表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/14

領主の誓い

断頭台の会議を乗り越えた翌日、アルヴィンは自ら領内を巡回する。そこに渦巻くのは、昨日よりも静かだが、より切実な民の絶望。その叫びを前に、彼は領主として、一人の男として、自らの未来をも賭けた、過酷な約束を交わす。

翌朝、アルヴィンの姿は城下にあった。昨日の今日で、領主が一人で現れたことに、民衆は戸惑い、遠巻きに見ているだけだった。アルヴィンは、謝罪の言葉を探していたのではない。この目で、耳で、肌で、民の痛みを直接感じ、そして、昨夜練り上げた計画の幕を開けるために来たのだ。

彼の耳に、領民たちの悲痛な叫びが突き刺さった。


「領主様、もう今年の税は、払えませぬ…」


農民のトーマス・ミラーが、乾いた土に膝をついた。


「このままでは、娘を…人買いに売るしか…」


か細い声は、冬の枯れ木が軋むような音を立てて途切れた。母親の肩が小さく震え、堰を切ったように嗚咽が漏れる。それは、アルヴィンの胸を抉る、痛切な響きだった。


「物価は上がる一方だ! あんたが奴隷なんぞ買ったせいじゃないのか!」


その声に、アルヴィンは足を止め、集まってきた民衆に向き直った。彼は、深く、深く頭を下げた。昨日のような、戦略的な土下座ではない。心からの、謝罪の礼だった。


「すまなかった。私の力が及ばず、皆に苦しい思いをさせている。弁解の言葉もない」


そして、彼は顔を上げた。その瞳には、もはや甘い理想はなく、痛みを分かち合う覚悟の光が宿っていた。


「だが、聞いてほしい。私に、あと三ヶ月だけ、時間をくれないだろうか」


民衆がざわめく。


「三ヶ月だと? それで何が変わるってんだ!」


「全てを変える」アルヴィンは断言した。


「この三ヶ月で、私は必ず、農業などの生産業以外で我々が生きていける道筋をつける。そして、我々を貶める者たちに、一矢報いてみせる」


彼の言葉には、これまでにない覇気が込められていた。


「だが、それには皆の力が必要だ。今の我々は、あまりに無力で、無知すぎる。レオポルドのような男に、いいように言いくるめられるだけだ。これからは、皆にも知恵という武器を身につけてほしい」


アルヴィンは、驚くべき提案を口にした。


「城の書庫を、民に開放する! 読み書きのできない者には、城の者が教えよう。まずは、この世界がどんな仕組みで動いているのかを知ってほしい。なぜ物価が上がるのか、なぜ我々は貧しいのか。それを知ることが、戦うための第一歩だ!」


さらに、彼は続けた。その言葉は、この国の封建的な身分制度を根底から覆しかねない、大胆な宣言だった。


「そして、約束しよう。これからのギルデン領は、『農民の子は農民』という古い慣わしを捨てる。君たちの中に、商いの才がある者がいれば、商人として取り立てる。計算が得意な者がいれば、役人として登用する。手先が器用な者がいれば、職人として工房を与える。これからは、生まれではなく、その者の持つ才能によって、誰もが己の道を選べる領地にする!」


それは、あまりに壮大で、夢物語のような計画だった。だが、アルヴィンの瞳は真剣だった。


「もし、この三ヶ月で、その道筋を何一つ示せなかった時は…」


彼は、自らの首を指し示した。


「このアルヴィン・ギルデンの全てを、この領地の全てを、好きにするといい。私財を分け、この城を明け渡し、私自身が人買いに身を売ってでも、皆の暮らしを補償しよう。これは、ギルデン家の名に賭けた、領主としての誓いだ」


その場にいた誰もが、言葉を失った。領主が、自らの命と財産の全てを賭けて、民に約束をしたのだ。

アルヴィンの演説が終わると、待機していたハロルドやメアリーたちがすぐさま動き出した。彼らは城下の広場や市場を駆け回り、領主の宣言を大声で触れ回る。


「聞け! 領主アルヴィン様が、我々民のために城の書庫を解放されたぞ!」


「学問は貴族だけのものではない! 知恵を求める者は、今すぐ城へ集まれ!」


その声に、家々からさらに多くの人々が飛び出してきた。噂が噂を呼び、城へと向かう人の波は、やがて巨大なうねりとなって城門へと殺到する。城内は、かつてないほどの熱気と混沌に満ちていた。

そして、その人の渦の中。

粗末な農民の服をまとい、顔を布で隠した一人の青年が、他の足の悪い老人や子供たちに紛れ、誰の目にも留まることなく、ゆっくりと、しかし確実に城の正門を通り過ぎていく。青年――タウは、振り返ることなく、町の喧騒の奥、約束の場所へとその身を滑り込ませた。

すべては、昨夜、若き領主が描いた筋書き通りに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