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【12/25書籍発売・コミカライズ同時連載開始】異能の姫は後宮の妖を祓う 平安陰陽奇譚  作者: 藤夜
第二章

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12 父の呪い

 事件の翌日、三条のはずれの陰陽頭の屋敷には、このところ訪れることが減っていた左近の中将の姿があった。

 彼は神祇少副の病の原因と事のなりゆきを帝に報告し、その結果を利憲に伝えにきていた。そして、少副はしばらくの間療養が必要ということで、儀式には代理が立てられることになったと語った。

 利憲の方も少副の屋敷の家司から聞いた話を斉彬にする。

 それを聞いた彼は怪訝そうに首を傾げた。

 

「女の呪術師?」

 

 斉彬にとっても女性の存在が意外だったらしい。そもそも神祇官である少副が、そのような怪しげな呪術師を屋敷に入れること自体が珍しい。

 

「ああ、そうだ。三日のうちなら生き返らせることができると少副殿に言っていたそうだ」

「それで少副殿は姫が生きていると信じていたのか? そんな術があるとはすごいな」

「そう簡単に鵜呑みにするな。死者が甦るなどあるものか」


 馬鹿馬鹿しい、と言いながら、利憲はムスッとした顔で飛燕の用意した盃に酒をそそぐ。


「お前がそれを言うか? 怨霊の類はこれまで山ほど見てきているだろう」

「霊は見ても人が甦ったという例は見たことがない」

「陰陽師の術にもないのか?」

「ない」

「残念だな。夢のような術だと思ったのに」


 陰陽頭が断言するのだからそうなのだろう。斉彬は利憲の注いだ盃を受け取りながら、つまらなさそうに唇をとがらせた。

 その不満げな様子を見ながら、利憲はふうと溜息を吐く。


「そもそもそんな事が出来てしまったら、この世は死者で溢れてしまう。理に背くような術は、始めから禁じられているのだ」

「じゃあ、今回の件は?」

「残念だが、少副殿の心に付け入った者による悪質なまぼろしだ」


 姫は確かに亡くなっていた。それはもう取り戻せない事実だ。

 斉彬は少ししんみりとした表情で盃をあおる。


「あのはらえは何のために?」

「少副殿に掛けられていた幻術を解いたのだ。解毒の効果がある薬草も届けさせている。正気に戻るだろうとは思うが、しばらく様子をみておくよう家司には伝えている」

 

 幻を見せる術には、しばしば薬物も使われる。毒物にも近いそれを飲まされて、何らかの後遺症が残らないとも限らない。


「少副殿はいったい何処でそんな呪術師と知り合ったのだろうか」

 

 腕組みをして唸る斉彬を横目で見ながら、利憲は首を横に振る。

 

「それは少副殿に聞くしかないな」

 

 皆に見限られた姫を救うために、藁にも縋る思いで探したのかもしれない。その気持ちを思えば愚かな事と簡単に言うことは出来ない。全ては彼が回復してからだ。

 

「そういえば、楓はどうしているのだい?」

 

 ふと思い出したように斉彬が問う。

 

「玄武を連れて御所に行っている。ついでに神祇伯殿に報告すると言っていたから、帰りは遅いぞ」

「ふーん、せっかく来たのに残念だな」

「おまえ……、人の妻に堂々とちょっかいを出そうとするな」

 

 ムスッと不機嫌な顔をする利憲に向けて、斉彬はハハハと笑って見せる。

 

「そんなに取られるのが心配なら、さっさと手を出してしまえばよいのだよ。おまえのことだから、どうせまた昔のことを気にしているんだろう?」

 

 そう言いながら、斉彬は利憲の顔を覗き込む。

 たじろぐ利憲の鼻先でニヤリと笑って見せると、彼は大袈裟な溜息をついた。

 

人間ひとが好きなくせに、近付くのが怖いだなんて、保明様も自分の子供にとんでもない呪いを残していったものだ」

「…………」

 

 冷たい外見と人を寄せ付けない態度とは裏腹に、利憲は常に他人ひとの為に力を使う。そばにおり、その事に気付いている者も少なくはない。

 だが、その懐にまで入り込める人間は非常に少ない。それは、彼が自分の周囲に固い壁を作っているからだ。

 

 母親はもとより利憲の桁外れの才知と呪力の強さに畏怖し、見鬼の才を現した頃には息子と距離を置いて接していた。主に利憲を育てていたのは、父であり先代の陰陽頭でもある賀茂保明だ。

 しかし、彼もまた自分の遥か上をゆく息子の才能を恐れ、徐々に正気を失っていった。そしてついには息子を排除しようとし、自ら命を絶った。

 

 利憲が生家を出て、式神しか住まわぬ今の屋敷に移ったのは、それからだった。

 

「呪いか……、そうだな」

 

 もっと幼い頃には、確かに父も自分を大切にしてくれていた。

 仕事の合間に書物を読み聞かせ、術を教え、面倒なはずの子供の指導を丁寧に行なっていたのだ。

 笑顔も……、見た気はする。

 もう思い出せないくらい古い記憶だが。

 

 だからこそ、捨てられたという気持ちは大きい。

 もし、自分の呪力が父よりも低かったなら、もっと愛想良く好かれるように立ち回れるような性格だったなら、少しは過去が変わっていたのだろうか。

 

 最後に父に掛けられた言葉は、今でも刃物のように突き刺さったままだ。

 まるで呪いのように。

 

 想いに耽る利憲をじっと見ていた斉彬は、酒の肴に置いてあった干鰹をつまむと、えいとばかりに利憲の口に突っ込んだ。

 驚いた利憲は口を押さえて抗議する。

 

「なっ! いきなり何をする」

「いい加減に自分に掛けられた呪詛も祓ってみるがいい。そばに私も楓もついているのだから」

 

 ギロリと睨む視線もけろりとかわして、斉彬はふふふと笑う。

 利憲は余裕を見せる友に向けて、悔し紛れに毒づいた。

 

「ぴーぴーと泣いて助けを求めてきていた男童が、ずいぶんと生意気になったものだ」

「大人になったのだ、褒めてくれ。互いにいつまでも子供のままではいられないだろう?」

 

 幼い頃は物の怪に追い回される彼を守っていたのに、彼はいつのまに自分を支えるほどに成長したのか。

 いつまでも過去に囚われている自分に、利憲は少しだけ哀れさを感じた。

 

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