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イミグラントソング  作者: 空一
イミグラントソング
12/23

12. セリング ジーザス

挿絵(By みてみん)


だだっ広い砂場が続く空き地の隅に事務所跡がある。木造をコンクリートで塗り固めて補強されたちぐはぐで何の飾り気のない三階建ての廃屋だ。

その脇には白いワゴンと黒のワンボックスが停まっているが誰もいない。屋内には多ければ十五人はいるだろう。誠治とマイコンは無機質な建物に入った。一階には駐車スペース以外何もないので階段を登った。二階へ進むと長い通路がある。

「あっ」

マイコンが声を漏らす。

「しっ」

誠治がマイコンを振り返ると、誠治たちが遠くに止めたトラックを素通りしてくるピンク色の軽を確認できた。

「おいおい嘘だろ?」

「これはバレたね」

マイコンが悟る。

車から勢いよく降りたのはアカネだった。

「何しに来てんだよあのバカ」

誠治は静かに怒鳴ったがマイコンが首を横に振った。

「いいかマイコン、アカネはここで引き止めといてくれ」

たしかに広い砂場をUターンさせる方が見つかるリスクがある。

「わかった」

マイコンが同意する。誠治も観念して「クソったれ」とつぶやき、奥の部屋を目指した。

扉を開けると、そこにはシゲが重役気取りで、でっかい椅子にもたれ、クルクル回って遊んでいる。部屋にはシゲの取り巻きが五人いた。そこに隣太郎の笑う姿があった。誠治はすぐには状況が把握できなかった。

「あれあれ、懐かしい客人が来たよ」

移民系の一部では、首相暗殺に関わった生き残りとしてシゲの存在は英雄に値し評価されていた。

「兄ちゃん。何でこんなところにいるんだ。帰ろう」

誠治はシゲに見向きもせず隣太郎に話し掛けた。

誠治の言葉に隣太郎は大きく首を横に振った。あきらかに困った顔をしている隣太郎を見て誠治は不安に思う。

「行きたくないってよー」

「テメエは黙ってろ。殺すぞ」

シゲの周りにいた取り巻きがバットやナイフを持ち誠治とシゲの間に割って入ってくる。

「出過ぎたマネをするな」

自分の力を見せつけるかのように、シゲが怒鳴った。

「すいません」

「誠治ちゃーん、空気読んでよー」

「はん! どこまでいっても、お前はマヌケのシゲなんだよ。興奮して言葉の使い方忘れちまったんじゃねーか?」

「いいこと教えてやろう。そこにいる隣太郎はなあ、ちっちぇ頃から俺の子分なんだよ。こいつのために俺は、ひと肌もふた肌も脱いでやった。お前はこいつのために何かしたか。それとも重荷に感じたか? 黙ってあの施設に放り込んで、知らんふりをしてただけだろうが」

誠治はシゲの言葉を聞かずに隣太郎に近づく。

「早く行こう」

誠治が隣太郎の手を引こうとするが、隣太郎が振り払う。

「行かない」

「何で?」

誠治は混乱する。

「僕も英雄だから」

「はあ? 何言ってんだよ。そんなわけないだろう?」

「いやだ」

「騙されてんだよ、行こう!」

誠治が思い切り隣太郎の手を引くが、思いのほか隣太郎は強い力で拒んだ。

「がーがーがー」

隣太郎の奇声にシゲたちが大笑いしている。

「たはははは! まだわかんねーのかよ! いいか、お前の存在はプレッシャーなんだよ。お前の行い全部プレッシャーなんだよ! さっさと帰りやがれ。ここはお前らみてえな青臭え奴らの来るとこじゃねえんだよ!」

「テメエ! 何吹き込みやがった」

「いいや何も。隣太郎は本当に英雄だぜ。警察の目を背けさせてくれたんだ。大した働きだったよ」

マジで何言ってやがんだこいつ。

「すべて計画どおりだったよ。オレはあらかじめ灯油の入ったペットボトルとライターを施設にいる隣太郎に手渡した。ちゃあんと日付も時刻もきちんと守ってくれたよ。まあ警察は隣太郎の精神失調に原因があると考えた。当たり前だ。隣太郎は有名人だからな」

