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イミグラントソング  作者: 空一
イミグラントソング
8/23

8. バーサス

挿絵(By みてみん)


黒いロングブーツがカツカツと音を立てて歩を進めている。長い髪を揺らしながらイサキがオフィスの廊下を一直線に歩き、一番奥の扉をバクンと勢い良く開けた。

「どういうことですか署長」

制服を着た年配の警察官が三人、応接スペースで打ち合わせをしているところだった。

「イサキくん、何をそんなにカッカしているんだ」

奥のソファーに座っている署長の田端が静かに答える。

「旧四友の件ですよ。なぜ取り締りを出したんですか」

「なんだ、そのことか。まああんまり気にしなさんな」

手前に腰を下ろす一人の幹部警官が言う。

無責任な発言に顔色も変えずイサキは発言した幹部の前に立った。

「二階で例の最終調整中だったんです。せっかくの潜入が水の泡じゃないですか」

「まあまあ会議なんてものは、何度もやるもんだ。慌てなさんな」

田端が笑いながら言った

「そうそう。最近移民系の動きが活発でしょ。近隣の住民から不安の声がたくさん挙がっているんだよ。無視はできない」

お茶を一口啜った手前の男が言う。

「何のための潜入捜査ですか。私は、あそこでは、疑われかねない存在なんです。邪魔しないでください」

「なんだその口の利き方は」

「まあまあ……、で、その最終調整の内容はなんだね」

田端が場を和ませようとにこやかに言った。

「このボケじじいが」

歯を食いしばって後ろを向きイサキはツカツカと署長室を出た。


「何であんなの入れたんですか、署長」

「市長選が近かったからに決まってるじゃないか。知ってるだろ選挙権。全くくだらんよ、移民系の票なんて」

お茶をくいと飲んだ署長が答える。

「そうじゃあなくてワタシが言っているのは人選ですよ。人選」

「ははは。まあ、役に立っているからいいじゃないか」

田端の軽口に、「そうですね」と二人は口を揃えた。


警察署のエントランスから厚い防弾ガラスの扉を開けイサキが通りに出てきた。大きな通りを挟んだ向かい側の路肩に停められた黒いワゴン車の中に、イサキの姿を窺う浩の姿があった。ブラックフライの白ぶちメガネを掛けた浩はサラリーマンを気取っている。ネクタイを締め直し車外へ出ると、ダークグレイのコートを後部座席から取り出し「もったいないよな」と羽織りながら呟いた。

イサキは眉間にシワを寄せたまま真っ直ぐに通りを歩いている。やがてショッピングストリートに入ると若い女性たちがショッピングを楽しんでいる姿が増えて、イサキの不機嫌な顔は明らかに浮いていた。

「これ可愛いー」

「ちょっとイコイコ」

女性たちは楽しそうに店内に入っていく。イサキは女性たちが褒めたそのディスプレイを思わず見てしまう。そこには豪華なホワイトパールで装飾されたウェディングドレスが静かに誰かを待っている。そのままドレスを見入ってしまうイサキだったが、店頭ディスプレイのガラスに写る自分の姿を発見するとゾクリとした。

「もう三〇か。歳とったなあ私」

まるで心を読み取ったかのような声にイサキは驚く。

「それはどういう意味かしら」

「そのまんまの意味だけど」

イサキの背後で浩が無表情に答える。

「あんた、死にたいの」

「ちょっと待て、一般人がうようよいるぜ。治安がよろしくないんじゃないかい」

「で、秘密情報部員が何の御用」

「秘密情報部員? 俺が?」

官邸に潜り込み首相のスケジュールを綿密に調査したデータをイサキは新堂に渡した。実際には暗殺グループを一網打尽にするために警察側が極秘にデータを作り上げ暗殺のしやすいポイントをいくつか用意したに過ぎないのだが、イサキを消そうとした事実が浮き彫りになった。仕掛けた者はイサキが潜入捜査官だと知らない人物、つまり新堂以外に考えられない。しかしイサキを狙うこの男は、新堂との関係を隠している。要するにこの男は政府側の情報部員だとイサキに思わせたかったのだろう。あえて、それに乗ったのだ。

