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領主エグバートの対立

ギルデン領主アルヴィン。彼は思ったよりも悲惨な領地の財政改革にいそしんでいた。

彼は領主でありながらほとんど権限がない状態であった。

ある日、彼は奴隷交渉の許可を得るため、隣のバーレーン領のエグバートに会談をしたいとの提案をした。エグバートはこれを了承し、ついにアルヴィンは接触することに成功。しかし、そこで彼は思いも寄らぬものを見てしまい、、、、

バーレーン領主エグバートの館は、彼の品性を映すかのように、悪趣味な装飾で飾り立てられていた。アルヴィンが通された謁見の間では、彼の「所有物」である奴隷たちが、生きた調度品のように並べられていた。

鞭の痕が生々しい背中。飢えで光を失った瞳。絶え間ない恐怖に小さく震える肩。エグバートは、まるで自慢の猟犬を披露するかのように、彼らの「欠点」を一つ一つあげつらっていく。


「こいつは計算を間違えおってな。今日は食事抜きだ」

「少し肉が辛いな。むち打ちの刑だ」

「声がちいせえな。黙れよ、出来損ない」


その言葉の一つ一つが、アルヴィンの心の琴線に逆撫でするように触れた。交渉のために来たはずだった。だが、目の前の光景は、彼の内に眠る正義という名の獣を揺り起こした。


「その者たち、全員私が引き取ろう」


静かだが、部屋の空気を震わせるほどの圧を込めた声だった。エグバートの目が、豚のような肉に埋もれながらも、侮蔑と貪欲さでギラリと光った。


「ほう。だが、牙なき領主殿に払えるのかね? 他人のものを欲しがるからには、それ相応の対価を支払っていただくのが筋というものだろう」


「何?」


「通常の奴隷売買とは訳が違う。他人の所有物を、こちらから請うて譲り受けるのだ。誓約書も別途必要になる。つまり、言い値で買うということだ」


エグバートは下卑た笑いを浮かべた。


「通常なら一人当たり50万ルーラだが……一人150万ルーラでどうだ?」


「150万だと!? それは相場の三倍ではないか!」


「相場だと? 泣き喚く子供をあやす値段で、大人の財産が買えると思うか。青二才が」


アルヴィンはエグバートの話を遮った。その声は、怒りで低く、鋭い。


「貴様の口から出る言葉に、真実の重みなどない。奴隷法第7条に基づき、貴様が彼らを買った記録を見せろ。いくら貴様でも、王国の法には逆らえまい。相場は最大でも2倍だ。」


アルヴィンの剣幕に、その場にいた衛兵たちが一瞬息を呑む。しかし、エグバートだけは、まるで面白い芝居でも見るかのように、ニタニタと笑みを崩さない。


「馬鹿め。それは同一領内での話だ。他領の者が買いたいと申し出た場合、言い値は三倍まで吊り上げられる。法で認められた権利だ。もう一度、法を読み返してから出直してくるがいい。これが証拠だ」


エグバートが机に叩きつけた書類には、確かに一人当たり50万ルーラで買い付けた記録が記されていた。同行したハロルドがその書類を検め、絶望的な色を浮かべて頷く。


「…アルヴィン様、書類に偽りはございません。奴隷法第7条の解釈も、彼の言う通りです」


アルヴィンの唇から血の味が滲んだ。苦悶に歪むその顔を、エグバートの脂ぎった満面の笑みが、まるで鏡のように映し出す。


「どうした、正義の味方殿。己の無知で赤っ恥をかいた気分は? かっこつけてみたはいいが、無様だな、青二才」


エグバートは勝ち誇り、畳みかける。


「詫びろ。その無知が私の時間を無駄にしたのだ。今ここで頭を下げて詫びるなら、奴隷交渉の続きを考えてやらんこともない。腕利きの奴隷商人も紹介してやろう」


奴隷を取引する権利と、アルヴィンの尊厳。狡猾なエグバートは、それを天秤にかけてきたのだ。


だが、「断る」

アルヴィンの声は、静かだったが、岩のような硬度を帯びていた。


「確かに、私の無知が露呈したのは恥だ。だが、貴様のような男に頭を下げる義理も、理由も、私にはない」


「なんだと…!」


エグバートの顔が怒りで赤黒く染まっていく。


「奴隷だからと、人を物のように扱い、その命を弄ぶ貴様のような輩を見ると、吐き気がする。彼らに敬意を払えとは言わん。だが、人としての最低限の尊厳すら踏みにじるその行為、恥を知れ」


