『ここで待っててね。いいね、孝子さん』
『―――う、うん・・・』
『お兄ちゃん行くよ。早く準備してよね』
『ど、どうしたよ高志―――っ!?。おまえ、そんなに強引だったかあ?』
『えっ、どうして?』
『だってよお―――』
兄の驚きに僕は違和感を覚えていた。何故なら孝子さんの悲しみに同調したからこその僕の単純な行動だと思ったからだ。そこには特別なものは無かったはずだった。
『ふ―――ん、やるもんだよな、高志も』
『なにが、どういうこと?』
『鎌倉に来てからさ、何かに目覚めたってことだよなあ。そしてそこには、女の影が見え隠れ―――なんてね』
何を思ったのか、兄は勝手に僕のことを詮索し始めたのだ。
『なんのこと言ってんのお兄ちゃん―――?』
『とぼけやがってこの野郎があ―――。知ってんだぜ、アラジンの絵梨っていうお姉さんにぞっこんなんだろ、おまえ?』
『絵梨さんに―――僕が?』
『だって、そうじゃんかよお。さっきだってな、おまえ彼女に目配せしてたろがあ?』
『ええっ、さっき―――て?』
うん、そうか。アラジンで同席していた絵梨さんと恵さんに、僕が気を遣って話しかけていた時のことのようだった。
『ちゃっかりしてんだな、おまえって』
『ちゃっかりってさあ―――。そう言うお兄ちゃんだって、恵さんに興味あるんだろ?』
『あん―――?。め、恵みってかあ―――っ?』
僕の反撃に不意をつかれてか、珍しく兄は少し慌てていたようだ。
『お兄ちゃんこそちゃっかり手なんて繋いでたよねえ。見てたんだから僕は』
『あっ、なっ―――!』
更に兄の口元にあったはずの余裕は、即座に窮地に追い込まれていたようだ。
“ガチャ―――ッ―――!”
―――と、その時だった。兄の魂胆を暴こうとした矢先に、おもむろにキャッツの扉が開かれたのだ。