「そんなの嘘よ!」

女の声が響く。振り返るとアカネがいた。

「あらあら珍客が来たぞ」

シゲが喜ぶ。

「隣ちゃんはそんなことしないもん!」

「何来ちゃってんだよ!」

「隣ちゃんはねえ、あんたたちが思っている以上に正義感が強いんだから!」

「そーだよ! その正義感が大事なんだよ!」

シゲが興奮して大声になる。

「何やってんだよマイコンのヤツ」

と言った誠治の声が震えた。

「まさかマイコンのコミューンも……」

誠治は隣太郎に問い掛ける。

「おーよ。なあ、隣太郎」

「てめーに聞いてねーんだよ」

隣太郎は得意気に「えへへ」と笑う。その顔を見て、アカネは思わず口を覆った。

突然、あのときの光景が蘇ったのだ。


  炎に包まれる施設に隣太郎がいる。

「隣ちゃん、危ない! こっち来て!」

アカネが叫ぶが、隣太郎は、ペットボトルを持って火のそばに近寄ると、ペットボトルの中身を火にかけたのだ。

勢いが増す炎に隣太郎は驚き、隣太郎は、さらに奥に進んでいく  。


「隣ちゃんあのとき、ペットボトル持ってたよね。あれは、灯油だったの?」

「アカネ! 何言ってんだよ!」

「火を消すためじゃなくて、勢いを強めるため?」

「消すために決まってんだろーが!」

「ふほ。ふほ」

「兄ちゃん!」

「さすが、我らのヒーロー、リンタリンだ」

シゲが芝居じみた口調で言う。

「リンタリン、リンタリン、リンタリン……」

取り巻きが手拍子で呼応する。

隣太郎は得意気にポーズをとって「えへへ」と笑う。

「ダメだよ兄ちゃん、火をつけるのは悪いことだ」

誠治は隣太郎の肩を掴み、隣太郎を正した。

隣太郎が困惑した表情を浮かべる。

「ダメなことなんだよ。それで大勢の人が死ぬかもしれないんだ!」

隣太郎が首を大きく振ると、やがて頭を抱えてへたり込む。

「ふほーっ、ふほーっ、ふほっほーっ」

「あははははは!」

隣太郎の反応に、シゲたちが笑い転げる。

「テメエ」

たまらず誠治はシゲに殴りかかった。

シゲの取り巻きが割って入るが、誠治はなぎ倒し前に進む。別の一人の拳が誠治の頬をかすめる。他の二人が誠治の背後に回り込む。

「誠ちゃん後ろ!」

アカネの声に誠治は後ろを振り返ったが、間に合わず大男の強烈なフックを浴びてしまう。ひとりが誠治の右腕を捕まえ、大男が誠治の腹を蹴り上げ、もう一方の腕を捕まえた。激痛が誠治を襲う。マジで、やべえぞ、マイコン何してんだ。

誠治の身動きが取れなくなるのを確認すると、シゲは立ち上がり木刀を掴んだ。ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべ誠治に近づく。

「もう一回味わえるねえ誠治くん」


 Doka


シゲが木刀を振り下ろそうとした瞬間、「きゅわあ」と奇声を上げた隣太郎がシゲに体当たりした。シゲは宙に浮き壁まで突き飛ばされた。

「この馬鹿」

取り巻きが隣太郎に何発か拳を打ち込んだ。隣太郎は倒れこみ床に転がってしまう。

「兄ちゃん!」

アカネが「きゃあ」と悲鳴をあげる。アカネを背後から抱いた男が口を塞ぎナイフをアカネの目の前に突き立てた。

「一生オモテに出れねえようにしてやろうか」

「テメエ本気で殺すぞ!」

「きゃっはっはっは!」

誠治の怒号にシゲが倒れたまま大笑いする。

「ああああ! かかって来いコラアアア!」

大男が身動きの取れない誠治を蹴り飛ばす。ドウンと誠治の上体が前のめりに浮きあがった。幸い誠治を掴んでいた男も体勢を崩したため、誠治はとっさに右腕を振り払い、身をよじらせてアカネを脅すナイフを掴んだ。ナイフ男の気が緩んだ瞬間、アカネは床に転がる隣太郎のところまで逃げた。

