イサキ1 エピソード8
署に着くと、早速私は署長に呼び出された。扉はいつも開いている。中に入ると扉を閉めるよう言われた。
「よ」
振り返ると新井さんも一緒だった。
「率直に言うとだな。お前をスカウトにきた」
「公安にですか」
「ちょいちょいちょい、新井くん私が話すからさ」
「あ、署長すみません。せっかちなもんで」
「全く」
意味が分からない。
「まあイサキくん、座って座って」
「はい。失礼します」
機嫌が良い。
「あの、私が追っている捜査のことですが」
「聞いているよ。イサキくん。君は才能があるね」
「え」
「いやあ、上から何というか圧力、みたいな感じでね。人事がうるさいんだよね。でもね、大丈夫。この新井くんがね、見事な腕なんだよ、交通整理がさ」
「どういう意味ですか」
「お前が応酬したノートだがな、解析結果が出たぞ」
「え。無限のパスワードじゃ」
「そんなもんハードディスクごと引っ張ればいいんだよ」
「そう、なんだ。え、で、どうだったんですか」
「イサキくん、それはもう他に任せよう。ね。今日から捜査本部が立つからさ」
「わかっています。で、どうだったの」
「飛びつくねーイサキちゃんは」
「ちゃんって」
「お前の読み通り、立花博の研究成果が入っていたんだよ。あれはもう完全に立花のノートだよ」
「でも大学のパソコンだって堀が言っていたわ」
「それは嘘だ」
「わかるんですか」
「当たり前だろ。いいかパソコンってのはシリアル番号ってのがあるんだよ。それ調べりゃ、どこで誰が購入したかなんてものは簡単にわかる」
「じゃあ犯人は」
新井さんは人差し指を私に向けて話を続ける。
「あと3Dプリンターも出どころが大学だってことがわかった。でだ。大学の3Dプリンターを調べたらだ。その中の一つが堀の私物だったのさ」
「じゃあ犯人は、堀教授」
「違う」
「え」
「あいつは単なるパソコン泥棒だ」
「え。え」
「おそらく立花が死んでいるのを発見したが、堀は通報せず、ノートパソコンを持って立ち去ったんだろう」
「待ってください。あいつは車で突進して奈良を殺そうとしたんですよ」
「そうかもしれんが違う」
「違わないわ。やっぱり誰かが手を回しているのね」
「まあまあ落ち着いて、イサキくん」
「あいつは先輩を、鴨島先輩の仇です」
「話を聞けイサキ!」
Pan
両手を思いっきり叩く音が響いた。
「教授の狙いは立花の研究だ。立花は介護ベッドや施設内の自動ドアやらのAI導入の研究をしていたんだ。おそらく教授は自分より優秀でコントロールできない立花を追放した。だが教授ができなかったことを立花はやり遂げてしまった。教授は焦っていたんだろう。立花と教授が口論していた目撃情報も取れた。お前の捜査のおかげだ。お前の初動捜査は間違っていなかったんだよ」
教授は犯人じゃない。じゃあ誰が立花を。
「イサキくん。落ち着いて」
「元木事件はまだ解決してないわ」
「わかっている。そのための捜査本部だ」
「元木事件の捜査本部ですか」
「ああ、お前が俺たちを動かしたんだろ」
「我々は鴨島くんの仇は取る」
「お願いです。この事件が終わるまで、私の異動は待ってください。私も捜査に協力させてください」
「だめだ」
「どうしてですか。教授のせいですか」
「教授だと。かはは」
「教授が上に手を回しているんじゃないんですか」
「そんな奴に圧力かけられるほど俺たちはヤワじゃないぞ」
「じゃあ、どうしてですか」
「お前は公安に行け。イサキ」
「それは先ほど聞きました」
「イサキくん。君は思った以上に優秀だった。公安なら君はもっと輝く。日本のために公安に行ってくれないかな」
「優秀? そう言えば喜ぶとでも思っているんですか」
「元木に撃たれた瞬間の違和感に気づいた着眼力、奈良を助けた瞬発力。瞬時の機転。まだまだ粗削りだがお前には備わったものがある。十分優秀だ」
「元木事件は私の事件です」
「思い上がるな!」
「君の事件なんてないんだよイサキくん。元木事件は後任に任せよう。ね」
「奈良は。奈良はどうするんですか」
署長と新井は顔を見合わせて一瞬沈黙した。私は署長室を出た。




