【1-1】 ここからはじまる
第一章 「はじまりの日々」
くるっ。と空が転んだ。今までの心に残っている思い出が、体の周りでくるくると回っていき、静かに消えていく。体感では随分長く感じたが、実際の時間はわずか数秒、といったところだろう。
どん!
と体に大きな衝撃がきて、僕は気を失った。
どのくらい時間が経ったかわからない。が、僕は目が覚めた。
ゆっくりと上半身を起こして、周囲を見回す。大きすぎもせず小さすぎもせず、という感じの部屋だった。
質素な装飾ではあるが、だからこそか上品な印象を受けた。
ゆっくりと床から立ち上がっていると、丁度部屋のドアから入ってきた青年が僕に歩み寄ってきた。
ゆっくりとした足取りで。そして僕に、ゆっくりとこういったのだ。
「 あなたは、この世界に転移されたのです。」
僕は頭が真っ白になり、考えることができなくなっていた。
「えぇぇぇぇぇぇぇ-ッ!」
一拍置いて、僕は思わず叫んだのだった。
「 あなたは我が国の召喚術により、異世界からこの世界へ転移されたのです。理解しにくいことは、お察しします。しかし、これは、事実なのです。この世界についてご説明させて頂きますが、その前にこれから過ごす部屋にご案内しましょう。」
柔らかい笑顔を向けながら、その男は僕を導いて部屋の外へと案内を始めた。
長い廊下を幾度も折れ曲がりつつ、その部屋にたどり着いた。
その男は案内の最中に世間話をしたが、僕の心がここにあらずで生返事をしているのに気づき、話をするのをやめた。
「 ここがあなたの部屋です。」
「 はぁ・・・・」
困惑顔の僕の様子を見て、その男ははっとした表情で慌てて言った。
「 申し訳ありませんでした。私の名前は、オルス・ヴァラ-ル。オルスと呼んでください。
あなたのお名前は?」
「 僕の名前は、藤堂信之・・・・です。」
「 と-ど-・・のぶ?」
「 とうどう、のぶゆき、です。」
何度か繰り返し自分の名前を発音してみたが、オルスにはどうにも聞き取れずにいる。
オルスはどうやら日本語の発音に、不慣れであるらしい。
僕の名前が、はっきりと聞き取れない様子。あれ?変だぞ。
僕はさっきから相手の言うことが、どうして分かるんだろう。
そしてオルスも名前こそ聞き取れなくても会話が成り立っているのは、なぜなんだろう。
「のぶ?」
オルスが心配そうな顔で、僕を見ている。
「あ、いや、なんでもありません。」
と僕は慌てて言葉を返す。そして通された部屋を、改めて眺めた。
大きな窓から差す日差し。部屋はとても明るい。そしてシングルより少し大きめのベット。ちょっと物を置くのに便利な小さなサイドテ-ブル。窓際に書斎机が一つ。壁にクロ-ゼットが一つ。日本で言うところの16畳くらいの大きさか。部屋の入口よりに客用の小さな椅子とテ-ブルが置いてある。家具は派手な装飾は一つもない。だが重厚感があり、安くなさそうな素材と造り。僕としては、十二分な部屋であった。
オルス・ヴァラ-ルは、20代半ばから後半くらいの歳に見える。黒髪にショ-トヘアで、瞳も髪と同じく黒。僕は親近感を覚えた。身長は175から180cmあたり、といったところか。
武人には見えない。
オルスは僕に椅子に座るように勧めると、僕の向かいに腰かけた。
そのタイミングでドアをノックする音が聞こえた。
オルスが応えると、お盆にティ-セットを載せた若い男が一礼をして部屋に入る。
洗礼された動作で紅茶に似た飲み物を入れ、部屋から出て行った。
「 どうぞ。あなたの世界に同じものがあるかは分かりませんが、私は美味しいと思いますよ。お好みで、砂糖とミルクを入れてお飲みください。」
そういうと自分で手本を示し、僕に飲むように促した。
僕は少しだけ口に含むと、紅茶に似たような味だった。
イギリスの紅茶に比べると丸みのある味で、香りも強くなく飲みやすい印象。
紅茶には、砂糖とミルクを入れたい僕は、早速自分好みで入れて味わった。
「美味しい・・・・」
思わず口にでた言葉を聞いて、オルスは嬉しそうに笑った。
「そうでしょう。美味しいでしょう。私は、この茶葉が一番好きなんですよ。」
暫し二人して、まったりと紅茶に似た飲み物を、味わうのだった。
「では、なぜあなたが召喚されたのか、お話していきましょうか。」
柔らかい笑顔で、オルスがゆっくりと話し始めた。
「 この世界は魔物に脅かされていて、そのせいで困窮している地域も多かったのです。
そこで勇者を召喚し、魔物の主人である魔王を倒してもらう目的で始まりました。
幸いなことに80年前に現れた勇者一行が魔王を倒し、殆どの地域、国に平和が訪れました。
80年の間、平和が訪れた国は各々の特色を生かして発展しましたが、現在では行き詰まっています。そこで異世界から召喚した人々の元の世界の技術や知識が独特で、この世界にはないものが多々あることから、さらなる発展を目指して召喚することとなったのです。
そこで行われた召喚術で呼び出されたのが、のぶ、あなたなのです。」
「・・・・・・・」
僕は、あっけにとられて、返す言葉が見つからなかった。
ようやく返した言葉が、
「もらい事故じゃないですか」
だった。
オルスはすまなそうな表情で、「誠に申し訳ない」と言うと、
「 これも、まぁ、運命だと思って、さっくり諦めて下さい。」
と、再び柔らかい笑顔で、僕に言うのであった。
そして僕は、オルスを底知れない奴だと感じるのだった。