「バカかお前!」

大男がおびえたように叫ぶ。

誠治の手からは血がじゅるじゅると滴った。

「バカじゃねえよ!」

誠治は思いっきり大男の股間を膝蹴りし、後ろから襲ってくる男を思い切りぶん殴った。すぐに振り返り大男の顔面に膝蹴りを食らわすと、大男は後ろによろめいた。

「このやろう」

腕をかばう誠治に大男がタックルをしてくる。右のフックを大男の顔面にうまく食らわすがそのままタックルをもらい誠治は大男の下敷きになった。

「誠ちゃん!」

アカネの声が聞こえる。

大男にマウントをとられ身動きの取れない誠治にシゲが近寄ってくる。

「こんなのもあるよ。誠ちゃん」

シゲがハンドガンをゆっくりと誠治の額にあてた。

「はっは、面白いねえ。実に面白いよ誠治」

腕はもう動かねえ、腹には重石が圧迫されて血のめぐりが悪くなる。ひでえ気分だ。こりゃ本当にここまでか。

「面白くないよ」

聞きなれた声がした。マイコンがやっと来たようだがこの状況はどうしようもない。

「あ、お前何してたんだよ」

声に力が入らない。

「チチェン」

「久しぶりだね、シゲ」

「……事件以来だな、どこ行ってたんだ、心配してたんだぜ」

「君のような役立たずに心配されちゃ心外だなあ」

「はあ?」

「はい、テロリストくん。もうお終いよ」

イサキが顔を出した。誠治が驚く。

「イサキ……なんで来たんだよ。これは」

「これはもう子供だけの問題じゃないの」

「クソ女」

「あら、元気そうで? ホホホ」

仁王立ちで笑うイサキに誠治は言葉を失くす。

「なんだよ。女一人増えたからって」

イサキの後には、警官隊数名がシゲたちを包囲している。

「俺を逮捕したら、新堂は見つからねぇぞ」

「残念ね。さっき新堂は発見されたわ。死体でね」

「えっ」

シゲは一瞬固まった。

「さあブタ箱行きよ。ボクちゃん」

シゲは誠治の額にあてた銃に力を込める。

「もうやめとけ、シゲ」

誠治が冷静に窘める。

「うるせえ、もう後戻りできねぇんだよ」

シゲの銃を持つ手がカタカタと震える。

「この指を一センチずらしただけでオメエは終いだ。恐えか、誠治」

シゲは力の入った声で言う。

「……そうだな。血がドバドバ出てよ、んで、お前は血だらけだな」

「オメエに何がわかんだよ! おお?」

「お前に人は殺せねえだろ」

「うるせえ、オメエなら殺れるぜ」

シゲはさらにぐいと誠治の額に銃を押し付ける。誠治はシゲを睨みつける。

「母ちゃんの仇だっけか?」

シゲの瞳孔が二度バウンドした。


 Pan


「いやあああああ!」

アカネの叫び声が響く。


仲間とそうじゃない人との境界線はどこで引くのだろうか。メトロノームがリズムを刻むように、一秒ごとにラインは変わっていく。親子や兄弟の間でさえ、そのラインは残酷にも引かれ、世界を二つに区別する。血縁関係でさえ意味をなさない人間社会のシステムを思うと、民族や宗教間の争いなど馬鹿らしく思えてしようがない。歴史的背景に基づく難しい問題だと言う馬鹿がいるが、今の俺たちの争いはたかだか十年の歴史だ。遠い国の歴史なんか知ったことか。移民系だからと言って民族や宗教の問題にすり替えたがるインテリもいるが、それは大きな勘違いだ。最もこの勘違いの上に歴史や教育ってやつが成り立っているのだとしたら問題は解決しないどころかラインは無限に出現し、もはや消すことが不可能になるだろう。

