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年末

作者: 竹仲法順

     *

 何かと慌しい。毎年、年末はこんな感じなのである。俺も自分の部屋の掃除や、いろんなものを片付けたりするのに追われた。もちろん、仕事納めが済んでからすることだったのだが、恒例なので慣れている。普段会社に詰め続け、パソコンに向かっていたので、きついことは山ほどあったのだが……。

 付き合っている睦実(むつみ)はスマホにメールを入れてくる。<こんにちは>か<こんばんは>と切り出して、いろいろと言いたいことを言ってくるのだ。届くのが朝晩二回なので、欠かさず返信するのだが、彼女もずっと年末はスケジュールが詰まっているようだ。今年のクリスマスはイブが休日だったので、一緒に過ごしたのだが、翌日二十五日はお互い普通に仕事だった。

 知り合ってもう七年になる。二〇〇五年の夏に街のカフェで偶然出会い、付き合い始めた。当時まだスマホがなくて、普通のケータイを使っていたのを覚えている。電話番号とメールアドレスを教え合い、交際が始まった。睦実も三十代女性で、俺とは年齢が近い。

 今、世間では年の差恋愛が流行っている。女性が皆、化粧品やファッションに気を遣うから、感覚が若いのだ。俺もそういったことは知っていた。彼女も三十四歳という実年齢よりも若く見えていたのだし、実際まだ若いので、一緒にいて不自然さがまるでない。

     *

岳彦(たけひこ)

 ちょうど今年の秋、睦実と一緒に彼女の部屋で過ごしていたとき、呼んできたので、 

「何?」

 と問い返すと、睦実が、

「エッチなことしない?」

 と言って誘ってきた。俺もずっと仕事ばかりで、ストレスなどが溜まっていたので、

「ああ」

 と言い、彼女とベッドの上で抱き合ったのである。ゆっくりと交わり続けた。睦実は部屋に静かなムードミュージックを掛けて裸体を晒す。俺も脱いでから睦実の体を抱きしめ、愛し合った。

 お互い体を重ね合い、ゆっくりと性交し終わった後、秋の涼しさを具に感じ取っていた。その日から一ヶ月ほどで冬へと入る。冷え込んでいるのだった。重ね着して寒さを凌いでいたのである。互いに違和感はない。単に室内も屋外も冷えてるなというだけで……。

 俺たちも休みになると、ずっと一緒にいた。別に何か特別なことをするわけじゃない。会って一緒に食事を取り、性交して、その後混浴するぐらいだった。愛し合えている。何も特別なことはしなくても……。

     *

 睦実も年の瀬になると、新年への準備があって、とてもじゃないぐらい忙しいようである。俺も察していた。互いに違う会社にいても、歩いていける距離にあるのだ。別に不自然なことはなかった。サラリーマンと女性社員同士でちょうどいい。ずっとパソコンに向かいながら、いろんなものを作り続けていた。係長の俺も会議用の資料を作ったり、企画書などを打ったりしている。係長職だから、まだ上に課長や部長などがいるのだ。俺も気を引き締めていた。決していい加減なことは出来ないと。

「永野」

「はい」

 課長の岩瀬が呼んできたので、俺も立ち上がり、課長席前へと行く。

「何でしょう?」

「来年の社の企画は進んでるか?」

「ええ。今、下の人間が作ってる真っ只中です」

「そう。分かった。じゃあ進めてくれ。いいな?」

「分かりました」

 頷き、一礼して自分のデスクへと舞い戻る。そして一時的にスタンバイ状態になっていたマシーンを起動させ、キーを叩き続けた。ずっと座って仕事をしているときついので、時折立ち上がり、フロア隅に設置してあるコーヒーメーカーでコーヒーを淹れる。仕事は忙しく、暇がないのだが、要領よくこなすことばかり考え続けていた。

