表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【12/25書籍発売・コミカライズ同時連載開始】異能の姫は後宮の妖を祓う 平安陰陽奇譚  作者: 藤夜
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/67

39 かどわかし

 久しぶりの三条の屋敷だったせいか、楓が目を覚ましたのは昼もだいぶん過ぎた頃だった。疲れていたのもあるが、やはりこの屋敷は安心するのだと思う。

 

「ん……」

 

 意識の浮上と一緒に背中が痛くなり、楓は寝返りをうつ。すると、薄く目を開けた視線の先に、黒色の袴が見えてぎょっとした。飛燕の袴はいつも赤系統のものばかりで黒はない。

 がばっと飛び起きると、案の定、枕元に座っていたのは利憲だった。

 

「と、利憲様、どうして?」

 

 利憲は寝ている側で、じっと自分を見ていたようだ。寝顔を観察されていたかと思うと、楓の頬は羞恥で真っ赤に染まる。掛けていた袿で顔を半分隠しながら問うと、利憲は無表情のままうーんと唸り腕を組んだ。

 

「あいつが楓の寝顔が見たいと言っていたので、どういう気分なのか考えていた」

「はい??」

 

 謎の発言に混乱しつつ、ただ見ているだけとはいえ、女人の寝顔を適齢期(たぶん二十代)の男性が眺めるのはいかがなものか。楓はいたって常識的な疑問を抱きながら、それでも師は何か学術的探究心でこんな事をしているらしいと、動揺する自分を納得させる。

 

「それで、何かわかりましたか?」

「……わかったような、そうでないような」

「お役に立てずに残念です」

 

 見られ損だったのか、と楓はなんとなく落ち込んだ。

 

「身体の具合はどうだ?」

「特にはもう……」

「女神の怨嗟を押さえ込むほどの浄化をしたのだ。どこにも異常が出なくて良かった。神の力は人の身には余るからな。あまり使わぬに越したことはない」


 そう言って、利憲は楓の頭を撫でる。

 

「桜子は……、長子姫はどうなりましたか?」

「女御は問題ない。長子姫は中納言邸へ送り届けた。帝も中納言に非はないと言っておられる。呪詛は終わった」

「そう……ですか」

 

 楓はほっとすると同時に、胸の奥の不安が大きくなるのを感じた。

 事件は終わった。これから先、自分はどうなるのだろうか。

 

 楓の浮かない顔に気付いた利憲は、中納言と話した事を楓に伝えた。

 

「中納言はお前が見つかれば、また受け入れると言っている。今度は身の周りの事も心配いらない。父親としてきちんと面倒は見るだろう」


 やはり、という思いが胸を押しつぶす。女御を助けるために、そう言って自分は利憲に願いここに連れて来てもらった。目的を果たした以上、彼は自分を置いておいても利益はない。

 父はどうだろう。受け入れると言っても北の方の手前、手放しで喜んで、となるとは思えない。また、あの寂しい生活になると思うと、今の式神たちとの暮らしが楽しいだけに帰りたいとは思わない。

 それに、あの父のこと。どこかの有力な貴族の男に楓をあてがうだろう。長子姫にそうしたように。そう思うと、心の奥がちくちくと痛んだ。

 

 出ていくのが筋だ。でも、別れは辛い。いけないとは思いつつも、楓はまだここに置いて欲しかった。

 

「……帰りたくないか?」

 

 楓の様子に気を遣ったのか、利憲が遠慮がちに問う。しかし、楓は迷惑はかけられないと思い、首を横に振った。

 

「もう少しだけ、ここに置いていただいても良いですか? 陰陽寮に用事があるのです」

「まだ男の格好をするのか?」

「あと一回だけ。陰陽寮の友人に別れを告げたいので。駄目でしょうか?」

「いや……、構わない」

 

 何故か利憲の顔がほっとしたように見えたのは気のせいだろうか。楓も名虎にお別れが言えることを素直に嬉しいと思った。

 

 

 

 

 翌日、陰陽寮に出仕した楓は、名虎に遠い故郷の国に戻らねばならなくなったと告げた。名虎は急なことにびっくりした様子で楓に迫る。

 

「おい、嘘だろ? お前この間入って来たと思ったのに、もう辞めるって?」

「そうなんだ。残念なんだけど」

「誰かにいじめられたとかじゃないだろうな! そんな奴がいたらぶん殴ってやる」

「あはは、違うよ。本当に事情があって。帰らなきゃならなくなったんだ」

「せっかく将来有望な同僚が入ってきたと思ったのに」

「ありがとう」

 

 楓が笑ってそういうが、名虎は陰陽博士も残念がるだなんだと、まだぶつぶつ言っている。ここでは自分が必要とされていたのだ、そう思うと一層残念に思う心が慰められた。

 

 じゃあね、と立ち去る名虎に手を振っていると、背後から急にその手を握られる。

 

「誰?」

 

 驚いて振り返ると、そこには斉彬が立っていた。

 

「今のは誰だい?」

「陰陽寮の同僚ですが……」

 

 楓は答えながら、何故ここに斉彬がいるのかと疑問に思う。ついでに『落とし前をつける』といった事を思い出して青くなった。まさか中納言の姫である事を黙っていた文句を言うために、わざわざここまで来たのだろうか。

 

「屋敷に行ったら出仕したというから慌てて追いかけてきたけれど、全く油断も隙もないものだね。利憲だけじゃないとは」

 

 と、わけのわからないことをぶつぶつ言っている。

 

「少将様、お仕事は?」

「今日も物忌だ」

「は?」

  

 では何故ここ大内裏にいるのだろうか。訳がわからない。楓が怪訝な顔をしていると、斉彬は握ったままの手をぐいと引いた。

 

「本当の名前を教えてくれるかい? 楓、ではないのだろう。私を騙していたのだから、そのくらいは教えてくれるよね」

 

 半ば脅迫のようだが、楓は一応黙っていた事を悪いと思っているので教えることにした。

 

「……楓子(かえこ)、です」

「そう。楓子(かえこ)姫、良い名だ。しかし、相変わらずこんな姿でも可愛いね」

「少将様、ここであまりその名を呼ぶのは……!」


 慌てる楓の耳元に顔を近づけ、斉彬は囁く。

 

「斉彬、だ。名を呼ばないとやめないよ」

 

 ぞくっとして楓は耳を押さえて飛び上がる。なんの嫌がらせだろうか。やはりこれは騙していた仕返しなのか。

 

「な、斉彬様……」

「よくできたね。ついでに教えてくれないか。姫は本当に中納言殿の屋敷に帰るつもりかい?」

「え……」

 

 意外なことを問われて楓は言葉を失う。

 

「あの方は冷たい。長子姫が追い込まれたのは、父である彼にも責任はある。そんな人の所に私は君を帰したくない。どうだい?」

「でも……、いつまでも利憲様に迷惑をかけるわけにはいけませんから」

 

 俯く楓を斉彬はじっと見つめる。

 

「本当は、帰りたくない?」

 

 斉彬の確認をとるような質問に、楓はこくりと頷いた。すると、斉彬は何故かにっこりと笑みを浮かべる。

 

「では、私が攫って行くとしよう」

 

 そう告げると、斉彬はいきなり楓を横抱きに抱え上げた。

 

「斉彬様、どこへ……!」

「心配しなくていい」

「そんなの無理です!」

 

 攫うと言われて心配しないはずがない。

 しかし、斉彬は目を白黒させる楓を抱き抱え、驚くような手際良さで連れ去って行った。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