シゲが放った弾丸は誠治の額を避け、築百年弱の床板をぶち抜き階下に消えた。シゲが意図的に外したのだ。すぐさまイサキは警官隊を制止した。

「悪かったな。母ちゃんのこと。そーいや俺も世話になったっけなあ」

「ふっざけんな。ふっざけんじゃねええ。ふっざけんじゃねえぞ。おお?」

シゲの銃を持つ手は力を入れすぎてぷるぷると震えた。悲しみと怒りの両方の強い感情に蝕まれ体中に力が入ったままシゲはしばらく震えていた。誠治の上にいる大男がそっとシゲの持つ銃に手を添え静かに取り上げる。シゲは抵抗をしなかった。張り詰めた空気が緩む。

「オメエとは長え付き合いだったな……」

シゲはその場に腰を下ろし、ゆっくりと口を開いた。

「……気にいらねえ奴は徹底的にやるオメエのスタンスが好きでよお。つるんでんのが楽しくてよお。でも気づきゃあオメエらと住む世界が違うんだと俺のほうから線を引いちまった。……金が必要になってオメエのIDを売った。日本人のIDはいい金になるからよ。お袋が死んだのも俺のせいだ。んなことは始めからわかってたよ。居場所がなくなって新堂に会って……。強烈だった。すぐに俺はついていこうって決めたよ」

誠治はタバコを取り出しシゲの前に出す。シゲは一本を抜いてタバコに火をつけた。

「確かに不公平だよな。」

俺にも大事な事情ってやつがあった。だからシゲは許すわけにはいかなかった。今じゃもうどうでもいい。こいつの母ちゃんにはよく饅頭をもらった。そして必ずセットで言われた。「重明と仲良くしてくれてありがとう。」今さらだが思い出した。誠治は言葉を続ける。

「俺もお前も大して変わらねえよ。この町に生まれた奴らは、皆平等にカスだからよ」

誠治は大男の下でタバコを咥えながら言った。

「そーだったな」

タバコを吸い終えるまでの間、沈黙が続いた。シゲは久しく清掃されていない板張りの床にタバコを押し付け火を消した。シゲはイサキを見て小さく頷いた。

「はいはい、未成年のタバコは没収!」

イサキは仰向けのままギリギリまで吸う誠治のタバコを奪って言った。

「なんだよ、運転はいいのかよ!」

「あーうるさい」

「とりあえずこのウス野郎をどけてくれ」

「ぷははっ」

久しぶりに笑ったシゲを見て、誠治は救われたような気がした。


手錠を嵌められたシゲが階段を下りる。

だだっ広い砂場に不釣り合いな黒いモンクシューズを履いた男がシゲを見ている。イサキに連行され、この男の前を通る瞬間、シゲの表情がおびえたように見えた。

結局、一連の放火事件はすべてシゲのグループが新堂に褒められたくてやったことが判明した。実行犯ではなくとも、シゲはリーダーとしてそれ相応の責任が重くのしかかるとイサキは言った。


この事件は解決した―。

なんでだ? この先もデモは続くだろうし、新堂が何者かに殺されたことで捜査は行き詰まっている。要するに、事件以来成り上がったシゲたちの組織を潰し一応の評価が下されたから一件落着―、というところだろう。だが俺は、何か大事なことを忘れている気がしてならない。

新堂が単なる捨て駒というのなら、犯人はまるでコンクリートジャングルを器用に飛び交うムササビだ。ひとたび飛べば、同時に善悪のボーダーは移り変わる。なんかでっかいものの存在を感じるが、もう知ったことじゃあない。

そういえば、親父に新堂との関係を再び問い詰めた。だが、親父が刑事を辞めてから興した職業紹介訓練所のビジネスパートナーだったということしか相変わらず言おうとしない。皮肉にも、志を同じくした者は一方はアル中に、一方は復讐者となり死んだ。もし親父がワークステーションを辞めなければこの国は何か変わったのだろうか。いやその前に俺が生まれていないかもしれない。ということでこの思索も打ち切りだ。

目の前に竹馬に乗って走る兄貴とそれを竹馬で追いかける母ちゃんの姿が飛び込んできた。なんでだ? 二人が走ってきた方角に目をやると作りかけの竹馬の前で泣く子どもの姿がある。あー、もうどうでもいい。

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