 休日はずっと睦実と会っている。俺も年齢相応に、以前ほどの無理はしなくなった。さすがに男性も三十を超えると、更年期のようなものが出てくるのだ。無理をしないじゃなくて、無理が利かないのだった。だが自然だろう。確かに食事だけじゃ栄養が取り足りてないので、複数のサプリメントが必要になってきたのだし……。

     *

 仕事納めがあった翌日で、ちょうど年末の一番慌しい時、睦実に電話を掛けてみる。今どうしてるのか知りたかったので。スマホの電話帳に登録してある番号を呼び出して発信ボタンを押し、掛けてみた。彼女も今、大忙しだろう。一年の仕事も終わり、ゆっくりする間もないまま、部屋の掃除などに追われているだろうから……。

 しばらくの間、呼び出し音が鳴り、

「はい」

 という睦実の声が聞こえてきた。

 ――ああ、俺。岳彦。

「ああ。今凄く忙しいのよ。ゆっくり話してられないわ」

 ――そんなに忙しいの?

「ええ。もうすぐ新年だからね」

 ――まあ、来年も変わらず一緒に過ごせるといいな。

「そうね。あたしもそう思ってた」

 彼女がそう言い、

「いったん電話切っていいかしら?」

 と言葉を重ねる。

 ――うん、いいよ。また年が明けたら、会おうな。

「そうね。三箇日も暇だし、時間作っとくわ。じゃあね」

 睦実がそう言って電話を切った。俺もスマホを充電器に差し込み、立ち上がって歩き出す。コーヒーを一杯淹れようと思った。昼間なので眠気こそ差さない。キッチンで薬缶にぬるま湯を入れて沸かし、エスプレッソで一杯淹れる。片付けの合間なので別に大丈夫だ。こういった時に飲むコーヒーは実に美味しい。気付けの一杯というやつである。これが堪らなくよかった。俺もコーヒーは水代わりに飲んでいる。一日に何杯も。

 掃除と片付けが終わり、リビングやトイレなどを綺麗にして、ベッドに横になる。一仕事終わった後なので、休憩の意味でしばらく寛ぐ。一日中ずっと動き続けているわけじゃない。合間を縫ってゆっくりする。別にいいのだった。人間は気力や体力を使い続けた後は、休めるのが一番いいのだ。

     *

 その日の夕方、ベッドから起き上がり、近くのファミレスまで歩いていって食事を取った。珍しいことじゃない。よく利用するのである。高い金を支払って食べる類の食事じゃないのだし……。俺もこういったことには慣れているのだった。外を行き交う人や車などを見ながら食事を取り続ける。その日の夕食はピラフのセットものだった。香ばしい。俺も一日が終わる前の食事なのでコーヒーを飲まずに、代わりにジョッキ入りのビールを頼んだ。一杯飲むと一息つける。

 食事を取り終え、持ってきていたスマホのディスプレイを見つめていた。さすがに目はチラチラする。ブルーベリーのサプリメントは欠かさないのだが、慢性的な眼精疲労に悩まされていた。だが、おそらくここ数日は大丈夫だろう。パソコンの画面を見っぱなしにすることはないのだし……。

 伝票を手に取り、席を立ってレジへと歩き出す。食事代を現金で清算し終わり、店外へと歩き始めた。軽くアルコールが入っていたので、ほろ酔い気分でゆっくりと歩き続ける。自宅はすぐ近くなので、ある程度酔っていてもよかった。辿り着き、玄関の扉のキーホールにキーを差し込んで開錠する。

     *

 不意に背後から、

「岳彦」

 という聞き覚えのある声が聞こえてきた。きっと睦実だろう。振り返ると、彼女が立っていた。ジーンズにポロシャツを着て、上には厚手のコートを羽織って、である。

「いいの?忙しいんじゃない?」

「大丈夫。ちょっと余裕が出来たから、来てみた」

 睦実は三十代女性にしてみれば、異常なぐらい若く見える。やっぱし俺だけじゃないのだ。彼女と接している人間は皆きっとそう思うだろう。そして二言目には、

「今夜泊ってもいい?」

 と訊いてきた。俺も断るわけにはいかないので、軽く頷き、

「ああ。ベッド、シングルだけどいいかな?」

 と言ってみる。睦実が、

「ええ」

 と言って笑顔を見せた。俺も彼女を誘い入れて施錠し、リビングへと歩き出す。さすがにこの季節は冷える。室内にある程度暖房を利かせていたとしても、足元は冷え込む。俺も遅い時間に来た睦実に、

