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【12/25書籍発売・コミカライズ同時連載開始】異能の姫は後宮の妖を祓う 平安陰陽奇譚  作者: 藤夜
第一章

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42 すれ違い

 夜狐を連れて飛び出した飛燕が三条の屋敷に戻って来たのは、翌朝のことだった。

 

「吾が君! 楓様の居所がわかりましたわ」

 

 飛燕の横で鼻を赤くした夜狐が頷いている。よっぽど地面に鼻をこすりつけていたのだろう。ちょうど蝙蝠達も帰って来て、楓が四条のとある屋敷にいるらしいという報告を受けていた利憲は、夜狐が気の毒になって知っているとは言えなかった。

 

「四条の左大臣様の別邸です。吾が君、楓様の神力の気配が確かにその屋敷の中からしました」

「左大臣というと……」

「はい。犯人は左近の少将様です!」

「斉彬か。さもありなん、といったところだな」

 

 斉彬と最後に会った時のことを思い出し、利憲は合点がいく。彼は本気で楓のことが好きだと言った。きっと楓に会って話をしたのだろう。その上で楓を連れていったのだとすれば……。

 

「吾が君、早く楓様を迎えに行きましょう。きっと待っていらっしゃるわ。わたくしだけでも燕になって……」

 

 飛燕がいてもたってもいられないといった様子で利憲を急かす。

 しかし、利憲はそんな飛燕を待て、と止めた。

 

「斉彬が楓と話して連れて行ったのならば、それは楓も了承したということだろう。迎えに行く必要はない。楓の意思だ」

「吾が君?」

 

 冷たい氷に喩えられる美貌が、さらに冴え冴えと凍っているように見える。飛燕はそんな主人の横顔を見て、どうしたことかと驚いた。

 

「吾が君……、わたくし、お館様は楓様の事が好きなのだと思っておりました。少将様以外の人間を信じないお館様が、初めて心をゆるしているようにわたくしには見えておりました。その楓様をこのまま譲ってしまわれてもよいのですか?」


 利憲は飛燕の言葉を聞いても、横を向いたまま黙っている。そして、諦めたかのように目を閉じた。

 

「もう遅い。きっと楓は斉彬を選んだのだ」

 

 ぐずぐずと躊躇(ためら)う利憲に、飛燕は『もう!』と言って()れる。

 

「仮にそうだったとしても、楓様が吾が君に何も言わずに出ていくはずがありません! しっかりなさってください。十中八九、いいえ、ほぼ間違いなくこれは少将様の暴走ですわ!」

「攫ったのが斉彬ならば、楓に悪いことはしないだろう。斉彬は本気で楓に惚れている。左近の少将の北の方になれるのであれば、楓にとって悪いことではない」

「吾が君!」

 

 飛燕が抗議の声をあげるが、利憲は黙って立ち上がった。

 

「斉彬には内裏で話をする。楓の事は忘れろ。いずれは中納言家に帰すつもりだった姫だ」

 

 それだけを言って、利憲は部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 一方、一夜明けた四条の屋敷では、萩の襲の着物を着せられた楓がぼんやりと考え事に耽っていた。斉彬に告げられた言葉は楓にとってはあまりに急な事。斉彬は返答は迫ってこなかったが、すぐには答えを思いつかない。

 

 あの少将が本気で求婚?

 

 確かに美形で頼もしく、妖虎との戦いにおいても助けてもらったという恩はある。女性遍歴に少々疑問はあるものの、雅な公達にはよくある話。かえってそれほどの人気があるのだとも言える。

 楓も決して彼が嫌いなわけではない。むしろ好感は持っていた。だからこそ、いきなり攫われ裏切られたと思ったから怒ったわけであるが、理由がわかってどうしよう、というのが正直なところだった。

 

 周防はいそいそと身の回りの世話をしてくれる。他の女房達も髪の短い楓に何をいうでもなく、まるで屋敷の女主人であるかのように丁重に接してくれていた。全て斉彬の命令だろう。居心地よくここにいられるようにと。

 

 ありがたい。というのが正直な感想だ。

 しかし、やはり三条の屋敷のことが気にかかる。

 

 斉彬は利憲に何と言ってきたのだろうか。利憲はこのことを、快く了承したのだろうか。

 ちくり、と胸を針で刺されるような痛みが走った。

 

 

「二の姫さま」

 

 周防が水菓子を持って入ってくる。

 浮かない顔をしている主人を見て、周防は楓のそばに座った。

 

「姫さま、もしや若君と何かありました?」

 

 周防はすっかり楓が斉彬の恋人であると思い込んでいるのだろう。

 

「ねえ、周防、あなたはどうして高也を選んだの?」

 

 周防の夫の名を出して尋ねる。周防は首を傾げた。

 

「姫さま、何故そのような事をお尋ねになられるのです?」

「少し知りたくて」

「夫はもともと権の少将様にお仕えしていたのですわ。それで一の姫様のところにいたわたくしを見て懸想していたようで、文を送って来たのです」

「周防は美人だから、結構言い寄る男性が多かったでしょう。何故高也にしたの?」

「一番熱心だったからでしょうか。必要とされている感じが強くて、なんだか放っておけなかったのです」

「必要とされる……」

 

 必要とされたい——。それはかつて楓が思っていたことだった。

 寂しい西の対屋で誰からも忘れられたように暮らしていた時、自分は必要ない存在なのだと感じていた。周防だけが自分を気にかけてくれてはいたけれど、あの何もできない無力感は貧しい暮らしそのものよりも楓の心を削った。

 桜子を助けたいと利憲に願ったのも、自分が必要とされたいと願う心があったせいなのではないか。今ではそう思うのだ。

 

「若君も姫さまをずいぶんと必要と思われているようですわ。こんなに想われて、姫さまは幸せですね」

 

 そう言って、周防はにっこり笑う。

 

「そうね、嬉しいわ」

 

 楓は本心からそう言ったものの、どこか違うという声が心の中で響くのを感じていた。

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