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秋山さんとの再会

『さあ、入れよ!』

三階の会議室の扉を開けて、小田村さんは父を招き入れた。


『―――!。小田村部長、どうかされましたか?』

会議室に陣取っていた数人の中の一人が、怪訝そうに訊いた。

『部長・・・?』

そう、今の小田村明の身分は、部長と呼ばれる要職に就いていたのだった。


『社長はどうした?、さっきまでここに居たよな』

『ええ、今しがたここを出ましたけど。大切なお客様がみえたとかで・・・』

『大切な―――?。ちっ、これ以上大切な客なんていねえだろよ、まったく』

『僕、呼んできましょうか?』

『ああ、とんでもない客が会議室で暴れてるってなあ、そう伝えてくれよ』

『あっ、はい―――?』

小田村さんの言葉の意図が汲み取れなかったのか、部下らしき男性職員は首をかしげながら会議室を飛び出した。


『暴れてるって・・・?、どう言うことさ、小田村さん』

『それくらいが丁度いいのさ、はははっ―――』

他に集まっていた職員達は、呆然と父のことを見ていた。

『ああっ、決して怪しい者じゃないから。後で説明するよ、皆にはな』

そう言って小田村さんは、父を会議室の奥へと座らせた。

『靖志、いつ戻ったんだよ東京に』

『いやっ、戻ったって訳じゃないんだけど・・・』

『違うのかよ?』

『出張だよ。会社の連中とさ』

『そうなのか。で、いつ帰るんだ。確か熊谷って言ってたよな』

『う――ん、明日帰ろうかとは思ってるんだけど』

『何だよ、曖昧なこと言いやがって。出張日程ってあんだろ?、それとも自由なのか、お前の職場って』

『勝手にさ、動いてるんだよな―――、おれ』

『へっ、相変わらず自由奔放ってやつかあ?』

『まあ、それに近いっていえばそうだなあ』

父の勝手な行動は、今日だけは、“忌引き”扱いで何とか逃れてはいた。しかし、吾妻充の報告内容如何によっては、無断欠勤にも値するだろう行動でもあった。


『結婚したんだってな、お前』

『へへへっ、その通り。子供も二人いるんだ、男の子なんだぜ』

それは嬉しそうに父の顔が綻んでいた。

『は――あ、あの小森靖志がねえ―――。変われば変わるもんだよなあ』

『小田村さんだって、部長になったんでしょ?。おめでとう!』

『ああ、上が抜けちまったからなあ、それだけのことさ。実力を買われたなんて、誰も思っちゃいないさ』

謙遜を含んでいたにしても、部長昇格の弁にしてはやや不満気味の小田村さんの言葉だった。

『靖志よ、実はな・・・』

『えっ、何だよ?』

『お前に言うべきかどうか迷ったんだけどな』

まるで報告義務があるかのように、小田村さんが構えていた。

『だから何だよお、小田村さん』

『神部さんな・・・、辞めちまったよ』

父に気遣ってか、緩やかな口調の小田村さんだった。

『ああ―――、うん。そのことは聴いてるよ。ゆうべ、多嶋屋の親父からさ』

『おおっ、そうか。何だそれなら話は早いってもんだ。けどよ、それまでのいざこざまでは聴いてないだろ?』

『いざこざって、そんなに揉めたのかよ!?』

『―――しっ、声がでかいんだよ・・・。まあ、あとでゆっくり話してやるけどな。ところで今晩はどうすんだ、泊まんのか?』

神部さんの話に決着した小田村さんは、肩の荷が下りたらしく急に流暢に喋り出した。

『頼まれてんだよなあ・・・。秋山さんと神部さんを連れていかなきゃさ、多嶋屋の親父もさぞ寂しがるだろうなあ・・・』

『ええっ、あの二人をかあ―――?。それは無茶ってもんだ、止めといた方がいいって!』

『しっ、声が大きいよ小田村さん―――』

『ああ・・・、すまん』

小田村さんの口調から察すると、どうやら秋山さんと神部さんの間には、穏やかではない関係が出来上がっていたようだった。

『う―――ん。じゃあ、おれはどうすればいいんだよお、小田村さん?』

『どうって、俺に言われても困るよ。お前が頼まれたんだろ、親父さんにさ』

『どうにかなんないかなあ?、ねえ、小田村さんさあ』

親父さんの希望を叶えたい一身で、父は小田村さんに懇願するしかなかった。

『どうにかって言われてもなあ・・・。立場上、俺には無理だよ靖志』

『は――あっ、あの頃の小田村さんは何処に行ったんだよお?。熱血、小田村明は死んでしまったかあ・・・。ついに権力の虜に成り下がってしまったんだね。あんたも』

『・・・。あのな、嫌味がてらにそんなに拗ねんじゃねえよ―――お前な』

『だって、頼みの綱は小田村さんしかいないじゃんかよお!』

『お前なあ―――』

会議室に居合わせた連中のざわめきを他所に、父が小田村さんに言い迫っていた。

『だけどなあ、直接お前が顔を見せればあの二人だって歓迎すると思うぜ。そうじゃないのか?』

『―――そうかなあ』


“ガチャッ―――!!”

