2. ボムトラック
2036年 晩秋―
金色に染めた髪、左耳にはワッカのピアスをした高校生の誠治の眼光は鋭くシゲを捉えている。濃い青地に赤いハイビスカス模様のアロハシャツの七つあるボタンの真ん中三つを留め、髑髏型のシルバーネックレスをしている。財布とパンツを繋ぐ密教の法具が連なったシルバーチェーンが制服の後ろポケットからUの字に垂れている。
密教の法具、それは修行曹に特殊な力を授け修法の成就を助けるといわれ、もともとは古代インドで武器として使われていたものだ。煩悩を粉砕するものや菩薩心を覚醒させるもの、世間の煩わしさを焼却し迷いや罪悪を浄化させるものなどがある。いずれにしても高校生が持つには高価な物で、いわば戦利品だ。
顔面にどかっと誠治の拳を食らったシゲの鼻からは血がどくどくと流れて出た。
シゲは鼻を押さえながら体勢を崩し、背後のブロック塀によろよろと寄りかかる。
「ごめんって誠治くん。ほんと、許して」
シゲは懇願する。
学生服のボタンのいくつかはどこかに飛んでいき、水色のシャツは、みるみる真っ赤に染まっていく。
誠治の横には三人の学生が立っている。ジンは誠治の学ランを、テッペエは金属バットを持っている。かなり離れたところにカトウがいるが、特に見張りというわけではなく、どちらかといえば積極的に関わりたくない様子だ。
ここ体育館裏は、外からはブロック塀で囲われ、中は雑草や木が生い茂る細長い空き地になっているから校舎や通りからは完全に死角だ。たとえ大声を出したとしても体育館内に響きわたる健康的な旋律に勝利することはない。こういった不健全な行為を行うには最適な場所である。
「もう勘弁してよ」
だが誠治は耳を貸す仕草も見せず徹底的に殴る蹴るを繰り返す。
シゲは倒れ地面に這いつくばる。誠治はシゲの髪の毛を引っ張り上げ、ブロック塀に寄りかかるように座らせた。
「バット、プリーズ」
キャビンアテンダントの声色を真似、テッペエに手を差し出す。静かにバットを受け取った誠治は、にこりと笑みをみせシゲにむけて思い切りスイングする。
Boku
鈍い音がした。学校には不釣り合いな音だ。
「いい音したよな。テッペエ、ボクッって」
誠治は下校中の同級生に自慢気に言った。
誠治の両脇には、長髪に色黒でギャル男風ないかにも女好きのジンと、四人の中で一番ガタイが良く坊主頭のせいでゴリラを連想させるテッペエがいる。そして一歩遅れて歩いているカトウはこれといって特徴があるわけでもなく真面目な印象を受ける。
誠治が言葉を続ける。
「あんな音、俺初めて聞いたよ。なあジン」
テッペエが同意する。
「あれ絶対骨いってるね」
「それぐらい、ダメージないと。なんせ俺のIDを売ろうとしたんだぜ」
日本人のIDは高値で取引され、売りに出されたらまもなく大借金地獄に連れ去られると教師に聞かされたばかりだ。絶対に許してはならない事情が誠治にはあった。そんな誠治の言葉がまるで耳に入っていない様子のカトウをテッペエが見遣る。
「おいカトウ、どうしたんだよ。気にしてんの」
誠治もカトウを見る。
「カトウ、お前のも売られそうだったんだぞ」
「シゲの奴大丈夫かな?」
とカトウが呟く。
「はあっ?」
「やっぱ病院連れてった方がよくね」
「まーね」
とジンも同意する。
「あんま気にしてっと胃に穴あくぞ」
誠治が笑いながら言った。
「ぶはっ、俺があけてやっか」
テッペエも陽気に振舞った。
「ふざけろ!」
四人は大声で笑いながら、歩道いっぱいに広がった。
しばらくの間、歩道は彼らが独占する空間だったが、突然誠治が車道に飛び出した。
「おい、誠治」
思わずテッペエが声を出した。
誠治は反対側のガードレールを飛び越して、俯きがちに歩いている眼鏡をかけた小柄な青年の前に立った。
「よっ、マイコン」
マイコンと呼ばれた地味な青年は、照れた様子で誠治を迎えた。
「盛り上がってるね、誠治くん」
「まあな。それより今夜の準備は?」
「ばっちり。いつもどおり」
マイコンが胸を張る。
「やっぱ天才は違うね」
マイコンのいいねのリアクションを見届けると、誠治は駆け足でみんなのもとに戻った。