「コーヒーがいい?それともアルコールフリーのビール?」

 と訊いてみる。

「アルコールフリーのビールちょうだい」

「分かった」

 頷き、キッチンへと歩いて入っていく。冷蔵庫から缶ビールを一つ取り出し、渡す。俺も慣れていた。彼女を持て成すのに。

 そして付き合う意味で、キッチン中央にある冷蔵庫へと戻り、中からビール缶を一つ取り出してプルトップを捻り開け、軽く呷った。あくまで付き合いだ。それ以上でも以下でもない。普段ずっとパソコンに向かっているので脳が疲弊していた。だが任された仕事はきちんとこなす。そういったことは肝に銘じているのだった。

     *

「もうすぐ大晦日ね」

「ああ。……一年もあっという間だな」

「うん。あたしもそう思ってる。何か最近、ここ数年時が経つのが早いわよ」

「まあな。俺も流行遅れみたいなところがあるし」

「トレンドが掴めてないんでしょ?」

「そうだな。会社にいればずっとパソコンに向かってキー叩いてるだけだからね。合間にスマホ見てるんだけどな」

「岳彦もいつもはずっと仕事漬けね」

「うん。……でもこうやって休みになってから、一緒にいられると楽しいよ。街は慌しいけどな」

 思わず笑ってしまう。睦実が部屋の窓際まで行き、カーテンを捲って外の天気を確認している。晴れているようだった。雪が降る予報も出ていたのだが、どうやらそういったことはないらしい。俺も安心していた。年末年始は自宅に彼女を呼んでもいいのだが、睦実はそうも行かないらしい。

 アルコールフリーのビールをきっちり一缶飲み干し、ゆっくりし続ける。部屋の片付けは終わってしまっていた。後は新年が来るのを待つだけである。だが俺もここ数年、ずっと歌手のカウントダウンライブなどは見てないのだし、午後十時半頃には自然と眠ってしまう。健康的な生活スタイルが出来ているのだった。

 自然と口付け合い、腕同士を絡ませて抱き合う。ゆっくりと体を重ね合い、性交し始めた。睦実を抱く手が強くなってくる。そして互いの体が熱くなってきた。やはり男女であるからこそ、こうやって何を言うこともなしに愛に素直になれる。愛し合えていた。何も贅沢をすることはないのだし、シングルの狭いベッドの上でも十分愛を育み合える。これが俺たち三十代男女の実態だった。

     *

 一夜が更けて朝になると、すでに彼女は起きていてキッチンでコーヒーをカップに一杯ずつ淹れていた。俺も頭を掻きながら起き出し、入っていく。睦実が、

「ああ、岳彦。おはよう」

 と言う。眠かったのだが、

「……おはよう」

 と言って、カップに入っていたコーヒーを飲みながら、十分程度寛ぐ。そして洗面台へと歩き出した。洗面するためである。歯を磨き、髪を整えてから髭を剃るのだ。俺もさすがに年末のいろんなことが終わってしまっていたので、後は来る新たな年を待つだけである。大晦日には年越し蕎麦を食べて、なるだけ早いうちに眠るのだ。一夜明けると、過ごしていた一年が終わってしまい、また新たな年を迎えられている。その繰り返しだった。

 あっという間に一年一年が過ぎ去っていく。その日、彼女は昼前までいて、午後には帰っていった。来年は一体どんな年になるだろうと、大晦日に蕎麦を啜りながら思う。まあ、新たな一年というのは誰にとっても予測不可能だったのだが……。

                            (了)


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