司祭は強いんだよ!すごいんだよ!
「……さて、ここソダリタスの人口は、だいたい100万人だとされています。人の出入りが激しいので、細かな数字は判明していませんが。エルフ、ドワーフ、獣人は、種族ごとのコミュニティを作ったりしていますが、混血化が進んでいるので、特定の種族コミュニティに所属していない住人の方が多いですね。そうそう、そのため、相手の種族を決めつけてかかるのは失礼にあたるので、注意してくださいね」
黒板に簡単に要点を書いたトートは、ピオに振り返った。彼はシャーリアの膝の上に乗せられて座っていた。
目覚めてから二日目、ここでの常識や文化を知りたい、と思ったピオは、娘に教えを乞うのもなんかいやーー「分かったでちゅか?」とか言われそうーーだったので、トートを頼った。しかし、シャーリアがピオを離すはずもなく、こうして抱きしめられたまま授業を受けていた。それこそ過剰に可愛がられるペットのように、もみくちゃにされながら。
「タスケテ、タスケテ」
口をパクパクと動かし、無言で助けるピオ。そんな彼の頭頂部に頬ずりしてるシャーリアと、トートは目があった。
「……何?」
ご満悦でピオを撫でまわしていたシャーリアは、視線に気が付くと、途端に凍てつくような冷たい表情を浮かべた。
「いえ、何も……こほん。さて、続いては……」
「えぇ・・・・!?」
捨てられた子犬みたいな顔をするピオに、内心で謝罪しながら、トートは説明を続けた。
「この都市の2大勢力は、冒険者ギルドとマフィアです。冒険者ギルドは、都市周辺の魔物を狩る冒険者と、その素材を加工する商工会が所属しています。冒険者ギルドの管轄は、魔物の討伐による都市の安全確保だけでなく、食糧の確保から日用品の生産まで、この都市の経済活動の大部分を占めています。二つ目のマフィアですが……この都市に入ってくる移住者は、純血教会の虐殺から逃れてきた難民も多いですけど、周辺の獣人やエルフ、ドワーフの国から追放された犯罪者や混血も、多く流入してきます。そうした荒くれ者が多い関係で、犯罪組織が大きな顔をしています。」
「この都市って、結構治安が悪かったんだ……」
誰もが差別されることのない理想的な都市、そう思い描いていたピオにとって、この事実は衝撃的だった。
「まあ、彼らの縄張りに入り込まなければ、そこまで警戒する必要はありません。あと気を付けることは……そうそう、私たち異端司祭は表向き、半妖精という架空の種族になっています。なので、自分が元司祭であることは、隠しておいてくださいね。例えば、戦闘時に再生力をあてにして攻撃を避けないとか、そういったことは極力やめてください」
「え、攻撃を避ける?」
「ええ。半妖精は回復魔法が得意、という設定になっていますけど、もげた腕がすぐに生えるとか、体に空いた大穴がすぐに塞がる、とかそういうのは、さすがに通常の回復魔法の域を超えているので。この都市の住人には、司祭……もとい、純血教会に恨みがある人が大勢います。彼らからすれば、異端であろうとなかろうと、司祭であったことに変わりはないので。無用な諍いを避けるためにも、司祭だとばれないように、注意してください」
「むー……攻撃を避ける……」
ピオは頭を悩ませた。司祭が強いのは身体能力の高さもあるが、より重要なのはその不滅なまでの再生力にある。本来であれば敵の攻撃に対して回避行動が必要なところを、再生力任せにして強引に突撃することが可能なのだ。肉を切らせて骨を断つのではなく、骨を断たれてでも肉を切る。
負傷リスクが極端に低いからこそできる、狂気的な戦闘スタイルこそが、司祭の戦闘力の本質だ。
「お父さんはそんなこと気にしなくていいわよ。私が守ってあげるから、お父さんが戦う必要なんてないんだから」
シャーリアはピオをギュッと抱きしめながら、真剣な声音で語った。
娘に飼い殺しにされる。ピオは危機感を持った。
「ちょっと、僕も結構強いんだからね!」
「えー?本当?」
「まあ、私たちは元司祭なので、ピオさんも冒険者になればすぐにでも、Aランクに到達できると思いますよ」
Aランク、という言葉に首を傾げたピオだが、上から二番目、シャーリアさんと同じランク、とトートに捕捉されると、目を輝かせた。
ーーやっぱり僕もシャーリアと同じくらいには強いんだ!
