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イミグラントソング  作者: 空一
イミグラントソング
13/23

13. エアドロップ

挿絵(By みてみん)


2023年 初夏―


ダークスーツを着た浩がシルバーメタリックのシーマを公園の側に停めた。

「みっちゃん」

「あら浩ちゃん。どうしたの?」

「三次さんを迎えに」

「もう出るって? ご飯これからなのに」

「三次さん忙しいみたいだし、あ、よかったら乗っけるよ」

「ナイスタイミング。乗っけてってよ」

「ああ」

「助かるわ」

誠治は甘えた様子で美智子の白いロングスカートにまとわりつく。浩はふらふらと落ち着きのない誠治を見ながら言った。

「いいけど。おお、大きくなったねえ」

「誠治よ。もう甘えてばっかり」

「ははは。おいコラ、しっかり遊んでっか?」

誠治は美智子のスカートに隠れてしまう。

「ふふふ。じゃあ乗ってくわ」

「ああ。どうぞどうぞ」

だが、誠治はなかなか離れようとしない。あえて乱暴に引き離すと、たちまち泣きそうな表情になった。

「男の子なんだから、外で元気よく遊んでないと、ママ認めないぞ」

美智子が助手席に乗り込むと、浩はサイドブレーキを解除し、車を発進させた。

「ママ!」

呼び止める誠治の声はエンジン音にかき消された。

「ボランティアの方はどう? 大変でしょ?」

浩はハンドルを片手でさばきながら美智子に話し掛けた。

「全然。いい運動にもなるし、ダイエットに最適」

「ポジティブだねー。まあいいけど、みっちゃんは正義感強そうだからさ。まず自分、それから他人だよ」

「あら、警察官がそんなこと言っていいわけ?」

「あ、いや、三次さんには内緒ね」

「もう浩ちゃんの方こそ大変でしょ? 最近あまりいい話きかないし。治安だってよくないでしょ?」

「まーね。でもおれたちは替えがきくからね。三次さんもいるし安心だよ」

「いつもうるさくてゴメンね。もう上司じゃないんだからほっとけばいいのに」

「いいのいいの。オレ三次さん好きだし」

「あら大丈夫? そんなこと言っちゃって」

「あはは、さあ着きました」

「ありがと」

浩は素早く車から降りた。美智子は買い物袋を後部座席から取り出している。浩は素早く荷物を引き取った。

「いいよ浩ちゃん」

「今日だけだから」

そう言うと浩は袋を片手でいっぱいに持ち玄関に向かった。

「ただいまー」

「どーも浩でーす」

玄関のドアを開け美智子はサンダルを脱いだ。だが返事はない。

「呼んでくるわね」

「すんません」

浩は玄関に腰掛けてノンニコチンのスモークレス電子タバコを取り出した。

「きゃあ!」

美智子の悲鳴が家中に響いた。驚いた浩は靴のまま部屋に向かった。奥にある書斎で三次が倒れていたのだ。浩は慌てて脈と呼吸を確認した。

「大丈夫。生きてる」

美智子は、「救急車」と呟くと居間に向かった。

ふと机の上に置かれた怪しげな文面が浩の目に入った。



警告

 我々の活動の邪魔を続けるならば今後、命の保証はない




病院の廊下で美智子は思いつめた様子で涙を流している。

「私のせいよ」

「え?」

浩が答える。

「最近、私たちの管轄で強引な立ち退きやヘイトスピーチが増えている話、聞いてるでしょ。住民の意見も訊かず、きちんとした整備もしないで説明のない税金を増やす市に対して署名運動や抗議文を作成したりしていたんだけど、抗議活動が活発化してきて中には過激な人も増えてるの。……三ちゃんはめげることないって言ってくれたんだけど……」

「みっちゃんのせいじゃないよ。三次さんもワークステーションがらみで色々あるんだ。このままじゃみっちゃんも危ないから今日は俺の家に泊まってくれ」

「そんなこと急に言われても」

「あと子どもたちは保護するから」

「でも!」

「危険なんだ! 頼む!」

浩は家の鍵を美智子に渡すとすっくと立ち上がり病院の出口に向かって行った。

「浩ちゃん。どこ行くの?」

何も答えず、浩は病院を後にした。


「知らねーなあ、兄ちゃん」

「テメエいきなり入ってきやがって殺されてーか?」

風俗街に車をつけた浩は、火山館と掲げられた看板のあるアールデコ調の会館に飛び込み、警察だと押し切って奥の部屋まで乗り込んだのだった。

「いいから黙ってろ! こちらは治安を守る熱心な刑事さんだ」

「スイマセン」

新堂に促され男たちは手を引く。

「お願いします新堂さん、何か知っていることがあったら教えてください。やめさせたいんだ」

外光を背に受けて新堂は大きな黒革の椅子にもたれている。淡く暈けたシルエットが少し回転して新堂は窓を見上げ、やがて口を開いた。

「近頃、この辺りの治安もひどくなってきてねえ。私たちもどうしたもんかと手を焼いていたところだ。あんたの善意でこの街の治安を良くしてくれるとありがたいんだがね」

「あなたの事業には手を貸せません」

「ははははは。何か勘違いをしているようだが。いいかい。三次くんは好きでここを離れたんだ。とても円満にね。このワークステーションはまだまだ三次くんそのものだ。いつでも戻ってきて彼は辣腕を振るえるさ」

キイと椅子が鳴き、新堂は身体を浩に向けると、また言葉を続けた。

「ストーカーや変質者、ネット犯罪が横行していてね。殺人まで増えた。このままじゃ臓器売買だって始まるかもしれん。こんなことじゃ平和活動なんて海の藻屑だ。我々もしのぎを削るのが大変でね。このままじゃあ商売にならんのだよ」

浩は黙って話を聞いた。

「協力してもらえんかね? 近頃の警官どもはこんな掃き溜めを良く思っていない。女の子ひとり消えてもまるで関心がない。弱いものの味方であって欲しいものだがねえ」

「……分かりました。そういうことなら喜んでここの治安のために協力させてください」

「いい返事だね、気に入ったよ」

「その代わり、三次さんには手を出さないでください」

新堂は背もたれに身を任せながら浩の決意に薄ら笑いを浮かべる。

「おいおい勘違いするなよ。たしかに一度は反目したことはあったが、三次は俺の相棒だった男だ。俺が手を出すわけがないだろう」

「じゃあ誰が?」

「市の開発一課に阿武という男がおる。こいつがまた強かな奴でなあ。金や出世が絡めばなんでもやりやがる。交友関係も今では検察の上層部から財界人まで幅が広い。我々にとっても厄介な人物でな。おそらく黒幕はこいつだろう。変り身の早さは天才的だ。君に逮捕できるかな?」

「私も三次さんにはイヤというほど鍛えられました。私に任せてください。どんな絵でも描いて見せます」

そう言うと、浩は唇を噛みしめた。


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