3 式神の召喚
まもなく師走に入る。年の締めくくりであるこの月は陰陽寮も祭事が多く、一年で最も忙しい。楓達学生も、何かと仕事に追われて走り回っている。
暦生と天文生は各々の博士と共に来年の暦を作るのに必死であるし、陰陽師達は次々と待つ祭祀に適した吉日を占っている。陰陽生は陰陽博士に呼ばれて儀式の準備に駆り出されていた。
楓も例外ではなく、式符を作る陰陽師達の手伝いをしたり、祭祀を行う神祇官へ道具を届けに行ったりしている。
「楓、楓、ちょっとこっちへ来い」
結界に使う縄を抱えて歩いていた楓を、物陰から首を出した名虎が呼び止めた。
「なあに? 名虎」
「面白いものを貰ったんだ。時間あるか? ちょっと一緒にやってみようぜ」
名虎が手招きする部屋へ入ると、机の上に白い紙が人が手を広げた形に切り抜かれているものがおいてある。その紙の中心には墨で呪が書き込まれていた。
「どうしたの、これ?」
「神祇官のとこへ行った時に貰ったんだ。これに呪力を込めると式神を作れるらしい」
やってみたくないか? と、名虎がにんまり笑う。
「いいのかな?」
楓はおそるおそる覗きこんだ。
式神の作り方は陰陽博士からは教えられていない。陰陽生に教えるにはあまりに難しいためだと楓は聞いている。秘術とはいえ、陰陽師達はある程度その術の原理を学んでいる。しかし、実際に式神を使っているところは見た事がない。
名虎も寮で自在に式を使えるのは利憲だけだと言っていたのだが。
「本当にできるの?」
「札が力を補う霊符になっているから、少し呪力をこめれば使えるって言っていたんだ」
「へえ、そんなのがあるんだ」
「すごいだろう?」
名虎の目はきらきらとしていて、早く試してみたくてたまらなさそうだ。普段真面目に勉強しているだけに、こういう高度な術には非常に興味を惹かれるのだろう。
楓も式神には少し興味がある。夜狐や飛燕みたいな高位の式神でなくていいから、利憲の使う蝙蝠の式みたいなのは作れないだろうか。
できるなら式神を空に飛ばして、上空からの景色を見てみたいと思う。
「名虎、これはどうやって使うの?」
「呪を唱えて力を込める。姿は意識に浮かべるんだそうだ。楓は一人で祓が出来るだろう。きっと呪力も強いから、先にやってみるか?」
楓は迷いながらもうんと頷く。
人形を受け取り、中心に書かれた呪を詠む。心の中で何の姿にしようかと迷っていると、隣で名虎がひゅっと息を飲んだ。
どうしたのかと目を開けると、自分たちの目の前に利憲が立っている。
「変な気配はお前達か」
「……陰陽頭」
名虎が途端にまずいところを見られたと首をすくめた。
楓がきょとんとしていると、利憲に軽く叱られる。
「こら、力の足りない者が迂闊に式を作ろうとするな」
「どうしてですか?」
不思議に思って問う楓の手から人形を取り上げて、利憲は二人に向けて説教した。
「陰陽博士がお前達にはまだ教えない理由を考えろ。危険だからに決まっているだろう」
「危険?」
呪力を込めるだけの人形に過ぎない擬人式神なら、簡単なのではと思ったのだが。
首を傾げる楓に向けて、利憲は仕方なさそうに説明した。
「紙を動かすだけのつもりでも、呪力に惹かれて鬼神が宿る時もある。調伏できないモノを呼んでしまうと命を失う事もあるのだぞ」
「軽率でした。申し訳ありません、陰陽頭」
「すみません……」
名虎が頭を下げるのに合わせて、楓も一緒に謝る。
利憲はわかればいい、と言って背を向けた。
「コレは没収だ」
「ああ……」
名残り惜しそうに名虎が手を伸ばす。
楓が背中を見送る中、数歩すすんだ利憲は、ふと立ち止まって振り返った。
「飛燕がどのようにして私の式になったのか聞いてみるがいい。楓、お前は特に気をつけろ」
利憲はそう言い置いて立ち去る。
(飛燕に?)
飛燕は彼が最初に絆を結んだ式神だ。彼女は鳳凰・鸞である。利憲はそうと知って彼女を呼び寄せたのではなかったのだろうか。
屋敷に帰った楓は早速飛燕を探す。
彼女は離れの建物にある厨(台所)にいた。土鍋をかき混ぜる炊事係の式神の隣で小刀を持っている。
どうやら料理をつくるのを手伝っていたらしい。飛燕が向かう板の上にはまだ羽のついたままの雉が乗っていて、楓はちょっとたじろいだ。
「わたくしが主の式神になった経緯ですか?」
楓は利憲に言われたように尋ねてみた。すると、飛燕はなぜそんな事を? と不思議そうにする。
「そうなの。利憲様が聞いてみろというから」
そうなんですか? と言いながら、飛燕は思い出すようにうーんと唸って小刀の柄を顎にあてた。
「そうですね……、確かあの時は梧桐の木の上で寝ていたんですわ。そうしたらいきなり強い力に引き寄せられて。引っ張られて気がついたら捕らわれそうになっていたのです。もがいたのですけれど逃げられなくて」
「仲良くなって、でなくて、捕まったの?」
「そうです。主の呪力に引っ張られたのですわ。弱い者ならばすぐさま引き裂いて逃げていたのですけど」
引き裂く? と楓が聞き返すと、式神はそういうものですよと飛燕はこともなげに返した。
人間を引き裂くことができるのだから、雉をさばくのも躊躇ないのかもしれない。同じ鳥だけど、と楓はふるりとふるえる。
せめて綺麗な袿を着たままなのは、脱がなくていいのだろうか。
楓は少し心配になったが、飛燕の正体を考えると着物は羽根なのかもしれないと思い返す。
本人が頓着していないのだから良いのだろう。
「それで飛燕は逃げなかったの?」
「あんまり強い力でしたので、少し興味がわいて。どうも主はわたくしを呼ぶつもりはなかったらしいのです。作る式神の姿を思い浮かべていたら、わたくしが現れたと言っていました。今ではあんなですけど、あの頃は可愛らしかったので、そのまま守護することにしたのですわ」
呼ぶつもりなく呼んでしまう事もある。それを利憲は教えたかったのだろう。
そして式神を得るには、かなりの呪力を必要とするらしい。
「名虎が貰った人形は、力が弱くても式神を作れるって言っていたわ」
「誰からそんな呪符を貰ったのでしょうね。主の言うとおり、危険ですわ」
「名虎は神祇官のところで貰ったらしいの」
「神祇官? 人形自体は陰陽師でなくても使うものですけど」
珍しいこともあるものですねと言って、飛燕は小刀を板の上に置く。
そして、棚にあった柘榴の実を取ると二つに割り、食べるようにと楓に渡した。
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