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6 内裏の怪異

 左近の少将斉彬を部屋に通して、利憲は飛燕に酒と肴を頼んで座る。

 楓は帰宅した利憲に何か言いたそうにしていたが、客人の前で話すことでもなさそうだったので自分の部屋へ下がらせた。また後で聞いてやればよい、そう考えていると斉彬が興味深げにこちらを見ている。

 

「内裏の怪異について話しに来たのではないのか?」

 

 さっさと話せ。そう目で伝えると、この腐れ縁の友人はにやにやと含みのある笑みを浮かべる。

 

「人間嫌いの陰陽頭が弟子をとるなど珍しい事もあるものだと思っていたが、これはなかなか……」

「なんのことだ?」

「どこで見つけた? なんとも愛らしい美少年ではないか。まだ声変わりもしていない。一瞬、お前にそういう趣味があったのかと思った」

 

 斉彬の台詞(セリフ)に利憲は露骨に嫌な顔をした。

 

「そういうのを下衆の勘ぐりというのだ」

「世に美姫は数あれど、美貌の陰陽師殿はいまだ独身を貫いているからな。男色が好みだという噂もあるのだぞ」

「そういうお前はなんなのだ」

「才女も美女も私の周囲に多すぎて、到底一人には決められぬ」

「はっ」

 

 斉彬はあちらこちらと浮名を流しているが、意外と真剣に通っている女性はいない。左大臣の子息で出世頭の彼を捕まえようと思っている貴族の家は多く、下手にそういう姫に通おうものなら飛んで火に入るなんとやらで、あっという間に結婚させられかねない。

 まだまだ自由でいたい彼は、後腐れのない既婚女性と恋の駆け引きを楽しんでいるようだ。

 

「そのうち女達の夫の誰かに寝首をかかれるぞ」

「そんなヘマはしないさ」

「どうだか」

「遊んでいるばかりの男のようにいうな。私を本気にさせるような姫を探しているのだが、残念なことに未だに出逢えぬのだよ。本気になったら(さら)ってしまおうと思っているのだが」

「おや、婚家はあてにしないのか」

(しゅうと)のご機嫌取りも面倒だろう?」

 

 この時代は通い婚。娘を持つ貴族の家は、通ってくる婿の出世を後押しする。特に男子のいない家は存続にも関わる為、必死で娘に良い公達が通って来ないかと目の色を変えて探している。

 娘の婿候補として最高の部類に入る斉彬は、どこの姫に通おうが大歓迎されるだろう。権勢の高い家に婿入りすれば何もしなくとも将来は約束されたようなものであるのに、彼自身は興味がないようだ。

 

「お前らしいな……。して、内裏で帝の耳に入るほどの怪異とは何だ?」

「さっそく本題か。陰陽寮へはどのように話が行っている?」

「麗景殿の女房が獣の妖を見たと。それから梅壺では火の玉が飛んでいたそうだ。で、弘徽殿では女御の病が一向に癒えぬ。薬師も坊主もお手上げだ、と」

 

 斉彬はふふんと鼻を鳴らした。

 

「滝口の武者達はもっとすごいぞ。実際にその獣の妖と戦った者もいる」

「どんな妖だ?」

「……虎だ」

 

 虎が帝の周辺をうろつくなどとんでもないことだ。

 利憲は斉彬のスッと伸びた形の良い眉の間に皺が寄せられるのをじっと見る。

 

「怪我は?」

「大したことはないが爪痕が残った」

「実体か」

「怨霊でないことは確かだ」

「女御の病は?」

「熱が下がらぬ。昼間は少しは良いようだが、主上も特に心配しておられる」

「もうひと月が来るだろう。なぜに里下がりをさせないのだ」

 

 貴族達は穢れを嫌う。病に罹った人間はすぐに内裏から下がらせるのが通例だ。万が一、後宮で死人が出ることのないようにとの配慮である。

 

「大臣たちはそうするように上奏しているのだが、主上が手元から離したがらないのだよ。まあ無理もない。木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)の再来と言われる女御だ」

「そういえば更衣として入内された時に瑞兆があったな」

 

 利憲の記憶では入内される日、紫宸殿の前庭に植っている桜の木が一夜のうちに満開になり、更衣の到着とともに内裏の上に彩雲が広がった。

 桜の木の花を意味する木花と更衣の名前に桜の字があったこと、誰もが目を奪われるような彼女の美しさから、帝の系譜に名を連ねる最も美しい女神であり、嫁ぎ先に繁栄を与えるという木花咲耶姫の生まれ変わりではないかと讃えられたのだ。

 

「あれ以来、帝は他の女御をなおざりにするほど彼女に心をくだいておられる。彼女が病で清涼殿に渡れぬようになっても、自ら弘徽殿まで足を運ばれるほどだ」

「獣の妖と火の玉、そして病魔か……」

「ああ。何をしてでも怪異を鎮めよ、と近衛府にも命令が下った」

 

 そこまでを聞いて利憲は飛燕の用意した杯に酒を注いだ。斉彬にもすすめると、杯を傾け喉の奥にそそぐ。ひやりとした液体が喉を通ると、その後に熱いものが胃の腑から上るのを感じた。

 

 内裏内での異変の調査。これまでにはないようなその異質さから、陰陽頭である利憲が向かう事になった。

 怪異のもとは何処にあるのか。

 内裏の内から外へ漏れ出て来る気配は何者かの呪詛だ。

 その呪詛の先は……?

 

 そこまで考えて、ふと脳裏に先程会った少年の姿が浮かぶ。

 

 少年、いや自分が少年の姿をさせている彼女は蟷螂(カマキリ)の妖に狙われていた。かつて中納言家を襲った病は間違いなく蠱毒。蠱毒は一つの器に百の蟲を入れ、互いに食わせて最後に残った蟲を使って人を呪う。この禁じられた呪術を行ったのは誰か。

 そして、彼女の持つ見鬼の能力と、蠱毒の妖から生き延びてきたその力はどこから来たものだ?

 

 利憲は内裏の調査に楓を連れて行くつもりだ。

 さて、鬼を見抜く彼女はそこで何を見るだろう。

 杯の中身を全てあおり、陰陽師は色の薄い瞳を細めて御簾の向こうの空を見上げた。


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