38 恋心
確かに斉彬は女性関係が派手だ。しかし、一人として本気になって付き合っている女性はいない。その事は利憲も知っていた。あくまでも彼は、家柄の良い姫君との結婚を迫る母親から逃げるために、遊んでいるふりをしているのだ。
以前、本気になれる姫を探しているとは言っていたが、その本気の相手が楓だと?
利憲は斉彬が楓を気に入っているのは知っていたが、そこまでとは思っていなかった。しかも、ついこの間まで、楓は陰陽生としてしか斉彬とは会っていない。つまり、女性であるとは知らなかったのだ。
利憲は恐る恐る斉彬に尋ねる。
「男だと思っていたのに惚れたのか?」
散々自分に向かって男色かと言っておきながら、実は斉彬の方がその気があったとは。お前あれだけ女と遊んでおいて、と驚く利憲に、斉彬はぽぽぽと顔を赤らめた。
「うるさい! 黙っていた奴が悪い。それに惚れたのは楓が女御の姿になっていた時だ。仕方ないだろう、あんなに可愛いのだから。女御を助けるために一生懸命なところなど、惚れるなという方が無理だ」
「確かにけなげではあるが……」
「だいたい、お前が楓をまるきり男のように扱っていたから気付かなかったのだよ。中納言の姫だというに、髪まで切って男に顔を晒させ小間使いにするとは、なんてひどい奴なんだ」
「仕方なかろう。楓の望みを叶えるには、それしか方法がなかったのだ」
中納言家で出会った時、楓は女御に会わせてくれと頼んできた。利憲はどうしてそこで彼女を連れて帰ってしまったのか、実のところは自分でもよくわからない。何故か、そうせざるを得なかったのだ。
「お前は楓が姫だと知っていたのだろう。楓のことをどう思っているのだ?」
斉彬の質問に、利憲は声に詰まる。
どう、と言われても、人と親しく付き合うことのない自分にとって、楓は例外的存在である事は確かだ。式神だけしかいないこの屋敷に自分が連れて来た人間は、勝手にやってくる斉彬を除いては楓一人だ。だが、それがどういう感情からなのか、それについては考えたことがなかった。
自分と同じように周囲から見放されていた境遇に、共感するところがあったのはある。ただ、楓が良きように暮らせるように、とも思った。それで女御の呪詛が解決した今、楓がもとの中納言家に帰れるようにと考えたのだが……。
この先も自分の手元に置いておけるのであれば、という考えが頭を掠めた事は否めない。姫が望むのであれば、と中納言に言ったのも、無意識に楓が自分の元に残ると言ってくれるのではないかという期待もあったからなのだろう。
しかし——。
「……お前は神の巫女に手を出す勇気があるのか?」
楓は玉依姫だ。妙な感情を持つべき存在ではない。
「関係ない。楓は楓だ」
心を縛る利憲に対して、斉彬は自分に正直だ。
「中納言殿に楓を戻す話はしている。楓が欲しければ、彼に正式に申し入れると良いだろう。お前が相手であれば、中納言殿も否とは言えまい」
「楓を中納言の屋敷に帰すだと? あの父親のところへ?」
「話はしてきた。楓が帰りたいというなら帰そうと思っている。楓にとって、もうここにいる意味はないからな」
「突き放すつもりか? 楓はお前を頼っているというのに」
「突き放すつもりはない。それが楓にとって一番良いというだけだ。楓は中納言の姫だ。本来受けるべき恩恵は受けねばならぬだろう。以前のような扱いは問題外だが、中納言殿にもそこは念を押すつもりだ」
「お前も楓に惚れているのだと思っていたのだが……」
じいっと見つめる斉彬から、利憲は目を逸らす。
「私にそういう類の感情の事は理解不能だ」
斉彬のように、愛だ恋だと歌を囁き甘い余韻にひたるなど、自分には想像もつかない。人の心のような見えないものに、自分の感情を乱されるのは御免だ。
斉彬は利憲の横顔をしばらく見つめて、そしてふうと息を吐いた。
「お前が相手で助かったよ」
「何がだ?」
「楓はお前を慕っているからね。お前がその気なら私は引くしかないけれど、その気がないなら私がもらうよ」
斉彬はそう強引に宣言する。
「ちょっと待て、お前、他の恋人たちはどうするつもりだ?」
「別に問題ない。もともとお互いに遊びと割り切っているのだよ。楓がうんと言ってくれさえすればいい」
「手を切るのか?」
「私が誰かと正式に露顕(披露宴)をすれば、自然と消滅する。もともとそのつもりだった」
利憲の追求に、斉彬はさらりと返した。
彼の本気の度合いが大きいのを知り、利憲は複雑な感情を覚える。これは短い期間でも保護者として楓を見て来た父のような感情なのか、それとも……。
「当人の気持ちを聞かずして決める事はできぬ。斉彬、お前の考えはわかったが、まずは楓にこの先どうしたいかを私が聞く」
「そうだね、私も出直してくるよ。楓の寝顔も見たかったけれど、忍んで行くと飛燕に滅茶苦茶に叩かれそうだ」
冗談なのか本気なのかわからない台詞をはいて、斉彬はくるりと背を向けた。




