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服部良二との出会い

『小森ゆうじか―――。この国の歌の進む先を、或いは変えるかも知れないな』

『そう感じるんですね、あなたには』

『間違いが無ければの話だがな・・・』

『心配性なんですね。相変わらず』

『おいおい、せめて用心深いってくらい言ってくれよなあ』

『はいはい、そのようで・・・』

小幡夫妻の年期のこもったやり取りが、父の背中を見送っていた。急にがらんとした庭先では、友達の去ったベッシーが寂しそうに尾っぽを下げていた。



『ただ今帰りました―――っ!』

『あら―――、今日は特に念入りな散歩だったこと』

秋山家に戻ってすぐ、澄江さんが何かを嗅ぎ付けたように父に語りかけた。

『ええっ、そうかなあ―――。んん?、なんかいい香りだね。庭の方からかなあ?、ねえ澄江さん』

『バラの香りね。あの人の自慢の花壇なのよ、まるでバラ園みたい』

『爺さん・・・、いやっ!、あの会長があ?』

『ああ見えてロマンチストなのよ。それだけは容認してあげてよね、靖志さん』

『へえ、そうなんだ。―――人は見かけに何とかって言うけど。あの会長がね』

『それにしても、やけに時間が掛かったのね。何処か寄り道でもしてたの?』

『次郎がさ、帰りたがらないんだ。それでつい、遅くなっちまってさあ』

『あらそうなの―――珍しいこともあるものね・・・。早く部屋に上がりなさいな。あの人、さっきからご機嫌ななめみたいよ』

『えっ、会長が?』

『次郎から事情聴取したのかしら。あなたの隠密行動―――』

『なっっ、澄江さん!、どうしてそれを!!』

『ふふっ、やっぱりねえ』

『やっぱりって、どういうことなの?』

『いいからあの人を待たせないでちょうだいな。最近やたらと私に当たるんだもの、いい加減にして欲しいものね』


どうやら秋山の爺さんの機嫌が悪いらしい。もしや、小幡家への父の度々の訪問に、勘付いたのかも知れない。

『やっべ――っ。会長、そんなに機嫌悪いの?。澄江さん』

『そうね、近年は珍しいくらいよ』

『ええっ!、そんなにっ!!』

『心して掛かることだわねえ。靖志さん』

『そうか・・・』

『さあ、いってらっしゃいな!』

澄江さんにここまで脅かされては、いかに無神経な父であったとしても心境穏やかであるはずがない。ましてや居候の身なのだから。


渋々、二階の会長の部屋に足を運ぶしかない父だった。階段を登って突き当りが、会長室兼、練習部屋でもあった。


“コンコン―――!”

『失礼します。靖志です』

『―――ああ』

低い声でしかも不機嫌な様子が、扉越しに伝わっていた。

『遅くなりました!。いやあ―――っ、次郎がさあ遊び足りないって―――』

恐るおそる扉を開いた父の目に真っ先に飛び込んだもの。それは、秋山会長の横で大人しく座り込んでいる男の姿だった。、

『えっ―――?』

『やけに遅い帰りだったな、靖志』

『あっ!、いやねっ・・・。次郎がさ、言うことを聞かなくてさ・・・』

『ああ、そうだったのか。それはご苦労だったな。―――でっ?、ベッシーは相変わらず元気だったのかな?』

『えっ、ベッシーって―――?』

『小幡の側近から聞いてるよ―――お前のことをな。活きの良い子で羨ましいってさあ。あれほどの生意気はそうは居ないって、めずらしく奴が喜んでたらしい。そんな褒め言葉までもらったって訳さ』

『あちゃっ・・・!』

やはり、秋山の爺さんの耳には入っていた。小幡家への極秘潜入は、この爺さんには筒抜けだったのだ。

『コラムビアは、さぞかし魅力的なんだろうな』

『あっ、いやっ―――』

『お前の意思を尊重してもいいんだぞ。小幡のところが居心地よければの話だがな』

『―――いやっ!、そんなことは無いって』

『とは言っても昭二の見込んだ男だ。今更、私の勝手な判断があったんじゃ、彼の立場もなかろう。まさに愚の骨頂とも言える』

『・・・・・・』

『うちで勝負する気は、あるのかな?』

『―――ああっ、もちろんだよ』

『そうか、それはひと安心だな』

秋山の爺さんがまるで父を試すかのような口調で語っていた。少なくともそれは父の思いを汲み取ってもいたのだろう。互いの同意は、少ない会話の中に成立していたようだ。

『そうだ、紹介しておこう。服部くんだ』

そう言って、傍らの男に目を配った。

『服部です。よろしく!』

『ああ、小森って言います』

『靖志、お前も聞いているとは思うが、我が社の転換を賭けた若手向けの曲を考えてるんだが。その曲を服部くんに任せようと思うんだ』

『えっ、まさか、おれが歌うの?』

『調子に乗るなっ!。誰もそんなことは言っておらん!』

『だって、そのために呼んだんじゃないの?。おれを』

『申し訳ない、私が会長に頼んだんですよ、小森くん』

すかさず服部という男が割って入った。

『ええっ、そうなの?』

『どういう訳か、服部くんがお前に興味津々ってことらしい』

『へーえ、見る目があるんだ、服部さんって』

『ははっ、噂に違わず自信家なんだね。君は』

『光栄です!』

『服部くん、こんな調子だ。すまんな』

『いえ、自己主張の強い方がこの業界では受け入れ易いですね。もちろん歌唱の力をもっての場合でしょうけど』

『丁度いいや服部さん、おれの歌聴いてみる?』

『有難い。実はそのつもりでお邪魔したのですよ』


この服部という男、昭和歌謡史の礎を築いたと言っても過言ではない。その人物こそ、服部良二である。

『おれの持ち歌でいいのかな?』

『君の歌いたい曲でいいのですよ。何でも歓迎です』

『そうか、そうだな―――』

そう言って、しばらくは服部の目の前で目を閉じていた父は、ゆっくりと深く息を溜めた。そして思い立ったように歌い始めた。


“Just to be with Dinah Lee―――― おお ダイナ、私の恋――人 胸に浮かぶ――わ 美わし―――き姿 おお君よ――、ダイナ――― 紅き唇――るう 我に囁け 愛の言葉――を! おおダイナ、許せ――よ くちづ――けえ わが胸――えふるえる 私――のお――、ダイナ――― 私の――おぉぉ―― ダイナ――――あぁぁ――――”


