真夜中の飛行
窓を叩かれる音がした。
誰だろうか。こんな真夜中に。僕は蛾の止まっている青い花柄のカーテンを開いた。
屋根の上に、何だろう羽の生えた少女が座っていた。チョコンと。
「誰だ君は」
「君こそ誰かね」
けたたましいバイクの音に顔をしかめつつ窓を開けて質問した僕に、少女は憮然と尋ねた。
「質問したのは僕だけど。こんな真夜中に出歩いても君のお母さんは叱らないのかい」
「名を名乗るのは自分からとお母さんに教えてもらわなかったのかい? そもそも私には母と呼べるものは無いし、夜行性なのだよ。さあ君は名乗るんだ」
「……僕は人間だよ」
「見るからにそうだね。私は妖精だ。知らないモノに名前を語らないのは賢明だよ、人間くん」
自称妖精は月明かりにキラキラと光る羽を震わせた。
「だから私も名乗らないことにしようか。君を知るまではね」
名乗らない妖精は静かにキラキラの薄い羽をはばたかせ、僕の手をとった。
「人間くん、夜空を散歩しようか」
名乗らない夜行性の妖精に手を引かれ、僕は曇った空を飛んでいる。
月も星もない無感情な空でも、道に困ることはなかった。空にない無数の光が、地上に散らばっていたから。
まるで天と地が入れ替わったかのように、人の光は僕らを導いている。
「いいかい人間くんよ。君は今、人間代表として私の手を握っているんだ」
「そんな言い方をすると少し胸がときめいてしまうよ」
「そう、それでいいんだ。人間はときめきを忘れている。君と同じ種族の連中は自分たちが宇宙を創りだしたかのように光を放っているが、それは違うね。こんな曇り空でも君たちの光が消えれば空を飛べるくらいは明るいのだよ。しかも君は思っただろう? この地上の光が私たちの道しるべになっていると。大間違いだね。この盛大な明かりのせいで君たちは進むべき道を間違えたのだよ。夜空にときめくことを忘れたせいでね」
妖精は愚痴りだした。それから延々と、小さな妖精は自分たちがまだ人間と共存していた頃の話や、人間と恋に落ちた話なんかを空が白むまでしゃべり続けた。
僕はひたすらに眠かった。
そして僕らは、元の僕の部屋に帰ってきた。
「いいかい人間くん。君は今日のことを忘れてはいけないよ。これは警告なのだから」
警告にきたらしい妖精は、薄い朝日を浴びた羽をふり、僕の前から去って行った。
「なんのこっちゃ」
結局、僕は名乗らなかったし、妖精もまた名乗らなかった。その程度の関係である人間と妖精が、また再び共存など出来る日がくるのだろうか。今どきの若いものを叱るようにメッセージを残して行った、少女の見た目に反するおやじ臭いあの妖精の意図を感じながらも、僕はベッドに転がり眠りにつくのであった。
だらーっとしながら書きました。だらーっと読んで頂ければ幸いです。