表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【12/25書籍発売・コミカライズ同時連載開始】異能の姫は後宮の妖を祓う 平安陰陽奇譚  作者: 藤夜
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/67

34 楓の葉

「桜子を守るじゃと……?」

 

 長子姫は炎虎を失い血走った目で楓を睨む。

 

「戯言を申すでない。そなたごときが、わらわに何ができる。人の記憶からも忘れられ消えゆく神に。そなたも口惜しくはないのか? そなたの片割れの咲耶姫は、この世から消えてもなお崇められていたというのに!」

 

 楓は荒れる風の中、巻き上げられる髪を押さえながら姫をじっと見る。

 記憶の中の彼女と今の姫はまるで別人のようだ、と楓はただ悲しく思った。

 

 幼い頃、東の対屋に忍び込んだ時、桜子の隣で笑っていた長子姫は、今目の前にいる女とは違っていた。くりくりとした大きな目の、子どもらしい可愛い姫だった。

 そばにいた桜子は本当に桜の花のように美しいという表現がぴったりの姫君で、周囲の人間は桜子ばかりを褒めていたのは確かに覚えている。しかし、長子姫もそこまで醜くはなかった。むしろ、愛らしい姫だったように思う。

 

 何が彼女をここまで変化させたのか。

 

 長子姫に磐長姫の記憶が甦ったのはいつなのか。きっとそこが分かれ目だったのではないだろうか。

 過去の世の記憶がない楓には、昔の彼女がどうだったのかはわからない。しかし、邇邇芸命を怨み、咲耶姫を妬んでいた記憶はきっと、純粋だった長子姫を変質させたに違いない。

 怨みが彼女の目付きを怪しげにし、頬を痩けさせ、口を割き、姿を醜く変質させ、ついにはその精神(こころ)までを壊したのだ。

 

 

「愛される妹を妬んで駄々をこねるとは、迷惑な神だ」

 

 利憲が呆れたような顔をして呟く。それが聞こえた斉彬はぎょっとして、飛びついて利憲の口を塞いだ。

 

「馬鹿、怒らせてどうする!」

 

 むごむごと口を塞がれもがく利憲は、斉彬の手を払いのけて更に言う。

 

「楓は姫に親を殺され不遇な暮らしをしていても、人を恨んだりはしていなかったぞ。自分ばかりが損をしていると思う姫の心が厭われるのだ」

 

 慌てて斉彬が利憲を引っ張るが、利憲は長子姫を見つめたままだ。

 長子姫は思わぬところから指摘され、顔を真っ赤に染めて目を吊り上げた。

 

「常に妹と比べられ、生きておるのが恥ずかしいほど辱められた苦しみが、男のくせに見目の良いお前にわかるものか!」

百足(むかで)のように忌まれ、誰もそばに寄って来ぬ孤独くらいは知っている」

「おい、利憲、もう何も言うな!」

 

 利憲に抱きついた斉彬が、首に腕を回してそれ以上の説法を止める。

 わなわなを肩を振るわせた長子姫は、怒りも頂点にきたとばかりに手を挙げた。

 

「神の(いかずち)に撃たれて死ぬがいい!」

 

 白い光が空に生まれる。

 暗い夜空に出た月のような明るい光が、三人に向けて落ちる。

 

 

 しかし、姫の落とした神鳴の光は、彼等の頭上でパリンと高い音をたて、星屑のようにきらきらと輝く粒となって四方へ散った。

 

「私の大切な人を傷つけることは許さない」

 

 楓の周囲が仄かに金色に光っている。気がつけば嵐はやんでいた。

 目に見えるほどの神力が彼女から流れ出し、殿舎の周囲はまるで神の(やしろ)のように澄んだ空気に包まれている。

 

「かつて磐長姫だったとしても、自ら邪神に堕ちた貴女にもう強い力はないわ。誰かのせいにしないで。貴女が、貴女自身を貶めたのよ!」

 

 何処からか楓の葉がはらはらと散る。

 この弘徽殿に楓の木はない。しかし、星空の遥か上空から、透き通る葉が落ちてくる。

 それは白砂の上に、そして倒れた舎人達と雷に撃たれて倒れる飛燕の上に降り積もってゆく。

 

 長子姫の頭にも、はらりと楓の葉が落ちた。

 

 清らかな楓の葉が彼女に触れた瞬間、ふわりと暖かい空気が姫の頬を撫でた。

 一枚…、二枚…、空から降る緑の葉が長子姫の上に落ちてきて、そして髪に、衣に付く。まるで緋色の衣が楓模様に染め替えられたかのように。

 

 美しい——。

 

 何故か長子姫はそう思った。醜い自分が美しい衣に包まれて、その身も美しく清められてゆく。そんな錯覚を覚える。

 

「女御様! お待ち下さい。そちらは危のうございます!」

 

 殿舎の奥から女房の声が聞こえてきた。

 それからぱたぱたと板の間を走る音もする。

 

 誰かが来る。

 皆が動くのをやめ、声の聞こえた方向を見守る。そして足音が近付くと、長子姫の目に薄桃色の衣が飛び込んできた。

 

「長子姉様!」

「桜子……」

 

 憎んでいたはずの女御、彼女を見た長子姫の心には、不思議と怒りも妬みも湧きあがらなかった。ただ、自分の妹姫は誰よりも綺麗だと思う。

 そして何も知らなかった童の頃は、自分はこの美しい花のような妹を可愛いと思っていた事をふと思い出した。

 

 

 妻戸をくぐり簀子へ出た女御は、楓達の横をすり抜け(きざはし)を駆け下りた。そして狼狽える長子姫の懐に飛び込むと、その細い身体を抱き締める。

 

「姉様……、つらい思いをさせた私を許して。そして、もうこれ以上誰も傷つけないで」

 

 桜子は長子姫を抱きしめたまま、その顔を見上げた。

 

「いいえ、許してくれなくていいわ。でも、お願い……、私達はもう神ではないのよ。怨みにいつまでも囚われていては、姉様が壊れてしまうわ」

 

 そう言ってほろほろと涙を流す。

 利憲も斉彬も、女御が長子姫に傷つけられると危惧したが、楓は引き離すべく動こうとした二人を止めた。

 磐長姫の呪いは一番に長子姫を苦しめているのだ。そして長子姫を救えるのは、ただ一人桜子だけだったから。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