『兵士が10人がかりで倒す魔物を、魔法使いは一人で倒せる。そんな魔法使いが10人束になっても、1人の魔族を相手取るのがやっとである。しかし、そんな魔族が10人がかりでも1人の司祭に敵わない。司祭とは文字通り一騎当千の絶対強者である。』~純血教会戦闘指南書より~
元司祭の二人はかつて読んだ本の内容を思い浮かべていたが、シャーリアには目の前の自分よりも背の小さい子供が、それだけの力を持っているとは、信じられなかった。
「……トートって、強いの?お父さんも?」
「そうだよ、強いんだよ!」
ピオは?マークの付いたシャーリアの言葉に、必死に食らいついた。対魔物戦闘では魔法が得意な魔族の方が力を発揮しやすいが、対人戦闘ならば頑強さやスピードで勝る司祭の方が強い。ドラゴンは倒せなくとも対人戦なら上だと、そのようにアピールしようとしたピオだったが……
「でも、あのフィアってやつも、司祭……なのよね?雷撃打ったら、すぐに引き下がったけど?」
シャーリアの司祭との戦闘経験は、フィア一人だった。何か企んでる様子ではあったが、自分との戦闘を避けた彼女が強いとは思えず、司祭の強さに疑問があった。
「え……フィア先生に……勝ったの?僕は負けたのに……?」
フィアの都合と特別相性が良かったことが勝因だったが、それを知らないシャーリアにとって、疑問は残るが勝ちは勝ちだった。
そしてピオの呟きから、彼女の中である数式が完成する。
自分>フィア>お父さん
「大丈夫、お父さんは、私が守ってあげるからね……ふふ、お父さんは本当に、小さくて可愛いわね」
シャーリアはピオをギュッと抱きしめた。そのまま服の中にしまい込んでしまいそうな勢いである。
「僕の方が、弱い?シャーリアより……?」
「ふふ、私が守ってあげるからね。可愛いお父さん」
しばらくの間、ピオは呆然としていた。その間に娘に好き放題されているピオに、トートは若干引いていた。これが親子……?
「……はっ!それはともかくとして!冒険者の仕事って、どんな感じなんですか?僕が知る限りでは、司祭が居ないときに代わりに魔物と戦う職業、ってイメージですけど」
自尊心の崩壊に慣れてきたピオの再起動は、早かった。1分もしないうちに意識を取り戻すと、話を変えるべく気になっていたことを質問した。
冒険者と言えば、魔物の討伐という危険な仕事をこなす不人気日雇い職業という印象があったピオは、傷跡のこともあり、娘の職について不安視していた。
「そのイメージであっていると思いますよ。違いがあるとすれば、他所では脅威の排除のために、冒険者がいる。ここでは、脅威の排除よりも、食糧確保と素材確保のために、冒険者がいる、という点でしょうか。この辺りは龍脈の上に位置しているので、噴き出す魔力の影響で魔境になっていますし、魔物が他の地域に比べて強力です。そのため、この都市は狭い安全地帯に100万人が詰め込まれて生活しています。農地がありません。資源のほとんどを周辺の魔境から採取、狩猟されてくる原料に依存しているので、人口に対する冒険者の比率が大きく、社会的地位が高い、そんな違いがありますね」
「そうなんですね。それなら、他と比べると、冒険者といっても安全な職業なんですかね。人が多いなら、サポートも充実してるでしょうし」
「いえ、魔物の強さが他地域よりも段違いなので、死亡率とかは変わらないと思います。確かに、準備不足や事故のような不慮の死は少ないですが、単純に実力不足で魔物に食い殺されるケースが多いです」
「やっぱり、危険な仕事……」
ピオは心配そうにシャーリアを見上げたが、シャーリアは優しく微笑むだけだった。
「さてと、大まかにはこんなところでしょうか。他に何かご質問があれば、お伺いしますが」