「でも、あなた、政府側の人間じゃなさそうね」

「俺は俺さ。好きなことをやってる」

「人殺しが?」

「おれの専門は殺しじゃないよ」

イサキは黙って浩の様子を窺った。浩はにやける。

「ほれ」

浩はショーウインドウに映るイサキに警察手帳を誇らしげに掲げている。イサキは目を疑った。

「あなた本当に刑事だったの?」

「キミも刑事だとは俺も思わなかったけどね」

「官邸の事務員が格闘なんてできると思う?」

「移民系出身ってのもウソか」

「移民系は本当よ。ヨルダンが私の故郷。七歳くらいかなあこっちに来たの」

「ほう、ヨルダン経由か。色々ありそうだな」

「ほんとうに死にたいようね」

「いやー、ちにたくなーい」

「私が警察に入ったのは、本当に住みやすい街にするためだけ」

浩の笑いが加速する。

「一人で? 移民系は結束力が自慢じゃないのか。おまえの今の行動は孤立無援。同胞にはすべて裏切り行為になるんじゃないか。統治する側にいる限りは」

「首相を殺せばこの国が変わると思っているの。馬鹿みたい。それに移民系の結束力なんて昔の話よ」

「なるほどねえ。ま、俺には関係なさそうだ」

「そういえば、闇市を仕切っている守銭奴の刑事がいるとかいないとか。あなた、そんなお金を集めて何をするつもりなの。目的はお金?」

イサキはショーウインドウに写る自分の背後から銃を突きつける男に言う。

「さすが鋭いね。でも気が変わりそうだよ。キミか、金か……」

「おえっ、キモ」

イサキは素早く振り向き浩の肺に銃を突き返した。

「新堂ね」

浩は何も言わずただイサキを見る。

「いつから。いやそんなことよりもあなた、逮捕しなくちゃ」

浩はイサキの銃をたやすく奪った。イサキは目に見えて力が抜けていく。

「麻酔針……」

「もっと上だよ」

浩は笑顔で答えた。薄れていく意識の最中、イサキにはその意味が分からなかった。


「マイコンだって?」

三次は抱えていたダンボールを砂場に降ろしながら誠治の問いに怪訝な顔をした。

橋げたの移民系コミューンでは子どもたちがサッカーをして遊んでいる。誠治はもう一度三次に尋ねた。

「最近見てねえぞ。そう言えば修理屋も開きっぱなしだ」

たしかに修理屋の前には壊れた洗濯機がマイコンの帰りを待っている。

「シゲは?」

「中央区の方だろ。こっちとは違うから分からんな。行ってみたらどうだ」

このあたりのコミューンは、ひとつではない。人口で言えば中央区の方が圧倒的に多く、都市部にあるためか積極的にデモに参加している。デモは違法ではないので、今のところ治安は維持されているが、一触即発であることは間違いないだろう。三次のような自治体から委嘱された団体でも、時々は行政界を越えて足を運ぶようだが、都心部の内情までは分からないらしい。ここからは電車でニ〇分あれば着く場所ではあるが同じ移民系コミューンでも互いのことは干渉せず距離を置いているようだ。誠治たちが戦った移民系たちはほぼ間違いなく中央区の連中だろう。

「じゃあな」

距離を置いているのは誠治も同じだった。誠治はそう言って踵を返した。

「隣太郎が家に戻ってくることになったぞ」

三次が唐突に言う。

「えっ?」

誠治の足が止まる。何言ってんだ。いや待て、勝手に決めてんじゃねえ。

「いつ?」

間抜けな問いで返す。

「明日だ。当分は俺の手伝いをやらせようと思ってな」

勝手すぎるだろ。テメエの都合で施設に押し込めといて明日だと? 俺がどんだけ必死こいてやってきたと思ってんだ。クソ、クソ、クソ。でもやっと出られるんだ。兄貴もきっと喜ぶはずだ。複雑な感情が言葉を詰まらせる。今はやることがある。誠治は大きく両手を広げると、そのまま土手に向かった。

背丈ほどある雑草を掻き分け土手の手前まで移動すると、二メートルほどの砂利道があるのだが、誠治がそこにたどり着くと白い軽トラックが急に飛び出してきた。マイコンだ。

「誠治くん乗って」

てめ! 誠治はとりあえず言葉を飲み込み指示に従った。軽トラックはUターンをして、勢いよく来た道を引き返した。

「どういうことだよ」

必死に軽トラックを飛ばすマイコンに誠治は絡んだ。

「イサキが捕まった」

「あ?」

「この間の銃の女」

「あ、お前あの女とセクースしやがったな」

「違うよ」

「うるせえ、じゃあ何だよ移民系!」

複雑な感情は怒りにまとまった。こんなことを言いたいわけじゃなかった。マイコンは軽トラックの運転をしながら左拳を思い切り誠治に殴りつけたが、威力はなくペチッと誠治の頬に当たった。軽トラックはバランスを失うがすぐに立て直す。マイコンは何か言いたげに、眉間に深くシワをよせ目に涙を浮かべながら唇を噛む。誠治は苦しそうなマイコンを見て自分の怒りを何とか静めようと腕組みをしたまま目を閉じた。

