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【12/25書籍発売・コミカライズ同時連載開始】異能の姫は後宮の妖を祓う 平安陰陽奇譚  作者: 藤夜
番外編 莫逆の友

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前編 左大臣家の怪異

 緑の茂る木々の間にミーンミーンと虫の声が響いている。蝉の鳴き始めた初夏のある日、中御門大路を網代車が牛に引かれてゆっくりと進んでいた。

 牛飼童が手に持った鞭で牛を撫でながら、道案内をする狩衣を着た従者の後ろを付いてゆく。彼等は築地塀の角を曲がると、その先の一際大きな屋敷の門の中へと入って行った。

 牛車の主人は密かに帝都の守り神と称される陰陽頭・賀茂保明である。そして、彼が向かった屋敷の主人は、帝の重臣である左大臣・藤原兼久の邸宅だった。


 このところ屋敷の中でちょっとした騒ぎが起こっている。どうも物の怪によるものではないかと思うので祓って欲しい。そう兼久に頼まれて保明が訪れたのだ。そして彼は、その傍らに息子である利憲を連れていた。


 まだ齢十一。元服前の少年は夏らしい涼しげな白の水干姿で父の隣に座っている。長く黒い垂髪に縁取られた清らかな白い顔は、まるで男のなりをしている少女のように見えた。しかも透き通る玻璃で出来ているかのような、人間離れした冷たい美貌である。彼等を案内してきた左大臣家の従者は、父の後から牛車から降りてくる彼を見てほうと溜め息をついた。


 人を惑わす妖のよう。彼を知る者は常に感情を表に出さない冷静さと、その子どもらしからぬ賢知に畏怖を覚えてそう噂する。彼自身はそんな周囲の空気もさして気にはしていない。ただ尊敬する父にさえ褒めてもらえればそれで良かった。


 陰陽寮に通うには元服後の十三からと決められており、それまでは父のもとで学ぶようにと言われている。すでに彼は男子が学ぶ四書五経はもとより、学べる書物は全て読破し残るは実践のみ。しかし、天文や式占を習うのは屋敷でもできるが、呪術については手順を習っても対象がいなくては効果を確認するのに難しい。こういう特殊な依頼が入った時は願ったりなのだった。


 だが近頃の父は何故なのか、どことなく利憲を避けているように感じられる。それでも今回のように保明が個人的に請け負った依頼の時には同行を許された。それが利憲には父と話せる唯一の時間であり嬉しくもあった。


「こんな明るいうちから訪問するのは珍しいですね」


 父に話しかけると、うむ、とだけ返ってくる。

 常には怨霊の現れやすい日暮れの後の調査が基本。しかし、今回は左大臣の頼みで午後の一番明るい時間帯での訪問となった。そのため屋敷に入って牛車を降りたのだが、二人の目の前にはなんとも長閑(のどか)な景色が広がっている。


 寝殿造の左大臣の屋敷は、中央に大きな池が造られており、渡り鳥が数羽、その水辺でのんびりとくつろいでいた。その様子を遠く眺めながら、利憲は妖しい気配などどこにもなさそうだがと思う。物の怪などと言っているが、気の弱い女房が小動物でも見間違えて騒いでいるだけなのではなかろうか。それにしてもこんな真っ昼間から調査せよとは不思議なものだ。


 南廂の広縁で座って待っていると、まもなく依頼主である左大臣の兼久が現れた。保明が事情を尋ねると、どうやらその騒ぎはもっぱら彼の子息の周囲で起こっているらしい。

 子息はまだ七つ。やんちゃ盛りの男童が物の怪や怨霊の類に取り憑かれているのではないか、兼久の心配はそれであった。


 ちなみに昼間に呼んだのは、夜は息子が寝てしまうから、だそうだ。それではいつ怨霊がでるのだろうか。利憲はのどかな鳥の鳴き声を聞きながら、平和極まりないように見える屋敷に疑問を抱く。

 しかし、兼久によれば子息が訴えるのは夜間も昼間も関係ないそうだ。

 

「もっと幼い頃からたまに悪夢を見たのかと思うように騒ぐ事はあったのだが、昨年あたりからあちらこちらで妖怪がいると言い始めたのだ」

「ご子息が妖をご覧になられたという場所は?」

「特定の場所はない。屋敷の中でも外でもよくあるらしい」


 そう言った左大臣の顔を保明はじっと見つめる。

 ——見鬼の才。

 己の息子がその才能を開花させたのも、ちょうどそのくらいの年齢であったことを思い出し保明はふふと唇に笑みをたたえた。


 しかし、その得難い才能もよく知らねば持ち主に仇をなす。鬼を見る者は気付いた鬼に狙われやすい。隠り世との狭間に棲む妖の類を引き寄せやすいその体質は、成長するまで保護を必要とするものなのだ。


「ではご本人に会わせていただきたいのですが」

「ああ……」


 兼久が口を開きかけた時、屋敷の奥から幼い少年の叫び声が響き渡った。


「ぎゃーっ! 出たーっ!」


 その声に応じるのは愛らしい少女の声だ。


「どこ! どこに出たの、斉彬!」


 ばたばたと走る音も聞こえてくる。

 それに重なって女房達の悲鳴も複数あがり、奥は非常に騒々しい事になっているようだ。

 これを聞いた兼久は当薬センブリを噛み潰したような渋面を見せた。


「と、これ、このように」


 全く恥ずかしい、とさして動揺するでもなく兼久はため息を吐く。もともと彼は左大臣の地位に就くまでに、武官として帝の身辺を守ってきた武人である。さすがに肝が据わっているなと利憲は感心した。

 保明は兼久の言葉に頷き、隣に座る息子をうながす。


「利憲、見てきなさい」

「はい」


 立ち上がった利憲はそばに控えていた女房に案内され、叫び声が上がった方へと足早に向かった。


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