「あ、はい!他の異端司祭の方は、どこにいらっしゃるんですか?何人かいるって、噂では聞いていたんですけど、会っておきたくて」
「ああ、そうですね。確かに、ピオさんが目を覚ました今、皆さんにご挨拶をした方がよいでしょう。ピオさんを除いて、私含め5人が、この都市に身を寄せています。まあ、うち2人は頻繁に外に出ているので、この家に帰ってくることは滅多にありませんけど……いらっしゃる方にだけでも、顔合わせをしておきますか?」
「はい、ぜひ!」
ご近所さんへの挨拶は大切だ。かつてのように短期間での引っ越し続きならばともかく、ここで娘と共に生きていく以上、住人との良好な関係を築いていきたい。
「……会わない方が良いわよ。トートはまだマシだけど、他の4人はみんなロクでもないやつばかりだから」
「ちょっと、シャーリア!そんな言い方しないの!」
「ふふ、まあ、私が言うのもなんですが……気難しいと言いますか、変わっている方が多いので。ですけど、皆さん、悪い人ではありませんよ」
「悪人ではないかもしれないけど……お父さんの教育上、あまり合わせたくないのよね」
「教育上!?教育上って何さ!」
ピオは抗議の声をあげるが、シャーリアは素知らぬ顔でピオを撫でまわすのだった。
なんやかんやと言いつつも、トートに案内されて、ピオはシャーリアと共に他の司祭を訪ねていた。
自分が住んでいる部屋と同じようなドアをトートが叩く。すると、ドサドサと何かが崩れる音がした後、ボサボサの灰色の髪の少年がドアを開けた。ピオより少し背が高い少年だ。
「ノーメンさん、こんにちは。こちら、シャーリアさんのお父さんの、ピオさんです。ピオさん、こちらが、私たちの仲間の一人、ノーメンさんです」
ノーメンと紹介された少年は、シャーリアをちらりと見た後、彼女と手を握っているピオに胡散臭そうな視線を向けた。
「初めまして、ピオと言います。娘がこちらでお世話になっていたようで、ありがとうございます」
あまり歓迎されていないかもしれない。ピオは緊張しつつも、なるべく丁寧な態度を心掛けて、ぺこりと頭を下げた。
「おお、あんたがピオかい。なんか、あの小娘の父親っていうから、どんなヤベー奴かと思ってたけど、まともそうで安心したぞ。よろしくな」
「よろしくお願いします。あの、もしかして、娘が何かご無礼を……?」
「いや、まあな。そいつ、口が悪いんだよ。誰に影響されたのか、子供がそうなるってことは、親の影響しかねえだろ?だから父親も、ヤベー奴じゃないかって」
「ちょっと、お父さんに余計なこと吹き込まないでよ」
「シャーリア!?なんか薄々そんな気がしてたけど、シャーリア!?」
ピオがシャーリアを見上げると、どこか憮然とした無表情でプイっとそっぽを向く。トートを見ると苦笑していた。これは完全に父親の教育責任案件である。
「あっははは。まあ、なんだ、歓迎するぜ、ピオ。俺は改造手術が趣味でな、倒した魔物の移植手術がしたかったら、俺を頼ってくれていいぞ」
「すみません、本当に……いざと言う時は、お願いします」
「おう、まかせとけ。あ、そうそう、小娘、お前、胎の具合はどうだ。さすがの俺も混血魔族の純血化手術なんて、初めてだったからよ。経過観察がしたいんだが」
ノーメンは視線をシャーリアの腹部へとずらした。シャーリアはその視線を遮るように、下腹部を手で隠す。
「別に、特に変わったことはないわよ。あんたに見せるつもりはない」
「おいおい、そりゃないだろう。こっちは心配してやってるんだぜ?」
「心配?あんたが気にしてるのは、実験結果だけでしょうが、このイカレポンチ……あんたが手術中、お腹の中を弄られて痛がる私を見て、笑ってたの、忘れてないから」