「この若造がっ!」


エグバートは憤怒の形相でガラスのコップを掴み、アルヴィンめがけて投げつけた。コップはアルヴィンの足元で甲高い音を立てて砕け散る。衛兵たちになだめられ、エグバートは荒い息をつくが、アルヴィンは一歩も引かなかった。


「意に沿わぬ言葉を投げられただけで物を投げるとは。赤子か、貴様は。その程度の器で、よくも一領の主が務まるものだ。酔っ払いの癇癪は、宴の席だけで十分だろう」


アルヴィンの言葉は、刃のように鋭く、エグバートの矜持を切り裂いていく。しかしこうなってはエグバートだって黙っちゃいない。すぐに反撃の狼煙を上げた。


「奴隷は物だ!壊れたら捨てる!それが当たり前だ!俺以外の貴族もやっている!クヌスも、エドラドも、お前よりよほど上手くやっているわ!」


エグバートは、今度は嘲笑を浮かべて反撃に出た。


「そもそも、お前に奴隷が扱えるのか? 買ったこともない偽善者が。自分の足元を見たらどうだ? 貴様の無能な政治のせいで、領民は日々逃げ出しているではないか。奴隷を憂う前に、まずは己の無様を鑑みろ、出来損ないが!」


確信を突かれ、アルヴィンは一瞬言葉に詰まった。だが、彼の視線は、砕けたガラスの破片の向こうで、静かにこちらを見つめる奴隷たちを捉えていた。


(この者たちは、ただの奴隷ではない。私の構想する新しいギルデン領に必要な、最後の歯車だ)

元学者の男。足の不自由な少年。双子の姉妹。彼らの内に秘められた才能が、アルヴィンには見えていた。

(この者たちは俺にとっての未来だ。金を出す価値はある。少なくとも、貴様の見世物にされるよりは)


「金は払う。後日、全額を。それでいいな」


その決断は、ギルデン領のなけなしの備蓄金を底へと突き落とし、来年の種籾すら危うくする自殺行為に等しい。だが、アルヴィンには見えていた。この投資が、何百倍もの価値となって返ってくる未来が。


「まさか本当に払うとは。ギルデン家にそんな金があったのか」


エグバートは呆れと嘲りを混ぜた顔で言った。


「しかし、いいのかね。お前らのところには我らが生活必需品を売ってやっているのだぞ。この借りを返させてもらうとしようか。おまえの愛する農民たちは路頭に迷うだろうな」


「案ずるな。俺はこの者たちの価値を、貴様などより遥かによく知っている。いずれ分かるさ」


毅然と背を向け、立ち去るアルヴィン。その背中に、エグバートは最後の毒を吐き捨てた。


「王都の連中も笑っていたぞ。『ギルデン家は奴隷以下の成り下がり』だとな。せいぜい、そのガラクタどもと泥水を啜るがいい!」

アルヴィンは振り返らない。

(笑わせておけ。真の革命は、武力からではない。知識と、信用から始まるのだ)


アルヴィンが立ち去った数時間後。謁見の間の興奮も冷めやらぬ頃、バーレン領主の館に、まるで闇から染み出すように一人の男が現れた。


「エグバート様、なかなか見応えのある対談でございましたな」


レオポルド・マルベリー執行官――王都から派遣された監査官。表向きは各領地の税収を管理する厳格な役人だが、その実、王都の有力貴族たちの意向を地方に届ける蛇のような男。痩身で鋭い目つき、その唇には常に計算高い笑みが浮かんでいる。

「おお、レオポルド。見ていたのか」エグバートは、先ほどの興奮で火照った顔のまま、椅子にどっかりと腰を下ろした。「あのギルデンの小僧、正義感に駆られ追って。1500万ルーラも出す価値は問うていないが、あの青い顔で頷きおって。やはり、理想ばかりを語る馬鹿は扱いやすい」

「はい、一部始終、拝見させていただきました」レオポルドは、まるで上質なワインをテイスティングするかのように、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「しかし、これは望外の好機。我々にとって、実に都合の良い風が吹いてまいりました」


「好機、だと?」エグバートは眉をひそめる。


「ええ」レオポルドは指を組み、その蛇のような瞳を細めた。


「アルヴィンが大金を支払ったということは、ギルデン領のなけなしの金庫に、大きな風穴が開いたということです。財政の血管を断ち切られたも同然。ならば、次の一手は明白。彼らの喉元に突きつける刃を、さらに研ぎ澄ますのです」