「カトウのことは知ってたのか」

しばらくして誠治が口を開いた。

「……知ってた」

マイコンはゆっくり答えた。

「兄貴のことは?」

「それは知らない」

「おめえもグルか?」

「違う」

「じゃあ何で知らせなかったんだ」

「イサキを助けたいんだ」

「なら質問に答えろ」

マイコンは軽トラックを路上の真ん中に停めた。

「イサキを助けたいんだ。助けてよ」

どうしようもない怒りが誠治を包んでいた。だが、今のマイコンは俺に頼るしかないのだ。優秀とはいえない記憶力をぐるぐると辿りながらマイコンの焦りを誠治は受けとった。

「カトウの仇はとる」

「わかってる」

「早く出せ」

ため息交じりに誠治は言葉を放った。ガコガコとギアをドライブに入れ軽トラックは急発進した。


「やはり、このデータはフェイクか」

新堂は埃だらけになっている大理石の床を黒いモンクシューズで行ったり来たりを繰り返す。その度に埃は宙に舞いどこかへ消えていった。

「そうだろう、イサキくん」

モンクシューズの動きがとまり、白いイオニア式の柱に太い縄で縛られたイサキを新堂は睨みつける。その横で浩がタバコをふかしながらクリーム色の五人掛けソファーにゆったりと座っている。この部屋の内装を見る限り、大箱のキャバクラ跡地のようだ。新堂とイサキを中心に十人ほどの取り巻きが立っている。シゲが黒いムチを持ってきて新堂に渡す。新堂はニコリともせず、眉間にシワをよせたままムチを受け取り地面を打った。バシンッと大きな音をフロア中に響かせると、埃が視界を遮った。