無表情であることに変わりがないが、シャーリアの口元は忌々し気に、引きつっていた。
「ねえ、それって……お腹の傷のこと?」
「なんだ、おまえ、知らなかったのか?この小娘、お前を助けるために、力が欲しいっていうからよ、それで……」
「お父さんに余計なこと、吹き込まないで!」
シャーリアはノーメンの言葉を遮り、ピオの耳をふさいだ。
――たぶん、僕に知られたくないことなのかもしれない、それでも……
ピオはシャーリアの手をそっとどけた。
娘から過剰に気遣われるのは、もはや慣れた。しかし、父親として、娘に何が起きたのか知る義務がある。
振り返ってシャーリアを見上げると、彼女はぎこちなく目をそらし、表情を曇らせる。その様子から、話したくないことだというのは一目瞭然だった。しかし、ピオは見逃せなかった。娘の体に刻まれた痛々しい傷跡。その傷がただの事故や不注意でついたものではないことは、言わずとも分かっていたからだ。
「シャーリア……その傷、やっぱり何か、訳があるんだよね?」
「お父さんには、関係ない……」
「またそうやって!ねえ、シャーリア、僕は、そんなに頼りない?確かに言いたくないことだってあるかもしれないけどさ、他の人が知っていて、父親の僕だけが知らないなんて、そんなの、あんまりだよ……秘密にしたいなら、大まかにでもいいから、教えてよ」
ピオは瞳を潤ませた。上目づかいの切なげなその表情に、シャーリアは心を動かされたのか、彼女は歯を食いしばり、目を閉じた。口を開きかけたものの、声が出ない。見るに堪えない沈黙が流れる。
「純血教会に殴り込みをかけて、お前を助けるために力が欲しい。そのために、この小娘は胎を弄ることにしたんだよ」
「ノーメン!」
「おいおい、隠してたって、いずればれるぞ。俺だけじゃない、トートだって知ってるしな」
「ええ、まあ」
ピオの視線に、トートは居心地悪そうに相槌を打った。この場でこの話を知らないのは、ピオだけだった。
彼が再びシャーリアを見上げると、俯いて黙りこくってしまう。その様子を肯定ととらえたノーメンは、どこか得意気に、饒舌に語り始めた。
「混血魔族が純血魔族と同じ力を得る……不老不死の肉体と馬鹿げた魔力量、それを得る方法があるんだよ。生存に必要ない臓器を取り除いて、それを魔道回路に作り替える。詳しい話は専門的だから、まあわからねえと思うが、要は、胎の中、子宮と卵巣がなくなる代わりに、混血でも純血魔族と同等の存在になれるのさ。色々制約があるし、ちょっとは痛むが……まあ、俺たちが司祭になったみたいに、何の積み重ねもないガキが、短期間で力を得るには、何かしらの代償が必要だ、てことだ」
「子宮と卵巣って……ええと、子供を作る……そんな大切なもの、どうして、そんな……」
「最初に言っただろうが、強くなって、お前を助けるためだよ」
「……シャーリア、ごめんね、迷惑をかけて……ごめんね、ごめんね……」
ピオはシャーリアのローブの裾をつかんで、泣いてしまった。今まで、どれだけ娘が苦労してきたのか、自分を救うためにどれだけ傷ついたのか、それを想像すると、娘に何もしてやれない自分が情けなくて仕方がなかった。
「……謝らないでよ。そんな顔、しないでよ。謝ってほしくなかったから、泣いてほしくなかったから、隠しておきたかったのに……馬鹿、お父さんの、馬鹿……ただ、笑顔で私のそばにいてくれれば、それでいいんだから……」
シャーリアは文句を言いつつも、ピオをしっかりと抱きしめて、背中をさすった。ピオにはその抱擁が、どうしようもなく惨めで、情けなくて、それでいて心地よくて、仕方がなかった。
ひとしきり涙が出きったところで、ピオは顔を上げた。
「グスッ……ノーメンさん、お見苦しいところを見せて、失礼しました」