そのときだった、突然、会議室の扉が激しく開かれた。


『大丈夫か―――!、小田村っ!!』

慌てて入室してきたのは、険しい表情の秋山さんだった

『な―――っ、社長―――っ?』

『暴れてるのは、どいつだ―――っ!』

『ええっ!?』

さきほど小田村さんの仕掛けた悪戯に、秋山さんはまんまとはまっていたのだ。

『あ―――、秋山さんっ!』

『んんっ?、お、お前―――っ?』

『えへへ』

『まさか、靖志なのか―――!?』

思いがけず父の姿に、驚きを隠せない秋山さんの表情だった―――。

『うん、そうだよ・・・。秋山さん・・・』

懐かしさのあまり感極まった父の顔と、さすがに面食らっていた秋山さんの思いとが、交差する瞬間だった。

7年という長い年月が、ようやく二人の再会を許してくれていた。



『元気そうだな・・・、靖志』

『秋山さんこそ、変わってないね』

『ああ、少し腹周りが気になるところだけどな、本質は変わっちゃいないさ。でも、どうしたんだ。やっと歌う気になったのか?』

『・・・。会長のことだけど・・・。おれ、知らなくてさ爺さんの亡くなったこと・・・』

『そうか・・・、そりゃ悪かったな。いや、突然のことだったもんでな、お前にも知らせなきゃと思ってたんだが・・・』

『おれのことは気にしなくていいさ・・・。逃げ出したんだもんなあ、おれ』

秋山さんの気遣いを解こうと、あえて父は悪者を申し出た。

『―――逞しくなったなあ、靖志』

『そりゃそうだよ、父親になったからね』

『そうかっ!、子供がいるのか。でっ、男か―――、女の子なのか?』

『男が二匹いる。しかも相当な悪ガキでさあ!』

『悪ガキねえ。そりゃあ、お前の子に間違いはないようだな』

『どう言う意味だよ?、秋山さん』

『ははっ、それはお前が一番判ってるだろう、靖志お父さん!』

『いやっ・・・、何だよそんな・・・、止めてくれよお!』

『あっはっはっはっ!!、どうした靖志、お前らしくないじゃないか。まさか、弱腰になった訳じゃないだろな?』

父が東京を去ってからの7年という歳月は、無駄に過ぎ去ってなんかいなかった。むしろお互いを見つめ直すに充分過ぎるほど、貴重な過程となっていたようだ。

『お帰りと言うべきなんだろうな、俺は・・・』

『ああ・・・、ただいま秋山さん』

言葉を交わすことが野暮に思えていた。わずかに触れ合う体温が、真っ直ぐに伝わる思いが、今の二人の間を往復しているようだった。

『あの、そろそろ時間なんですけど・・・』

さっきから遠慮深く控えていた小田村が、申し訳なさそうに法要の段取りを告げた。

『靖志、ゆっくりして行けよ』

『ああ、そうするよ』


秋山会長の法要の時間が押し迫っていた。さっきまで緩んでいた秋山さんの顔が、瞬時に“社長”秋山昭二の顔にすり替わっていた。


粛々と進められる七回忌法要の儀式の締め括りに、秋山さんが満を持して席を立った。社を代表しての謝辞の詞を託されていたのだ。


『ご参列賜りました皆様方には、故、秋山栄三郎も万感の思いを馳せていることと思います。永きに渡りこのトウチ・クレコードを、そして亡き父をご支援賜り、誠に感謝の念に堪えないところであります。しかし、志半ばで人生の終焉を向かえざるを得ない父にとっては、いかばかりか無念の思いと申すべきでしょう―――――――』

滔々と口を突き出る秋山さんの謝辞には、やはり代表としての責任の重さが備わっていた。

『―――本日は、ご多忙中にも係わらずご参集賜りましたこと、厚く御礼を申し上げます――』

威風堂々たる秋山さんの立ち姿に、父は改めて秋山の爺さんの遺したトウチク・レコードの偉業を思い知るしかなかった。


『小田村さん―――、秋山さんて立派になったもんだよなあ』

『当たり前だろっ!。今やトウチクのトップだぜえ!!』

『ああ―――っ、そうだよね』

それでも実感の湧かない父は、しばらくは秋山さんの行動を眺めていた。

各界から押し寄せた要人との語らいを始め、業界仲間へのお礼の挨拶等で、秋山さんは忙しく会場を練り歩いていた。

『やっぱり大変なんだよな、社長ってさあ』

『お前さ―――、だから社長なんだってっ!』

『―――あのね小田村さん、それを言っちゃあ身も蓋もないだろ?。あ――あ、まったくさあ、それで部長なんて、どうかしてんじゃない?』

『お前に言われたくねえよなあ・・・。畜生っ!』

父と小田村さんの稚拙な会話は、まったく当時のままだった。何一つ変わらないものが、ここに存在していた。

『だけどすごい数だよなあ、恐れ入ったぜ』

そう言いながら父は、会場内を見渡していた。

『―――!。小田村さん、あれ、あそこ―――っ!』

『なんだ、どうしたよ?』

『神部・・・、神部さんだよ―――、あれっ!』

父の指差した会場の隅には、まるで身を隠すように丸まった神部さんが居た。しかし、その姿はというと、逃げ出すように会場を出て行ったのだ。

『そうか、やっぱり来てたんだな・・・』

『やぱりって?、なんでそんな言い方なんだよ?。』

『本来、会長の顔なんて拝める立場じゃないってことだ。そのことは神部さんが一番判ってるさ』

『・・・ねえ小田村さん。後でいいから訊かせてよ、神部さんの辞めた理由をさ』

『いいぜ・・・。けど、あの人との同席は勘弁しろよな』

『今日のところは遠慮するよ。おれの節介の及ぶ範疇でもないみたいだからさ』

『判ったよ―――。秋山さんには声を掛けてみるさ、―――今晩、多嶋屋だよな?』

『ああ、待ってるからさ小田村さん』

『靖志・・・。気を遣わせたな』

『何言ってんだよ、おれを育ててくれた恩は忘れちゃなんねえからさ』


“ぱんっ―――”

薄笑いを浮かべながら父は、小田村さんの背中を威勢よく叩いた。

トウチクと神部さんとの背信の日々を知らされた父。そしてその溝の深さを、今、痛感せずにはいられない父でもあった。

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