レオポルドの声は、ひそやかだが、確かな毒を含んでいた。


「塩、鉄、そして穀物…ギルデン領が生きるために必須の物資。これらの供給ルートを、我々でさらに締め上げるのです。価格を意図的に吊り上げる。簡単なことでしょう?」


「それはやろうとしている。だが、他の領主への手前もある。どうやる?」


「案ずるには及びません」レオポルドは、まるで子供に言い聞かせるように、ゆっくりと首を振った。


「ギルデン領と取引のある商人たちに、『王都の意向』という名の見えざる圧力をかけるのです。『取引を続けるならば、価格を通常の二倍に設定せよ』と。これは命令ではありません、あくまで『助言』です」


レオポルドは、細い指を一本ずつ折りながら、その計画の残忍な細部を語り始めた。


「塩は一袋20ルーラを40ルーラに。鉄製品は50ルーラを100ルーラに。来年のための種籾は30ルーラを60ルーラに。これだけで、ギルデン領の年間支出は息をするだけで倍増します。もちろん、この価格上昇は『ギルデン領限定』。他の領主様方には、これまで通りの慈悲深い価格で取引を続けさせる。商人たちにはこう囁くのです――『ギルデン領主は王都に逆らった不届き者。その代償を、民に払わせるのだ』と」


「くくく…面白い!あの偽善者が、己の民から恨まれ、苦しみ悶える顔が目に浮かぶようだ!」


エグバートは、腹を抱えて下卑た笑い声を上げた。


「さらに」レオポルドの声が、一段と低くなった。その響きは、墓守が土を掘る音のように不吉だった。


「奴隷を解放したことで、アルヴィンは人道的な領主として民衆の支持を得るやもしれません。これは、王都にとって決して好ましいことではない」


「確かに…奴隷ごときに情けをかけるなど、貴族の風上にもおけん」


「そこで、この『解放された奴隷』に関する、甘い毒のような噂を流すのです。『あの奴隷たちは、実は王都から送り込まれたスパイだった』とか、『ギルデン領で反乱を企て、アルヴィンを殺害しようとしている』とか」


レオポルドの唇が、三日月のように歪んだ。


「民衆は、疑心暗鬼という名の病に侵されます。アルヴィンの善行も、やがては疑念の目で見られるようになり、彼の足元から崩れていくでしょう」


「完璧だ…! レオポルド、お主は悪魔の知恵を持っているな!」


エグバートは満足そうに頷いた。


「あの生意気な小僧を、骨の髄まで徹底的にしゃぶり尽くしてやる」


「ただし」レオポルドは釘を刺した。


「表向きは、あくまで市場の自然な価格変動。我々の手が汚れることは一切ございません。全ては、無能な領主が招いた悲劇として、歴史に記録されるのです」


「分かっている。で、いつから始める?」


「明日からです。既に商人たちには、私の『助言』が届いている頃でしょう」レオポルドは音もなく立ち上がった。「アルヴィンが、買い取ったガラクタどもを連れて領地に帰り着く頃には、全ての準備が整っております」


エグバートは窓の外を見つめた。遠くに、アルヴィン一行の小さな影が見える。


「奴隷を助けた英雄気取りでいるが、その代償は高くつくぞ、アルヴィン」


レオポルドは最後に、冷酷な真実を付け加えた。


「彼は我々にとっても、そして王国にとっても、邪魔な存在でしかありません。彼が、自らの正義に押し潰されて二度と這い上がれなくなるまで、この圧力を緩めてはなりません」


「ああ、もちろんだとも。あの憎き小僧を、地獄の釜の底に叩き落としてくれるわ」

二人の邪悪な笑い声が、蝋燭の炎を揺らしながら、領主の館の冷たい闇に長く、長く響き渡った。

奴隷法第7条:国から許可された奴隷商人以外が売買を行う場合、売り手が買い手に呼びかけて、売る場合金額は最大で1.5倍までしか上げる事は出来ない。これを守らないと取引した双方に罰則が下るのだ。しかし買い手が欲しいというのなら売り手は金額は最大2倍まで上げられるのだ。ただこれは同じ領土内での話である。

他領の話だと売り手が買い手に呼びかけて、売る場合は1.5倍のままであるが、買い手がほしい場合は3倍につり上げることが出来るのだ。

この金で得た利益分の30%は国に税金として納める必要がある。他領に買い手がほしいと明言し、売った場合は利益分の50%を国に税金として納める。これらもまた書類として提出する必要がある。


奴隷法第9条:奴隷を他領から買う場合はその領主の許可が必要であり、奴隷商人以外のすでに属している奴隷を買う場合にはその奴隷の主人の階級によって売り手の金額の倍率は上がり、領主から買う場合には3倍固定になる。

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