目を赤く荒れさせたまま、ピオは最初にしたように、ノーメンにぺこりと頭を下げた。
「おう、気にするな。……小娘、いいオヤジじゃねえか、ちゃんと親孝行するんだぞ」
「言われるまでもないわよ」
フン、とシャーリアはそっぽを向くが、その頬は少し赤かった。その様子に、珍しいものを見た、とノーメンとトートはアイコンタクトして苦笑した。
「ふふ、それでは、ノーメンさん、また今度。さて、それでは、次の方へご挨拶しましょうか」
「何笑ってるのよ」
微笑むトートを睨みながら、シャーリアはピオの手を引いて歩いていく。
ピオは手を引かれながら、シャーリアにどうやったら自分が恩返しできるか、考えていた。何もしなくていい、そうは言われても、父親として、何かしてあげなくてはと、ピオは必死だった。
ピオが脳内であれやこれやと考えているうちに、巨大な扉の前にたどり着いた。この家は、家というよりは巨大な屋敷、あるいは集合住宅であり、ピオが暮らしている部屋だけでもキッチントイレ風呂が完備されていた。そんな屋敷の中でも、ひときわ大きく豪華な扉の部屋の前で、トートはたちどまった。
「さて、と……こちらにいらっしゃるのは、ピオさんもご存じの方だと思います。太初の12司祭の一人、領域を焦がす者、吹雪の魔法使い、アモル様です」
「太初の12司祭って、あの……え、あの太初の12人の一人、アモル様!?大昔に、戦死されたと……」
太初の12司祭。純血教会の最初の12人の司祭であり、同時に強力な魔法使いでもあった。ピオにとっては、歴史上の偉人も同然である。
「ええ、初めてお会いしたときは、私も驚きましたが……伝承では戦死と伝えられていましたが、実はここ、自由都市ソダリタスの創立メンバーの一人で、戦死したというのは純血教会を欺くための嘘だったんです」
大仰な説明をするトートと、驚く様子のピオに、シャーリアは小首を傾げた。
「アモルって、あの酔っ払い女?」
「……まあ、純血教会の歴史を知らないシャーリアさんにとっては、そんな認識しかないかもしれませんが……あのお方は、今でこそあんな感じですが、昔はそれはもう、すごいお方だったんですよ」
そうトートが力説する中で、扉が開いて一人の少女が現れた。
ピオよりもわずかに身長の高い、若草色のくせ毛の少女。酒臭いげっぷをしながら、よれよれの下着でフラフラと出てきた。
「もう、昔はすごかった、だなんて、失礼しちゃうニャー。トートちゃんのくせに、生意気だゾ~。ウリウリ~」
「ちょ、アモル様、ちゃんと服を着てから……酒臭っ!」
いつも丁寧な物腰のトートだったが、アモルと呼ばれた司祭に対しては、それが崩れていた。
「え、えーっとー。アモル様、ですか?あの太初の12司祭のお一人でいらっしゃる」
「げっぷ……うん、そうだよ~。あはは、君だれ~?」
品性に欠けたこの少女が、高名な太初の12司祭の一人だとはとても思えなかったが……その膨大な魔力と、酔っていても尚もぶれることのない、目の芯に宿る獰猛な光は、彼女が絶対強者であることをピオの本能に訴えかけてきた。
わざとらしい間延びした声も含めて、今の姿は演技に違いない。ピオは緊張した面持ちで、アモルを見た。
「申し遅れました、アモル様。僕は、ピオと言います。こちらのシャーリアの、父です」
なるべく丁寧な言葉遣いと対応をするピオを、酔いで顔を真っ赤にしたまま、アモルはニコニコと眺める。
「へ~、あのシャーリアちゃんの父親っていうから、どんな礼儀知らずかと思ってたけど……うん、合格!私が教育しなくても、大丈夫そうだねぇ~」
「ねえ、シャーリア?僕がいない間に、何してたの?ねえ、シャーリア?」