「かあーっこいい」

浩が手を叩いて喜ぶ。

シゲは埃を避けるように顔をそむけた。新堂はイサキの面前まで近づいた。

「データは偽物か」

「ずいぶん勘違いをしてるようだけど……」

「何」

「私は移民系よ。裏切るわけがないでしょう。この件は誰にも漏らしていないわ。もし私が潜入捜査官だとしても、ガサなんか入れさせるわけがないでしょう」

新堂は思い切りムチを振る。


 Vachi


予想以上に重い一撃がイサキを襲った。ムチが胸のあたりに命中しイサキは声が出せないどころかうまく呼吸もできないでいる。

「おまえのことは知っている。この界隈では有名な話だ。汚らわしい政治の道具になった移民系の阿呆の話だ。まさかお前だったとは思いもよらんかったがな。この裏切り者が」

「あなたのやろうとしていることの方がよっぽど裏切りでしょう」

新堂はさらにムチを振るう。ムチはイサキの肩を打った。イサキは大きく前のめりになるが身体を縛る縄がそうさせない。シゲは笑っている。浩は黙ってソファーに座っている。

「首相暗殺で移民系はますます蚊帳の外。やがて迫害の対象になる。あなたは強いかもしれない。でも力のない人がほとんどなのよ」

新堂は黙って三度目のムチを振るう。バチッと蛇のように襲いかかるムチの速度は異常で容赦なくイサキの顔面を弾き、気絶させるのに十分な威力だった。

「わしに力などないさ」

新堂が呟いた。

浩は「あーあ」とソファーにもたれながら残念そうに声を上げる。

「どうします、この女」

シゲが新堂に近づく。

新堂は「黙れ」と怒鳴った。

「こんな女はどうでもいい。問題は計画の方だ。暗殺ポイントはすべて解除だ。スケジュールはやはり信用できん。だが、早急に実行しなければならん」


軽トラックが風俗街に停まると、誠治とマイコンが勢いよく降りた。

「どこだ?」

誠治の問いにマイコンは城のような大きな建物を指さす。さっさと終わらせるぞ。誠治は建物を見上げ正面エントランスに向かう。

「待って」

マイコンは正面から突入しようとする誠治を止め、地下に向かう階段を指差す。

「ああ、そうだな」

マイコンが誠治の後に続いた。石段を降りるとごみ置き場の横に鉄扉があった。

誠治はゴミ置き場に捨てられていた一本の角材を手にした。

「お、これいいじゃん」

角材をマイコンに渡し、誠治は鉄扉のドアノブに手を掛ける。ドアノブが廻るのを確認しマイコンと目を合わせる。


 Kiiiiiiii


重い扉が鳴く。地下であるために中は暗く前が見えない。誠治は携帯の明かりを灯す。

「誠治くん」

「なんだ?」


 Vari Vari


「ごめん」

誠治が鈍い音を立てて倒れる。マイコンがスタンガンを当てたのだ。

マイコンは手錠を出し誠治の手に掛けた。誠治は意識はあるが話すことができない。やがて灯りがつくと、無機質な廊下が姿を現した。

「チチェン、よくやったぞ。そいつが誠治か。大きくなったもんだ」

浩の声が響く。

マイコンの名前はチチェンと言う。マイコンと呼ぶのは、誠治くらいだ。

「知ってるんですか、誠治くんを」

「まーな。と言っても記憶の彼方だ」

笑顔で答える浩にマイコンは決意する。

「あなたの計画を見ました。ぼくの本心はただ政府に緊張感を持ってもらいたいだけなんです。あなたは……」

小声で興奮するマイコンの言葉を浩は遮った。

「優秀なヤツは早死にするぞ。いいからイサキと同じとこにぶっ込んどけ」

浩が苛立ちながら奥に戻り扉を開けると、そこには手足を縛られたイサキがいた。汗で貼りついた髪が疲労を訴えている。

「おおー、いいねえ。やらしくて」

浩はマイコンに顎で誠治を中に入れろと指示をする。

「一人じゃ無理ですよ」

「しょーがねーなあ」

浩は、だるそうな動作でマイコンを手伝った。


気がつくと誠治は、教室ほどの広さに手錠を掛けられ拘束されていた。腕と足はロープで縛られ傍らで脱力したイサキに繋がっている。イサキの重心を支えるため思うように動くことができない。クソ。

周りには浩、シゲ、マイコン、新堂と他に移民系十数名が立っていた。

「キミが三次くんの息子か」

新堂が口を開いた。

「噂は聞いとるよ。何でも我々の計画に支障をきたす人物だと、この重明とチチェンくんが言うもんでね。とはいえ個人的には感謝しとるんだよ。昨日の騒ぎのおかげでね。私は今頃塀の中だったかもしれんからな」

「テメエが新堂か。何でオヤジを知ってんだよ」

埃が舞っているせいかちゃんと目を開けられない。口の中に砂が混じり粉っぽい。

「ほほ、うれしいねえ。私の名前を知っているのか。君にもぜひ協力してもらいたいもんだがねえ、たったの三人で我々に喧嘩を売ってくる度胸は素晴らしい。この重明相手にやるらしいじゃないか」

何言ってんだコイツ。

「何言ってるんですか。早くやっちゃってくださいよ」

新堂が誠治に興味を示すのに嫉妬したシゲが口を挟んだ。

「質問に答えろ」

誠治が怒鳴る。だが、新堂は笑顔を見せる。

「まあ慌てなさんな。明日首相を暗殺する。世の中がひっくり返る。国民のための本当の政府が生まれる記念日になる。そして我々は語られぬヒーローになるのだよ」

「そんなことで差別はなくならない」

イサキが叫ぶ。

「みな命は惜しいだろう。我々に不利益な改革はやらなくなるさ。君は今のままで満足か」

「あなたの言う『我々』は、あなただけよ!」

「ははははは! 面白い! どちらが正義か歴史が証明するさ」

「おい、じいさん、どっちでもいいから早く首相でも何でも殺して解放してくんねーかな」 

誠治が割って入る。

「最近の小僧は実に残念なやつらばかりだよ。やはりお前に任せるわけにはいかんな、未来ってものを」

新堂がシゲに顎で合図をおくった。

シゲがすかさず誠治の顔面に蹴りを食らわした。シゲのつま先が誠治の鼻を捉える。誠治の体は後ろ向きに傾きロープにつられイサキも体勢を崩す。

「きもちイイ!」

シゲはニヤニヤしながら言う。このヤロウ。

誠治の鮮血に新堂は顔色ひとつ変えずに口を開く。

「君のオヤジさんは実に優秀だった。しかし今となっては日本人ボランティアのリーダーだかなんだか知らんが、あれはただの偽善者という奴さ。全く哀れな男だよ。おれは違うぞ。結果を出す。国を変える」

