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【書籍化・コミカライズ】異能の姫は後宮の妖を祓う 平安陰陽奇譚  作者: 藤夜
第二章

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21 楓の決意

 楓が急いで三条の屋敷へ戻ると、そこには神祇少副のもとから帰ってきた斉彬の姿もあった。

 彼等の前に置かれた書物を見ると、呪術に関する内容が書かれた文字でびっしりと埋め尽くされている。呪符の絵も描かれており、どうも二人は幻術について調べていたようだった。


 一瞬、邪魔になるかと躊躇するが、こちらもなかなかの重大事件。斉彬がいるのも好都合だ。近衛府にもなるべく早く動いて欲しい。

 そう思いながら、楓は利憲達に先刻の弘徽殿での出来事について報告する。

 

「弘徽殿に妖が?」

 

 話を聞いた斉彬が驚いた声を上げる。内裏の中、女御のすぐ側までに妖が現れるとは。

 斉彬の隣で書物を開いていた利憲も眉をひそめた。

  

「玄武は?」

 

 手にしていた本をかたわらに置き、息を切らせた楓を落ち着かせるように静かに尋ねる。

 

「はい。玄武かれがいたせいか、すぐに蛇は消えました。女御様を護るよう頼んでおいてきましたが……」

「任せておけ。おおかたの妖は玄武の相手にならない」

「でも……」

  

 今回の蛇は、妖虎の時のように瘴気を放ち桜子の命を狙うような素振りはなかった。あの時のような危機的状況ではないとはいえ、原因がつかめぬままで放っておけるわけがない。

 それに、桜子は表向き明るく振る舞ってはいるが、まだ一の姫の事を気に病んでいる。そんな彼女にまた不穏な出来事を見せたくはなかったのに、と楓は唇を噛む。

 

 うつむく楓をじっと見て、利憲はふっと息を吐く。

 

「内裏の気はまだ乱れていない。玄武あいつを信頼してやれ。と言えど、そうのんびりとはしていられないようだが」

「その蛇は幻術によるものではないのかい?」

 

 斉彬の疑問に、利憲は首を横にふる。


「式神は幻をみない。玄武が動いたなら、本物だ」

  

 そう言い切る師に、楓も頷く。

 縄目のような黒と赤の模様を描く、巨大な山楝蛇。あの蛇が放っていた冷気は到底幻とは思えなかった。

 

「また舎人の配備を考えないと。主上に報告する事が増えたな」

 

 斉彬が腕を組んで唸る。

 後宮の警備を担う近衛府の責任者である彼にとって、内裏に妖がひそんでいるという事実を見過ごすわけにはいかない。

 

「しかし、これだけ祓を行っていて、妖が実際に現れるとは」

「その蛇も式神だろうか」

「その可能性は高いが……」

 

 斬られて式符に変じた蝶と同じように、あの蛇も呪術師によって作られた式神なのか。どこか違和感を感じる自分に、楓はもどかしさを覚えた。

 何かが引っかかる。しかし、一体何処がおかしいのかはわからない。

 ただ、あれは祓うべきものには違いないはず。

 そう考えながら、楓は懐から紙を取り出す。

 

「それは?」

「蛇が消えた後に残されていたものです」

 

 楓は懐紙に包まれていたそれを二人に見せた。

 まだ枝から摘んだばかりのように、瑞々しい緑をたたえる一枚の葉。

  

「楓の葉か」

「この時期に……?」

 

 楓は首を傾げる利憲にその葉を手渡した。

 

「この葉は、神祇少副様のお屋敷で嗅いだ煙と同じ匂いがします」

「…………」

 

 うねる蛇から漂ってきた草のような匂い、あれは少副の屋敷で焚かれていた香と同じ香りだった。そしてまた、この不思議な葉からも同じ匂いがする。

 

「少副様には何かお話を聞けましたか?」

「いいや。まだ起きられる状態でないと家司殿に追い返されたよ」

 

 斉彬は苦笑いをしながら肩をすくめて見せる。彼も無理に少副に会わせろとは言わなかったらしい。

 あの事は精神的にも身体的にもかなりの負担だっただろう。時間が必要だ、と楓も思う。

 

 利憲は楓から受け取ったその葉をじっと見ると、また懐紙に包んで机の上に置いた。

  

「これは預かっておこう。少し調べたい事がある。それより、写本については何かわかったか?」

「写したのは弘徽殿の女房ではないそうです。麗景殿の女房の誰かではないかとおっしゃっていました。また聞いてくださるそうですが……」

 

 そう言って、楓は少し言葉を濁す。

 

「どうした?」

「利憲様、私が弘徽殿に入って調べるのでは駄目でしょうか。女御様のお話では、黒い胡蝶を見た女房も何人かいるそうです。思っている以上に、相手は内裏の中へ入り込んでいるのではないでしょうか」

 

 楓の言葉に斉彬が目を丸くする。

 

「また女御に化けるのかい?」

「いいえ、少し後宮の中の女性達の様子を見たいのです。外からではどうしても話を聞き取りにくくて」

「女房としてか」

「はい」

 

 陰陽生の姿では話を聞ける相手も限られる。

 だが同じ女房であれば、事件と呼べないような他愛ない話も聞き出せるかもしれない。

 

「楓、君がそこまでする必要はないよ。我々も聞き取りはするから」

 

 これは近衛府の仕事でもあるから、と斉彬が止める。しかし、楓はふるふると首を横にふった。

 

「これは斉彬様の時と同じ、脅しなのかも知れません」

 

 何もせず、ただ楓の葉のみを置いて消えた山楝蛇。

 あれは蝶の式神が斉彬の前に現れたように、少副の事件について調べる自分への警告だったのかもしれない。

 これ以上手を出すなという——。

 

 楓が内裏の怨霊事件を追っていることを知っている者はごく僅かだ。表向きには自分は病を祓った後も、引き続き身体の弱い女御の体調を診ていることになっている。

 

「でも、その呪術師は一体何をしようとしているのでしょう?」

 

 目的がわからない。その事が一番に不安をかき立てる。

 そして、桜子が写本について調べている事が相手に知られたら、彼女に危険が及ぶかもしれない。それは絶対に避けたかった。


 じっと利憲を見つめる楓をなだめるように、斉彬がぽんぽんと頭を撫でる。


「全く……楓、君は相変わらず無茶が好きだね。でもそんなことを利憲が許すわけないじゃないか」

「女御に危険が及ばぬように内裏を調べよ、とは、帝の命です」

 

 利憲はふうと深く息を吐く。

 

「——飛燕を連れて行け。それが条件だ」

 

 斉彬がぎょっとして利憲を振り返った。

 

「おい、正気か?」

「ありがとうございます!」

 

 そこは止めるべきだろう、と斉彬が利憲の襟をつかんで揺さぶっている。

 それを背に、楓は飛び上がって飛燕を呼びに出て行った。

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