「別に……酔っ払いに酔っ払いって、言ってただけだけど?というか、トートもお父さんも、こいつのこと、なんか敬ってるみたいだけどさ、こいつにそれだけの価値があるとは思えないんだけど」
「シャーリアちゃんひど~い」
ケタケタと笑うアモルだが、その目は笑っていない。良くよく観察すれば、フラフラとしながらも、一定のリズムで左右に揺れているだけで、軸足はぶれていない。酒臭さから飲んでいるのは間違いないが、これは酔っているフリだ。ピオはそう結論付け、多少血の気が引きながら、娘の無礼をたしなめた。
「そんな失礼な態度、ダメだよ!すみません、アモル様、娘がご無礼を……」
「あは、我は寛大なので、許してつかわそ~」
「本当に、これが敬意を払うべき相手?」
小声でぼそりというシャーリアに、ピオはアモルのすごさを説明することにした。
「しっ!いい、アモル様はね、本当にすごい人なんだよ。太初の12司祭っていうのはね、司祭であると同時に、とっても強い魔法使いでもあるんだから」
人類の大部分は、魔法を使用できるほどの魔力を保有していない。魔法使いと呼ばれる才能ある人間は人類の1%ほどとされている。そして、司祭になるには、第二次性徴前の10歳前後の幼さで、激しい苦痛の伴う改造手術を乗り越える精神力を持っていることが求められ、成功率は0.1%とされている。
その希少な1%が、ほとんどが苦痛に耐えきれず廃人化する、司祭の改造手術に耐えることはまれだ。司祭の中で魔法が使えるものは、純血教会300年の歴史上、合計しても30人だけであり、そのうち12人は、太初の12司祭である。
ただでさえ不老不滅の再生力に超人的な身体能力の持ち主が、魔法まで使えたら……それは、わずか12人で人類を魔族の魔の手から救ったほどに、強大な力を持っているのだ。
太初の12司祭のうち、8名が戦死、2名が戦後に発狂して自殺したとされている。現在存命の12司祭は、2名のみ。そんな、人類を救った、かつて死んだはずの大英雄がここにいるということを、ピオは興奮気味にシャーリアに語った。
「いや~、照れちゃうなあ~。でも、ピオちゃんさ、大事なこと、説明し忘れてない?……純血教会の、成り立ちとか。なぜ、純血教会は亜人を殺すのか、とか」
いつの間にか、アモルの口調から、特徴的な間延びした声が消えていた。そこには300年前の、人類と魔族の戦争を知る老兵の姿があった。
「アモル様、最近の純血教会では、そのあたりの知識を、封じているのです。私もアモル様に教えていただくまで、存じておりませんでしたから、恐らくピオさんも、知らないかと……」
ピオが質問の意味を聞き返す前に、トートがアモルに耳打ちをした。ピオの知識では、魔族が人間を襲い、それに苦しめられていた中で、司祭という存在が偶然発見されたこと、純血の人間しか司祭になれないので、純血性を重んじる組織になったと、聞いていた。そのことではないのだろうか?
「……な~んだ、そっか~。司祭が魔族を育てる意味とか、そういうのも、何も知らずにか~。つまんないの~」
「あの、アモル様?僕まで何か、ご無礼を?」
アモルの突然の態度に、ピオは戦々恐々としながら聞き返した。
「別に~、何でもないよ。まあ、そのうち教えてあげる。じゃあね~」
バタン!
アモルは壮麗な装飾の施されたドアを閉じて、室内へ戻っていった。
「あの、トートさん。…アモル様の……教えてあげるっていうのは?」
「そうですね……アモル様が、そのうち、とおっしゃっていたのですから、今、私からお伝えすることは……ごめんなさい」
「あ、はい。分かりました」
頭を下げるトートに、ピオは何も言えなかった。ただ一つ、司祭が魔族の子供を育てる意味、その言葉が大きなしこりとなって、ピオにのしかかっていた。