それはまるで気取ったアメリカ人のように、四方に振り付ける真似を興じていた。

その大胆に決めた最後のポーズを解くと、大袈裟に両手を拡げた。

『はいっお終い―――っ!。ご静聴ありがとうございました―――!!』

少し照れぎみの父は、額の汗を拭いながらにんまりと笑っていた。

『なんと!、ダイナときたか―――』 

会長が呆れたように父を見上げた。

『へえ、そうきましたか・・・』

会長の横で腕を組んでいた服部は、嬉しそうに腕を解いた。その腕の片方はついに、父に向けて差し出された。

『感動させてもらったよ!。小森くん』

服部から差し出された右腕を、父は素直にしっかりと握り返した。

『ありがとうございます!』

『秋山会長!。いい弟子を持ちましたね!!』

『おほっ、そうか、そう言ってくれるのか!。それは実に嬉しい限りだなあ!』

『でしょっ!、おれが弟子でよかっただろ?、爺さん!!』

『んんっ―――!。それが余計なんだっ!―――貴様って奴はっ!!』

『ち―――ちょっとおっ、またそれえ?』

調子に乗った父を戒めている秋山の爺さんの横顔が、何故か誇らしげに映っていたのは、僕の思い過ごしだったのだろうか?。でも、この部屋に漂っていた父の歌の余韻は、本物を語らせずにはいられなかったのだ。


『会長―――。僕に任せてもらえますよね!』

『ああ、君以外には考えてはおらんよ』

『全て任せてもらっていいんですか?』

『好きにすればいいさ。君の思いつくようにな』

『かしこまりました。すぐにでも掛かります』

『ああ、よろしくな』

秋山の爺さんと服部の間で快諾された内容とは、父への新曲なのだろうか?。意味深な会話の真意は、この場では明らかにされていなかった。

『で、おれをどうしようっていうの?』

『うん、明日から一週間、服部くんについてくれ』

『ああ、一週間ね。そんなんでいいの?』

『二十四時間拘束だ。しかも一週間だぞ、それでもいいのかな?』

『ええっ!、二十四時間って、しかも一週間ってことおっ!!』

『そうなるだろうな。何か不満でもあるのか?』

『おれの自由時間はどうなるんだよ?』

『さあね、それは私にも判らんよ。当の服部くんに聞いてみたらどうだろう。なあ、服部くん』

『そんなに大袈裟に考えなくていいんだよ小森くん。気楽に付き合ってもらうだけでいい。僕の私生活にさ』

『・・・?。それ、もしかして付き人ってこと?』

『いやいや、決してそんな関係じゃない。強いて言うなら同居人かな』

『同居人?。なんだそりゃ!』

『うん、文字通りの同居だよ。僕の自宅でね』

淡々と語る服部の独特の異質さは、父でさえも身構えるほどの貫禄だった。

『で、どうすればいいんだよ・・・』

『明日、迎えに来るから。荷物まとめておいてよ』

『はああっ、それじゃまるで合宿じゃないかよお―――』

『そうっ、それだよ!。上手いこと言うねえ小森くん』

『そんなことで褒めてもらったってさあ、嬉しくもないんだけどなあ』

そんな服部の先制打に、一方的に押され気味の父だった。

『どうだろうね、僕と仲良くやって行けそうかな小森くん?』

『―――まあ、問題は無いと思うけどさ』

『どうした、どこか歯切れが悪いようだが?』

心配気に秋山の爺さんが突っ込んだ。

それもそのはず。今日まで異端児を構えていた父にしても、こと、天下一品の音楽家を成し続けている服部を前にしては、いささか動じるものがあったようだ。

『会長さ・・・服部さんにお世話になるとしても、生活費はどうするのさ。おれ、そんな余裕なんてないよ』

『生活費だと?』

『だって、ただで世話になるなんて出来ないだろう?』

自身の気後れを誤魔化すかのように、父は秋山の爺さんへとその矛先を向けていた。

『何を言っとるんだ、それくらいは私が面倒をみるぞ。何にも心配には及ばんよ』

『じゃあ、会長に甘えてもいいんだよな?』

『勿論だとも、お前にこれっぽっちも負担なんてさせやしないぞ』

『さすが大物は言うことが違うねえ。そうだよね、服部さんっ!?』

『そうだね、さすがに僕の範疇を超えているね』

『持ち上げなくていいんだぞ二人とも。きっちりと私の期待に応えてくれれば、それでいいんだ』

『任せなって。会長の期待はさ、おれがきっちりと刈り取ってやるさ!』

『相変わらず、生意気だけは本物のようだな』

『おやおや、相変わらず口だけは達者なようだね』

『な―――、何んだとっっ!、―――この若造があっ!!』

予想通り父の思惑にまんまと乗せられた秋山の爺さんのおかげで、この場が締められた。

父と秋山の爺さんの相変わらずのやり取りには、普遍性さえ感じさせていた。きっとこの先も変わらず同じような関係が待っているのだろうと思う。―――と、正直、僕は安心していた。

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