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【書籍化・コミカライズ】異能の姫は後宮の妖を祓う 平安陰陽奇譚  作者: 藤夜
第二章

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31 陰陽師の娘

 思わぬ血の繋がりを告げられて、利憲は目を見開く。

 

「君のお父上の保明殿に兄がいたことは知っているだろう」

「お会いしたことは何度か。あまり覚えてはおりませぬが」

 

 伯父の保光とは幼い頃によく会っていた。しかし、彼は利憲が九つになったばかりの頃に亡くなったため、あまり記憶には残っていない。

 父・保明によく似た、しかし、穏やかそうな空気の持ち主だった。

 

「柘榴は保光殿の残された娘だ。もう十五年も前になるか。彼の死後、彼の妻も後を追うように亡くなってしまった」

 

 神祇伯は懐かしむように外に広がる冬空に目を向けた。まなじりに刻まれた皺が一層深くなる。

 

「保明殿に頼まれて、私が彼女を引きとったのだ」

 

 利憲は過去の記憶をたどった。

 自分が見鬼の才を現した頃、父によって同じ陰陽師である伯父の元へと連れて行かれた。よろしくと言われて頭を撫でてくれた伯父。その袴を握りしめていた小さな女童は、もしかして彼の娘ではなかっただろうか。

 不思議そうにこちらを見つめる黒い大きな目と、桜色の頬の少女の恥ずかしそうな笑顔が利憲の記憶によみがえった。

 しかし、賀茂家の娘を中臣家である神祇伯に預けるとは珍しい。

 

「父は何故、伯に」

「保明殿には彼女を引き取れない事情があってね。私には妻も子もおらぬのでちょうど良かった。それで、年頃になるまで私の屋敷で面倒をみていたのだよ。私にとっては実の子のようなものだ」

「伯が思う彼女の目的とは?」

 

 神祇伯は利憲にそう急ぐな、とたしなめるように制する。

 

「柘榴の父、保光殿が亡くなった経緯を知っているか?」

「病死としか……」

 

 何故そんな事を聞くのかという彼の反応に、神祇伯は苦い表情を浮かべて語った。

 

「彼は宴の余興で公卿達に式神を呼ぶよう請われたのだ」

「余興? 馬鹿馬鹿しい。何故そのような事を」

「馬鹿馬鹿しい事を面白がるのが貴族だろう。虫を殺せと言われたり、雨を降らせろと言われてみたり、陰陽師もなかなかに面倒なものだ」

「それで、伯父はどう?」

「身分の高い相手ばかりで断れない状況だった。そして、彼は呪力を持たぬ只人ただびとでも見える式を呼ばねばならなかった。……そこで事故が起こったのだよ」

 

 わかるだろう、と神祇伯は目で語る。

 日頃使っていた式神ではなく、霊格の高い神を呼ぼうとしたのだろう。

 

「急いで駆けつけた保明殿によって、保光殿の呼び出した鬼神は調伏された」

「伯父は?」

「——呑まれたまま戻って来なかった」

「…………」

「保明殿が君に教えていなかったのは、自身が祓った罪悪感からだろう」

 

 兄の娘を友である神祇伯に預けたのも、きっと——。

 なんという因縁なのだろう。

 

「その事を彼女は?」

「母親から告げられたそうだ。それでも柘榴はずっと、自分も父親と同じ陰陽師になりたいと言っていた。保光殿が星の読み方を教えていたようだ。彼女は屋敷に残されていた書物を読み、夜が更けても灯りの下で学んでいたよ」

 

 利憲はふと、楓の話を思い出す。楓が内裏で柘榴と出会ったとき、彼女は内裏で星を見ていたと言っていた。

 

「女人では陰陽師になるなど無理だと言い続けていたのだが、自分で呪術も学んでいた。彼女は父親の才能も譲り受けていて、いつのまにか独学で式神さえも呼び出せるようになっていたようだ」

 

 利憲は思わず眉をひそめた。陰陽寮で正式に学ぶ者でさえ、式を従わせるまでには長い歳月を要する。ましてや独学でとは、並はずれた才能の持ち主だ。

 惜しい、純粋にそう思う。

 

「利憲殿は陰陽寮へ入り、自分は屋敷に残される。同じ兄弟の子なのに何故だと幾度もなじられたよ。それで都に置いておくのもどうかと思い、筑前の神社へ送ったのだ。もともと頭の良い子だから、すぐに巫としても才を伸ばした。柘榴が筑前でどのようにして幻術を身につけたのかはわからぬが、内裏の怨霊の噂は幻術の効果をはかる試金石か。このような呪符を使うということは、何かを考えて動いていると私も思う」

 

 神祇伯は手に持っていた式符を利憲に戻した。

 符に書かれた記号に目を落として、利憲はその整った文字に込められた決意と覚悟に思いを馳せる。

 それは、認められない怨嗟と衝動なのか。

 

「彼女は父の仇を討とうとしているのかも知れない」

「宴にいた公卿達の事は伯はご存知なのですか?」

「知っている。しかし、教えてはいない。一時かなりの噂になったから、内裏に古くからいる女官なら知っている者もいるだろう」

 

 女官達の間に入り込み、過去を探っていたのだろうか。

 利憲は唇に手を当てて考える。

 

「少副殿の件は」

「少副は神祇官の中でも祓が得意だ。祭祀の実質の指揮官を務めるくらいだからね。企みの邪魔をされたくなかったのかもしれない」

「祭祀の時に事を起こそうとしていると?」


 神祇伯は目を閉じてしばし黙り込んだ。そして、おもむろに顔を上げる。

 

「杞憂であって欲しいが、彼女が狙うとすれば、それしか」

「祭祀であれば、いつ」

「大祓には、都の百官が朱雀門の前に集まり祈願する。その中には保光殿に関わった者達もそろうだろう」

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