優秀? 偽善者? 国を変えるだって? 誠治は倒れたまま整理できない情報の中でもがいている。新堂はそんな誠治を見下ろし笑みをこぼす。

「七年ほど前だった。私が三次くんとワークステーションを開設して皆に仕事の機会をつくったのは。ずっと建築業界に奉仕してきたが、五年前そこに大きな出会いがあった。白波議員との出会いだ」

「白波ってあれか……、一番偉いやつか」

新堂はゆっくりと肯いた。

「今の総理大臣だ。当時彼らは軍事強化を強く望んでいた。ワークステーション登録者数の三割を兵隊として利用したがった。もちろん私も三次くんも反対だったが、状況は一変した。徴兵制度の導入と見返りの社会保障、そして選挙権の付与だ。おかげで今では前線で働く移民系は圧倒的に多い。白波は言ったよ、ワークステーションの登録者にも社会保障制度を適用して、国家公務員登用の道も拓くとね。その上に選挙権だ。三次くんとは衝突したよ。なんせ売上の三割も求めてきたからね。献金か派兵か。我々の選択は苦しかった。だが結局白波は多額の納税義務と徴兵の義務を押し付けて、社会保障制度は一切変わらなかった。かろうじてノンキャリアの公務員の登用と地方選挙の投票権のみが実現した。彼らにはワークステーションが邪魔だったのだろう。段階的に我々を潰し徴兵制度を刷り込んだ。もう移民系の人間は派兵に飛びつくしかないのだと喜んでね。いいか誠治くん。我々はこのまま政府の言いなりにはなれない理由があるのだ。だから白波には思い知らせる必要があるのだよ。分かるかね」

「なるほどな。マイコンが協力するわけだ」

誠治はため息まじりに言った。

マイコンは黙って他の移民系と同じように誠司たちを囲んでいる。新堂は笑った。

「三次くんは暗殺の話を断った。役所と癒着してボランティア団体を発足したようだが、腰抜けの発想だよ。だがお前は違う」

「そうだな、イサキを放せば手伝ってもいいぜ」

誠治の唐突な答えにイサキがピクリと反応する。

「最近は警察の執拗な取締りが増えた。イサキのような移民系の刑事まで現れる始末だ。どうせスパイとして使い捨てられるだけだろうが」

新堂は顔を歪ませながら歯切れよく言った。

誠治はイサキを見る。

「おま、刑事?」

イサキは新堂を真っ直ぐ見る。

「被害妄想の亡者ね」

「ははは。ナイス突っ込み」

浩が大袈裟に笑う。

乾いた音が響いた。新堂が浩の足元に発砲したのだ。

「ウワッ」

足元の弾痕を確認すると浩はその場に尻もちをついた。そのコミカルな動きにシゲがすかさず反応する。

「わはは。ダセーなおっさん」

「うるせー小僧」

「まったく、たいしたチームワークだな」

堅く閉じた手錠を確認しながら誠治は呟く。

「新堂、まだ間に合うわ。私たちの正規雇用はまだまだ増える。今大事なのは日本人との信頼関係なの。あなたにはそれが分からないのよ」

「そんな消極的な発想ではこの国は変わらんさ」

抑揚のない冷たい声で新堂は言う。

「そんなことない」

「この話は堂々巡りだよ、イサキくん」

新堂は、誠治に目を合わせる。

「そうだ誠治くん、手伝ってみないか」

手伝う? こいつらの話は意味がわかんねえ。もしかしたら正しいことを言っているのかもしれない。事実、オヤジの安い正義感は良く知っているし、まとわりついて離れない、変わりそうもない苦しさも俺たちにはある。うまく説明できないが、確固たる感覚だけはある。難しいことはよくわかんねえけどとりあえず、俺の目的はそこじゃない。

「ワリいな。お前はすでに敵だ」

新堂は「行くぞ」と感情の欠落した声で言うと地下室を後にした。

シゲは待っていましたとばかりに誠治を蹴飛ばした。狂ったように何度も何度も蹴飛ばした。地下室には誠治のうめき声と鈍い音だけが響いた。

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